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act.42 神聖なる劣情


「ちょっとイグナール! おしり触らないでよね!」

「し、仕方ないだろう!」


 不用意に「何でもする」などと発言してしまったイグナール。モニカの要求とは彼女をおんぶして運ぶことであった。


 何を考えているんだモニカは……まぁ怪我を負ったのは俺の責任もあるし、守護者(ガーディアン)との戦いも無理をさせちまったのは俺だ。でも歩くには支障無い筈だが。


 別にやましい気持ちでおしりに手を回していたわけではない。持ち上げる際に力を入れやすい部位に触れていただけだ。


 モニカの注意で手を太ももに回す。指の一本一本が彼女の白い太ももの肉に沈んでいく。それを押し返そうとする弾力と吸い付くような肌触り、2年間剣を握り続け厚くなったこの手を癒すように包み込む。


 そのまま手に力を入れ、感触を確かめたい衝動を必死になって抑え込むイグナール。思春期男子にはもはや暴力的な魅力である。


 このままではいけない……背負っているのはモニカではない。ただの荷物だ。そう、柔らかく手触りの良いただの荷物なのだ。意識をするな。それときっと手の位置が悪い、モニカに言われて慌てて移動したからダメなんだ。


 イグナールは彼女を意識の中でただの荷物に置き換え、背負い直す。手に力を込め、彼女の体を押し上げる。刹那太ももに、より一層指が沈む。一度ふわりとモニカが浮き上がり、手の位置を変える。


「んっ……」


 耳元で吐息と共に漏れたモニカの声。意識すまいとやった行動は完全に逆効果である。


 心臓が強い圧迫感に襲われる。鼓動が疾走を始める。触覚が敏感になり、手に触れるもの、体に接しているもの全てが(ことごと)くを刺激する。そして、警鐘のように打ち付ける心臓の鼓動に抜き抜かれつと追いすがる鼓動がもう1つ……モニカの音だ。


 非常に柔らかいもの越しに伝わる疾走のリズム。


 柔らかいもの?


 それの答えに至った瞬間イグナールは顏が熱くなるのを感じ、先程まで正常だった呼吸が乱れる。更に加速した心臓が頭へ過剰な血液を送りつけ、足元がふらつく。


「ちょっ、ちょっとイグナール!」


 それに慌てたモニカは彼の首に回していた手を強く締め更なる密着を生んだ。背中に当たった柔らかいものがスライムのように変幻自在に形を変え、イグナールの背中を圧迫する。


「かはッ!」


 頭に上った血液を口から吐き出す。ような感覚でいつの間にか詰まっていた息を吐き出した。空気を遮断された肺が新鮮なものを求め、口と鼻から大量に取り込む。そして鼻腔をくすぐるなんとも甘美な香り。


 あぁ、もっと感じたい。触覚もって嗅覚を持って全てを享受したい。そんな欲望が下腹部から込み上げ、頭を支配しようと鎌首をもたげる。


 ダメだダメだダメだ! 大切な幼馴染、旅の仲間になんて黒い感情をぶつけようとしているんだ! そうだこれはスライム。背中にいるのはスライム。すごくいい匂いがするスライムだ!


 彼には大切な幼馴染で旅の仲間であるモニカを、スライム呼ばわりするほか逃げ道はなかった。



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