75 : ペパーミントの躍る先
自分の周りに浮かんだ魔法陣を見て、ノイは驚愕していた。
それは、ノイがかつて盗み見した――カルディアが完成させた魔王を屠るための転移魔法だった。
「――何をしている、カルディア!」
「……貴方なら、これでおわかりに、なるはずです」
苦しさのせいで息も絶え絶えにカルディアが呟く。
カルディアがノイを見上げ、優しく微笑む。その微笑み方は、幼い頃の微笑み方と、全く同じだった。
「お前、私に気付いて――」
ノイは呟き、違うと叫んだ。
「そうじゃない! 違う、これは違う!」
自分の周りに広がる魔法陣は、ノイが見た転移魔法そのものだ。
だが、魔法陣が導く目標が、ノイの想定と違っていた。
「これじゃ、お前の魔力が――!」
地に伏したままのカルディアが、粛々と魔力を編んでいく。
ノイは大粒の涙を散らして叫んだ。
「っ――私をっ! 魔王の器にするつもりだったんじゃ、ないのかっ!!」
魔法陣の示す転移物は魔王では無かった。
二人を取り巻く魔法陣は――カルディアの魔力を、ノイに移そうとしている。
それは、ノイが負うはずだった魔王の器を――魔王と共に殺される役割を、魔力を明け渡して魔力ナシになったカルディアが担うという意味である。
「何故?」
カルディアは、心底驚いたような声を出す。
「こんな命より、世界より――何より。大事な、君なのに」
ノイは声を詰まらせた。
(私は、いつまでも馬鹿だ)
カルディアを守っているつもりでいた、愚かな自分に嫌気が差す。
(もう、ずっと、守られていたんだ)
ノイはぐっと顔を上げる。
カルディアはきっと最初から、こうするつもりだったのだ。
自分が死ぬことで、魔王を殺そうとしている。
「貴方から奪った全ては返せずとも――せめて、魔力だけでも」
カルディアの肺まで潰れたような掠れた声に、ノイは反射的に叫び返した。
「お前は私から何も、奪ってなどいない!」
「いいえ。俺が百年後に喚び出したせいで、代償を支払わせた……貴方の魔力と年月を」
「なら、助けてくれたんじゃないか!」
声が嗄れるほどに、ノイは叫んだ。
「失ったと思った時もあった! けれど、私は何も失ってなどいない! いなかったんだ!」
たぎる思いを堪えきず、ペパーミント色の瞳から涙が溢れる。
「だって、私の魔法は、お前が受け継いでいる!」
ノイは拳を握りしめて叫んだ。
「そして、その弟子が! そのまた弟子が! 私がなし得なかったことをなし得、人のために、未来で魔法を編んでいる!」
つむぎの郷もオルニスも、ノイが教えた方法で、ノイが知らない魔法を使う。
そんな世を、カルディアが紡いだ。
「わからないか? 私には未来がある! そして勿論――お前にも!」
カルディアはハッとして息を呑んだ。ノイの声が感情の高ぶりによって震える。
「諦めるなカルディア! 絶対に、助かる道はある!」
ノイと共に、カルディアも震えた。目を強く瞑り、体を駆け抜ける激情に耐えるかのように。
「っ……」
ノイはカルディアのもとへ駆けようとした。
しかし、そのノイの腕を、引っ張る者がいた。
「――行かせません」







