表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/86

最後の修羅場

「うわはははははっ!! ダッセー!?」


 と、滝田聡司(たきたさとし)から事情を聞いて。

 まず大爆笑したのは、サックスの小悪魔、美原慶(みはらけい)だった。


 吹奏楽部と、軽音部の両方を兼部する――

 そう意気込んで音楽室を出て行った聡司が、すごすごと戻ってきたのを見て。


 それを疑問に思った吹奏楽部の女子部員たちが、事情を聞いてきたのだが。

 その理由を説明した結果が――これである。


「自分の演奏で、出て行った元部員を帰ってこさせちゃ世話ねーっショ! ヤリすぎなんデス、ヤリすぎなんデスよアンタは! 盛り上げすぎて自分の立ち位置取られちゃうとか、ドンだけドラムバカなんですか!!」

「うっせーよ!? オレだってやりたくてそうしたんじゃねえよ、馬鹿野郎!!」


 指さして笑ってくる慶に、聡司は泣きそうになりながらそう返した。

 そう、今回の学校祭のヘルプとして、聡司は吹奏楽部から軽音部に参戦していたのだが――

 そのライブの本番で全力全開で叩きすぎたせいで、結果として以前軽音部に在籍していた、元部員の情熱を復活させてしまったのだ。

 そのおかげで、入ろうと思っていた軽音部にはその部員が元の鞘に納まる形で、戻ることになってしまった。

 それにそれを頼み込む様子がまた、大変に熱心なもので――聡司としてはもう、そこでオレも軽音部入ります、とは言えなくなってしまったのだ。

 だから、こうして吹奏楽部に戻ってきたわけであるが。

 それでも、ここまで笑うことはないではないか。そう思っていると、チューバの春日美里(かすがみさと)が苦笑いを浮かべ、言ってくる。


「まあ……なんというか。おかえりなさい、です、聡司くん……」

「おう、ただいま……」


 つい先ほど、彼女と交わした感動的なやり取りは、一体なんだったのか。

 吹奏楽部の部長として、聡司の軽音部との兼部を許してくれた美里ではあるが――さすがに、こればっかりはフォローのしようもないようだった。

 そしてその部長の隣にいるトロンボーンの永田陸(ながたりく)も、「おもしろい、おまえは本当おもしろいぞ、滝田……!」と、なぜか目を輝かせてこちらのことを見ている。

 とんだピエロ扱いである。

 いや、元々吹奏楽部での自分の立場は、そんなもんだったが。

 そう思ってため息をついた瞬間――今度はトランペットの豊浦奏恵(とようらかなえ)が、さらに衝撃的な一言を放ってきた。


「あ、滝田。あんた明日から副部長だから。よろしくね」

「は? ……はあぁぁぁぁぁっ!?」


 まさかの発言に、耳を疑った聡司だったが。

 奏恵はなんでもないことという調子で、あっさりと続けてくる。


「だってさー、中島がいなくなって、そういえば次の副部長は決めてなかったじゃん? だったら今回がんばったあんたがいいんじゃないかって、そーいうことになったのよ」

「なんでだよ!? なんでそういう重要なことを、オレがいないときに決めるんだよ!? ていうか、海道(かいどう)はどうしたんだよ!? あいつこそむしろ、しっかりしてて副部長って感じだろうよ!?」

「由貴ちょんは、『私は今年もクラスで学級委員長にされたし、来年もたぶんされちゃうから、さすがに無理ー』って言ってた」

「あの角笛(ホルン)女あぁぁぁっ! 断る理由まで優秀すぎるわああああああああっ!?」


 こんなときまで隙なく才媛なホルンの同い年に、聡司はたまらず叫び声をあげる。

 彼女とは今回、ほとんど絡む機会はなかったが――それでもこれからもこの部活にい続ける以上は、関わっていくことになるだろう。

 というか、本人不在で多数決をしてしまうとか、横暴すぎないだろうか。

 そうがっくりと肩を落としていると、慶がニヤニヤと笑みを浮かべて、囁くように言ってきた。


「浮気モノには首輪をつけておこう――って、そういう話にナッタんですよ」


 今度同じようなことが起きても、バカみたいに暴走しないように――と。

 そう言う慶に、聡司は最後の抵抗とばかりに反論する。


「誰がどこに浮気だよ!? 違うだろ!? というかそもそもこれ、そういう話じゃないだろ!?」

「サーテ、そうデスかネー? 彼女を前にシテも、そんなコトが言えますかネ?」

「だから人の話を……って。……彼女?」


 そう首を傾げて、聡司が慶の指差す方向を見れば――


 そこには、同じく打楽器パートである、後輩が。


「……」


 貝島優(かいじまゆう)が。


 無言で、膨れっ面で。

 腕を組んで、さらに仁王立ちをして――こちらを、睨んでいた。


「…………」

「じゃ、最後の修羅場もガンバッてくださいネ♪」


 思わず固まる聡司に。

 慶は心底おかしそうにそう言って、その場を立ち去っていってしまった。

 あいつ、本物の悪魔じゃねえか――そんな文句を言う余裕もなく。

 聡司は後輩の圧力を前にして、恐る恐る口を開く。


「あ、あのな……貝島」

「……」


 彼女はその呼びかけに対して、全く、なにも、言ってくる気配もない。

 ただただ、むっすりとしたまま――しかしそれでもなにかを言いたそうに、こちらを見てくるだけだ。


「う、あ……ぅ」


 それに半ば、パニックに陥った聡司は――

 そういえばこの後輩には、言わなければならないことがあったのを思い出して。


「あ……あのさ、貝島」


 気がつけば、それを口にしていた。


「そういえばオレ、おまえに言っておかなきゃならないことがあるんだけど……」

「……?」

「これ……」


 さすがに反応して小首を傾げてくる後輩に、聡司は彼女から借りていたスティックを差し出す。

 それは軽音部の本番で酷使したせいで、片方はボロボロ、もう片方は既に原型すら止めていないものとなっていた。

 借り物を壊してしまったのだ。

 それに対して、そしてそれ以外の部分でも――申し訳ないと思っていることは確かで。

 けれどもそこに至るまでに、自分のスティックも、一緒にボロボロになってしまったのも確かで。

 なので聡司は優に、謝罪の言葉と。

 そしてもうひとつ、違う言葉を伝えることにした。


「……ごめん。美原の言う通りだ。バカみたいにやりすぎたせいで、おまえのもんまで巻き添えにしちまった。

 だから――今度、買いに行こう。一緒に。新しいやつを」


 後輩のものを壊してしまったという、申し訳ない気持ち。

 そしてそれ以外にも、たくさんたくさん、迷惑をかけてしまったと思う気持ち。

 それがあるから――だったら彼女の分は、自分が弁償するのが筋というものだろう。

 どのみち、自分の新しいものだって買いに行かなくてはならないのだ。

 だったら楽器屋には一緒に行って、この後輩には、好きなものを買ってやりたかった。

 そう思って、こう言ったわけだが――

 当の後輩は、それで怒り出すかと思いきや。

 なぜかなにかを堪えるように、口をぎゅ、っとへの字に曲げて。

 ふるふると震えて、言ってくる。


「……う」

「う?」

「……う、う、う……っうわあああああああん!! 先輩の、ばかー!! ばかーーっ!!」

「え、ちょっと!? なんで泣くんだ!?」

「先輩の、ばかーーーーーーっ!!!!」

「なんでだーーーっ!!??」


 そう叫んで、泣きながらこちらをぼかぼかと殴ってくる後輩を。

 聡司は戸惑いながら、それでも受け止めることしかできなかった。

 どうして後輩がこんなに泣いているのか、意味がわからない。

 それはもう、さっき軽音部の部室であったこと以上に意味がわからない。

 でも、そんな自分を見ていた同い年たちが――


「あー。また滝田が優ちゃん泣かせてるー」

「ちっちゃい後輩泣かすとか、最低だなあ」

「だめですよ聡司くん。後輩にはちゃんと、分かるように言って聞かせないと」

「おまえら笑ってないで、こっち来て幼女を泣き止ませる手伝いをしろよ!?」


 口々と好き勝手に、そんなことを言ってきたので。

 聡司はそこから、必死で後輩をなだめる作業を余儀なくされた。


 滝田聡司、二年の半ば。

 吹奏楽部、打楽器担当。


 そしてこれから、副部長になる彼の初仕事は――


「うわあああああん!! ばかー! ばかーっ!! 先輩の――ばかああああぁぁぁぁぁっ!!」

「ご、ごめんごめん貝島! オレもう、どこにも行かないから! 一緒に吹奏楽部でがんばるから!! だから泣き止んで!? お願いだから泣き止んでえええっ!?」


 こうして、後輩を泣き止ませることから始まったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ