最後の修羅場
「うわはははははっ!! ダッセー!?」
と、滝田聡司から事情を聞いて。
まず大爆笑したのは、サックスの小悪魔、美原慶だった。
吹奏楽部と、軽音部の両方を兼部する――
そう意気込んで音楽室を出て行った聡司が、すごすごと戻ってきたのを見て。
それを疑問に思った吹奏楽部の女子部員たちが、事情を聞いてきたのだが。
その理由を説明した結果が――これである。
「自分の演奏で、出て行った元部員を帰ってこさせちゃ世話ねーっショ! ヤリすぎなんデス、ヤリすぎなんデスよアンタは! 盛り上げすぎて自分の立ち位置取られちゃうとか、ドンだけドラムバカなんですか!!」
「うっせーよ!? オレだってやりたくてそうしたんじゃねえよ、馬鹿野郎!!」
指さして笑ってくる慶に、聡司は泣きそうになりながらそう返した。
そう、今回の学校祭のヘルプとして、聡司は吹奏楽部から軽音部に参戦していたのだが――
そのライブの本番で全力全開で叩きすぎたせいで、結果として以前軽音部に在籍していた、元部員の情熱を復活させてしまったのだ。
そのおかげで、入ろうと思っていた軽音部にはその部員が元の鞘に納まる形で、戻ることになってしまった。
それにそれを頼み込む様子がまた、大変に熱心なもので――聡司としてはもう、そこでオレも軽音部入ります、とは言えなくなってしまったのだ。
だから、こうして吹奏楽部に戻ってきたわけであるが。
それでも、ここまで笑うことはないではないか。そう思っていると、チューバの春日美里が苦笑いを浮かべ、言ってくる。
「まあ……なんというか。おかえりなさい、です、聡司くん……」
「おう、ただいま……」
つい先ほど、彼女と交わした感動的なやり取りは、一体なんだったのか。
吹奏楽部の部長として、聡司の軽音部との兼部を許してくれた美里ではあるが――さすがに、こればっかりはフォローのしようもないようだった。
そしてその部長の隣にいるトロンボーンの永田陸も、「おもしろい、おまえは本当おもしろいぞ、滝田……!」と、なぜか目を輝かせてこちらのことを見ている。
とんだピエロ扱いである。
いや、元々吹奏楽部での自分の立場は、そんなもんだったが。
そう思ってため息をついた瞬間――今度はトランペットの豊浦奏恵が、さらに衝撃的な一言を放ってきた。
「あ、滝田。あんた明日から副部長だから。よろしくね」
「は? ……はあぁぁぁぁぁっ!?」
まさかの発言に、耳を疑った聡司だったが。
奏恵はなんでもないことという調子で、あっさりと続けてくる。
「だってさー、中島がいなくなって、そういえば次の副部長は決めてなかったじゃん? だったら今回がんばったあんたがいいんじゃないかって、そーいうことになったのよ」
「なんでだよ!? なんでそういう重要なことを、オレがいないときに決めるんだよ!? ていうか、海道はどうしたんだよ!? あいつこそむしろ、しっかりしてて副部長って感じだろうよ!?」
「由貴ちょんは、『私は今年もクラスで学級委員長にされたし、来年もたぶんされちゃうから、さすがに無理ー』って言ってた」
「あの角笛女あぁぁぁっ! 断る理由まで優秀すぎるわああああああああっ!?」
こんなときまで隙なく才媛なホルンの同い年に、聡司はたまらず叫び声をあげる。
彼女とは今回、ほとんど絡む機会はなかったが――それでもこれからもこの部活にい続ける以上は、関わっていくことになるだろう。
というか、本人不在で多数決をしてしまうとか、横暴すぎないだろうか。
そうがっくりと肩を落としていると、慶がニヤニヤと笑みを浮かべて、囁くように言ってきた。
「浮気モノには首輪をつけておこう――って、そういう話にナッタんですよ」
今度同じようなことが起きても、バカみたいに暴走しないように――と。
そう言う慶に、聡司は最後の抵抗とばかりに反論する。
「誰がどこに浮気だよ!? 違うだろ!? というかそもそもこれ、そういう話じゃないだろ!?」
「サーテ、そうデスかネー? 彼女を前にシテも、そんなコトが言えますかネ?」
「だから人の話を……って。……彼女?」
そう首を傾げて、聡司が慶の指差す方向を見れば――
そこには、同じく打楽器パートである、後輩が。
「……」
貝島優が。
無言で、膨れっ面で。
腕を組んで、さらに仁王立ちをして――こちらを、睨んでいた。
「…………」
「じゃ、最後の修羅場もガンバッてくださいネ♪」
思わず固まる聡司に。
慶は心底おかしそうにそう言って、その場を立ち去っていってしまった。
あいつ、本物の悪魔じゃねえか――そんな文句を言う余裕もなく。
聡司は後輩の圧力を前にして、恐る恐る口を開く。
「あ、あのな……貝島」
「……」
彼女はその呼びかけに対して、全く、なにも、言ってくる気配もない。
ただただ、むっすりとしたまま――しかしそれでもなにかを言いたそうに、こちらを見てくるだけだ。
「う、あ……ぅ」
それに半ば、パニックに陥った聡司は――
そういえばこの後輩には、言わなければならないことがあったのを思い出して。
「あ……あのさ、貝島」
気がつけば、それを口にしていた。
「そういえばオレ、おまえに言っておかなきゃならないことがあるんだけど……」
「……?」
「これ……」
さすがに反応して小首を傾げてくる後輩に、聡司は彼女から借りていたスティックを差し出す。
それは軽音部の本番で酷使したせいで、片方はボロボロ、もう片方は既に原型すら止めていないものとなっていた。
借り物を壊してしまったのだ。
それに対して、そしてそれ以外の部分でも――申し訳ないと思っていることは確かで。
けれどもそこに至るまでに、自分のスティックも、一緒にボロボロになってしまったのも確かで。
なので聡司は優に、謝罪の言葉と。
そしてもうひとつ、違う言葉を伝えることにした。
「……ごめん。美原の言う通りだ。バカみたいにやりすぎたせいで、おまえのもんまで巻き添えにしちまった。
だから――今度、買いに行こう。一緒に。新しいやつを」
後輩のものを壊してしまったという、申し訳ない気持ち。
そしてそれ以外にも、たくさんたくさん、迷惑をかけてしまったと思う気持ち。
それがあるから――だったら彼女の分は、自分が弁償するのが筋というものだろう。
どのみち、自分の新しいものだって買いに行かなくてはならないのだ。
だったら楽器屋には一緒に行って、この後輩には、好きなものを買ってやりたかった。
そう思って、こう言ったわけだが――
当の後輩は、それで怒り出すかと思いきや。
なぜかなにかを堪えるように、口をぎゅ、っとへの字に曲げて。
ふるふると震えて、言ってくる。
「……う」
「う?」
「……う、う、う……っうわあああああああん!! 先輩の、ばかー!! ばかーーっ!!」
「え、ちょっと!? なんで泣くんだ!?」
「先輩の、ばかーーーーーーっ!!!!」
「なんでだーーーっ!!??」
そう叫んで、泣きながらこちらをぼかぼかと殴ってくる後輩を。
聡司は戸惑いながら、それでも受け止めることしかできなかった。
どうして後輩がこんなに泣いているのか、意味がわからない。
それはもう、さっき軽音部の部室であったこと以上に意味がわからない。
でも、そんな自分を見ていた同い年たちが――
「あー。また滝田が優ちゃん泣かせてるー」
「ちっちゃい後輩泣かすとか、最低だなあ」
「だめですよ聡司くん。後輩にはちゃんと、分かるように言って聞かせないと」
「おまえら笑ってないで、こっち来て幼女を泣き止ませる手伝いをしろよ!?」
口々と好き勝手に、そんなことを言ってきたので。
聡司はそこから、必死で後輩をなだめる作業を余儀なくされた。
滝田聡司、二年の半ば。
吹奏楽部、打楽器担当。
そしてこれから、副部長になる彼の初仕事は――
「うわあああああん!! ばかー! ばかーっ!! 先輩の――ばかああああぁぁぁぁぁっ!!」
「ご、ごめんごめん貝島! オレもう、どこにも行かないから! 一緒に吹奏楽部でがんばるから!! だから泣き止んで!? お願いだから泣き止んでえええっ!?」
こうして、後輩を泣き止ませることから始まったのだった。




