狂騒の中で
「みんな、盛り上がってるかーい!!」
ボーカルの結城紘斗の声に、うえーい、とか、わー、とかそんな声があがる。
とりあえず、掴みはオッケーかな――と、滝田聡司はその声に内心ほっと胸を撫で下ろして、ドラムのスティックをぶら下げステージの先を見下ろした。
そこには、このライブを聞きに来た人間が大勢いいる。
学校祭二日目、その最後を飾る軽音部のライブ。
今まで演奏といえば、吹奏楽部でのものしか経験がなかった聡司ではあったが――
この歓声で、ヘルプとして来た自分でも十分通用するのだとわかって、知らず知らずに不安に思っていた部分が解消されたようであった。
だが、紘斗はそれではまだ物足りなかったらしい。
マイクに向かって集まった観客たちに、声を張り上げる。
「声が小さーい! うえーい!!」
『うえーい!』
「まだまだー!!」
『うえーい!!』
「うんっ。まだちょっと小さいけど、それはこれからもっともっと、おれらが盛り上げていっちゃうからね!!」
『うえーい!!!』
「よっしゃー!! じゃあ、イカれっちまったメンバーを紹介するぜー!!」
「ああ、なんか聞いたのだいぶ前な気がするな、そのセリフ……」
こっそりと苦笑して、このセリフとともに以前紹介されたメンバーのことを見る。
ベース、石岡徹。
キーボード、岩瀬真也。
そしてボーカル、この結城紘斗に声をかけられることで始まった、このステージを――
「うえーい!!」
聡司は先ほど彼に言われた通り、馬鹿みたいに、超スゲーものにすることにした。
♪♪♪
しかし、バカはバカさ加減において、さらに聡司の予想の斜め上をいっていたのである。
「ねえねえねえ。みんなも歌おうよー」
数曲を演奏して、さらに次の曲を始めたとき――
紘斗はいきなり、そんなことを言い出したのだ。
「知らない人は手を叩いて! ホラ、こんな感じに!」
そう言って、紘斗はギターを持っていた手を離して頭上で手を叩く。
そのリズムは、ドラム叩きである聡司にとっては甘いというか、軽く調子っぱずれのものにしか聞こえなかったが――
「そうそう、その調子、その調子!」
曲を知っていた誰かがいたのか、客席のどこかで、手を叩く音が始まった。
それに釣られて、だんだんとその輪が広がっていく。まだ曲は始まっていない。けれどその盛り上がりは、今までどこかにあったステージと客席との距離を、力ずくでぶち壊すくらいのものになっていた。
「まったく。コイツは本当、一緒にいて飽きんな――ッと!」
それに、徹がベースで応戦する。そろそろ歌が始まるぞ――というように、全員に向けて弦を豪快に弾いて合図を飛ばす。
「くそ、あの馬鹿。なんでボクの仕事量を増やしてくれるんだ――っ!」
そしてキーボードを叩く真也も、コードを弾くのと一緒に右手でメロディーを演奏しだす。
本来はそこまでしなくてもよかったのだが、歌を歌う観客への補助のためだろう。これまでやってこなかったことを、この本番の一発でやってのける彼の技量は、知ってはいたがすさまじいものだ。
だが、その顔は口では紘斗のことを罵りつつも妙に楽しそうで――それが彼の技量を、さらに底上げしているのかもしれない。
「……はは」
それに、聡司も。
紘斗の予定外のパフォーマンスに引き伸ばしていた前奏を、たたんで次に行くために動き出した。
まったく、あの野郎、なんの打ち合わせもなしに何してくれるんだ。
こんなの――楽しくて笑っちまうだろうが!!
「いくぞ、テメエらッ!!」
『応よッ!!』
そして、再びのカウントとともに曲が始まる。
それは、どんちゃん騒ぎの曲だった。
ロックで、馬鹿っぽくて、ひたすらにこの場にふさわしい。
その中で、忙しくドラムを叩き回る。リズムパターンが動きっぱなしで、一息なんてつく暇なんて全然ない。
ただひたすら打ち込む。打ち込む。打ち込む。
けど――楽しい。
すると間奏に入ったところで、バカがまた馬鹿なことを言い始めた。
「みんな、ここはライブなんだよ!」
狂騒と熱気が渦巻くステージから――さらにこの場にいる全員を巻き込むために。
「教室でもテスト中でも、自分の部屋でもなんでもないんだよ! だからもっと――おっきな声で叫んじゃっていいんだよ!!」
「――ッ!!」
それが、聡司のネジを飛ばした。
無意識にかけていたリミッターが弾け飛んで、どっかに行く。
もっと叩いて。
もっと叫んで。
それまで被っていた理性の皮がなくなって、どこかが狂ったような自分が顔を出す。
そいつは目をギラギラさせて、全部を喰らい尽くすように大音量でそれまで以上のリズムを叩きだす。
キープされていたテンポが崩れて、少しずつ早くなっていく。先輩は、熱くなると走る傾向にあるんですよ――というちっちゃい後輩の声が聞こえてきた気がしたが、それも掻き消えた。
早くなっていく呼吸と鼓動に合わせて、刻むペースが上がっていく。
狂熱と喧騒に浮かされて、強く強く叩きつけるようにスティックを振り下ろす。
馬鹿だとかおかしいとか言われようが、それはもう止められなかった。『それ』はいつも心の中にあって、解放されるときを待っていたのだから。
やってやれ。
おかしくなるくらい。
その言葉の命じられるままに、ひたすら叩いて、叩いて、叩く。そして、その先には――
「……っは!」
気がつけば今まで聞いたこともないような大歓声の中に、自分がいた。
なにが起こったのか、自分でもわからなかった。
けれど、これを引き起こしたのは間違いなく自分で――
「あ、あははっは、はは……」
そう思うと妙に愉快になってきて、聡司は声を引きつらせて、笑った。
これは今日のこれまでのライブで、一番の大歓声だ。
その大音量の中で、持っていたスティックが、ピシリと音をたてるのが聞こえた気がしたが――なんだかもう、それがあまり重要なことだとは思えなかった。
「いやー、すごかったね今の! みんな、最高!!」
そう――最高だ。
バカで狂ってて、最高だ。
そう思って――聡司は次の曲のため、もう一度スティックを持ち上げた。
頭の片隅で吹奏楽部の、あの後輩の姿がちらついたものの――聡司は、そんな小さな姿に呼びかける。
ごめん――貝島。
オレ、もう、そっちに戻れないかもしれない。




