シング・シング・シング
きのう、食え、と言われて差し出されたクレープを、彼女が。
豊浦奏恵が戸惑いつつも食べていたのを、滝田聡司はは確かに目撃していた。
♪♪♪
「あとはおまえの番だ、存分にぶちかましてやれ、豊浦……!」
そう、心の中で彼女にエールを送って。
聡司はドラムの席に座って、次の曲の準備を始めた。
学校祭二日目、吹奏楽部ミニコンサート。
それはもう終盤に差し掛かり、あとはもう、残すは一曲というところになっている。
『シング・シング・シング』。
それはスウィングジャズの吹奏楽アレンジ曲として、非常に有名なものであった。
そしてまた、きのう奏恵が吹ききれなかった、トランペットのソロがある曲でもある。
しかし今までのところ今日のコンサートは順調で、聡司は機嫌よく手に持ったスティックを一回転させた。自分や同い年たちの活躍もあって、これまでの曲は非常にいい出来になっている。
だからあとはここで、奏恵が自分の分をやり切るだけだった。
それでこの演奏会はめでたく終了し、大盛況のまま自分は次の舞台に行けるのだ。そう思って彼女を見れば――しかし奏恵はきのう同い年にクレープを差し出されたときと同じように、少し困ったような、戸惑ったような顔をしていた。
まだ自分がどこになにをぶつけていいか、よくわからないでいるような。
まったく、そのままこの流れに乗ってしまえばいいのに、どこまでも難儀なやつだった。
まあ、けれど。
「毒を食らわば皿までも、クレープ食べたきゃどこまでも――こうなりゃオレたちゃ、とことん付き合ってやるぜ、豊浦ぁ!!」
これが終わった後に、彼女と笑って話ができるように。
聡司は不敵に笑って、回し終えたスティックでカウントを始めた。
♪♪♪
はじめは、自分ひとりだけでドラムを叩いていた。
最初に楽譜を渡されたときは、なにがなんだかよくわからなかった。そのときの自分は現状に不満ばかり持っていたくせに、いざ好きにやれと言われたら、自分でも自分の『好き』がよくわからなくて、めちゃくちゃに叩いたらいろんな人に迷惑をかけていた。
「そういえばあのときは、ほんとすまんかった……春日」
そのとき一番振り回してしまった次期部長へ、そういえば今まで謝っていなかったことに気づいて、聡司は小声で彼女にそう言った。今は本番中で、きっと自分がなにを言ったのかは聞いていないと思うが、それでもあいつが『大丈夫ですよ』と言って笑うことだけは、容易に想像がついた。
トロンボーンの伴奏が聞こえる。あのマイペースのトロンボーン吹きは、今この瞬間も相も変わらず、パキパキバキバキと楽しそうにこれまで出してこなかった本気を、惜しげもなく出している。
「ありがとよ、永田」
そんな現在進行形で力を貸し続けてくれている彼女に、聡司は素直に礼を言った。
というか、トロンボーンのセカンドが全員を食うほど吹くというのは、果たしてどうなのだろうとも思うが――まあ、それでも彼女に釣られる形でかなりの部員の音が変わってきたため、それはそれでアリなんだろうと思うことにしておく。
本番なんて、やったもん勝ちだ。
その言葉を、トロンボーンの合間から聞こえるトランペットのあいつに伝えたかった。今もどこか燻るような音を出している彼女に、もっとやっていいんだぞ、と言いたかった。
だからドラムを叩き続ける。
軽音部に行こうが吹奏楽部に残ろうが、それだけは決して変わらない。
それが自分が彼女にできる、精一杯のことなのだと思った。胸を張って思い切り叩いて、それでどうなっても、これでよかったんだね、と笑って言い合えるような、そんな未来がほしかった。
「だからそんなしみったれてないで、ちゃんと『好きに』叩けってか――美原」
そこで、一番最初に『一緒に好きにやろうぜ』と持ちかけてきた彼女が、これまでの演奏から一気に音色を変えて吹き始めたのを聞いて、聡司は笑い出しそうになった。
だったらお望み通り、好きにやってやるさ――と、そこからリズムを切り替えて、思い切りやりたいように叩き始める。
泣いて怒って、気がついたら笑って――そんな、振り返ってみたら意外と好き勝手やってた自分たちには、結局その道しか残されていない。
これじゃあ後輩に文句を言われてもしょうがない。けれどこれが自分たちだから、どうしようもない。
不器用でヘタクソで、でも心の限りやることでしか、どこにも価値を見出せない。
そんな先輩たちだから、もうその背中でしか示せるものがないのだ。
ノリよく。
テンポよく。
そしてなにより楽しげに。
ソロだろうが高音だろうがなんでも来い。『歌え・歌え・歌え』。
自由に伸び伸びとただ心のままに。それだけができればもう文句はない。それは今までずっとそうで、そしてこれからもずっと、そうなるはずだった。
だから聡司は、これからもう一度あのソロを吹く、奏恵へと声をかけた。
「行ってこい、豊浦」
「あー、もう、あんたらねえ……」
自分の席から客席の前へ出ようと歩いていた彼女は、一度足を止めて呆れた顔でこちらを見る。
「ほんと、馬鹿じゃない? なにこれ。メチャクチャよ」
「でもこういうの、嫌いじゃないだろ?」
そんな奏恵に、聡司はニッと笑ってそう答えた。
あのとき迷いつつも、差し出されたクレープを口にした彼女は――なんだかんだ言いつつ『こちら側』に来てくれる。
そんな、予感めいた確信があった。
すると、こちらの言動に噴きだした奏恵は。
「あー、もう。あんたらほんと、馬鹿じゃないの?」
そう言いつつ、こちらに向かって苦笑いをして。
おかしそうに、再び、客席に向かって歩きながら。
「こういうことされたら、さあ」
顔を上げ。
よく通る、耳の芯を揺さぶるような声で――
「あたしも――黙ってちゃいられないのよねえ!?」
そう叫んで、そこから輝くような大音量を奏で始めた。




