彼女の『本気』
――と、そうは言ったものの。
やはり二日目の演奏というのは、違うものだな――と、滝田聡司は自身もその最中にいながら、周りの状況をどこか冷静に捉えていた。
学校祭、二日目の吹奏楽部ミニコンサート。
一日目のきのうと違って、二日目の今日は、その演奏は少し落ち着きを取り戻したものとなっていた。
単純に舞台慣れしたおかげというか、心の準備ができたおかげなのだろう。きのうのそれは、爆発しかねない音の塊のような状態だったが、今日のそれは各自が自分の音をある程度制御できているというか、少なくとも、そうしようという意思が透けて見えるものとなっている。
多少は理性が利いている、とでもいうのか。
本能のままに暴れまわるのも、それはそれでアリかもしれなかったが――しかし軽音部と違って大人数の吹奏楽部でそれをやってしまうと、収拾がつかなくなるため、やはり今日のような演奏の方がいいのだろう。
しかし――
「……むう」
それだと、どうにも気分的には少し物足りないような気もして。
聡司は自分でも手の届かないどこかが不完全燃焼になっていることに、唇を尖らせた。
確かに、コンクールでやるようなこういうクラシック系の曲は、調和がなければ成り立たないのだろうが。
けれどももっとこう、なんというか。
そんな中にあっても瞬間的に熱く燃え盛るような、そんな感じにやりたいと思っていたのだが。
こんなときでさえ、ここはこうなのか。
そんな、これまで吹奏楽部にいるときに感じていた、どうしようもない『飢え』に、聡司が苛立ちかけたとき――
「……ん?」
一瞬、聴覚にいつもの練習では聞いたこともないような音が、引っかかってきて。
思わず聡司は、その音がした方向へと顔を向けた。
そのときはもう、その感覚の名残は残っていなかったが――
しかし『それ』を引き起こすくらいの、実力を秘めた人物なら。
「永田……?」
今見えている中でひとり、心当たりがあった。
そこにいる、トロンボーンの永田陸が。
そういえば、彼女が本気を出したところなど――これまで聡司は、一度も見たことがなかった。
♪♪♪
何日も部活に顔を出さなかったと思えば、いきなりふらっとやってきて、誰よりも上手く吹き、また何日もいなくなる。
これまで永田陸という部員は、そんな存在だった。
本人曰く、「そんなにがんばっても誰も応えてくれないんじゃ、つまらないだけだからな」などということだったが――
「……はは。ついに動いてきやがったか、あのぐうたらマイペースめ……っ!」
きのう彼女自身が宣言した通り。
ここに来て陸が本気を出し始めたことで、演奏はここにきて、また新たな局面を迎えつつあった。
プログラムが進んでいくにつれて、彼女の音は、パキン、パキン、パチン、パチン――と。
音がはまっていく音がしていくような、圧倒的なものとなっていく。
彼女が歯切れよく音を出すことによって、演奏全体が引き締まり、鋭さを増していった。
かと思えばゴッ――という分厚い音を出してきて、ハーモニーの響きが段違いに変わっていくのだ。
まさに、八面六臂の大活躍だ。こりゃあ、終わった後もう一回、あいつにゃクレープ食わしてやらないと割りに合わねーな、と聡司はきのうの陸の生クリームだらけの顔を思い出して、口の端を吊り上げた。
なにがつまらない、だコンチクショウめ。
おまえだって、スゲーおもしろいことできるんじゃねーか。
彼女に火を付けられて、自分でも出口のわからなかった膨大な熱量が、引き出されていくのを感じる。
それはひとりでドラムを叩いて暴れまわるのとは違う、誰かがいたからこそ出せる音だった。
まあ、そんな彼女に火をつけたのも、思い返せばまた自分だったのだろうが――
サンキュー、永田。
おまえには後で浴びるほど生クリーム食わしてやるよ――と心の中でつぶやいて。
聡司は目の前の太鼓の芯を叩いた。
迷いなく振り下ろされたバチから、ずんっ、と響く音がして――それがまた、周囲の大勢に伝播していく。
刻む太鼓は鼓動のように。
跳ねるシンバルは煌きを振り撒くように。
同じビートを刻む低音楽器の次期部長はもちろん、サックスのあの人を食ったチェシャ猫も、それに乗って勢いを増していった。
誰かの本気を、誰かの本気が受け止めて――その輪はどんどん広がっていく。
そしてそれは、トランペットの彼女のところにまで――
「よっしゃ、行け、豊浦……っ!」
音をたてて届いて。
どこかで見えないなにかに囚われていた、彼女の鎖まで。
その響きは、見る間に断ち切っていった。




