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ボクとピアノ

「なあ岩瀬。そろそろ軽音部の練習来いよ」


 滝田聡司(たきたさとし)は、教室で岩瀬真也(いわせしんや)にそう声をかけてみた。


 学校祭限定でキーボードを担当することになった彼は、一度練習に来て以来めっきり来なくなっていた。

 軽音部の連中が不真面目で、真面目に練習してるこっちが馬鹿みたいだ――そう真也が怒鳴って帰ったのは、しばらく前の話だ。


 しかしさすがに、本番まで全く合わせないというのは聡司にとって歓迎できる話でもなかった。

 オレもオレで助っ人なのに、なんでこんなことやってんだ? 自分でそう思いながらも、聡司は銀縁メガネの優等生にさらに声をかける。


「あいつらはあいつらで、一生懸命やってるんだよ。だから今度の練習来いよ。な?」

「あれのどこが一生懸命だ。悪いがボクにそんな時間はない」


 塾があるんでな、とやはり機嫌が悪そうに言う真也に、聡司はコイツどうしたものかと苦笑いした。

 こんな態度でも彼の腕は本物だ。

 昔ピアノをやっていたというのは伊達ではないのだろう。それどころか、かなりちゃんとやっていたクチらしい。

 そんな彼が来てくれれば、軽音部もまた全然違うものになるはずだった。

 どうしたもんかなあと思っていると、真也はぽつりと言った。


「……久しぶりだったんだよ。ピアノ弾くの」

「おい、あの演奏でか?」


 久しぶり、というにはだいぶ出来上がっている状態のように見えたが。

 真也の弾きっぷりを思い出して聡司が驚いていると、彼は少しふてくされたように言った。


「塾とか勉強とか……忙しくなって辞めて、それ以来だったんだ。それがあのバカに頼まれて、軽音部手伝うことになって――正直言うとすごい不安だった。弾けんのかって。でも……一回ピアノの蓋開けて、鍵盤押して音が出たときに、意味がわかんないくらい嬉しくなったんだ。だから夢中で練習してた」


 時間なかったけど、練習して、思い出して――あのくらい弾けるようになった。

 だからこないだあのバカどもが全然ちゃんとやってないの見て、すごい腹が立ったんだ。

 真也はそう言って、両手の指を少し動かした。


「……もう辞めちゃったけど、ボクは結構ピアノが好きだったみたいだ。それを思い出させてくれたことは感謝してる。けど、あの状態じゃまた練習に行く気にはなれない」

「あー。じゃあ、あいつらがもうちょっと真面目にやるようになったら練習に行くと。そういうことだな?」

「……なんでそうなる」


 自分のセリフを裏返して言われたことに、真也は半眼になったが――

 やがて、困ったように視線をそらした。


「……まあ、弾ける場所があるなら、行く」

「別にいいんじゃねえかそれで。好きなんだったらやればいいだろ」

「……簡単に言うなあ」


 あっさり言う聡司を呆れたように、そして少しだけうらやましそうに見てから真也は言った。


「……まあ、なんだ。そこまで言うんだったら、時間みつくろって行ってやってもいい」

「おまえさ、その性格絶対に損してるぞ」

「部活に入ってるおまえとは違って、こう見えてもボクは忙しいんだ。だから、そのときになったら呼んでくれ。じゃあな」

「あ、おい」


 スタスタと足早に去っていく真也を聡司は追いかけようとして、やめる。

 彼は条件付きで戻ることを約束してくれたのだ。なら今これ以上話し合うより、その条件をクリアした方が手っ取り早い。


 軽音部の連中を、今までよりもう少し技術的に真面目にさせること――


「……あれ? それって全然手っ取り早くなくねえか?」


 ふと気付いてしまって、聡司ははっとした。

 真也がさっさといなくなってしまったのは、ひょっとしたらそれが面倒だったんじゃないか――そんなことを考えながら、聡司はどうしようかと首をかしげた。

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