中三の夏休み
学校が夏休みに入る前に、自分の部屋の机の前の壁に画鋲で留めた紙は、日焼けをしたみたいで、少し変色している。
中学校生活も最後の一年。その夏休みに入る前に立てた五つの目標が箇条書きで書かれている。
五つのうち、上の四つは終わったことを示す「×」印で消されている。
一番下に書かれている目標にだけ「×」印が書かれていない。だけど、「告白」と書かれている部分を二本線で消して、「デート」に書き換えていた。
目標その一! 八月第三週までに宿題を終わらせること!
いつも八月の最終日に必死になって終わらせていたけど、今年こそは余裕をもって終わらそうと計画を立て、目標どおり達成をすることができた。
目標その二! 初めてのアルバイトをすること!
夏休みの間、親戚のパン屋さんでアルバイトをした。
私の中学ではアルバイトが禁止されていて、私はまだアルバイトをしたことがなかったけど、可愛いお洋服とか買いたいものがいっぱいあるから、高校生になればアルバイトをやるつもりだった。だから、そのための練習という意味で、パン屋さんでレジのバイトをやらせてもらった。学校には、アルバイトではなく、あくまで親戚の店のお手伝いということで話していたけど、ちゃんとアルバイト代をもらったことは内緒。
目標その三! 初めて美容院に行くこと!
今まで、髪は母親に切ってもらっていたけど、来年から高校生なんだから、美容院デビューをしておこうと思って、アルバイトでもらったお金で初めて美容院に行った。
「お客様、もっとリラックスしていただいてよろしいですよ」
洗髪の時、緊張していたせいか力が入っていたみたいで、美容師さんに言われちゃったけど、気持ち良かった。髪も自分が思い描いていたままの髪型になっているのがうれしかった。
目標その四! マニキュアとペディキュアを初めて塗ること!
学校に行っている時は、水泳の授業とかあるから塗れないけど、これも練習だと思って、夏休みの最初の頃に塗ってみた。艶々と輝く自分の爪を見て、一人で喜んでいた。
目標その五! 斉藤君に告白すること!
三年で同じクラスになった斉藤君は、同じ小学校から進学したけど、今まで同じクラスになったことがなくて、話をしたこともなかった。
でも、私の幼馴染みの男の子が斉藤君と仲良しになって、その子を含めたグループでよく遊びに行くようになり、ラインのグループ登録もして、いつでも連絡が取れる状態にはなっていたけど、やっぱり、斉藤君にだけメッセージを送るのが恥ずかしくて、ずっと、できなかった。
だけど、私と違い、勉強ができる斉藤君は私が進学できる高校になんか行かないだろうから、中学最後のこの夏休みの間に自分の気持ちを伝えておきたかった。
でも、「好きです」だなんて、いきなり言えないから、「二人で遊びに行こう」ってメッセージを送った。
ピンポーン!
来客を知らせる音が鳴った。ドアを開け放していている二階の自分の部屋からでも聞こえた。
「はーい」と言って、母親が玄関ドアを開ける音がした。
ドキドキしながら待つ。
「まいどー! 生協でーす!」
力が抜けた。
玄関にいくつか発泡スチロールの箱が置かれた音が聞こえた。
「以上ですね?」
「はい。ご苦労様でした」
配達した商品の確認が終わったようで、生協さんは「じゃあ、失礼します!」と言って、玄関から出て行ったようだ。
「本当に来てくれるのかな?」
不安でいっぱいになる。
でも、行くと約束してくれたんだ。私と二人きりで遊びに行きたくないのなら、適当な言い訳をして約束しなければ良い訳だし。
ちょっと遅れているだけだよ。
そう自分に言い聞かせながらも時計を見ると、約束の時間から十分過ぎている。
もう! 初デートに遅刻ってどういうことよ!
絶対に怒ってやる!
「寛子!」
突然、母親が大きな声で呼んだ。
二階にある自分の部屋から出ると、「斉藤君が来てるわよ!」と続けて、母親が大きな声で言った。
階段を降りると、玄関先で生協の配達品を仕分けている母親の横で、斉藤君が肩で息をしながら立っていた。
「ごめん。朝、寝坊しちゃって」
「ひょっとして、昨日、眠れなかったの?」
母親が冷やかすように言うと、「ちょ、ちょっと」と照れた斉藤君が後頭部をかいた。
見ると髪がボサボサで、後頭部には寝ぐせが付いていた。
……そんなに慌てて駆けつけてくれたんだ。
「だ、大丈夫だよ。時間、まだ、いっぱいあるから……。あっ、お、おはよう」




