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女芸人にも春が来た?

 ――クシュン!

 あ~、もう、やだ!

 花粉症とは、私が物心ついた時以来のつきあいだ。

「あんたなんか私の好みじゃないんだから、もう二度と私の前に姿を現せないで!」と、男と花粉症に一度は言ってみたいけど、彼氏いない歴十六年の私の前にそんな男子が現れるはずもないし、花粉症はそもそも人の言うことをきく奴じゃない。

 などと馬鹿なことを考えながら、駅から学校までの通学路を歩く。

 公園沿いにある桜並木が春真っ盛りなのを教えてくれているけど、いつも以上にボ~としている頭が春うららな気持ちを感じることはなかった。

 昨日から私も高校二年生に進級した。

 クラス替えがあったけど、親友の恵子が引き続き同じクラスだったから、これからも二人でカップルを呪う邪気を放ちつつ、お互いを慰め合う日々が続くだろう。

 ――クシュン!

 駄目だ。鼻水が出てきた。

 私が立ち止まり、ジャケットのポケットからティッシュを取り出そうとすると、目の前にポケットティッシュが差し出された。

 その腕の先を見ると、新しくクラスメイトになった渋谷君だった。

「はい。使って」

 優しげな微笑みがまぶしい! 目がつぶれるかと思った。

 そうなのだ。渋谷君は、うちの学校で十年に一度現れるかどうかというほどのイケメンで、去年は隣のクラスで、話をすることはなかったけど、昨日からは同じクラスになり、それも私と席が隣同士で、いっぱい話もできて、私の一生分の幸せを昨日一日で使い果たさせてしまった男子だ。

「じ、自分で持ってる」

「杉野さん、昨日も授業中、つらそうだったけど、花粉症?」

 渋谷君が、差し出していたティッシュをズボンのポケットにしまいながら、私に訊いた。

「うん。私の一番古い友達」

「友達なんだ?」

「早く縁を切りたいけどね」

「ははは」

「渋谷君は、花粉症はないの?」

「あるけど、杉オンリーだから、四月にはほぼ治まってる。今の時期だと、杉野さんのはヒノキ?」

「杉野だけに、もちろん杉もあるけど、ヒノキの方がひどいかも?」

「あははは。杉野さんって本当に面白いね」

 あなたのようなイケメンと見つめ合いながらマジな話ができるとでも?

「そ、それより、渋谷君」

「何?」

「自然に私の隣を歩いているんですけど、良いの?」

「あっ、迷惑だった?」

「私は迷惑なんかじゃないけど、渋谷君が特定の女子から責められるんじゃないかなって心配しているの」

「特定の女子なんていないよ」

 本当かなあ?

 でも、確かに今まで渋谷君と女子とのツーショットは見たことない。

 てか、今、私とツーショットになってるじゃん!

「と、特定の女子がいなくても、他の女子から変に誤解されちゃうよ」

「同級生なのに、朝、会って、知らんぷりしてるのって、そっちが変だよ」

「そ、それはそうだけど」

 そこで私は、鼻水が垂れる寸前まで来ていることに気がついた。

 私はポケットティッシュを一枚取り出してから、鼻に当てた。

「ちょっと、私、鼻をかみたいから、先に行ってて」

「待ってるよ」

 私が立ち止まると、渋谷君も立ち止まった。

「あのねえ。一応、私も乙女ですから、鼻をかむところを渋谷君に見られたくないの」

「杉野さんもそんな恥じらいがあるんだ?」

「わ、私はどんな女に思われているんだろ?」

「あははは、ごめん、ごめん。じゃあ、後ろを向いているから思う存分、鼻をかんで良いよ」

 私に背を向けた渋谷君に私も背を向けて、いつもよりはおしとやかに鼻をかんだ。

 この時期はいつも鞄に入れている小さなゴミ袋にティッシュを入れてから、渋谷君の背中に「終わったよ」と言うと、渋谷君はくるりと振り向いた。

 その顔は少し照れくさそうに微笑んでいた。

「杉野さん。いきなり馴れ馴れしくして、ごめんね」

「い、良いけど」

「杉野さんと同じクラスになれてうれしかったんだ」

「えっ?」

「去年、僕のクラスでも杉野さんのことが話題になっててさ。僕もずっと、杉野さんと話してみたかったんだ」

「わ、話題って?」

「隣のクラスにM1グランプリでも優勝できるほどの面白い女子がいるって」

 ……少しは自重しろ、私!

「いつも楽しそうに笑ってて、周りには友達がいっぱい集まってきててさ。みんなの人気者だよね」

「女子限定だけどね」

「僕も入れてよ」

「はい?」

「杉野さんの友達にさ」

「べ、別に男子を排除しているわけじゃないから、い、良いけど」

「やった!」

「な、何でガッツポーズ?」

「望みが叶ったからに決まってるじゃん」

「望み?」

「だから、杉野さんの友達になること」

「そ、そんな、望むようなことじゃないと思うけど?」

「ううん。去年からずっと思っていたんだ。杉野さんが振りまいている笑いの輪の中に入りたいって」

「私はお笑い芸人ですか?」

「みんなを笑顔にしてくれる最高のお笑い芸人だと思うよ」

「……それ、褒めてるの?」

「当然だよ」

 そこで渋谷君は笑顔から懇願するような表情に変わった。

「でもさ。ときどきは、僕専用のお笑い芸人もしてもらいたいな。今みたいに」

「……はい?」

 

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