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母娘共同戦線

「火の用心~!」

 カンカン!

 お馴染みの掛け声と拍子木の音が次第に大きくなる。

 うちの商店街の青年部有志による夜間巡回が近づいて来ている。

 それに併せて、私の鼓動も早まる。

「直子! 来たよ!」

 私と向かい合ってコタツに入っている母親が嬉しそうに言う。

「分かってるよ」



 二月十三日。昨日の夕方。

 家族に手作りの現場を見られるのが照れくさくて、母親が商店街の会合で出掛けた隙に、バレンタインチョコを台所で作り出した。

 父親は家業である八百屋の店頭にいて、弟の正彦は野球部の部活から帰ってきていない。

 今しかないと作り出したは良いけど、チョコの手作りなんて初めてだったから、手際が悪かったのか意外と時間が掛かってしまい、また、商店街の会合も思っていたよりは早く終わったようで、帰ってきた母親に現場を見られてしまった。

「直子! それ、誠一君にあげるのかい?」

 バレバレだった。

「ぎ、義理だよ、義理! 誠一には、それとなくお世話になってるし」

 誠一は、同じ商店街にある「大澤理容店」の一人息子で、私とは小学校からずっと同じ学校だという幼馴染みというか腐れ縁の男の子だった。

 ずっと、遊び仲間という認識だったのに、高校生になった頃から、誠一が私の心のど真ん中に居ついてしまっていた。

 別段、イケメンというわけでもないけど、真面目だし、話は面白いし、容姿などで人を差別したりしないから、学校では男女を問わず人気があった。

 でも、彼女と呼べる女子はいないはずで、私はそうなりたいと思い悩んでいたけど、告白する勇気がなかった。

 でも、私たちも今年の四月には高校三年生になり、同じ高校にいられるのもあと少しだと思うと、どうしても誠一に私の気持ちを伝えたかった。

 なのに今日。二月十四日。

 学校で誠一と二人きりになれる機会がなくて、ついに渡せないまま、チョコを家に持って帰った。

「直子! 渡せたかい?」と、なぜか楽しそうな母親に「渡せなかった」と告げると、「じゃあ、誠一君に家に来てもらうかい?」と、また、お節介を焼いてきた。

「そ、そんな、『チョコ渡すからうちに来い』なんて言えないよ」

「じゃあ、直子が誠一君の家に行ってきな」

「や、やだよ。恥ずかしい。……一日や二日、遅れても大丈夫だって」

「でも、今日、渡したいだろ?」

「そ、それは……」

 そうだよね。今日はそれだけ特別な日なんだよね。

「母ちゃん!」

 ガラスの引き戸一つで店頭に出られる居間に、女心など無縁の父親が入ってきた。

「今晩の巡回、誠一君と智紀君なんだってさ。いつもどおり、家に上げるから準備しといてくれ」

 母親が何かをたくらんでいる顔になった。



「火の用心~!」

 誠一の声だ。

 世話好きで商店街の役員を長く務めているお父さんの遺伝なのか、誠一も商店街の活動に積極的に参加していた。

 暖房の使用が多くなる冬に「火の用心」巡回をするのは商店街の青年部が中心になって昔から行われていて、同じく商店街の役員をしている私の父親も、若い頃には、ずっと参加していたらしい。

 ということもあって、父親はいつも、巡回してきた若者を呼び止め家に上げ、お茶をふるまっていた。

 まだ営業している店の前で父親の大きな声が響いた。

「二人ともごくろうさん! 寒いだろ? まあ、上がって、お茶でも飲んでけ!」

 居間の引き戸が開くと、父親と誠一、そして中山精肉店の息子で弟の正彦と同級生の智紀君が入って来た。

「巡回の途中だから長居はできないだろうが、まあまあ、座れ!」

「すみません」

 父親に頭を下げた誠一は、こたつにいた私に「よう!」と挨拶をした。

 弟と遊ぶためによくこの家に来ている智紀君も、「こんばんは!」と笑顔で挨拶をした。

「こんばんは。二人ともご苦労様です」

 心の中の緊張を隠して、私も二人に頭を下げた。

 私の真向かいに座っていた母親がお茶の支度をするため立ち上がり台所に向かうと、そのあとに父親が座り、誠一と智紀君は両脇に座った。

「誠一君も智紀君も積極的に参加してくれてて、ほんと、ありがたいよ」

「親父からは、うちの商店街の伝統だから受け継いでくれと言われているんで」

 照れて誠一が言った。

「そうなんだよ。でもさあ、最近はこの商店街の近くにもマンションとがが増えてきて、拍子木の音がやかましいなんて苦情を言ってくる奴もいてさあ。世知辛い世の中になっちまったもんだぜ」

 父親が愚痴をこぼしていると、母親が、なみなみとお茶が注がれた湯飲みを二つと、お漬け物、茶菓子をお盆に載せて持ってきた。

 そして、「こんなもんしかないけど、ひと息吐いてちょうだい」と、誠一と智紀君の前に湯飲みを置いた。

「ありがとうございます! いただきます!」

 誠一と智紀君がひとくちお茶を飲んだところで、母親が智紀君に「正彦は部屋にいるから、行ってみれば?」と声を掛けると、勝手知ったる智紀君は居間から出て行った。

「父ちゃん、お客様が来てるんじゃない?」

 間髪入れず、母親が父親に言った。

「えっ、誰も来てねえよ」

「さっき、人影が見えていたんだよ。やっぱり、店を無人にしておくのも物騒じゃないか。そうだ! ほうれん草もちょっと弱ってきてた気がするよ!」

「そ、そうか?」

「そうだよ! とにかく、ちょっと来て来て!」

「な、何だよ」

 母親が父親の襟首を掴むようにして店に連れて行ってしまった。

 居間には、私と誠一だけが残った。

「おじさんとおばさん、相変わらずだな」

「う、うん」

 苦笑する誠一と目が合って、何となく照れくさくなって、私は目を伏せてしまった。

「ほうれん草、大丈夫じゃねえか!」

「あれえ? じゃあ、カボチャだったかなあ」

「どんな見間違いしてんだよ?」

 店から父親と母親の大きな声が聞こえてきた。

 ――ありがとう、お母さん。

 私は顔を上げて、誠一を見た。

「誠一! わ、渡したいものがあるんだ」

 

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