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クリスマスに誓う雪辱

 掲示板に貼り出された二学期期末試験の校内順位表の前で、私は悔しさのあまり、拳を握りしめていた。

 入学以来、ずっと学年一位をキープしてきたのに、まさかの二位。

 一位には、見たことのない男子の名前が掲載されていた。その名前の横に記載されているクラスは、二年四組。隣のクラスなのに、全然、知らない人だ。

 教室に戻った私は、同級生の清香に、四組の「久野秀幸」なる人物について尋ねた。

「智美、知らないの? 二学期から転校してきて、今、女子に大人気なのに」

 知らなかった。

 ともに教師の両親は、勉強をしろと口やかましく言わなかったけど、六歳上の兄がずっと学校で一番の成績を取り続けて大喜びする両親の姿に、無言のプレッシャーをずっと感じていた私にとって、勉強で良い成績を取ることは至上命題だった。

 だから、幼稚園時代からずっと塾通いをしていて、一緒に遊びに行くような友達も作らずに、同級生ともそれほど話をすることがなかったからか、隣のクラスにそんな男子が転校してきていたなんて、まったく知らなかった。

 ちなみに、清香は、小学生時代に同じ塾に通っていて知り合った、クラスでは数少ない私の友人だ。

 今、私が通っている高校は、県内では超難関と言われている進学校で、そこでトップをひた走ってきた私のプライドを粉々にした久野君を、休憩時間に清香と一緒に見に行った。

「ほらっ、あそこにいる男子だよ」

 四組の教室の窓越しに、清香が指差す先には、男子数名に囲まれて談笑している、背の高い男の子がいた。

 隣のクラスだから、廊下で何度もすれ違っているはずなのに、今まで見た記憶がない。

 そして、清香が言うとおり、女子に人気があるというのもうなずけるくらいにイケメンだ。

 少し胸の奥がキュンとしたけど、すぐに、「絶対に負けたくない!」という気持ちが心に充満した。

 久野君を取り囲んでいた男子が、じっと見ていた私に気づいたみたいで、私を指差しながら、久野君に何か話していた。

 私の顔を見た久野君は、ニコニコと笑いながら、教室の出入り口から出て来て、私の前にやって来た。

「やあ! 三組の堀内ほりうち智美ともみさんだよね? 今さらだけど、初めまして」

 何、こいつ? 何で、こんなに爽やかなの?

「は、初めまして。久野ひさの秀幸ひでゆき君ですよね?」

「僕の名前を知っていてくれてるなんて、光栄だな」

「掲示板の一番上にお名前が載っていたので」

 我ながら、嫌みたらしい言い方だなって、ちょっと自己嫌悪した。

「今回は、まぐれだよ。聞くところによると、堀内さんは、一年の時から、ずっと一位だったらしいね。それこそ、実力ってやつだよ」

 爽やかすぎて、嫌みたらしく聞こえない。

 何だか、私は途方もない敗北感に打ちのめされてしまった。

 ガリ勉女子の典型のような私と違い、友人もいて、女子にも人気があって、見た目も爽やかなイケメン。なのに頭も良い。私が敵うところなんて、どこにもないじゃない。

「ごめんなさい。久野君に特に話があって来た訳じゃなくて、私も久野君のことを知らなかったから、どんな人かと思って、見に来ただけなの。それじゃあ」

 私は、清香を伴って、自分の教室に戻ろうとしたが、「待って! 堀内さん!」と、久野君から呼び止められ、立ち止まり、振り返った。

「堀内さんは、何かクラブに入ってるの?」

「は、入ってないけど」

「じゃあ、ボランティア部に入らない?」

「ボランティア部?」

 そんな部があったなんて初めて知った。隣の清香を見たけど、知らなかったみたいで、首を横に振っていた。

「僕が立ち上げたんだけど、部員が少なくてさ。うちのクラスはもちろん、知り合った人みんなを勧誘しているんだ」

「どんな活動をしているんですか?」

「放課後や休日に募金活動をしたり、近所の一人暮らしのお年寄りの家を訪問して、困っていることのお手伝いをしたり、いろいろとやっているよ。今日は、駅前で募金活動をするんだけど、参加してくれる人が少ないから、もし、堀内さんに時間があれば、手伝ってくれないかなって思ったんだ」

「申し訳ないけど、放課後は塾があるから参加できません」

「そっか。じゃあ、仕方ないね。ごめんね」

「い、いえ」

 どこまでも爽やかな人だ。久野君を手伝わないことに罪悪感を覚えてしまったほどだ。

 それにしても、久野君は塾にも通っていないのだろうか? それなのに学年トップの成績を収めるとは、どんな勉強をしているんだろう?



 放課後。

 今日は、クリスマスイブ。

 もっとも、毎日、塾から家に戻るのは十時過ぎで、ここ数年は、家族でクリスマスパーティなんてしてなかったから、駅前のイルミネーションやケーキ屋さんの店頭にクリスマスケーキが並べられているのを見て、今日がイブだったことを思い出したくらいだ。

 駅前にある塾に向かうと、ロータリーの前で、募金活動をしている制服の一団がいた。よく見ると、久野君もいて、大きな声で募金を呼び掛けていた。

 自分には一銭の得にもならない活動に、どうして、あんなに一生懸命になれるんだろう?

 私はそう思いながらも、何となく、久野君が眩しく見えた。

 立ち止まって、久野君を見ていると、久野君と目が合ってしまった。

 久野君は、にっこりと笑って、会釈をしてくれたけど、……立ち去りにくい。

 私は仕方なく、財布から百円玉を取り出して、久野君に近づいた。

「これ、少ないけど」

「おお! ありがとう! 塾は?」

「あそこ」

 駅前のビルに掲げられている塾の看板を指差した。

「そうなんだ。勉強、頑張ってね」

「あ、あの、久野君」

「何?」

「久野君は塾に通ってないの?」

「通ってないよ。そんなお金はないし」

「そ、そうなの?」

「うん。あしながおじさん奨学金って知ってる?」

 私はかぶりを振った。

「交通事故の遺児に奨学金を援助してくれるんだけど、僕もそれを受けているんだ。だから、塾に行くような余裕はないけど、学校での勉強をしっかりしてたら大丈夫だよ」

 久野君は、唖然としている私の顔を見て、すぐに頭を下げた。

「ああ、ごめん! 塾に行ってる人を馬鹿にしている訳じゃないんだ!」

「わ、分かってる!」

 そんなことはまったく考えてなかった。

 ちらほらと雪が舞ってきた。

「雪だね。ホワイトクリスマスになるかな?」

「寒くなるかも。久野君、風邪を引かないでね」

「ありがとう! 堀内さんも無理しないでね!」

「う、うん。……じゃあ」

 私は、久野君に軽く頭を下げると、踵を返して、塾があるビルに向かった。

 でも、次第に、私の足取りは重くなった。

 ――私、何のために勉強しているんだろう?

 その答えは出なかった。

 私は、もう一度、振り向いて、募金の呼びかけを再開していた久野君に近づいた。

「あれっ、どうしたの?」

「きょ、今日だけ募金を手伝う」

「本当に?」

「うん」

「ありがとう! 助かるよ!」

「ご、誤解しないで! できるだけ、久野君と同じ条件で勉強した上で、次のテストでは、絶対、一位を奪い返してやるんだから!」


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