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部長とマネージャー

 しとしとと降りしきる雨で少し肌寒い空気は、閉め切られているこの体育館の中までは忍び込んで来ていない。むしろ、体育館の中は、地区予選出場選手の選抜のための部員同士による練習試合の熱気で蒸し暑いくらいだった。

 それもそうだ。

 うちの高校は、県大会でベストフォーにまでは必ず勝ち進むバスケットボールの強豪校と言われていて、部員は全員で三十人を超えていた。たった五つしかない先発レギュラーの座、ベンチ入りできるのも十五人しかいない、その座を懸けて、部員達はこれまでの練習の成果をコートにぶつけているのだ。

 その選手達を厳しい視線で見つめている顧問の橋田はしだ先生の横で、マネージャーの私はずっと一人の選手を目で追い掛けていた。

 同級生である阿部あべ哲哉てつや君だ。

 阿部君は小学生時代からバスケットを続けていて、某漫画の同じ名前の主人公と同じように、一年生でありながら、レギュラー入りは確実視されていた。

 その前評判どおり、阿部君は、上級生達と同じチームに入っているにもかかわらず、きびきびとした動きで、次から次へと得点を叩き出していた。

美里みさとちゃん、そろそろ試合が終わるよ。ドリンクの用意ね」

 もう一人のマネージャーである三年生の酒井さかい佳菜恵かなえ先輩が試合に見入っていた私に言った。

「あっ、はい! すみません!」と謝った私に、佳菜恵先輩は、「阿部君なら大丈夫だよ」とニコニコと笑った。

「ああ、そうだ。美里ちゃん、今度の日曜日とか暇?」

「はい?」

「どうかな?」

「あ、あの、特に予定はないですけど」

「本当に? 遊園地にでも遊びに行かない?」

「佳菜恵先輩とですか?」

「メンバーは私にお任せあれ」

 佳菜恵先輩は楽しげな笑顔を見せた。



 阿部君は高校に入学して同じクラスになった時、たまたま、席が隣で、いろいろと話をしてくれた。

背が高くて爽やかな阿部君がクラスの人気者になるのに時間は掛からなかった。ほとんどの女子が阿部君のファンになった。もちろん私も例外ではない。その阿部君を追って、バスケット部のマネージャーになったくらいだ。

 最初は阿部君とも自然に話ができていたのに、阿部君のことが気になり出すと素直に話が出来なくなった。

 隣の阿部君の席の近くに女子が近寄って来ると、どんな話をしているんだろうって、思わず聞き耳を立ててしまう自分が情けなかった。

 何人かの女子が告白をしたけど、阿部君には中学時代からつきあっている彼女がいて、全員、玉砕したという噂もあり、私は、自分の気持ちを阿部君に伝えることが怖くて、ただ、教室と部活の時間に阿部君が見られるだけで良いと諦めていた。

 でも、いつも練習中に阿部君のことを見つめていたことは佳菜恵先輩にはバレバレだったようで、佳菜恵先輩からは、阿部君に突撃しなさいと、いつも発破を掛けられていた。

 佳菜恵先輩は、今の部長で三年生の北村きたむら先輩とつきあっていて、私も阿部君とああいう仲になれたら良いなあと、いつも憧れている理想のカップルでもあった。

 その北村先輩経由で佳菜恵先輩から、阿部君に彼女がいるという噂はガセネタだと聞かされたけど、自分が勇気を持てないで告白もできずに、ずるずると六月まで来てしまったのだ。



 練習試合が終わった。

 佳菜恵先輩が給水器から紙コップにスポーツドリンクを注ぐと、それを私が、試合を終えた選手一人ずつに手渡していった。

「お疲れ様です」

「おお、ありがとう! 山口やまぐち

 北村先輩がいつもの爽やかな笑顔で受け取ってくれた。佳菜恵先輩には本当にお似合いの彼氏さんだ。

「はい、お疲れ様」

「おう」と一言だけ言って、阿部君がカップを受け取った。

 阿部君は、北村先輩と同じくらいの得点を決めていて、レギュラー入りはほぼ確定だろう。しかし、阿部君に笑顔はなかった。

「北村先輩、すみません! ゴール下で絶妙なパスをもらっておきながら決められなくて」

「ああ、あれな。これからコンビネーションの練習をみっちりとしないとな」

 北村先輩も阿部君がレギュラーになることを前提で話をしていた。

 これまでコート横に立って試合を見ていた部員がコートに入ると、これまで試合をしていた部員が代わって、コート横に立った。これから選抜練習試合の第二試合が始まるのだ。

 まだ肩で息をしている阿部君は、北村先輩と今の試合の反省点とかの話をしているみたいだった。本当にバスケットのことが大好きなんだなって思って、それに真剣に打ち込んでいる阿部君の横顔が、また少し眩しく感じられた。

「美里ちゃん」

 佳菜恵先輩は、私を手招きすると、そのまま私に背を向けて、北村先輩の方に向かった。

 私も無意識に佳菜恵先輩の跡をついていったが、北村先輩の隣には、まだ、阿部君がいることに気づいて、少し歩幅が狭くなった。

隆司りゅうじ、お疲れ」

「おう! どうだった?」

「良かったんじゃない? 橋田先生も目を細めてたよ」

 北村先輩と佳菜恵先輩は、少し離れた場所に立って、第二試合に集中している橋田先生を見つめながら言った。なんだか、もう夫婦のような会話だなって羨ましくなった。

「阿部君もお疲れ様」

「あざっす!」

 阿部君が佳菜恵先輩にお辞儀をした。

「ねえ、阿部君。隆司が、明日、レギュラーに選ばれたら、お祝いに今度の日曜日、遊園地に行こうかと思っているんだ」

「北村先輩なら絶対ですよ!」

「阿部君も一緒に行かない?」

「えっ? 俺なんかいたら、お邪魔虫でしょ?」

「美里ちゃんも一緒に行くんだ。ねえ、美里ちゃん」

 呆然としている私を阿部君が見つめた。

「遊園地って、一緒に行く人が多い方が楽しいからさ。どう?」

「えっ、いや、あの、……山口も一緒なら」

 阿部君がチラチラと私を見ながら言った。

「決まり! じゃあ、二人ともレギュラーに選ばれるようにお祈りしないとね」

「佳菜恵、そういうことか?」

 北村先輩も何かを納得したような顔をしていた。

「将来の部長とチーフマネージャーに極意を伝授する良い機会でしょ」

 

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