最後の花火
「綾子、ごめん! 隆太は来られないってさ」
自分が悪い訳じゃないのに、諒子が申し訳なさそうに両手を合わせながら言った。
「そ、そうなんだ」
「家族と行くんだって」
家族って、隆太のお父さんもお母さんも今日は夜勤だったはずだ。同じ工場に勤めている自分のお父さんが言っていたから間違いない。
一人っ子の隆太が一緒に行く家族はいないはずなのに……。
――パーン!
振り返ると夜空に大輪の花火!
私達が住んでいる町で毎年夏に開かれている花火大会。
大勢の人が行き来する会場には夜店が連なり、いつもは暗い河川敷を明るく照らしだしていた。
また、夜店の通りからはずれた場所には、至る所にレジャーシートが敷かれて、グループごとに花火を楽しんでいた。
高校生活最後の夏休み。
町に一つしかない高校の三年生の私達は、来年には、ほとんどがこの町を出て行く。
この小さな町には働く所もあまり無いし、進学するとしても、一番近い大学は電車で二時間以上掛かる街まで行かなくてはならない。
二学期になると、進学組は受験勉強を本格化させるし、就職組も就活に忙しくなる。
この花火大会は、そうやって忙しくなる前に同級生と過ごすことができる貴重なイベントでもあった。
これまで何度も着付けを練習してきた浴衣を一人で着て、待ち合わせ場所に立っていた私の所に、最初から気まずい顔をして近づいて来た親友の諒子とその彼氏の慎二を見つけた。
諒子も慎二も、そして隆太も私の同級生だ。
私が諒子にいつも「隆太のことが好き」だと話していたことから、四人で花火大会を見に行こうと、諒子が段取ってくれたのだ。
でも、隆太の親友でもある慎二に、隆太から「行けない」とメールがあったらしい。
隆太は家族同士の付き合いが今もある幼馴染みで、小学校からずっと同じ学校に通っていたけど、仲の良い異性の友達という感覚で、これまでつき合ってきた。
中学生に入る前までは私の方が背が高かったけど、中学生になってからは、どんどんと隆太の背が伸びて、今では見上げないといけないほどになった。
二人して同じ道場に通っていた空手も、隆太は県大会で入賞するほど強くなって、小さい頃は泣き虫の隆太を私が守ってあげていたという関係が、いつの間にか逆転してしまっていた。
そんな隆太が眩しく思えてきて、それが恋だってことはすぐに分かった。
でも、今までの馴れ馴れしすぎる関係が邪魔をして、隆太に告白することができなかった。
そんな私を見かねて、諒子が花火大会のダブルデートを企画してくれたのだけど、隆太にドタキャンされてしまったのが、ついさっき。
でも、隆太は理由もなくドタキャンするような人じゃない。私が言うんだから間違いない!
……でも、誰と一緒に行くのだろう?
「私、帰るよ」
「えっ? せっかく来たのに?」
「二人の邪魔をする訳にいかないしさ。それに」
また夜空に輝いた花火の音が静まってから、私は話を続けた。
「何か、ここにいると自分が惨めになりそう」
「……そう」
諒子! あんたが悪いんじゃなよ! 気にしないで!
「じゃあね」
私は、できるだけ明るい顔で諒子と慎二に手を振ると、諒子達に背を向けた。
両脇に夜店が軒を連ね、多くの見物客で混雑している道を、カランカランと下駄を鳴らしながら歩く。
前から大勢の人が歩いて来ていた。
すれ違う人がみんな、幸せに見えた。
でも……、振られた訳じゃないし!
そうだよ! 今日は告白できなかったけど、今度、会ったら、ちゃんと告白しよう!
それで振られてから落ち込めば良いじゃない!
自分の中で何となく気持ちの整理ができた私が、少し伏し目がちだった顔を上げると、前から歩いてきている人の中に、頭一つ抜け出している長身の男の子がいることに気がついた。
隆太だった。
甚平を着ている隆太は誰かと手を繋いでいるようで、ときどき身を屈めるようにして、右腕の先に向けて、優しい顔をして話し掛けていた。
このままじゃ鉢合わせしちゃう!
Uターンをしようかと迷っていると、人と人の間から、隆太の連れの人がちらっと見えた。
――隆太のお婆ちゃん?
うちの町よりもっと田舎の隣町に住んでいたはずだ。昔は、よく隆太の家にも来ていて、私も話をした記憶がある。
などと考えているうちに、隆太がすぐ前までやって来て、私に気づくと、気まずい顔をした。
「綾……」
「綾子だよ」
昔から私の名前を省略して「綾」と呼ぶ隆太へのお決まりの突っ込みが自然に出た。
「ちょっと、こっちへ」
立ち止まった私達が人の流れの妨げになっていたことと、お婆ちゃんにぶつかりそうに歩いてくる人もいて、隆太は、お婆ちゃんの手を引いて夜店の間を通って、夜店の裏の空き地に行き、私もその跡をついて行った。
「綾、今日はごめん」
隆太は私に頭を下げた。
「えっと、……お婆ちゃんと一緒だったんだ?」
「うん。しばらく入院してたんだけど、今日、外出許可がもらえたんだよ。花火を見せてあげたくてさ」
「そ、そうなんだ」
お婆ちゃんは、隆太と私が話をしているのに、全然、私に気がついていないようだった。
「婆ちゃん! 綾だよ! 香川さんちの! 憶えてる?」
隆太が身を屈めて、お婆ちゃんの耳元で大きな声で言った。
「こんばんは!」
私もできるだけ大きな声で挨拶をしたけど、お婆ちゃんは私の顔を不思議そうな顔で見つめたままだった。
「ごめんな。もう俺のこともほとんど忘れてるみたいなんだ」
「……そう」
「今日、見舞いに行った時に、先生に花火を見せに外出させてやることはできないかって駄目元で訊いたら許可を出してくれてさ。婆ちゃん、こんな状態だから、みんなと一緒だと絶対迷惑掛けると思って」
――泣き虫は直ったけど、人に気を使いすぎるところは全然直ってない。
私が呆れた顔をしたのが分かったのか、隆太が心配そうな顔をして、私の顔を覗き込んだ。
「……やっぱり怒っている?」
「当たり前じゃない!」
「ご、ごめん」
――私が怒ってるのは、ドタキャンしたからじゃないよ。
「高校最後だし、俺も本当は綾と一緒に花火に行きたかったんだ」
「本当に?」
「本当だよ! でも、婆ちゃんも最後の花火になるかもしれないって、先生に言われて……」
――隆太、優しすぎるよ。
「ねえ、私が看護師を目指しているの、話してなかったっけ?」
「聞いてる。隣町の看護学校に行くんだろ?」
「私、お年寄りの相手だって得意なんだよ。将来の修行にもなるし」
私は、お婆ちゃんの手を引いていた隆太の手を引き剥がすと、自分がお婆ちゃんと手を繋いだ。
「お婆ちゃん、私と一緒に花火を見よう!」
お婆ちゃんは、私の顔を凝視しながらも、嫌がることなく、無言でうなづいた。
――ドーン! ドーン! ドーン!
大玉三連発が夜空を焦がした。
「隆太!」
「うん?」
打ち上げの轟音で聞こえづらかったのか、隆太が耳に手をやって、私に体を近づけた。
私は、今日、絶対言うと心に決めていたことを、大きな声で言った。
「大好き!」
「何が?」
ぼけ~っとして私を見た隆太の顔がおかしくて、私は笑い転げてしまった。




