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悲しき勘違い

「島崎さん」

 その声を聴くだけで胸の鼓動が高まる声の主から急に名前を呼ばれて、自分の席で本を読んでいた私は返事もできずに、声の主の顔を見上げることしかできなかった。

 そこには、松田君の真面目な顔があった。

「今日の放課後、時間ある?」

「あの、……うん」

「図書委員の中間活動報告っていうのを提出しなければいけないらしいんだ。その内容について話をしたいんだけどさ」

「は、はい」

「それじゃあ、放課後に、またここで。一応、報告書の案は、僕の方で作っておくから」

「はい」

 松田君は、軽くうなづくと、自分の席に戻って行った。

 ――「うん」と「はい」しか言ってないじゃない! 案を作ってくれるっていうんだから「ありがとう」くらい言いなさいよ!

 はぁ~、……自己嫌悪。


 1年生の時には別のクラスで、その存在すら気づかなかった松田君だけど、2年生で同じクラスになって、クラスの図書委員という一番忙しくない委員に選ばれた私と松田君は、とりあえず今年度の活動方針なるものを決めて、担任の先生に提出しなければならなくなり、放課後の教室で、二人だけ居残って、色々と話をした。

 その時の私は、いつもの私どおり、飾ることなく、松田君と話が出来た。

 でも、その後も時々、二人で居残って、委員会の仕事とか打合せをしているうちに、「一緒にいて居心地が良い」異性の友達だった松田君のことが、だんだんと気になる存在になってきた。別にイケメンという訳でも、勉強がずば抜けてできる訳でも、スポーツ万能って訳でもない松田君だったけど、真っ直ぐに私の目を見ながら話す松田君の優しい笑顔に、私の心は占領されていってしまった。

 私は、どちらかと言うと男女問わず一緒になって騒いでいる輪の中にいつもいる、そんな女の子だったけど、松田君は、すごく真面目で、優しくて、穏やかな口調で話す男の子だった。

 私は、そんな松田君の前では、次第に猫をかぶるようになってきて、今では、言いたいことも言えない女の子になってしまっていた。

 騒がしい女の子だとか、一緒にいると疲れる女の子だとか、松田君に思われることが怖かった。


 放課後。

 夕日で赤く染まった教室に、松田君と私の二人だけが残っていた。松田君の机に、その前の人の机を後ろ向きにくっつけて、私が座った。

 松田君が、自分の机の中から手書きの報告書案をコピーしたものを出して、私に渡してくれた。

「ありがとう」

「とりあえず、うちのクラスから図書室に希望を出した図書はこの2冊で、2冊とも購入済みだよ」

「う、うん」

「図書室の積極的利用の広報活動は、ホームルームで3回、発言したことを報告しようと思っているんだ」

「はい」

「言葉がおかしなところはないかな?」

「うん。……あの、松田君」

「何?」

「……ごめんなさい」

「えっ?」

「何か、松田君に、委員の仕事、押し付けちゃっているみたいで……」

「そんなこと思ってもいなかったけど……。島崎さんだって、資料集めとかプリント配りとか、ちゃんと仕事してくれているじゃない」

「……」

 私が何も言えずにいると、松田君はちょっと困ったような顔をした。

「島崎さん。最近、調子が悪いの?」

「えっ、どうして?」

「何だか、初めて話をした時の島崎さんじゃないみたいだからさ」

「初めて話をした時の私?」

「うん。もっと、うるさいくらいに話をする島崎さんさ」

「う、うるさい? 私、うるさい?」

「大きくて良く通る声だから、島崎さんが話をしていると、すぐ分かるよ」

「そ、そんな……」

「でも、そんな元気な島崎さんを見ていると、僕まで元気になる気がするんだよ」

「えっ!」

「島崎さん、最近、元気がないなあって思ってて、ひょっとして、僕が何か嫌なことでもしちゃったかなって、心配になっちゃってさ」

「そ、そんなことない! ……ある訳ない!」

「それなら良いけど……。また、うるさいくらいに元気な島崎さんになってよ」

 私の目の前には、いつも見たいって思っていた、松田君の優しい笑顔。……自分で遠ざけていたなんて。

 私の目から、自然に涙が溢れてきた。

 ――止まれ! 松田君に変に思われちゃうじゃない。お願いだから止まって!

「あっ、やっぱり、嫌なこと言っちゃった?」

「……ごめんなさい。違うの。……違う」

 勝手に気負っていた自分が馬鹿だなって思っちゃって。

 ……嬉しくて。

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