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残骸・前編

「あの、いや、すいません。うちではお寿司は出してませんでして」


ここは都内、I区内にある、ある甘味処かんみどころ


寿司を注文したサラリーマン風の客に対し、店主が諭すように言う。

寿司?ここは甘味処だぞ?と他の客が興味を持つも、そのサラリーマンは全く動じない。


いや、それどころか


「では、まずイカを握ってください」


と悪びれず平然と言うなど、折れる様子は少しもない。


「ですからお客さん」「じゃ、マグロの赤身を」

「ですから」「サーモンの握り」

「あのね…」「かっぱ巻き」


この不毛なやり取りに、店主がため息をついて首を振る。

兄ちゃんそろそろ諦めなよ、と見かねた隣の客が言いかけたその時だった。


突然、サラリーマンがその隣の中年の客を殴る。

体は動かさず、顔も店主をじっと見据えたまま。

中年客はそのまま椅子から吹き飛び倒れ、首は曲がり…口から血を噴き出している。


何が起こったのかわからない店内の人々をよそに、そのサラリーマンは近くにいた他の客に襲い掛かった。

拳により頭骨が粉砕され、蹴りによって足が折られた次の犠牲者が出た後、ようやく事態を飲み込めた店内は騒然とする。

他の客は我先にと逃げ出すが、それより先にサラリーマンの拳や蹴り、手刀が飛ぶ。

そして、悲鳴を上げ続ける客は、そのすべてが犠牲となった。


店主は、その地獄とも思わしき行為が繰り広げられている間、ただ茫然として店内に立ちすくんでいた。


そのサラリーマンが、ずっと店主を凝視していたからだ。

体を動かし続けている間も、顔だけは動かさず。

殺戮を繰り広げている間も、ずっと。

ずっと…無表情で。


すべての客が無惨な死体になった後、サラリーマンはまた「寿司」とだけ呟き、店を去った。

店主だけを、無傷で残して。


これは夢だろう。夢だ、そうに決まっている…うわごとのように呟き続ける店主。


その周囲には、死体たち…。

元は笑顔で食事を楽しんでいた、そしてこれからもきっと食事を楽しめたはずであろう人々の成れの果ての死体だけが残っていた。


――数十分後、現場検証に訪れた警察が店主に事情を聞こうとするが …。

店主は倒れながらうわごとを呟くのみで、もはや何も聞き取ることはできない。

警察官の問いかけや応急処置にも目の焦点を合わせず、ただ「夢…夢のはず…」と店主は呟くだけだった。


あまりにひどすぎる現場に目を背ける警察官もいる中、不意に店の電話が鳴る。

店主は当然、電話をとれる状態ではない。

事態を知らない客の電話かと思い、当初は現場の警察官も無視するものの…。

電話は数分経っても鳴り止む様子はない。


鳴り止まないその電話に苛立った若手の警察官が電話を取り

「予約の電話か?今そんな状況じゃないんだ」

と電話を切ろうとするが…。


その電話は、店主の息子が通っている中学校の、その担任教師と名乗る男からだった。


電話の向こうでは、大の大人と思わしき男が泣きながら…。

しかし大声で喚き散らしていた。


「息子さんが誘拐されたんです」


と。

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