01 鷹司晴夏
「これは……鷹司……晴夏? いや、誰だ? コイツは……っ」
動画サイトで見つけた演奏ビデオに手が止まる。
それはまるで、真逆の印象。
普段のアイツとは違い、苛烈な炎を思わせる演奏。
この曲は、高潔で厳粛な調べであったはず。
けれど、これは――
ヤツの瞳の奥に見えるのは――青き焔。
――すべてを灰燼に帰す、灼熱の劫火。
「クソッ なんだよ、これは!? 俺は、アイツの……アイツの、こんな演奏を……知らない……」
アイツの隣で、まるで魂が交わるような演奏をみせる少女に目を移す。
本来であれば、俺がこの少女の位置に居たはずなのに――
この想いは、何なのだろう。
ただ只管、悔しいと思った。
ヤツの本気の演奏を引き出したこの少女が、妬ましかった。
けれど、それと同時に――
…
「新太くん、演奏ありがとう。次は晴夏くんの番だから、彼のレッスンを聴いて、合奏する時の参考にしてほしい。晴夏くん、準備はいいかい?」
先生からの言葉を受け、ヴァイオリンを肩から下ろす。
演奏を終えた俺の横を、晴夏と呼ばれた少年がヴァイオリンを手にすれ違った。
鷹司晴夏――世界のTSUKASAと呼ばれる音楽関連グループ会社の後継ぎだと、母から聞いた事がある。
コイツのヴァイオリンの腕前はかなりのものらしく、その彼と共演できると分かった時、母が嬉しそうに笑っていたことを思い出す。
俺は頭を振って母の笑顔を頭の中から追い出し、自分のヴァイオリンを眺めてから小さく溜め息を落とした。
先ほどの演奏中、音を数カ所外してしまった。
折角、自宅練習で完璧に近づけた音程だったのに、先生の前では同じ音が出せなかったのだ。
そのことを後悔しながら、松脂で白く粉吹いた楽器の表板を拭う。
チンレストを外し、ヴァイオリンをケースにしまった俺は、ソファーに腰掛け鷹司晴夏へと視線を向けた。
年下とは言っても、とても大人びた雰囲気を持っているため、間近で見ると威圧感のようなものを感じる。
鷹司は視線をヴァイオリンに向け、流れるような所作で左肩に愛器を構えた。
その一連の動作の美しさに、呼吸すら忘れて見入ってしまう。
時間が止まったような錯覚にとらわれ、彼から目が離せない。
あまりの美しさに惹き付けられていたのだと気づいたのは、それからだいぶ経った後のこと。
まるで心を奪われたように見つめてしまったことに対して罪悪感を覚え、ゴクリと唾を飲み込んだ。
女みたいに綺麗な顔立ちだけど、俺は男相手に何をやっているんだ!?
自分の愚かしさに辟易しつつも、彼の姿を瞼の裏に焼き付けようと、その演奏を静かに見つめ続けた。
鷹司は、俺が通うスタジオの中でも有名な少年だった。
初めてその名を聞いたのは、周囲の女子たちが彼の噂話をしていた時のこと。
ひとりが「綺麗だ」と言うと、その仲間が同意をしたり、「怖い」と言ったり、「無口」と言ったり、様々な印象が飛び出した。
そんな多様な印象を与える人間がいるのかと、不思議に思いはしたが、その時は聞き流しているだけだった。
そんな記憶を、掘り起こしながら、鷹司の演奏する姿を凝視し続ける。
整った顔立ちと清廉さを漂わせる姿は、男にしておくにはもったいないと思うほど、確かに美しい。
初めて顔合わせをした時に、こんなに綺麗な人間が存在するのかと心底驚いた記憶も、まだ新しかった。
物静かな瞳。
凛とした佇まい。
どこか高貴さを漂わせる姿。
夏も盛りだというのに、彼の周囲を取り巻く空気は、凍える冬の朝を思わせる。
まるで『氷の花』のようだと思った。
透明な氷で作られた、触れてはいけない――氷の花だ。
鷹司の演奏する姿に見惚れていた俺は、聴覚よりも視覚が働いていたのだろう。
ヤツの音の不自然さに、最初はまったく気付かなかった。
けれど――その音色を聴こうと耳を傾けた時点で、妙な違和感を覚えた。
鷹司の爪弾く音色は――まるで、氷の礫。
とても鋭く、寸分の狂いもない完璧な音の波は、俺の肌を打ち付けては粟立たせる。
正しい音色で奏でることが、俺の目標だった。
だから、鷹司が弾く、この非の打ち所のない完璧な音に、最初は驚嘆した。
けれど――これは……?
聴けば聴くほどに、どこか空虚で味気ない音のような気がしてならない。
それは、何故?
俺の目標とする正確さで生み出される音色だというのに。
自分の心が理解できず――胸の中が波立った。
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続きは明日更新予定です(*´ェ`*)





