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五十嵐要の休日(3)

 時刻は一時半。

 真夏の太陽が猛威を振るい始める時間帯であり、この一時間後には動くのも億劫になるような気温になる。

 いつもであれば、要たちは学生寮に帰っている時間であるが、今回その姿はショッピングモールにあった。

「…さすがにこの時間帯は人が少ないな」

《時間としては昼餉時だからだろうか…とにかく、これなら少しは探しやすいのではないか?》

《…その目的が決まっていれば、だな。この数の中から探し出すのは一苦労だぞ…》

 要は目前に広がるいくつもの店を眺めながら零した。ちなみに影継は人目のつかない場所から様子を伺っている。そのため、要は独り言を呟いているように見られないよう金声で現状を愚痴た。

《取り敢えずは…主の知る店はどのような物だ?》

《骨董品屋と『たいようの家』に行く前に訪れた天明堂…くらいだ》

《…悉く今回の目的から大きく外れているな。前途多難にも程があるぞ?》

《…すまん》

 さすがの影継も要の行動範囲の狭さに呆れざるをえなかった。

「…とにかく見て回るとしよう。留まっていては何も見つからない…」

「あれ、もしかして要かい?」

 いざ歩み出そうとしたところを呼び止められ、要は出鼻がくじかれた感覚に襲われたが、それでも反応をしない、ということは失礼だと思い、声のした方向へ振り返った。

 そこには夏らしく半袖の水色のシャツに七分丈のズボンという涼し気な恰好の少年がいた。見える肌は僅かに日に焼けており、引き締まった筋肉が覗いていた。短く切り揃えた髪は少年の活発さを暗に示しているようにも感じられる。

「…望月清吾郎だったか?」

「惜しい! 望月清志郎が正解だ!」

 名前を覚え間違えられていた、というのにも関わらず清志郎は指を鳴らして楽しげに笑っていた。

「いやぁ、いつもと服が違うし、要はここに滅多に来ないから人違いだったらどうしようかと思っていたけど…あっていて良かった~…間違えた時の気まずさって相当きついからさ」

「…やはりこの格好はおかしいか?」

「いんや? むしろ結構合ってると思うけど…でも本当にこっちにいるってのは珍しいな。何か必要なものでもあるのか? 何だったら俺がいい店を紹介してやるぜ!」

 清志郎は大げさに腕を広げながらそう言った。

《…主、その者は信用できる人間なのだろうか?》

《気持ちは分からなくもないが、問題ないだろう。少しここで起こったいざこざで知り合ったという…まぁ友人だ》

《ふむ。ならばその者に尋ねてみてはどうだろうか?》

《…そうするか》

 金声で話し合いが終わると、要は一つ咳払いをしてから口を開いた。

「実は普段着や外着を探しに来たんだが、このあたりにはあまり詳しくないから迷っていたところだ」

「お、てっきりそれをどこかで買ったもんだと思っていたけど、そういうわけじゃないんだな?」

「先輩からの借り物だ」

「…いや、それはどうよ? というより他人から借りた服を何の抵抗もなく着てる要が凄ぇ…ま、それはさて置き、服屋を教えて欲しいってことで良いのか?」

「そういうことだ。出来れば今後も通えやすい場所だと更に助かる」

「よし分かった! それなら一つお薦めの店があるからそこに案内するぜ。付いてきてくれ」

 そう言って清志郎は来た道を戻るように歩き始めていった。

 要はそれを離れない程度について行った。

「ちなみに要はどんなものを考えているんだ?」

「それが全く分からない、というのが正直なところだ…出来れば教えてくれるような店…というのは高望みのしすぎだろうか?」

「いんや、そこなら一人相手にじっくり時間をかけてくれるよ。ド素人相手にも丁寧に説明してくれるだろうし…それに何より要の趣味に合うだろうからな」

「それだと大分助かる。今着ているこれも渡されたものを着ているだけだからな」

「ならこれを契機にもう少し服にも興味を持ってみろ。着流しや道着も悪くねぇが、結構種類があるから楽しいぞ…っと、ここだここだ」

 目的の店にたどり着いたのか、清志郎は足を止めてそこへ躊躇うことなく入っていった。要も少し躊躇いながらも彼の後に続いた。

 そこそこの広さを持つ商品置き場には二列の棚が設置されており、壁には幾つかの商品が掛けられている、という配置だった。

 洋服も上下共に複数種類置かれているが、それよりも洋服と和服を合わせたようなものが多く、服にあまり興味を持たないタイプの人間である要でも購買意欲をそそられていた。

 店内を見渡していると、奥から剃髪の男性が現れた。

「おう、いらっしゃい…って志郎か。何だ? もう休みは終わりでいいのか?」

「ふざけんな、折角客捕まえてきたんだ、むしろ休み時間延長しても罰は当たんねぇだろ?」

「…客?」

 言われて男性は要の存在に気が付いた。

「…失礼しています」

「…おぉ! 確か志郎のダチの…五十嵐だったか? こんな辺鄙な店によく来てくれたな」

 予想外の客に感情が昂ったのか、男性は要に歩み寄り肩を激しく叩いた。そのガタイの良さから放たれる歓迎は相当な重さであり、鍛えている要でさえも僅かに揺らされるほどであった。

「…清志郎、もしかしてこの店は…」

「想像通り、俺の親父たちの店だ。いつも客が少ないから親父かお袋が時間を充分にかけてくれるし、多分お袋の趣味と要の好みはほとんど同じだろうから、丁度良いと思ってな」

「…確かに、壁にかかっているような物は着てみたいと思うな」

「そう? そう言ってくれると何か嬉しい物があるわね。あ、あなたが良かったら幾つか着てみる?」

 突然後ろからかけられた声に、要は静かにそちらを振り返った。

 そこには短い髪をした女性が笑顔で立っていた。身に纏っている衣装は壁にかけているものに似ており、スラリ伸びた身体にピッタリとあっていた。

 女性は悪戯を成功させたような子供のような笑顔を浮かべているが、清志郎はそれを見て深く溜め息を吐いた。

「お袋…その何時の間にか人の後ろに立つそれを止めろって何度も言ってるだろ。そんな事ばっかしてるから常連が出来ねぇんだよ…」

「えぇ~…あたしの少ない楽しみなのに~」

「志郎の言う通りだ、翔子。驚かすならもっと怖がらせるような…」

「驚かす事自体を止めろっつってんだよこの馬鹿夫婦! 親父もこの前みたいに天井から急にぶら下がる人形とか今後一切、絶対に作るなよ、絶対だからな!?」

「…自信作だったんだが…」

 言いながら父親らしき男性は机下に置いてあったその作品を取り出した。事前知識が無ければ要でも化け物と勘違いしそうな包帯男の人形だった。御丁寧に入院服のようなものを着せており、一見すれば重症患者と見間違うほどの出来栄えだった。

 たしかに、その人形が突然落ちてきたならば要でも平常心を保てるかどうかは微妙なところである。

「…今からでも遅くないと思うので、お化け屋敷あたりに転職してはどうでしょうか? お二人なら話題を呼ぶことも出来そうだと思いますが…」

「う~ん…それも魅力的だけど、やっぱり服を作っている時が一番幸せだから、それはないわね。それに何より可愛い子や格好いい子に私の服が着せられない、というのがダメね」

「同感だ。俺たちの作品は人に着られてこそ喜びだ。人形相手で良ければマネキンで充分だが、少しずつ違う身体に合わせるのも楽しみだからな」

「…ほんと、職人魂だけは立派なんだがなあ…とにかく、いらっしゃい! 和洋服飾店・柳水へ!」

「自己紹介はしていなかったよな? 店長の左之助だ。俺のことは好きなように呼んでくれ」

「で、私は水仙すいせんよ。話は息子から聞いているけど…実物は想像以上だったことに驚きね…これからもこの店をよろしくね」

「は、はぁ。よろしくお願いします」

 呆気に取られたのか、要は珍しく歯切れの悪い返事をした。その反応で何を思ったのか大体察知した清志郎は要に耳打ちをした。

(…少し変な親だが、腕は確かだよ…事前に頼んでおけば二日で注文品を作り上げるし、どんな服…それこそ専門服でも作り上げるからな)

(…分かった、ありがとう)

「それで、今日は志郎と遊ぶ約束でもしていたのか? だとしたら大したもてなしは出来ねぇが…」

「だから客だって言ってんだろうが。服にあまり詳しくないみたいだから幾つか見繕ってみて欲しいってさ」

 その言葉を聞いて二人の目の色が変わった。

 先程までの緩い雰囲気は一気に吹き飛び、揃って手近にある服を引っ張り出していた。

「だとしたらこれなんかどう!? 自信のあるやつの中であなたに合うと思うわよ!」

「いや、すい、それも悪くねぇが五十嵐には和色の方が良いだろう!」

「あら、あなたにしては良いこと言うじゃない? なら、とにかく着てみてもらうのが一番、ということで付いてきてもらうわよ!」

「…よろしくお願いします」

 興奮した二人に引きずられながら要は店の奥へと消えていった。

「…あそこまで勢い付くのは予想外だったな…」

《…主に身の危険は無いだろうか?》

「おぉう!? 何だ何だ!?」

 突然かけられた、聞き慣れない声に振り返ると、そこには影継の姿があった。見慣れないものであったため、清志郎は驚きのあまり飛び退いた。

《驚かせて申し訳無い。何時、と聞かれれば主の後に、と答えておこう》

「主…ってもしかして要の釼甲か?」

《如何にも。我は影継と申す》

「お、おぉ。よろしくな…取り敢えず、親父たちの暴走は俺が代わりに謝っておくよ。しばらく着せ替えをされるだろうけど、一時間くらいで収まると思うから安心して大丈夫だと思うぜ」

《誘拐の類で無ければ問題はない…しかし、一時間、となると大分暇を持て余すことになりそうだな…》

「多分な…簡単な茶菓子くらいは出せると思うけど…いるか?」

《かたじけない。有難く頂こう》

「よし、それじゃあ今持ってくるからそこの座敷にでも待っててくれ」

 それから数分後、清志郎は大福を乗せた皿を二枚用意して影継と並んでいた。

《…これは確か…天明堂とやらのものだろうか?》

「お、やっぱり知っていたか? まぁ要の釼甲なら当然といえば当然だろうな。あいつも結構あそこに通っているみたいだからな。取り敢えず気にせず食べてくれ」

《では…》

 清志郎に勧められると、影継は静かにそれを食べていった。

《うむ、美味い》

「なら良かった。けど、釼甲も揃って和菓子好きだとしたら、本当にそっくりだな、要と影継は」

《そう言われると嬉しいものがあるな》

「そりゃそうだろうよ。武人なのに俺みたいな一般人相手にまともに接してくるのは要が初めてだったんだからな」

《…? 清志郎殿は主と旧知の仲なのだろうか?》

 要はつい先月まで、一年半程釼甲を全く扱えない状態だった。

 それ故に、学園内では武人ではなく無能扱いであったので、その時期に出会っていれば要を武人だと認識していないはずである。

 けれども、清志郎は影継をすぐに要の釼甲だと受け入れた。

 影継の疑問に清志郎は大福を一つ齧り、しばらく考え込んでから口を開いた。

「そうだな。と言っても三年くらい前に、武人の誰かにやられているところをあいつに助けられて、俺が勝手にくっついていただけだけどな」

《…やはり、武人や神樂による迫害はこの時代になっても消えていないのだろうか?》

 影継の問い掛けに、一瞬だけ清志郎は口を噤んだ。

 古今東西…いや、それこそ世界が異なろうとも力あるものが無力の人々を虐げる、ということは至極当然のことである。

 それは他国に比べれば圧倒的に平等である大和においても例外ではなく、人とは違う、それも力を持つ、という方面で異なるとそれを無意味に振るい誇示しようと一般人に迫害をすることは珍しくない。

 以前、要が『無能』と罵られ、暴力を振るわれたのが良い例である。

 そんな経験をしたというのにも関わらず、清志郎は笑いながら影継の問いに答えた。

「さぁ? 他はどうだか知らないけど、この街じゃそんなことはほとんどないって断言できるぞ。その証拠に聞いてみるけど、影継はこの街に何回来たかは分からないけど、武人や神樂がそこらの人に暴力を振るってる場面に遭遇したことは一度も無いだろ?」

《…言われてみれば、確かに…》

 影継が毎週『たいようの家』に通うようになってから二ヶ月ほど。その間何回か街を要と共に回ったが、清志郎の言うとおり、一度たりともそんな場面に遭遇したことは無かった。

《…何か特別な物があるのだろうか?》

「そんな大したものじゃないぞ? 伊賀のおっちゃんが主導の警備隊みたいなものがあるだけで、他は特に変わったことが無いけどな」

《…伊賀殿が?》

「そ。そのおかげというべきか、この街の犯罪発生率は多分大和の中で一番低いんじゃないか? 詳しい数字は知らねぇが…あ、ちなみに今は伊賀のおっちゃんが隊長みたいなことやってるけど、それまでは要の爺さんがやっていたんだぜ」

《源内殿が、か?》

「あぁ。あの一家は俺らみたいな一般人相手でも平等に接してくれたからな…その所為か、本人は嫌がっているみたいだけど、五十嵐一家はみんなの憧れみたいなものになっちまったがな…けど、ほんと、惜しい人を亡くしたと思うな…」

 清志郎の最後の言葉は涙ながらだった為か、少しだけ震えていた。

 それほどまでに、要の祖父・五十嵐源内は慕われていた、ということだ。

《…出来れば、主の昔話を聞かせてもらえないだろうか?》

「良いぜ。どうせ親父たちもまだ時間がかかるだろうから、それまでゆっくり話してやろうか」

《有難い。主は自分のことを進んで話そうとはしないのでな》

「それも美徳だと思うけどな。それならまずは…」

 そうして、一人と一領は要が戻ってくるまでの約一時間、その場にいない人間の昔話で盛り上がっていた。


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