第29話 見ないフリ
午後の授業が始まる。
「前回出してもらった調べたいことを元に、先生のほうで4人ずつの班に分けました。これからその班でグループ学習をしてもらいますので移動してください」
先生が指示を出すと生徒が一斉に動き出す。なかなか見られなかった日和の姿が見えた。
怜奈が日和に近寄っているのが見える。
「日和、私と一緒のグループよね。ここに座ってやりましょう」
4つの席を2つずつ向き合う形でそれぞれの隙間を失くすようにくっつけると、怜奈は日和の横を陣取る様に隣の席に座る。さすが怜奈、他の人に割り込ませる余地を作らない。
そして日和の向かいに座る人がいた。
「あたしもここの班なの。よろしく」
月詠が笑う。日和は頷き、怜奈は睨むのが見えた。……月詠と怜奈は仲が悪いのだろうか?
そしてもう一人、怜奈の向かいで月詠の隣の空いた席に座る人がいた。
「……し、しつれいしま~す」
名前の知らない子が席に座った。
「八雲さん」
もう一人の子は八雲というらしい。日和がその子の顔を見る。八雲が顔を逸らしたので横顔が見えた。
「ここの班は戦国時代の武将たちについて調べる班だよ。よろしくね、八雲さん」
「あっ、はい」
「あたしもよろしくね、草加部さん」
「月詠、日和と顔が近いわよ」
怜奈と月詠が互いにじっと見つめた。百合が好きな俺には尊く見えるが、怜奈が怖いを顔をしているせいか見えないはずの火花が散っている気がする。二人の様子に日和と八雲は戸惑ってるのが見える。
「日和、一緒に徳川家康について調べましょう」
「いや、草加部さんは私と豊臣秀吉を調べるんだよね?」
「え、ええ? みんなで手分けしたほうがいいと思うんだけどなあ……」
「取り合いこわっ……草加部さんにさんせ~です。うちは織田信長について調べときます」
俺はなんとなく四人の様子を見つめる。ふわふわと優しい日和。優等生で片思いをしている怜奈。知的でクールな雰囲気を醸し出す月詠。そしておどおどしながらもしっかり意見を伝える八雲。なんだかんだグループとしてまとまっているように見える。
もし魔法少女になってくれる人がいるなら、やはり日和と怜奈とうまくやっていける人が良い。
さて、どうやって集めたらいいだろうか。俺がそう思った時だった。
――ダークモンスターが現れる気配がした。
***
悪は正義。悪になることが人を救うこと。
ころねは自分に言い聞かせます。李依奈お姉ちゃんが怖いから。
ソウルを持つ手が震える。今日、初めて自分一人でダークモンスターを作り出す。できるか不安。でもやらなきゃ怒られる。けれど、紫色の宝石が光る度にころねは迷うのです。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ……」
ころねは自分に言い聞かせます。周りを見て、困っている人を探す。困っている人を増やせば、助ける人が増える。助ける人が増えるのは良いこと。李依奈お姉ちゃんが言っていた。それが本当かどうかはころねには関係ない。言うことを聞かないと怖い目に合うから、ころねは従うしかない。怒られたり無視されたりするのはもう嫌だ。
お昼は学校というところに行っていて李依奈お姉ちゃんも久美子お姉ちゃんも動けない。だから、ころねが頼まれた。頼まれたならやらなくちゃ。
ころねは困っていそうなお姉さんに話しかける。
「あの……」
「クソ上司め、部下にミス押し付けんなよ。あたしの休日返してほしい~……」
お姉さんはパソコンに話しかけていてころねに気付いてないみたい。ころねはもう一度話しかける。
「あの、すみません」
「なによ。子どもが何の用?」
女の人はイライラした様子でころねを見る。怒る声は怖い。でも、やらなくちゃもっと怖い。ソウルをお姉さんに見せる。
「ごめんなさい」
ソウルに魅せられたお姉さんにはきっと声は届いてない。けれど、言わないままではいられなかった。
***
ダークモンスターを野放しにするわけにはいかない。けれど日和や怜奈は授業中だ。頼めるのは半田しかいないが、どうやって伝えようか。俺のスマホは持っているが教室の中で声を出すわけにはいかない。
ふと日和がこちらに近づいて来た。自分の机に用があるらしい。伝えるなら今だ。
俺は日和のスクールバックから顔を出す。日和が俺を見つけて驚く。慌ててしゃがんで俺に顔をよせた。
「守里さん、どうしたの?」
「ダークモンスターが現れた」
日和の表情が変わる。不安の表情だ。
「どうしよう、守里さん」
「俺に一つ案がある。日和、俺のことを教室から連れ出してくれ」
「分かった」
日和は俺を背中に隠して、班の人のところに行く。
「わ、私、ちょっとトイレに行ってくるね」
訝しむ怜奈に構わず日和は俺を連れて教室を出た。
日和は階段の踊り場まで走って角を曲がる。誰もいないことを確認して、日和は俺を解放した。
「それで守里さん、どうするの?」
「他にやってくれそうな人に連絡してみる。ちょっと待っててくれ」
日和の表情が変わる。裏切られた、と思ってそうな表情だ。
「他に、魔法少女がいるの?」
「魔法少女に変身できるやつはいる。ただ、非常事態にしかなれないから普段は日和や怜奈にしか頼めないな」
「そっか」
日和が安心したような顔をする。なぜかはよく分からなかったが、今は追求する時間はない。俺はもこもこの体毛に隠していたスマホを取り出して半田に電話を掛ける。
連絡が来ると思っていなかっただろう。長めにコールが流れてから半田は電話に出た。
『もしもし、咲?』
「半田か。頼みたいことがある」
『咲の頼み事なんて珍しいね。何?』
「魔法少女に変身してダークモンスターと戦ってほしい」
半田の息を飲む音がした。
『俺に魔法少女になれってこと?』
「事が終われば時間は変身した時に巻き戻る。問題はない」
『他の魔法少女は学校行ってて厳しいから僕ってこと?』
「そうだ」
半田の答えまでには間があった。やるかどうか迷っているのだろう。だって半田は男だが、変身したら魔法少女になる。葛藤はあるはずだ。
『……やるよ』
ふいに半田が答えた。半田が良いと言うならそれ以上聞くのは無粋だろう。
「ありがとう半田。助かる」
『咲、場所はどこ?』
「花園中学校から少し離れたところだな。正確には分からないから探してみてくれ。おそらく暴れているだろうから見ればすぐ分かるはずだ」
『仕方ないなあ。貸し一つだからね』
電話を切る。きっとダークモンスターのほうは半田がなんとかしてくれるだろう。
電話を終えてスマホをもこもこの体毛の中に隠して振り返る。――固まっている日和と、こちらを見て目を丸くしている八雲がいた。
「えっと、うち……雨宮さんと月詠さんから日和さんを探すように言われて、それで来たんだけど……」
八雲からしたら、日和のそばでもこもこした妖精が空中を浮いてどこかに電話をしていたように見えるだろう。
緊張感が場の空気を支配する。次に八雲が何を言うのか、俺も日和も言葉を待った。八雲が遠慮がちに口を開く。
「……あの、うちは何も聞いてないし、見てないから……その……戻りませんか」
八雲は目を泳がせながら聞いてくる。見てないなんて明らかに嘘だ。でも、正直に聞かれても困る。
どうせ姿を見られたなら隠す意味もない。俺は八雲のところに近づいた。
「助かる。このことは秘密にしてくれ」
八雲の目が見開いた。まさか話しかけられるとは思わなかったのだろう。
「驚かせてしまったなら申し訳ない。授業中だから、日和はもう戻ったほうがいいんだよな」
俺は日和のところに戻る。ぼうっと俺の様子を眺めていた日和ははっとして俺を掴む。
「ごめんなさい。戻ろう」
日和は八雲の後をついて教室に戻った。




