第3話 憧れの人
私は改めて咲さんを見る。私よりもずっと背が高くてすらっとしている。制服を着ているからきっと高校生だろう。制服から伸びた腕や足は細いのに筋肉がほどよくついている。髪だってショートカットにしているから、もしかしたら運動部なのかもしれない。
――すべてがカッコイイ。もっとお話しできたら、私もこの人みたいになれるかな。
「じゃあ、俺はこれで」
守里さんが行ってしまう。今行かせてしまったら、もう二度と話ができない気がする。
「っ……あの!」
思わず手を掴んでしまった。慌てて手を離す。
「ご、ごめんなさい! 私、つい手をつかんじゃった……」
「問題ない。それより何か用か?」
守里さんが首を傾げて私を見つめてくる。顔が熱くなる。恥ずかしいけど、今勇気を出さなきゃどこかに行っちゃう!
勇気を振り絞って守里さんに大きな声で告げた。
「わ、私……もっと守里さんとお話ししたいです!」
声が裏返った気がする。恥ずかしい。緊張で心臓がバクバクしてる。対して守里さんは涼しい顔で、きょとんと不思議そうに私を見た。
「俺と? 別にいいけど、友達はいないのか?」
「うっ……」
「大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶです……」
不意打ちに思わず胸を押さえたので心配されてしまった。気を取り直して守里さんに向き直る。
「それで、俺と話がしたいって言っていたけど、何を話したいんだ?」
「えっと……ど、どうしたら守里さんみたいにカッコよくなれますか」
守里さんに見つめられて頭がパンクしそうだ。守里さんは不思議そうに首を傾げる。
「俺は女の子だからカッコよくはないと思うが」
「か、カッコよかったです! 私をサッカーボールから守ってくれて、さらに小学生の子たちをしっかり注意していたところが、余裕を感じてよかったです!」
「そうか?」
「はい! なんというか、急に現れた頼れる妖精さんみたいだなって思いました!」
「なっ……お、俺は人間だ」
なぜか守里さんが慌て出す。褒めたつもりだったけど、変なことを言っちゃったかな?
「日和はカッコよくなりたいのか」
「はい! 守里さんみたいにはなれなくても、頼れる人になりたくて……せめて友達の足を引っ張らないようにしたいんです。……いつも助けてくれる友達がいるんですけど、いつも私が頼ってばかりなんです。だから――」
「詳しく聞かせてくれ」
守里さんが私の肩を掴む。急な接近に顔が熱くなって、頭がパンクしそうだ。言葉がうまく出てこなくて、私は大きく頷いた。
二人で近くのベンチに座り、改めて話をする。
「私、自分の意見を言うのが苦手なんです。声に出すのが怖くて……それでいつも失敗して泣いちゃってみんなを困らせてました。そんな自分から、変わりたいんです」
「なるほど。……でも、いつも助けてくれる子がいるんだろう?」
「はい。怜奈っていう幼馴染がいて、その子は何でもできるんです。クラスの学級委員をして、勉強もできて、スポーツだってできて……何ができないのか分からないくらいで、笑っちゃうくらい私と真逆の子なんです。そんな子がいつも私のそばにいてくれて、私が自分の意見を言えないでいると助けてくれる。だからつい甘えちゃうんですけど……でも、ずっとそれじゃあダメだと思うんです。だから変わりたくて…………って、守里さん、どうしたんですか?」
「気にしないで続けてくれ」
守里さんは目元に手を当てている。私があまりにも不甲斐無いから頭を抱えているのかな。私のせいで悩ませているのなら、申し訳ないな。
「怜奈、私が心配だからって部活に入らないで、いつも一緒に帰ってくれるんです。いろんな部活に誘われているから、本当は入りたい部活があると思うんですけど……」
「……それは君のことを大切に思っているからじゃないのか」
「そうだとは思うんですけど、私が心配なせいで怜奈のやりたいことまでできないのは嫌なんです。だから私、ずっと怜奈の足を引っ張っているから、せめて怜奈に心配されないような自分になりたいです」
「なるほど」
私の話が終わっても守里さんはずっと目元を抑えている。どうしたのか心配で見ていると、守里さんの頬を涙が伝うのが見えた。
「ええ、守里さん泣いているんですか!」
「尊い……」
「え?」
「素晴らしい。俺は感動した」
守里さんが私の手を握る。突然の接近に私は息が詰まった。
「君の心意気を俺はぜひ応援したい」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」
憧れの守里さんに褒めてもらえたのが嬉しくて口元が緩んじゃう。
応援したいと言ってくれたし、連絡先を今がチャンスかもしれない。私はスマホを取り出した。
「もしよければ、その……守里さんがいいなら、私と連絡先を交換しませんか?」
「もちろんだ。電話番号でいいか」
「え!? い、いいですよ」
お互いにスマホを取り出して連絡先を交換する。まさか電話番号を教えてもらえると思わなかった。スマホに入った守里さんの電話番号に、にやにやしてしまう。
「なんだ、笑えるじゃないか」
「え?」
「日和には笑顔のほうが似合うな」
守里さんの言葉に胸がドキドキする。なんだろう。さっきまでの憧れとは違うドキドキに戸惑う。
ふいに、守里さんのスマホから着信音が鳴った。
「悪い。電話が来た」
「私のことは気にしないで出てください」
「ありがとう」
守里さんが電話に出る。
『咲、遅い! もしかして迷子になったんじゃないだろうな?』
「違う。話をしていただけだ」
『話ぃ? まあ無事ならいいんだけど、初めて来た場所だからってはしゃいであんまり遠くに行くなよ。咲が迷子になったら迎えに行く僕がかわいそうだろ』
「分かった。気を付けるよ」
電話が切れる。会話の内容的に、一緒に住んでいる守里さんのお兄さんなのだろう。守里さんがため息を吐いた。
「悪いな、日和。続きはまた今度話そう」
「え、はい。……あの、守里さんって今日引っ越してきたんですか?」
「ん? まあそんなとこだな」
「それなら、……こ、今度私と一緒に遊びませんか。私、街案内しますよ! だからその、また一緒にお話ししてください」
「ああ、こちらこそ」
笑顔を浮かべてくれる守里さんに見とれる。守里さんが手を振った。
「日和、それじゃあまたな」
「はい! またお話ししましょう」
「ああ」
守里さんが背を向けて歩き出す。遠くなっていく背中から目が離せなくて、私はじっと見つめた。
「日和!」
後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえて振り向く。怜奈が慌てた様子で走って来た。
「怜奈? どうしてここに……」
「心配で探したのよ。何も言わないで帰っちゃうし、家に行ったらまだ帰ってないって言われて、どうしたのかと思ったわ。とりあえず無事でよかったけど」
「そうだったんだ。……心配させてごめんね」
黙って学校を出たのは、今日ぐらいは私のことを忘れて好きなことをしてほしいと思ったからだった。でも心配させちゃったみたいだ。罪悪感で胸が苦しくなる。
「それで日和はこんなところで何をしていたのよ」
「えっとね、――――」
――日和には笑顔のほうが似合うな。
守里さんに言われたことを急に思い出して顔が熱くなる。恥ずかしくなって両手で頬を隠す。
「日和?」
「……か」
「か?」
「カッコいい人に会ったの」
怜奈が目を大きく開いた。そして、――怜奈はそのまま後ろに倒れた。
「れ、怜奈あぁああ!!」
人生で一番大きな声が私の口から出た。




