第12話 恋バナ
半田に連絡をして承諾を得たので、今日は怜奈の家に泊まることになった。
カフェから怜奈の家に向かうまで怜奈のカバンに入って移動することになったので俺はおとなしく怜奈の好きにさせる。怜奈は俺を学校カバンに入れると、俺の頭を掴んでむぎゅむぎゅっと押し込めた。
「怜奈、もうちょっと優しくしてくれ」
「仕方ないじゃない。こうしないとカバンに入らないんだもの」
教科書や筆箱が入ってあまり隙間のないカバンに俺をむぎゅむぎゅっと押し込めて、なんとかチャックを閉める。そうして俺はカバンに揺られながら怜奈と一緒に怜奈の家に向かうことになった。
怜奈の家に着く間、俺は日和の反応が気になって想像、もとい妄想する。
日和は前から怜奈に頼られたいと言っていた。それは、意見が言えない自分を助けてくれる怜奈の手を煩わせないためにしたいからだ。つまり日和は、怜奈のために成長したいのである。その事実だけでも俺からすれば十分尊い。だけどさっきの日和の様子を見ると、それだけじゃない気がした。
俺が怜奈の家に行くと言った時、日和は顔をしかめていた。おそらく俺が怜奈の家に行くのが嫌なのだろう。怜奈は俺が日和に近づくのが嫌だったが、もしかしたら日和も俺が怜奈に近づくのを嫌がっているのかも。それはなぜか。
理由を考えるだけで、尊さのあまり心が浄化されてしまいそうだ。
「守里、付いたわよ」
突然、怜奈の声が聞こえた。カバンのチャックが開いて光が差し込んでくる。怜奈が俺の頭を掴んでカバンから引っ張った。妖精姿になって隠れていた俺はようやく狭いカバンの中から解放される。
「ここが私の部屋よ」
怜奈の部屋が可愛らしいところだった。部屋の中はしっかり整理整頓されていて、なんとなく管理官の部屋を思い出す。ただ、俺と同じぐらいの大きさのぬいぐるみが机やベッドの上などいろんなところに並んでいるのは違う点だ。
「そういえば魔法少女の適性を見たいってあんた言っていたけど、それって一晩泊まったら分かるものなの? もしなかったら、魔法少女になれないのかしら」
怜奈が不安そうに俺の顔を伺う。本人からしたら日和と一緒に魔法少女の活動ができるか大事なことだから気になっているのだろう。
「なれないわけではない。ただ、魔法少女になってから苦労するだろうな。魔法少女になる人は、夢を持つ人が良いと言われている。だから怜奈と話をして夢を持っているか話をしようと思ったんだ」
「そういうことね」
「時に怜奈、ずっと聞きたかったんだが、怜奈は日和のことが好きなのか?」
聞くとしたら今日しかない。妄想はしているが、現実が俺の妄想の通りだとは限らない。妄想をしすぎて現実と漫画の区別がつかなくなっていたからここで確認しておきたい。
怜奈の顔がみるみる赤くなっていく。
「な、ななな、なにを言っているのかしら。私が日和をす、好きだなんて」
「かなり動揺してるな」
「というか、なんでそんなことを聞くのよ。……まさかあんたもやっぱり日和を狙ってるんじゃ――」
「落ち着け。言っておくが俺は日和のことが好きなわけではない」
「はあ? 日和がかわいくないっていうの?」
「そうじゃない。俺は怜奈と日和がうまくいくように手伝いたいんだ」
怜奈が目をぱちくりとする。
「あんた、私のことを手伝ってくれるの?」
「俺は二人を応援したいんだ」
「ふうん。……じゃなくて、それがどう魔法少女の適性に繋がるのよ!」
「もし怜奈が日和と付き合いたいという思いがあるなら、それは夢と呼べる。怜奈が夢を持っているなら、魔法少女の適性がある。そう、俺はあくまで仕事として聞いているんだ」
「……そういうことなら悪いけど、私は夢なんか持ってないわ」
「なぜだ? 日和のことが好きなんだろう」
「それは……、日和のことは好きよ。でも、付き合おうとは思っていないの」
怜奈はどこか遠くを見つめながら話し始めた。
「日和って自分の意見を話すのが苦手でしょう? 昔からあんな感じで人としゃべるのが苦手だったから優しくされると、ころっと好きになっちゃうの。でもそれで嫌な思いもたくさんしてきたからもう恋愛なんてこりごりだと思うのよね。だから、私だけは日和の友達としてそばにいてあげたい。怖くないよってね」
「……それじゃあ、怜奈はずっと自分の気持ちを言わないつもりなのか」
「そのつもり。だからあんたには悪いけど、私は魔法少女の適性がないかもね」
怜奈が眉尻を下げた笑みを浮かべる。悲しいのを隠すように笑っているようにしか俺には見えなかった。
どうしても、うんと頷けなくて俺は口を開く。
「日和が優しくしてくれる誰かをころっと好きになると分かっているなら、怜奈のことを好きになるように振り向かせることもできるんじゃないか?」
「無理よ。だって女同士よ?」
「もうそんな時代じゃない」
「時代が受け入れても、日和が受け入れてくれるかは分かんないわ。私、日和に嫌われるのが嫌なの。日和に嫌われるくらいなら、打ち明けないほうがいいわ」
「……日和が誰かにとられてもいいのか」
「…………。日和が幸せなら、それでいいわ」
沈黙が訪れる。何を言えばいいか分からなくて、俺は口を開いては閉じてを繰り返す。怜奈の表情を見れば、沈痛な面持ちだ。
怜奈は心の底からそう思っているわけではないのだろう。だって怜奈がダークモンスター化したとき、真っ先に日和と一緒にいた俺を狙った。本音では日和のそばに誰も寄ってきてほしくないはずだ。それでも怜奈は、日和が幸せなら誰と一緒にいてもいいとはっきり俺に告げた。本当は日和を幸せにしたいのは怜奈自身のはずなのに、日和を思うからこそ自分ではダメなのだと身を引くつもりなのである。
怜奈の覚悟はなんて尊くて、切ないのだろう。胸がきゅっと締め付けられる。俺としては日和のそばにいるのは怜奈であってほしい。けれど、本人たちがそう望んでいない以上、俺には何ができるのだろう。
「怜奈、入ってもいい~?」
突然部屋の扉がノックされた。俺は慌てて机の上のぬいぐるみの隣に座る。妖精姿の俺ならきっとぬいぐるみに紛れられるだろう。怜奈は俺がぬいぐるみに混じったの確認してから返事をした。
「姉さん、いいわよ」
「入るね~」
扉が開いて一人の女の子が入ってくる。
顔立ちは怜奈にとてもよく似ていた。つり目なところも髪が長いところもよく似ている。違うところは、パッと見て怜奈より彼女のほうが派手だということだ。髪飾りには淡い黄色のシュシュを使っていて、ピンも前髪やシャツのポケットなどいたるところにさしている。ポニーテールを揺らし、腰に巻いた水色のパーカーをなびかせながらその女の子は怜奈に近づく。
「お母さんがそろそろご飯だって~。……あれ、何そのぬいぐるみ!」
女の子が俺に手を伸ばし、体中を触ってくる。くすぐったくて思わず反応しそうになるがバレるわけにはいかないのでなんとか耐える。
「かわいいねえ。怜奈こんなの持ってたんだ」
「ひ、日和からもらったのよ」
「……ふ~ん。怜奈がこういうぬいぐるみ好きなら、今度お姉ちゃんも買ってきてあげる!」
「いらないわよ。それより姉さんはご飯ができたから呼びに来たんでしょう。早く行きましょう」
「そうだね。じゃあ行こう~!」
女の子はぱっと俺から手を離して部屋を出て行った。いなくなったのを見て、はあっと息を吐いた。怜奈が心配そうに俺を見る。
「あんた、大丈夫?」
「大丈夫だ。それよりご飯の時間なんだろう。行ってこい」
「分かったわ。そういえば、妖精はご飯はいらないのかしら」
「ああ。俺は食べなくても平気だから気にするな」
「そう。じゃあ行ってくるわね」
怜奈が頷いて部屋を出て行った。一人になった部屋でもう一度ため息を吐く。
本当は、ご飯が食べたかった。妖精なら食べなくても平気ではある。だけど俺は半田の家にいて毎日三食ご飯を食べていたことで、ご飯の楽しみを知ってしまった。
怜奈の家ではぬいぐるみとして通している以上、ここにいる間はご飯はきっと食べられない。それが当たり前だったはずなのに、なんだか今は半田の家が恋しくなった。




