第九十六話 みんなの問題を一気に解決する画期的閃き
子供の頃、仲間内でいち早く人気のテレビゲームソフトを買うと、しばらくの間、自分の家が溜まり場になった。今日こそ魔王を倒してやるぞと意気込んで学校から帰ると、友人がテレビの前でスタンバイしているのだ。
大人になってからは、そういうこともなくなった。それ以前に仲間から注目されるようなものを手に入れる機会自体がほとんどない。だが、友人の代わりに、魔王がゲーム画面から外に這い出て、俺の帰宅を待っていてくれるということは、ついさっき経験出来た。
ちなみに、この話はじゃっかんの創作も含まれているので、全部信じないように。
さて、冗談はここまでにしておいて、本題に戻る。帰宅すると、魔王が待ち構えていた。何の気まぐれか、俺たちを日中に襲ってきたシャロンたちについて教えてくれるらしい。
「既に聞いているかもしれんが、シャロンというのは、俺たちの世界に存在するある国の女王様でよお!」
初耳だ。上品そうな身なりをしていたから、貴族には違いないと睨んでいたが、女王様だったか。腰まで伸びた流れるような金髪に王冠を載せたら、さぞかし見栄えが良いだろう。だが、実際にコンタクトを取った上での感想を言わせてもらうなら、どう贔屓目に解釈しても名君にはなりえないな。
「トップがあれじゃ、領民も大変だろう。外れくじどころじゃ済みそうにないからな」
「お、鋭いなああ! 読み通りだぜええ!」
それほどでもと、チョコボールに手を伸ばそうとしたら、横からかっさらわれてしまった。例によって、またも丸呑み。俺の分など、跡形も残っちゃいない。
「駄目だよ、お兄ちゃん! 魔王様と取り合いを演じるなら、もっと目をぎらつかせて意識を集中しないと!」
横からシロが茶々を入れてくる。分からなくもない。何せ相手は魔王だものな。奪うことに関しては、天才的だ。
「シャロンの国と俺たち魔王軍は、代々争ってきた歴史があってなああ。悔しいことにずっと人間側有利で進んできていたんだああ! ムカつくことだが、戦力的には向こうの方が圧倒的だった訳よおお!」
人間有利で進むところは、現実の異世界でも、架空のゲーム内での話でも、共通しているな。この下りは、予定調和じみたものを感じさせる。
「状況が変化したのは、シャロンが王座に就いてからだな。あいつは、暴力には長けていたが、政治力は皆無でなああ。瞬く間に国力を衰退させていったああ!」
腕っぷしの強いやつが陥りがちな落とし穴だな。なまじ力が強い分、反対意見をごり押しでねじ伏せてしまう。やがて強引なやり方に辟易して、一人、また一人と仲間が去っていく。時間をかけて、だが確実に、そいつの組織は弱まっていく。そして、一度弱まった権威はまず再浮上することなく、最終的に惨めな末路を迎えることになる。
「シャロンはね。女の子が大好きなの。ただ好きなだけなら良いんだけど、女の子を産んだ家庭には報奨金を出したり、可愛い子を自分に仕えさせた親に対しては税の面でかなり優遇してあげたりと、露骨に差別的な政策を連発したんだよ!」
「うわ……」
同じ女性である城ケ崎まで顔をしかめている。可愛い子がいる家庭は天国かもしれないが、そうでない家庭は面白くないだろうな。
「というと、俺たちの前に立ちはだかった幼女たちも、その政策のために、親から売られた子たちなのか?」
勇者の仲間と宣言していたが、どうもきなくさい。質問したシロが、難しい顔で黙っていることから、目の付け所は間違っていないみたいだな。
「終いには、女の子を差し出せば、殺人も見逃しだしてなああ。魔王の俺様からしてもあり得ない政治が続いた結果、かつての戦力差は次第に縮まっていき、ついに俺たちが逆転するに至ったああ!」
本当なら楽勝だった筈の相手に、放蕩が原因で負ける羽目になってしまったのか。歴代の君主たちが聞いたら、激怒するのは不可避だな。そうなってしまう前に、シャロンを諌める中心はいなかったのだろうか。あ、無理か。どうせ暴力に物を言わせて、ねじ伏せるに決まっているからな。
「今の話が本当なら、どちらが魔王か分かりませんね」
「俺は元からシャロンのことを勇者の仲間とは思っていなかったがな!」
力に物を言わせてのし上がったやつに、聖人はいないということなのかな。
「しかし、気になることがあるな。あんたたちに負けたというのに、シャロンから焦りを全く感じることが出来なかった。ずっと気分の悪い笑みを絶やさなかったよ」
どんな馬鹿でも、足元に火が点けば、顔色を変える筈だ。特にあいつは植物を使う。火には人一倍敏感だと思うがね。
「はははああ! そりゃそうだああ! あいつにしてみれば、尖兵がやられただけに過ぎないからなああ! 自分自身が負けたとは、心の底から思っていないのさああ!!」
俺たちにしたように、勇者一向の敗北を、上から目線であざ笑っている訳か。チームの勝敗には目もくれずに、ひたすら自分の立場のみを意識する。人の上に立ってはいけないタイプの人種だな。
「何か……、勇者たちに同情してきちゃいますね。頑張って魔王を討伐しても、平和な世の中なんて望めそうにないです」
上が上だからな。というか、魔王が目の前にいる状態で、魔王討伐なんて、冗談でも口にするものじゃないぞ。
俺は今回の問題を、ルネさえ奪還出来れば良しと考えていたのだが、だんだんそれでは済ませなくなってきている気がしてきた。
「あ~! お兄ちゃんが難しい顔をして唸っている~! これだけ見ると、賢そうに見えてしまう不思議!」
放っておいても、いずれシャロンの軍は言い訳のしようもないほどの完全敗北を喫するだろう。だが、シャロンは最後まで生き残る。自分以外を切り捨てて……。そう考えると、捨て駒にされるであろう下っ端たちが気の毒だな。
「なあなあ、お兄ちゃん! 勇者でも聖人でもないんだから、身の丈以上のことをしでかそうと色気を出さんでいいんだよっ! もっとシンプルに行こうよ。ルネを奪還して、馬車馬の如く働いて、一億円を払ったら、キャッキャウフフ♪ これだけっ!」
……俺なりに真剣に頭を稼働させているつもりなんだが、シロの野次が胸に響いてくるな。ハッキリ言ってくれるよ。
だが、悲しいことにシロの言い分は正論。俺はルネという破格の買い物をしたせいで、結構尻に火がついている状態なのだ。異世界の行ったこともない国の行く末を心配している場合ではないのだ。
ああ、頭が痛いなあ、一億円。学生の時分なら、すぐに耳を揃えて叩きつけてやると大見得を切っていたところなのに、社会で働き始めた身としては、その脅威を前に恐れおののいちゃっているんだよな。
怖いもの知らずの学生時代。自分には溢れる才能が眠っていて、社会に出ればそれがすぐに開花して、縦横無尽に活躍する。金持ちに上り詰めるのは時間の問題だと、根拠がなく自分に都合の良い妄想が、胸の片隅に常にあった。まあ、見事に打ち砕かれたのは言うまでもないがね。
地道にやるしかないと分かっていても、一億円を積み立てる道のりを考えると、見通しが暗くなる。
ギャンブルや宝くじにすがるつもりはないが、一発逆転はないかと思ってしまう。いっそ異世界にルネを救出しに行った際に、向こうの女性でも拉致して富豪に売りつけるか? こっちは魔王側だから、それくらいは目を瞑ってもらえたりなんて……。
本気ではないにせよ、人でなしなことさえ頭に浮かんでしまう。女性を拉致とは、俺も堕落を開始しているのかねえ。そう自身をあざ笑っている時だった。閃きの花火が脳内で弾けたのは。
……いるじゃないか、おあつらえ向きのやつが。
ほとんど思いつきなのだが、大金を渇望する脳みそに、魔王から聞いた話をかき混ぜたところ、ある一つの化学反応が生じたのだった。
「あいつって、黙っていれば、かなり美人だよな……」
あいつとは、シャロンのことだ。シロが自分自身を指さしているが、決してお前のことを言っているんじゃない。




