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第九十二話 悪霊よりも不良の方が怖い今日この頃

 人里離れた廃墟の中を間宮と万丈が歩いている。目的は肝試しではなく、ストレス発散。というのも、万丈の荒れた生活を改善させるために、ここに巣くっているという悪霊を相手に暴れてもらおうという、彼らの担任教師の指導の一環によるものだ。


 ここに来るまで、教師たちが自分のために、そんなはた迷惑な心配をされていたことを、全く聞かされていなかった万丈は、不機嫌丸出しの態度で歩いている。そして、そのすぐ後を、親友の間宮が楽しそうに追っている。


 その光景を物陰からミルズが観察しているのだ。さっきまで歩くのも億劫なほどに疲弊していたというのに、好奇心のもたらす力には頭が下がる。


 壁には至るところに絵心の感じない派手なだけの落書きが描かれてあり、それを眺めながらため息をつく。


「どれもこれも下手くそな絵ばかりだな。そんなに自慢したいんなら、自分の彼女の裸体をプリントしたものでも貼っておけっつ~んだよ!」


「あっ、それ、いいっすね。その意見、全面的に賛成っす!」


 万丈が腹立ち紛れに落書きの描かれた壁に向かって、バッドを振り下ろす。……と見せかけて、その直前で寸止めする。


「普通よ~、教師が生徒を率先して、心霊スポットに連れてくるか~? 頭ごなしに説教されないだけ良いけどよお~」


「俺が進言したっすよ。万丈の生き場のない暴力衝動を発散させるには心霊スポットが一番だと」


 万丈は歩みを止めて、ジッと親友の目を睨んでいた。彼の頭の中では、たった今親友が呟いた一言が反芻していた。


「……お前、今サラッととんでもないことを暴露したな」


「うん? 先生に進言したことっすか?」


「怪しいとは思っていたんだよ。やはりお前か……」


 本来なら悪霊に振るうべきバッドを、間宮に向かって振り下ろす。それを間一髪で避けながら、間宮は慌てた様子で弁明する。


「わわわ……! 何で起こるんすか!? 悪霊ならいくら殴っても、警察沙汰にならないから良いストレス解消になるじゃないっすか!」


「馬鹿か! 提案するお前もお前だが、その提案に乗る先生も先生だよ! 俺が悪霊に喧嘩を売って、憑りつかれたらどうするんだよ? お前のこと、親友だと思っていたのに、ショックだわ~」


「大丈夫っす。そういうところに行かないように、先生と念入りに調べたっすから! ここの悪霊は、写真を撮ったら不気味な顔が映るとか、近くを通ると泣き声が聞こえるとか、実害のないものばかりっすから。昔、誰かが死んだという話も聞きませんし!」


「つまりここの悪霊なら、どうせたいしたことないから、喧嘩を売り放題だと……」


 親友に向かって、間宮がこれ以上ないくらいに晴れやかな顔で、ガッツポーズをした。それを見て、万丈もつられて笑顔になる。


「アホか~~!」


「い、いただああ!?」


 いったん中断していた攻撃を再開した。野球部に所属していた頃からさびついていないスイングで、間宮目がけてバッドを振るう。


「計画変更だ! 悪霊じゃなくて、てめえを血祭りにあげてやる!」


「なっ、何でっすか~? ちょっ……、ストップっす!」


 二人の様子を物陰から観察しているミルズは、隠れているのがばれしまうと思いつつも、つい笑いが漏れてしまう。


「ふふふ……、盛り上がっているね。無理やり連れてこられたと嘆いていながら、結構楽しんでいるように見えるね」


 さっきまでの沈んだ心が、徐々に明るくなりつつあった。二人の取っ組み合いは、魔王との戦いで荒んだ彼女の心には、優しい特効薬になったようだ。




 しばらくじゃれ合った末、万丈はようやく落ち着いて、その場に腰を下ろした。間宮も一緒に腰を下ろす。幸いにして、ここは廃墟。ところどころが壊れていて、腰を下ろせそうな場所で溢れていたのだ。


「時に間宮。ある筋から小耳に挟んだ情報なんだが、お前……、久我先生の家で寝泊りしているって本当か?」


「ああ、間違いないっすよ。事実っす」


 間宮は、自分が一人暮らししていたアパートが全壊したこと、父親との不仲が原因で家に戻れないこと、住むところに困って学校で寝泊りしようかと思っていた矢先に自身の境遇を哀れんだ先ほどの女教師が快く自宅アパートに招いてくれたことを順番に説明した。ちなみに、アパートを全壊に追い込んだのは、俺が下僕にしたばかりの黒太郎だったりするのだが、そこはこいつらには内緒のままで構わないだろう。


「なあ……、久我先生ってさ……。実家住まいじゃなくて、一人でアパートに住んでいたんだよな?」


「今は俺が加わって、二人暮らしっすけどね!」


「そうなると必然的に、干してある下着を目にしたり、入浴中に体を洗う音を聞いたりする機会があるんじゃないのか?」


「まるで、その場にいるように言い当てるっすね。盗み聞きでもしていたっすか?」


 自分たちがまさに盗み聞きされているとは思わずに、軽快に相槌を打つ。だが、そんな年頃の男には夢みたいな幸運を聞かされている万丈の顔は、またも急速に紅潮していくのだった。


「ふざけんな……。一体何人の男子生徒が、あの爆乳を狙っていると思ってんだ! 涼しい顔して、さらっと爆弾発言をかましやがって! このまま風呂場を開けたら、入浴中の先生と出くわすラッキースケベな事件簿でも語りだす気かあ? ああ!?」


「そ、そんなことはないっすよ! 誰か中にいれば、さすがに分かるっす! せいぜい朝起きたら、着替え中だったことくらいで……。って、痛い、痛い!!」


「だいたいその語尾は何だよ? 同級生相手に敬語で話されているみたいで、よそよそしいんだよ!」


「うっかり同級生にこの口調で話したら、評判が良くって……。一部の女子の間で好評みたいなんすよ。俺も、男っすからね。女子にはモテたいんで、イメチェンすることに……。だ~か~ら~! 痛いって~~!」


 男子にとって、同輩のリア充報告は腹の立つものであり、万丈はしばらく間宮に怒りの矛先を向けることになったのだった。


「はあ……、はあ……。お前を殴っている内に、スッキリしたわ……。もう悪霊に八つ当たりしなくても良いわ……」


「そりゃ何よりっす……」


 腫れ上がった頬をさすりながら、涙目で間宮が答えているが、万丈の顔は確かに靄が晴れたような清々しい表情をしていた。


「さて……。アホな雑談はこれくらいにするとしてだ……」


「む?」


「俺たちの話を盗み聞きしているやつがいるな」


「ああ、そこの物陰に隠れているやつっすよね。あ、ひょっとして悪霊じゃないっすか~?」


 物陰でミルズが、ペロリと舌を出した。上手く気配を消していると思っていたので、気付かれているとは、夢にも思っていなかったのである。


「ぶっちゃけ悪霊でも人間でも、どっちでもいい。……出て来いよ」


 やれやれと内心で思いつつ、ミルズは自身の失敗に苦笑いした。距離を取っていれば見つからなかっただろうに、つい油断してしまったが故のミスなのだ。


「私も彼のように、頬を晴らすことになるのかねえ。それは勘弁してほしいさ」


はあ……、どっかにラッキースケベが落ちていないかなあ……。

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