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第八十三話 魔王と呼ばれたオロチ

 仲間を先行させて、自分は強大な追っ手を迎え撃ち、時間稼ぎするという困難な道を、フードの幼女は選択した。覚悟を決めた彼女の前に、それは、悠然と、一方で素早い動きで姿を現した。


「やあ、久しいね、魔王」


 緊張のあまり、上ずりそうになる声を押し殺して、フードの幼女は語りかける。シロと対峙している時とは大違いの、冷や汗の流れる切羽詰まった顔で、魔王と呼ばれた者は、彼女の動揺を感じて、満足そうににやついた。


「俺は会いたくなかったけどなああ! お前らみたいな矮小な存在。無視しても良かったんだが、俺の暇つぶしを散々邪魔してくれたからなああ! お仕置きが必要と思ってよおお!!」


 その暇つぶしの中には、俺が異世界と関わることになった賞金探しも含まれているのだが、そんなことをフードの幼女が知る由もなかった。


 前置きはここら辺にして、フードの幼女の前に現れたのは、とてつもなくビッグサイズのヘビだった。ざっと見ただけでも、二十メートルはありそうだ。真っ赤な舌をチロチロと出して、フードの幼女を威嚇している。


 ヘビ……。それが異世界の支配者の正体だった。やつは、その大きな口に、異世界における数多の支配者を呑み込んで、最強の覇者へと上り詰めたのだった。


 しかも、このヘビ、いや、魔王は、人間様の言葉まで話す!


「むうう!? しばらくぶりに会って、よおおく拝んでみたら、てめえ、すっかり体が縮こまっているじゃねえかああ? 特に、胸元が寂しくなっているなああ!」


 今でこそ幼女の姿に甘んじているが、かつては自他ともに認める豊かなスタイルの持ち主だったのだろう。魔王にからかわれて、フードの幼女の顔が分かりやすく引きつる。この手のタイプにそんなリアクションをしたら、さらに面白がって、より一層からかわれてしまうというのに。


「だ、誰がこんな姿にしたと思っているのさ。それを言ったら、君だって、ずいぶんコンパクトになっているだろうさ。いや……、君の場合は、体そのものを取り替えているようだね」


「ふううん! さすがミルズちゃん! 目の付け所が違う。そうだああ! これは最近までペットとして飼っていたヘビに、俺様の魂を一時的に移している仮の姿よおお!」


 この魔王。自身がヘビなのに、多数のヘビをペットとして、飼っているのだ。その内の一匹が死んでしまったので、魂の一部を移して、こうして遠征してきているという訳だ。ちなみに、ミルズというのは、フードの幼女の名前だったりする。


「だが、コンパクトになったからって、油断するんじゃねえぞおお! 本体に比べて、体はかなり小さく、可愛くなったが、殺気はちゃんと飛ばせるぜえ? こんな風になああ!」


 宣言通りに、殺気をふんだんに飛ばす。異世界の覇者ともなると、殺気だけでもかなりのもので、フードが纏っているボロボロの布が鋭利な刃物で切られたように、ズタズタになっていく。


「むうう!!」


 お気に入りの一張羅を使い物にならなくされて、ミルズも、おもわず顔をしかめて唸ってしまう。対する魔王は、かなりご満悦な様子。


「はあ……。あんまりさ。もうこの布は使えないね……。そんなに服を持っていないから、大事にしていたのにさ……」


 布というより切れ端の群れになってしまった物を脱ぎ捨てると、動きやすそうなワンピース姿が露わになった。


「この下はもう下着だけだね。本当に替えの服がないんだから、これ以上破くようなことは勘弁さ」


「ははははははああ! そんなに服が大事なら、そこで突っ立っていろよ! 服だけ残して、本体だけをきれいに呑み込んでやるからよお! こう見えて、テクニックには自信があるんだぜええ? 何つっても、服の他に、かつらも残して丸呑みしたことがあるからなああ!」


「……それはすごいね」


 とりあえず感心しているものの、同じ目に遭うのは絶対にごめんだという顔をしている。それを裏付けるかのように、ミルズの体温が急上昇していく。普段は色白の肌も、次第に紅潮していく。


 ミルズを中心に、無数のカブトムシが発生した。今回は、これで戦うつもりらしい。異世界の覇者でもある魔王相手には、甚だ心細くはある。正直、通用すると本気で思っているのだろうか。


「さあ……、来るがいいさ。君に勝てるとは思っていないけど、無抵抗で飲み込まれてやるつもりもないからね」


 威勢よく宣言したものの、魔王は小さな昆虫の群れを前に、怒るよりも、笑いが込み上げてきていた。


「はああっ! 相変わらず自分は高みの見物で、実際の戦闘は小さな虫けらどもに任せきっているのかよおお! それで、俺に挑んでくるだああ? 冗談きついぜええ!」


「僕の可愛い昆虫たちを、虫けらと呼ぶのは止めてほしいね。一体一体は小さくても、みんなの力を合わせることで、強力な力になるのさ。『塵も積もれば山となる』っていう言葉を知っているね」


 ミルズの話は、とても的を得ているように思えたが、相手が魔王では意味を成さないということをすぐに痛感することになった。


「ああ!? 塵も積もれば……、だとおお?」


 魔王の体から、強大なオーラが具現化して、それがミルズへと向かって襲いかかった。咄嗟にカブトムシを盾にして、ガードしたのだが、魔王のオーラに触れた途端、一瞬のうちに跡形も残さずに消滅してしまった。


「なっ……!」


 自慢の昆虫たちのあっけない最期に、ミルズは驚きを抑えられなかった。無理もない。今回召喚したのは、異世界に住んでいる特別性のカブトムシで、その体はダイヤモンドより硬く、しなやかだったからだ。彼女の昆虫コレクションの中では、精鋭の立場に位置していた。それが時間稼ぎにすらならなかったのだ。


「見たかああ? 俺様の圧倒的な力の前には、お前のペットなんぞ、塵も残らねえんだよおお! 積もりようがないから、いつまで経っても山になんかなりゃしねえんだよ。分かったかああ?」


 さらに激しくなった殺気が、ミルズへと飛ばされる。あまりの勢いに、彼女の小さな体は、冗談抜きで吹き飛ばされそうになってしまう。


「や、やるね……! さすがは魔王といったところかね。でも、まだ予定の範疇さ。慌てるには早い……」


「なあに、余裕ぶっているんだよ? 俺はなああ、自分より弱いやつが調子に乗った態度を取っているのを見るのが、何よりも大嫌いなんだああ!!」


「余裕ぶるなんて、とんでもないね。君に手ひどくやられたことを、今でもしっかり脳裏に焼き付いているんだからさ」


 魔王に見えないように隠しているが、ミルズの手は震えだしていた。さっき格好いいことを言わないで、アロナと共闘すべきだったとだんだん思い始めている自分を、必死に抑えているのだ。


 この恐怖。早く払しょくしないと、無尽蔵に膨張していくことは、経験で分かっていた。ミルズは小さく深呼吸して、気持ちを落ち着けると、次なる手に打って出たのだった。


今回、清々しいくらいに、「!」と「?」と使いました。魔王が出るたびに、この二つの出番は増えそうですね。

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