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第七十四話 騒がしい一方で、微笑ましい顔合わせ

 俺の部署。といっても、俺とやたら緩い恰好の先輩の二人だけだったが、そこで、大幅な人事異動が行われた。緩い恰好の先輩が行方不明を理由にクビになって、知り合いのニートと、最近俺に付きまとっている異世界の幼女が配属されたのだ。これだけ聞くと、ほとんどの人が大丈夫か心配になると思う。実をいうと、俺も不安だ。


 シロが使い物にならないのは、仕事ぶりを見るまでもなく揺るぎない事実だし、ニートこと城ケ崎も未知数だったりするのだ。ちょっときつめに叱ったら、仕事を辞めましたという展開だけは勘弁してほしい。


 というか、明らかにお子様のシロを雇って、労働基準監督署辺りが騒がないのかと思ったが、会社自体の存在があやふやなところなので、お固く考える必要もないかと思い直した。


 そもそも俺自身、今の部署に異動させられてから、三日しか経っていないのだ。人に物を教えられるレベルとは思えない。


 上の決定だから、従わざるを得ないのだが、どうしても不安は拭えない。


 そういったスッキリしない部分はあるものの、シロの参戦は心強かったりもした。勇者の一団から攻撃を仕掛けられるケースが多いのだ。『黒いやつ』を従えていない以上、勤務中に襲われたらひとたまりもない。大丈夫だと嘯いていたパンクも行方不明だし、危機感はいやが上にも高まっていたのだ。


「よいしょっと……!」


 俺から不安に思われたり、頼りにされていたりするとは夢にも思ってなさそうな能天気な顔で、シロは持参したキャリーケースを自分の横に置いていた。重いらしく、おっさん臭い掛け声まで出している。そのくせ、俺が手伝ってやろうとすると、「お兄ちゃんにはまだ早いよ!」と、断られてしまったりもした。


「お前の似合わないスーツ姿以上に気になっていたんだが、そのキャリーケースの中身は何だ? お前のことだから、書類やパソコンじゃないよな」


「むぅ~! その私のことを軽視した発言は気分悪いな~。でも、安心して! ちゃんと役に立つ代物だから。書類やパソコンなんて、目じゃないよ~!」


 ビジネス上で必要な所持品を、そこまで軽視した発言が出来るお前に対して、全国のビジネスマンたちが気分を害しているだろうよ。


 そもそも書類より大事なものって何だ? どうせ勇者の一団と闘う際に使う物だろ。お前は、仕事を軽視する以前に、勘違いしているだろ。


 仕事の出来る男を演じて、ミルクを堪能しているシロに、内心で毒づいていると、やつの持参したキャリーケースから音がした。


 ゴトッ……。


「……」


 中から何者かが叩いたとしか思えない音に、一瞬固まってしまったが、すぐさまツッコませてもらう。


「おい……。トランクの中から音がするんだが……。それも生き物が中から叩いているような……」


「気のせいだよ!」


 いや、絶対に気のせいじゃないだろう。ここまで露骨に音がしているのに、白を切るって、ふてぶてしいにも程があるだろ。音が聞こえている筈なのに、爺さんは運転に徹しているし、城ケ崎を見ると、仕方ないといった顔で苦笑いしている。音に食いついているのは俺だけかよ。


 ゴトッ、ゴトゴト!


 あっ、さっきより鮮明に音がした。俺が言及したことに反応して、意図的に強い音を出したな。ということは、中にいる何者かは、こちらの言葉が分かるということか。


「うるさい!」


 シロが大声を出すと、キャリーケースの音は今度こそ静かになった。


「音がしたのは気のせいじゃないよな。お前だって、今の様子から察するに、音の原因を知っているよな。ていうか、知らないで持ち込んだわけがないよな」


「気のせいったら、気のせいだよ!」


 こいつ……、あくまで白を切るつもりか……。


「相変わらずですね」


 俺とシロのやり取りを見ていた城ケ崎から温かい眼差しを向けられていた。まるでやんちゃな妹と、それに手を焼いている兄のやり取りを見ているような目をしてやがる。


「こいつの加入で勤務先はかなり騒然とすることになる。いつまで笑っていられるか、見物だな」


「いや、そこは宇喜多さんがどうにかしてくれると信じています。頼りにしていますよ、先輩♪」


 こいつ……。こんな時だけ先輩と呼びやがって。面倒くさいことは、全部押し付ける肚か。お前も相変わらずの腹黒さだな。


「何から何まで分からないことだらけだ。俺だけ蚊帳の外に締め出されている気分だわ……」


「世の中なんて、そんなものですよ。自分のどうにか出来ることなんて、ほとんどありません。与えられた環境で、どうもがくかが重要なんです」


 愚痴に対して、妙に達観した返しが戻ってきた。昨日まで仕事をしていなかったくせに、変に大人びた持論を展開しやがって。これだから、ニートは。


 ここまでずっと沈黙を守っている運転席の爺さんを見ると、まるでやんちゃ坊主たちを温かく見守る保護者のような微笑みの絶えない顔をしていた。小言を言われなくてホッとした反面、内心で喧嘩するほど仲が良いとか思われたりしていないか勘繰ってもいた。もし思われていたのなら、全力で否定させてもらいたいところだ。


 そんな感じで、あまり順調とは言い難い顔合わせをしつつ、車は市街地を抜けて、世間的に用途不明な建物へと向かっていた。




 車内が、かなり賑やかになっていた頃、対照的に静まり返っていたのは、俺が宿泊しているホテルの一室だった。


 シロのせいで、普段が賑やかな分、いなくなると、静けさも倍増するのだ。


「……静かです」


 お留守番のルネも、思わず口にしてしまうほどだった。いつもは話し相手がいてくれるので気にならないが、こうして一人になると、することのないルネは時間の潰し方に途端に困ってしまうのだ。


 掃除も洗濯も全て片付いてしまったし、本当の意味ですることが残っていなかった。根が真面目なルネには、昼寝やネットでもして時間を潰そうという考えは丸っきり浮かばない。


 まるで置き人形のように、誰もいない部屋でポツンと座っていると、ドアがコンコンとノックされた。暇を持て余していたルネは、チャンスとばかりに嬉しそうにドアへと走る。


「どちら様ですか?」


「勧誘。本日窺うと、宇喜多様にも言っている」


「ご主人様とですか! それは失礼しました!」


 アポを取って、勧誘に来るなどという話は聞かない。第一、言葉遣いがおかしいだろ。万が一、そんな約束を取り交わしていたにしても、それならルネにあらかじめ伝えておく筈だ。警戒するべきなのだが、疑うことを知らないルネは、すんなりと騙されてしまい、ドアを開けてしまったのだ。


 わざわざ小芝居まで打って、ホテルを訪ねてくる人物だ。まともなやつなど、まずいない。それを裏付けるように、ドアの外には、危険な人物が立っていた。


「こんにちは」


「? お嬢ちゃん……?」


 てっきりスーツ姿の女性が立っていると思っていたルネは、おかっぱ頭の幼女がいたことに目を白黒させている。おかっぱ頭は、ルネが驚いているのを楽しみながら、それでいて彼女が落ち着くのを待たずに、本題を切り出した。


「早速だが……、お前を誘拐する」


「……え?」


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