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第六十八話 そんなに俺と一緒が良いのなら、下僕になってしまえ

 二度と来ないと誓った白黒の世界に、俺とシロは立っていた。


「まさかまたここに戻ってくることになるとはな……」


 そんなに感慨深くないが、喫煙者だったら、タバコを吹かしているところだね。


 シロからこの世界の詳細を聞いて、ルネと添い寝さえしなければ引きずり込まれることはないと知ったのに、自分からまた舞い戻ろうとするとは。


 周りを見渡すが、相変わらず色のない世界だ。この光景だけは、何度見ても慣れることは出来ないね。


 こんな面白みはないが、危険だけは抜群に付きまとう世界に、好き好んで戻ってきたのには、もちろん訳がある。


 さて。提案してみたものの、作戦がある訳ではない。ただ実行出来たら、かなり有利に戦いを進められるんじゃないかと思っただけのことだ。シロだけだと、心もとないしな。


 俺の懸念をよそに、シロは無駄に楽しそうだ。ピクニックしに来たような浮かれようだ。


「舞~い戻ってきました! 白黒だけの世界に~♪」


「ご機嫌だな」


 前回は最終的に押され気味になっていたのに、よくもまあ能天気に歌なんて口ずさめるものだな。あいつを手駒にしようなんて言い出した俺は、今更になって怖気づいているっていうのに。


「ふっふっふ! 私とは対照的に、お兄ちゃんは意気消沈しているね!」


「まあな……。あいつとの間には良い思い出がないからな」


 こうして無事なのが不思議なくらいボコボコにされたからな。俺を笑っているシロだって、やられそうになったことがある。そう考えると、シロが能天気に笑っている方が不思議に思えたが、自信の元は、手にしていた鎖付きの首輪にあったようだ。


「まあ、心配することはないよ。今日の私には、秘密兵器があるんだからね! じゃっじゃ~ん! 『天獄の呪縛』~!!」


 大層な名前の秘密兵器が出てきた……。ネコ型ロボットが、自慢の未来性の道具を出すのと同じノリで見せてきたな。前にもそう言って、強力な剣を持ってきたが、すぐにポキリと折れたんだっけ。乗り気なところを悪いが、こいつが自信満々だと、不吉なフラグが立つんだよな。今までがそうだったように。


「使い方は簡単だよ! その首輪を下僕にしたいあの子の首に装着するの! すると、あ~ら不思議! どんなに自分に反抗的だったとしても、たちどころに従順な下僕に早変わり! もうあなたの命令なしでは生きていけない人形に成り下がるのさ!!」


 何とも魔王らしい物騒な道具だな。ということは、これを俺の首に巻きつけられたら、一生シロの奴隷になる訳だ。考えたくもない未来だな。


「本当はね! 勇者の一団に使うつもりだったんだけど、あいつら、これの魔力に対して適性があってね~! ずっと倉庫で埃を被っていたんだけど、今回めでたく日の目を見ることになりました!」


 きっとものすごく抵抗したんだろうな。嫌いなやつの操り人形なんて、誰だって死んでもごめんの筈だ。


「作戦はこうだよ。私がやつを叩きのめして怯んだところを、お兄ちゃんがその道具を装着するの。後は、道具の力で、下僕になりたそうな目でこちらを見ているやつを、仕方ないといった感じで主従関係を結んでやる。うん、完璧!」


「ずっと戦いを傍観しているよりはマシだが、自信ないな。なるべく弱らせてくれよ」


 シロはドSなのかね。『黒いやつ』をつき従えたら、どんなことを命令してやろうかと、童顔がにやついている。


 渡された何とかの鎖を、ため息交じりに眺める。これに意思があって、自分から相手の首に巻きついてくれれば、どれだけ楽だっただろうかと、都合の良いこともほんのり頭に浮かんでしまった。


 そんな臆病者の心が決まるより先に、どしんどしんと振動する音と地響きが聞こえてきた。


「おっ! 見て見て、お兄ちゃん。黒助くんが私たちを出迎えてくれているよ。向こうも私たちに一刻も早く忠誠を誓いたいようだね!」


 指さすまでもなく、俺もやつの姿を見つけているよ。ただでさえ、あの巨体は、生命を感じない世界で、浮いているのだ。それに拍車をかけるように、これだけ派手に登場したのだ。気付かずにはいられないだろう。


「黒助とはずいぶんかわいらしい名前を付けたな。だが、それならごますりしながら近付いてくると思うんだよな。ていうか、あいつ、この間よりさらに一回り巨大化していないか?」


 『黒いやつ』に対する恐怖心のせいで、実際より大きく見えているのではない。俺たちへの闘争心が原動力なのか、『黒いやつ』の体は、前回よりもさらに大きくなっている。元々想像の産物みたいなやつなので、無尽蔵に膨れ上がることに対して、今更文句を言うつもりはないが、困ったことになったな。


「なあ、シロ。あいつがでかくなったせいで、この首輪が付けられなくなったっぽいんだが……」


 『黒いやつ』の首が、首輪よりも明らかに大きい。これではシロがどれだけやつを弱らせても、取り付けることなど出来そうにない。また使う前に、お役御免かと頭を抱えたが、シロは違った。


「大丈夫! その首輪がかけられるようになるまで、あいつの首を細くしてやればいいだけ!」


「さらっとグロいことを言ったな。パン生地みたいに引き延ばす気か!?」


「それも良いけど、首の骨をぐちゃぐちゃにして、粘土みたいにするのも良いよ!」


「いや、良くないから……」


 首をだらりと垂らしながら、俺の命令に忠犬の如く従う『黒いやつ』の姿を想像して、思わず身震いしてしまう。あまり気持ちの良い画ではないな。


「ほら! そんな些細なことを気にしている場合じゃないよ! あいつが攻めてきた!」


「くっ……! 待ったなしかよ。作戦を練っている間くらい待てっていうんだ!」


 もちろん話し合いがまとまるのを待っている馬鹿はいない。シロと『黒いやつ』の因縁のバトルが始まってしまった。


「今日の私は、一味違うよ! 食らえっ!」


 シロが『黒いやつ』を中心に突風を出現させた。風の勢いは凄まじく、やつの巨大を、あっという間に遥か上空へと巻き上げてしまった。


「だか、これではあいつはたいしたダメージを追わないぞ?」


「ご心配召されるな! ちゃんと後のことも考えているよ!」


 シロが目を閉じて念を込めると、右手に灼熱に焼け爛れている巨大な槍が現れた。シロの背丈の二倍はあるビッグサイズだ。


「これで落ちてきたところを串刺しにしまくってあげるよ。そして、最後は首をシェイプアップして、奴隷人生の幕上げだね!」


「あどけない顔のくせに、えぐいことを考えるね、このお子様は!」


 やがて串刺しになる『黒いやつ』を見上げると、背中の辺りから何かが生えてきていた。あれは……、翼!?


 広げた翼も入れると、五メートルは優に超えるんじゃなかろうか。呆気にとられる俺に見せびらかすように、『黒いやつ』は優雅に翼をはば立たせて、宙に降臨していた。


 なんておぞましい姿なんだろうか。まるでサタンを思わせる。もうあいつが実は魔王でしたってオチでも、俺は驚かないね。


「お兄ちゃん、ごめん。串刺しには出来そうにない」


「ああ、見れば分かるよ」


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