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第五十九話 ルネの正体と、修正を迫られる俺の夜の家族計画

新年明けましておめでとうございます。

年が明けたからといって、特別な何かを企画している訳では

ありませんが、とにかくおめでとうございます。

今年も懲りることなく、投稿を続けている予定ですので、

気になったことがあれば、どんどんツッコんでいただければ幸いです。

 同僚から、勇者の仲間を捕まえて売り飛ばそうという、人身売買の片棒を持てと誘われた。


 いくら金が必要でも、犯罪の手伝いは出来ないと思っていたら、シロも乗り気で、だんだん俺の気持ちが押され始めていた。もちろん自分では良くない兆候であることは、十二分に分かってはいる。


「そう難しく考える必要はないんだよ、お兄ちゃん。ルネを買い取るために、お金がたくさん必要なんでしょ? それを勇者様たちに体を張って稼いでもらおうってだけの話だよ。人の役に立てるんだから、向こうも本望に違いないね!」


「お前……、おままごとやかくれんぼで遊んでいるノリで、とんでもない悪事をサラッと言ってのけたな」


 無邪気な顔で悪魔みたいなことを口走ると思ったが、よく考えてみれば、こいつは魔王の手下だ。これくらいのことは日常茶飯事で、良心の呵責に苛まれることもないのだろう。


「お兄ちゃん。向こうは商品に成り下がったとはいえ、とてつもない力を秘めたお子様たちだよ。気の迷いを持ったままじゃ、返り討ちに遭っちゃうのが目に見えているね。心を鬼にしないと駄目だよ!」


「向こうは自分たちのことを商品なんて、絶対に思っちゃいないだろうがね。それに俺からすれば、とてつもない力を持っているが、口車に乗せやすいお子様が目の前に一人いるから、少しくらいなら油断しても大丈夫かなと高を括っている部分もあるね。まあ、とにかくだ。お前のその余裕が羨ましいよ」


 遠回しにシロのことを皮肉ってやったが、馬鹿にされたことに気付かないやつは、ひたすら平坦な胸を張って威張っていた。


「という訳で、ウォーミングアップとして、手始めにあの黒いのからブッ飛ばすことにしよう! 今夜の私は負けないよ!」


「悪夢のリクエストか? やる気を出すのは構わないが、お前一人でやってくれよ。俺はもう疲れたよ……。ていうか、その負けない発言、毎晩のように聞いているんだがね……」


 寝る前だというのに、完全にスイッチが入ってしまったのか、毎晩苦しめられている悪夢のリクエストまで始めてしまった。悪夢の世界の住人には、昨夜アパートを破壊されているので、俺は顔も見たくないというのに、好い気なものだ。やつが暴れまわるのが悪夢の世界ならいざ知らず、また現実の世界で暴れられて、このホテルまで破壊された日には、もう目も当てられないというのをシロは理解していないのか。


「あ~あ、お前と話していたら、どうも考え込むのが面倒くさくなってきた。まだ答えは出ていないが、もう眠ろう。ルネも気持ち良さそうに寝ていることだしな」


 シロを挟んで、先に寝息を立てているルネの顔を覗き見る。横で物騒な話し合いが行われていることなど、夢にも思わずに、幸せな夢に浸っている。


 恋人同士だったら、キスでもしてやりたいところだなと思いつつ、俺は目を閉じて、遅ればせながら寝息を立てることにしよう。


「な~んてな! ここで目を閉じたら、また白と黒しかない悪夢の世界に一直線なんだろ?」


 本当に寝ると思っていたシロは、俺のフェイントにびっくりして、目をパチクリさせた。


「正解だよ……。そのことに感づくなんて、今夜のお兄ちゃんは冴えているね。なんかお兄ちゃんじゃないみたい……!」


 それは、俺のことを褒めているのか? それとも、馬鹿にしているのか? 詳しく問いただしたらキレることになりそうなので、深くは追及すまい。それよりも、他に話し合わなければならないことが、今の俺にはある。


「当り前だ。これだけいろいろ起これば、どんな鈍いやつだって感づくわ!」


 むしろ遅いくらいか。もう少し早く感づいていれば、アパートを破壊せずに済んだかもしれないという念はある。


「それで? ルネと一緒に寝たら、悪夢を見ることになるけど、お兄ちゃんは、どうする気なの? ルネを追い出す訳にもいかないよね」


「ん~……」


 そこが難しいところなんだよな。ルネが嫌なやつだったら、冬空の下に追い出して、万事解決なんだが、彼女は俺の理想を悉く具現化したような少女だからな。下手をしたら、惚れる寸前かもしれん。さっきもキスしたいなと心が揺れたくらいだしね。


「まずは外を散歩してくる。ちょっと頭を冷やしたい」


 ここは答えが出ない時の常とう手段を使わせてもらおう。答えは出ないかもしれないが、ここでうじうじしているよりはマシだろう。というか、横になった体制のままだと、うっかり睡魔に負けそうだ。そうしたら、また悪夢の世界に引きずり込まれてしまう。


「む! お兄ちゃん、意外に冷静」


「馬鹿言え。薄々分かっていたが、いざ指摘されると、やはりショックは大きいんだよ。散歩というより、現実逃避だ」


 あ、ついポロリと言っちゃった。このまま冷静を装って、ホテルを出てから、大いに悩むつもりだったのに。


 俺の弱気発言を聞いて、もう寝ようとしていたシロは、予想通り顔をにやつかせた。そして、自分も一緒に散歩に同行するとまで言い出した。夜の街を一人で歩くのは危ないからというのが建前だが、要するに、俺のことをからかって楽しみたいだけだろう。


「どうせ突っぱねても、勝手についてくるんだろうから、勝手にすればいいさ。だがしかし、明日、寝不足で眠いと愚痴るのは禁止な」


「残念でした! 私はお仕事がないので、昼寝三昧が許されるのですよ!」


「ちえっ!」


 仕事のことを気にせずに、昼間から寝ていられるとは、何とも羨ましい生活を送っているんだな。


 パジャマの上にセーターとコートを羽織ると、ルネを起こさないように、足音に気を付けつつ、慎重に部屋を出た。




「今夜も冷えるな……」


 エアコンが利き過ぎて、むしろ暑いくらいだったホテルの部屋とは打って変わって、外は真冬そのものの凍てつく世界だった。思わずぼやいてしまったが、シロから相槌は返ってこなかった。


「お兄ちゃん。サキュバスって知ってる?」


「サキュバス? オカルトの類はさっぱりだが、確か夢の中に現れて、エロいことをする悪魔だっけ?」


「エロいこと……。ぼかし方が何とも中途半端……。何をするかくらい、分かっているから、私に気を遣わなくても良いんだよ……?」


「ぐ……! お前を舐めた説明で、悪かったな! それで、そのサキュバスが、どうかしたのか? まさかルネもサキュバスって言いたいのか?」


 それならそれで構わないがな。むしろ夢の世界で、ルネから迫られる展開ならウェルカムだ!


「う~ん……。ちょっと違うかな? でも、似たような存在には違いないよ!」


 考え込むように、目を閉じて唸った後で、シロは宣言した。サキュバスでないことについては、じゃっかんガッカリ。


「ルネは、夢の中で気に入った人をとり殺しちゃう種族なんだよ!! あの黒いのは、ルネの使い魔みたいなものかな。主人の意思に関係なく出現して動き回って、お気に入りの対象を一方的に襲うの!」


「ストーカーより厄介な存在だな。『黒いやつ』は、ルネのお父さんか?」


 にわかには信じがたいと言いたいところだが、思ったよりすんなりとルネの正体を受け入れてしまっていた。シロと知り合い、異世界と関わるようになってから、常識外れの存在を何回も目にしているのだ。今更、その程度で目を疑うようなことはない。


 気に入った相手を殺してしまう種族か。ということは、俺は互いに顔を合わせた日から、ルネから気に入られていた訳だ。殺されるのはごめんだが、美少女に好かれるのは嬉しいね。


 ん? だが、ちょっと待てよ。


「なあ。ルネって、最初は富豪に売りつける予定だったんだよな。今の説明を聞いた限りじゃ、殺されるのは、俺じゃなくて、富豪が殺されることになるぞ。それ、売る側として、どうよ?」


 魔王側で、だんだん富豪の存在が邪魔になってきたから、始末するつもりだったとか?


「ご心配召されるな。一緒のベッドで寝なければ、とり殺される心配はないのです。そして、そのことは富豪さんにも、ちゃんと説明済みですよ~だ! 魔王軍は、お客様に危険を及ぼすようなことは致しません!」


「その開き直り、かなり理屈がねじ曲がっているぞ……。異世界を危険に晒している連中の言うことか?」


 やることをやる時だけ一緒にいて、それ以外は家庭内別居を決め込む予定だったのか。仕方ないとはいえ、ルネにしてみれば、可愛そうな処遇だな。


「じゃあ、俺も別々のベッドで寝るようにすればいいってことか?」


 かなり残念だが、命には代えられない。何も、ルネに手を出せないという訳ではないし、イチャイチャし過ぎて殺されましたじゃ浮かばれない。


「どうかな~? お兄ちゃんは朴念仁でまだまだルネのことを知らないんでしょうけど、か~な~り~好かれているのですよ! 一緒に寝られないと突き放したら、泣かれちゃうかもしれませんねえ~!」


「う……!」


 昨夜もルネに泣かれたばかりの身としては、耳の痛い言葉だ。だが、安眠と安全のため、心を鬼にしなければいけないんだよな。このままだと、こっちの身が持たないし、捨てる訳でもないから、分かってもらわないと。


 歴代のルネのご主人様たちも、こんなふうにして、ルネと距離をとっていったのか? だとしたら、俺もその一人に名を連ねることのないように、気をつけねば!


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