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第五十七話 襲撃の理由と、それを利用しようとする人間の闇

「良い話があるんだが……。聞いてみるか?」


 情報源は不明だが、俺が金に困っていることを知ったパンクが、ドヤ顔で囁きかけてきた。俺の足元を見て、話しを持ちかけてきているのが丸分かりだ。


「良い話? どんな話だ?」


 わざとはぐらかすように返答してやると、パンクは顔をくしゃくしゃにして、「またまたぁ~!」と、俺の顔を指でつついてきた。


「金儲けの話に決まってんだろ? こんな時に、音楽の話をしてどうするんだよ!」


 金の話。やはりそういうことか。俺の懐事情を知った上で、金の話をしてくるとは。ただいきなりそんな話を持ちかけられてもな。詳しく聞かせてくれとは言い難いね。


「興味はあるが、始業時間が迫っている。休憩時間にでも、ゆっくりと話してくれないか」


「おいおいおい! せっかく儲け話を持ってきてやっているのに、つれないね~。あんた、金が欲しいんじゃないのか?」


「金は欲しいよ。物心ついてから、ずっとな。欲しくなかった時期はないね」


 いやにしつこく食い下がってくるな。休憩時間まで待ちきれないのか。


「だが、今は特に金が欲しい。大金を今すぐに! だがな。だからといって、冷静さを失ったら、痛い目を見ることになる。そういう時こそ、頭をクールダウンして、慎重にならないとな」


 人に騙される瞬間というのは、こんなものだ。俺が金に困った瞬間の儲け話。タイミングが良すぎて、逆に疑わしくなってくる。


 パンクは俺をじっと見つめていたが、俺があまり儲け話に興味を持っていないことを知ると、少しだけ不機嫌そうに眉を寄せた。


「あん? もしかして俺のことを疑っているの~?」


「まあね」


 トラブルを避けるためには、言葉を濁した方が良いのかもしれないが、こいつの場合、しつこく言い寄ってきそうだから、ハッキリと拒否した方が効果的だろう。ついでに、警戒している理由も説明してやる。


「お前の言う儲け話が本物だったら、どうして俺になんぞ打ち明ける? 俺たち、昨日知り合ったばかりだろ。そんな美味しい話を打ち明けてもらえるほど、親しい仲ではない筈だぞ」


 いや、付き合った期間は関係ないな。本当の儲け話なら、他人に打ち明けずに、自分一人で独占すればいいんだ。そっちの方が、利益が大きくなるからな。


 もし、今の説明で気分を害したのなら、儲け話とやらは、他の人間にしてくれても構わないぞ。そして、しっかり儲けたら、金を俺に見せびらかして、思う存分悔しがらせればいいとも付け加えた。


「あらら! 金の話をすれば、しっぽを振って、食いついてくると思ったんだけどな。思っていたより、冷静だな、あんた」


 褒められているのか、馬鹿にされているのかは分からないが、パンクからの評価は上昇したようだ。


「まあ、ある程度は、頭が回ってくれた方が、組む側としては、助かるけどな」


 パンクは怒るどころか、感心したようで、ますます俺に儲け話を持ち掛けたくなっているようだ。


 やれやれとため息をついていると、部屋が激しく揺れた。昨日と同じく施設への襲撃が始まったらしい。朝から始めるとは、忙しいことだな。


「おお! 今日も始めたぜ♪ 朝早くからご苦労なこったな」


 もしかしたら、自分の身にも危険が迫るかもしれないというのに、パンクは上機嫌で口笛を吹いている。


「なあ! 犯人ってさ、何のために、施設を襲撃していると思う?」


「さあな。ここの持ち主にでも恨みがあるんじゃないのか?」


 俺たちの雇い主でもあり、施設の所有者でもある富豪が何者かは知らないが、これだけ私腹を肥やしているのだ。恨みの一つや二つ、買っていても、不思議なことは何もない。


「恨みねえ……。まあ、それもあるかもな」


「お前は知っているみたいだな」


 儲け話を持ち掛けてきたり、襲撃の理由に花を咲かせたりと、今朝のこいつは節操がないな。もっとも格好からして、節操がないから、もはや気にもならないがね。


「襲撃の理由。教えてやるよ。それは、仲間の奪還さ」


「何……?」


 俺がやっと話に食いついたのを満足げに見つめながら、パンクは手を動かさずに、口を動かした。


「ここにはたくさんの建物が建てられているだろ。そのどれかの地下深くに、襲撃犯の仲間……。おっと! 勇者の仲間の一人といった方がいいかな。とにかく! そいつが幽閉されているのさ。要は、そいつを奪い返しに来ているんだよ」


「それ……、マジか!?」


「嘘をついてどうする。幽閉されているやつを捕まえたのは、俺の仲間だからな。情報に間違いはねえ」


 全身を戦慄が走った。それは、衝撃的な話を聞いたからじゃない。秘密を打ち明けるパンクの顔に、とても醜悪な笑みが浮かんだからだ。目は細く吊り上り、人を殺したことがあると言っても通じそうなほど、冷酷な輝きを湛えていた。


 思わず後ずさろうとする俺の肩を、パンクの手ががしりと掴む。こいつ……、細い外見のくせに、信じられないほどの力を持っている。


「そうびびるなよ……。話の本筋はここからなんだからよ。勇者の仲間を捕まえたやつなんだがな。そいつは、十億円の臨時ボーナスと、特別な待遇を得ることが出来た。今じゃ、富豪のお気に入りの一人になって、報酬以外の面でも、かなり優遇されて美味しい想いをしている。俺としては、連れが幸せになるのは祝福すべきことだが、自分もおこぼれを頂戴したいと思うようになってな」


「だから、お前も、勇者の仲間を捕まえようとしているのか? 仲間を救いに来たところを……」


 パンクの顔が、より一層醜悪に歪んだ。


「そんなこと……。返り討ちに遭うのがオチだぞ……」


 喧嘩を売る相手を間違えていると諭したが、パンクはそうでもないと首を振る。


「お前、魔王の手下に懐かれているだろ? 羨ましいよな。俺とは、目も合わせてくれないのに」


 シロのことを言っている。そういうことか。だんだんパンクに言いたいことが分かってきた。シロを焚き付けて、仲間を取り返しに来た勇者の仲間をノックアウトさせろと言うのだろう。そして、倒れた勇者の仲間を、富豪に売り飛ばす。


「発想が最低だな……」


「お前だって、異世界の美少女を金で買っただろうが。今更、正義ぶるなよな」


「……!」


 痛いところをついてくる。だが、だからといって、俺がその話に乗るとは限らないだろ。


「い~や! 乗るね。お前は乗るしかない。そうしないと、美少女を買った時の代金を支払えないからだ」


 ……本当に痛いところをついてくるな。つまり、今は反抗的でも、いずれお前の計画に参加させてくれと泣きついてくると。お前はそう踏んでいる訳だ。


 俺とパンクが、互いに睨み合っている中、揺れが止んだ。襲撃が終了したらしい。この分だと、本日も奪還に失敗したことになる。


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