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第五十二話 このプレゼントを、受け取り拒否は出来ません

 シロと『黒いやつ』が一騎打ちで、激しい火花を散らしている。だが、あまりにも激しいせいで、アパートの壁が崩れ落ち始めた。というより、建物自体が、崩壊に向かってまっしぐらな状況だ。


 いかに他人に無関心な都会の人間たちとはいえ、ここまで破壊が侵攻するとなれば、話は別だ。あちこちでドアの開く音がして、遠くの方からは、サイレンの音まで聞こえてくる始末だ。


 今この場には、俺とシロ、そして、『黒いやつ』の三人しかいない。だが、直に、野次馬や警察、消防関係者が押し寄せて、ここは騒然となるだろう。そうなれば、『黒いやつ』は、そいつらも狙うに違いない。そうなると、被害は建物の破壊だけでは済まなくなってくる。


「シロ。ここに来る野次馬は、俺がどんどん追い返していくが、あまり長くは持たないぞ。それまでに、その真っ黒を撃破出来るか?」


「愚問だね! 楽勝だよ!」


 さすがに楽勝はないだろと、内心でツッコんだが、シロが手ごたえを感じていることを信じよう。


 最終確認も済んだことだし、俺は、野次馬たちの対処に奔走するとしようか。


 さあ、来い。野次馬共! 俺が追い返してやる!


 『黒いやつ』と一戦交えているシロと比べると、たいしたことないが、俺に出来ることといえば、これくらいだろう。


 だが、俺たちの元に辿り着いたのは、野次馬たちよりも、車の方が早かった。これだけでは、何を言っているのが不明だと思うが、本当に突っ込んできたのだ。


 エンジン音がすると思ったら、隣の建物の屋上から、車がこっちに向かって、宙を舞ってきていた。もう少し反応が遅れていたら、ぶつかっていたところだったが、ギリギリのタイミングで回避出来た。


 車はそのまま派手に激突して、その衝撃をトリガーに爆発した。一発の破壊力だけなら、『黒いやつ』の鉄拳を上回るな。


 こういったハプニングには慣れっこだと思っていたが、その場に尻もちをついて、半ば放心状態で、燃える車を見つめていた。粋がってみたところで、所詮、俺は小心者に過ぎないってことなのかね。


「ど、どうして車が突っ込んでくるんだよ!?」


 少し考えれば分かりそうな疑問を口にしてしまう。シロが『黒いやつ』に火球を放ちながら、説明してくれた。


「お兄ちゃん……。それ、電気自動車……」


「はあ!? 電気ぃ?」


 それがどうしたと言ってしまいそうになったが、電気を使うちびっ子がいたことを思い出す。まさかあいつが来ているのか? いや、こんな真似をしてくるのは、異世界関係者でもなければ、思いつかない。来ているのは確実だろう。


「全く! 姿を見せないと思ったら、とんだプレゼントを送りつけてくれるね。しかも、受け取り拒否は許しませんってところがムカつく!」


 一方的だものな。直撃されたら、代金代わりに、命を持って行かれるところだったよ。


「くそ! あいつ、絶対に泣かす! このままじゃ終わらないんだから。この黒いのを倒したら、次はあいつの番なんだから!」


 シロが『黒いやつ』と闘いながら、恨み言のように、おかっぱ頭への怒りを連呼していた。怖気づいていないのは救いだが、旗色が悪くなっているのは、気のせいではあるまい。


 しかし、シロと『黒いやつ』の争いに介入してきたということは、あいつも参戦してくる気なのか? もしそうだとしたら、被害はさらに拡大してしまう。


 既にアパートが半壊してしまい、このまま住み続けるのが難しい状態になりつつあるのに、あのおかっぱ頭まで加わった日には、全壊の憂き目を見る危険もあった。


 現実的な問題として、今俺が座り込んでいるこの場所も、倒壊する可能性があり、体温が恐怖で下がってきた。ここに寄って来ようとしていた野次馬たちも、自分たちの好奇心を満足させるよりも、逃げる方を優先すべきと気付いたらしい。


 一方のシロはというと、悪態をつきながらも、燃えている車のドアを一枚引っぺがすと、それを自身の炎でコーティングして、フリスビーの要領で、『黒いやつ』に向かって放り投げた。


 あいつ、フリスビーが得意なのだろうか。結構勢いがあるじゃないか。いや、フリスビーというより、手裏剣だ。しかも、炎をまとっている以上、立派な凶器と化していた。並大抵の相手なら、真っ二つにされて、ジエンドだろう。 


 だが、『黒いやつ』は、それを掴んでしまった。それでも、火は燃え移って、全身を燃え上がらせた。


「駄目だ。全身を燃やしてもピンピンしている。これは戦い方を変えた方が良くないか?」


 他の手が、シロにあるかどうかは分からないが、口にしてみると、シロは了解と炎を引っ込めてしまった。


 代わりに、辺りに暴風が発生した。窓ガラスが勢いよく割れていくが、果たして、『黒いやつ』に通用してくれるかどうか。火の方が良かった気もしなくはない。


 戦いが新たな局面を迎えつつある中、こちらに向かって、乱雑に進んでくるハイヒールの音が聞こえてきた。野次馬が好奇心を満たすためにやってきたのかと思っていたら、顔を覗かせたのは、藤乃だった。寝ているところを、この戦いのせいで叩き起こされたらしく、憤怒の形相をしている。


「よお。無事だったんだな」


 怯みつつも声をかけたが、内心ではどこか怪我でもして、大人しくなってくれていたら良かったのにと、縁起でもないことも考えていた。


 藤乃は、つかつかと歩み寄ってくると、今にも掴みかからんばかりの勢いで、俺にまくし立てた。


「ちょっと! 何をしているのよ。いくら賞金を取られたからって、腹いせにも限度があるわよ!」


 この口ぶりからして、俺をこの騒ぎの主犯と捉えているようだ。その推理は、当たっているが、間違いでもあるんだよな。


「俺じゃないって。こいつが何者かは、俺やシロにも分からないんだ」


 正直に言っても、信用してもらえないし、こいつに信じてもらえたところで状況に変化はないと踏んだので、手っ取り早く早々に誤魔化すことにした。


「そうだよ。音がしたから来てみたら、こいつが暴れていたから、成敗しているだけだよ!」


 シロと一緒になって、白を切るが、思っていた以上に胡散臭い。藤乃を見ると、明らかに信用していない。


「どっちでもいいから、早く止めさせなさい!」


 もう一度叫んできたが、無茶なことを言うな。俺だって、こんな争いはしてほしくないのだ。だが、『黒いやつ』が勝手に暴れている以上、シロに叩きのめしてもらうのを、傍観しているしかないんだよ。それは、お前だって、同じだろ?


 そこまで話したところで、壁の破片がこっちに目がけて飛んできた。幸い当たることはなかったが、口論は強制的に中断となった。


「ひいいい!!」


 強気だったくせに、弱々しい悲鳴を上げて、俺に抱きついてきた。こいつの握力は結構強いので、嬉しいというより痛い。とにかく早く解放してもらいたい。


「今回もまた派手にやっていますね。でも、限度をわきまえてほしいかな」


 いつの間にか城ケ崎も到着していた。言葉遣いは丁寧だが、俺の関与を疑っているのだけは伝わってきたよ。


「宇喜多さん。賞金を取られて悔しいのは分かりますがね……」


「俺が先導している訳じゃない! 今シロと闘っているやつが、ここで暴れていたから、シロに頼んで止めさせているだけだ! どうしてお前まで俺をまず疑うんだよ!」


 たった今藤乃に言ったばかりのことを、城ケ崎に言ってやった。納得してなさそうな顔をしていたが、そんなことをしている場合ではないことは分かっているらしく、反論はなかった。


「あの『黒いやつ』は何者ですか? 目的は? 以前、僕たちを襲撃してきたおかっぱ頭の幼女の仲間とかですか?」


「一気に質問を浴びせるな。やつについては、俺も知らん!」


 つい嘘をついてしまった。だが、正直に、俺の悪夢の産物だと伝えたら、俺のせいにされてしまいそうなので、仕方なくついた嘘なのだ。


「大体この車は何なのよ! どうしてアパートの中で爆発炎上しているの!」


「隣の建物の屋上から、ダイブしてきやがったんだ!」


「はあ!? そんな訳がないでしょ……!」


 藤乃とまた口論になりかけたところで、件の建物の屋上から、車がまた顔を覗かせた。その数、横に五台。たいして広くもない中、よく並べたと感心してしまうくらい、隙間なくびっしりと詰められている。それが全てヘッドライトを不敵に輝かせて、こっちに向かって、エンジンを震わせている。三人とも、蛇に睨まれた蛙のように、硬直してしまう。


「どの車にも、運転席に誰もいないんですが……」


「今更なことを聞くんじゃない。どこぞの誰かさんが、車を操って、強襲してきているに決まっているだろ。それくらい察してくれ!」


「知っているわよ。異世界のやつが、また襲ってきているんでしょ! そのくらい想像がつくっつうの!」


 俺も藤乃も混乱していて、分かり切ったことで言い争ってしまう。城ケ崎が横で困ったように頭を抱えていた。


「とりあえずシロちゃんも連れて、この場を逃げるべきです。いくらあの子でも、同時に相手をするのはまずいですよ」


 城ケ崎の言う通りなんだがな。頭に血が上っているシロに、俺たちの避難勧告が届くのかは疑問だ。


メインキャラなのに、出番のなかった藤乃と城ケ崎が久しぶりに登場しました。今後は出番をもっと増やしていく予定ではいます。

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