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第四十九話 ビキ……、ビキ……。ビキキキキキキ……!

 最近、毎晩見るようになってしまった悪夢の中を、シロと散策していた。悪夢を見るたびに執拗に追ってきていた『黒いやつ』がいないおかげで、心に余裕を持って、辺りに目を配ることが出来る。


 といっても、住み慣れた街を白黒に染め直しただけなので、新しい発見などなかった。


「平和だねえ」


「今はな」


 シロの話によれば、いつも俺を追ってきている『黒いやつ』は、この世界のどこかにいるらしい。消滅した訳ではない以上、また追いかけてくる可能性は十分にあった。そうなると、おちおち安心もしていられない。


 あいつが何者かなど、知らなくてもいいことだが、生物である以上、ずっと動きっ放しという訳にもいくまい。俺を追いかけ疲れて、どこぞで休憩しているのかもな。


 探索を続けていて、面白かったのは、コンビニやスーパーには、ちゃんと食料品があることか。ただし周りと同じく、白黒。豆腐やはんぺんなら良いが、他のものとなると、一気に手が出なくなる。普段なら、俺が止めても、口に運んでいるだろうシロも、じろじろと見るだけに留めていた。


「お前も手が出ないか」


「うん、ちょっと食欲をそそらない!」


 仮に食欲が疼いたとしても我慢するがね。この世界の食べ物を口にしたら、俺まで全身が真っ黒になっちまいそうだ。


 だが、口にするものはなくても、喉は乾いてきた。歩き通しだったからな。ひとまず休むか?


 ビキ……。


 スーパーを出たところで、何かが避けるような音がした。不思議に思って、周りを見渡すが、どこにも変化は見られない。気のせいではない筈なんだがな。


「おい、今音がしなかったか?」


「うん! 何の音かは私にも分からないけどね!」


 シロにも分からないのか。今更何が起こっても、驚くつもりはないがね。


 これ以上歩いても、めぼしい発見は見込めそうになかったので、シロと話し合った末、休むことにした。ただし、外だといきなり襲われそうな気がしたので、アパートの部屋まで戻って、そこで休むことにした。


 幸い、そこからアパートまで、何事もなく行くことが出来た。外観は周りと同じく白黒だが、住んでいる場所だけに、たどり着いたときは、何となく安心してしまった。


「私たちが住んでいるアパートが廃墟のようだね!」


「ああ」


 お前の場合は、住んでいるというより、棲んでいるだろ。ていうか、お前の住処は、賞金探しで無断使用している例の空き部屋で合っているよな。俺の部屋を、勝手に住処としてカウントしていないよな。


 ビキ……。


 アパートに入ろうとしたところで、また意味不明な音が。気にはなったが、今は休むのが先決なので、足を止めずに、そのまま進む。


「この部屋だけはきれいなままだな」


 部屋に入るなり、シロはソファにどかりと腰を据えた。住人の俺を差し置いて腰を下ろすとは、相変わらず図々しいやつめ。


 俺もベッドに座って、大きく息を吐いた。それだけで、歩き続けた疲れが多少はマシになった気がする。


 思えば、最初に悪夢を見た時は、この部屋に戻ってきたところで終わったんだっけ。


 何気なく冷蔵庫を開けてみた。中に飲み物でも入っていないかと思ったが、残念なことに、空っぽだった。


「この部屋の持ち主は、買い出しを怠っているようだね」


「そうみたいだな」


 俺を見ながら、にやつきやがって。それは俺に喧嘩を売っているという解釈でいいのかな?


「あっ……!」


 突然シロが声を上げた。落ち着いていた矢先だったので、不覚にもビックリしてしまった。だが、さらに驚くことを、シロが口にした。


「あの『黒いやつ』。この建物の中にいるよ。私たちが賞金探しで使っている部屋にいる」


「何だと……!?」


「こんな近くまで接近したのに、どうして気付かなかったのかな。でも、あいつ。私たちに気付いている筈なのに、襲ってこようとしていない」


「へえ」


 見逃してくれるつもりか? もしそうなら、この上なくありがたいことだが。


 ひとまず危険人物が近くにいる以上、休憩は中止だ。まだ接触するかどうかまでは決めていないが、姿だけでも確認することにした。


 足音を立てないように慎重に部屋へと近づく。ドアは破壊されていたので、外からでも中の様子を伺うことが出来た。


 いた……。やつだ。俺がすぐ後ろにいるというのに、ふてぶてしくも背を向けている。


 ビキ……。


 またこの音だ。何かがちぎられる音がした。しかも、さっきより鮮明に。


 音の発生源に近付いている……?


「お兄ちゃん……。あいつ、背中がお留守だよ。先制攻撃のチャンスだね……!」


「いや、攻撃してこないのなら、こっちから仕掛けることもあるまい。ここはそっと立ち去ろう」


 シロとしては、『黒いやつ』と決着をつけたくて仕方がない様だが、俺にはそんな気概はない。ただこの場が穏便に済んでくれれば、それで構わないのだ。


 お預けを食らったシロは不満そうだったが、戦いたいのなら、一人で勝手にやってくれて構わないぞ。ただし、俺がこの場を立ち去ってからだがね。


 ビキ……。ビキ……。


 俺に立ち去るなと言っているかのように、音が鳴った。それも連続で。


「お兄ちゃん、アレ……」


 シロの指差す先を見ると、『黒いやつ』の目の前で、空間が裂けだしていた。その向こうから、光が漏れてきていて、眩しい。


 ビキ……。ビキキキイ……。


 また音がした。そして、それに伴い、空間の裂け目が、さらに広がっていく。そうか。この音は、空間が避けていく音だったのか。


「何かやばいことが起こりそうだな」


「うん……。良からぬことの前兆なのかな?」


 正直に言うと、シロがトラブルを期待するように、どことなく嬉しそうにはにかんでいることの方が気になったが、何かが起こりそうなことだけは伝わってきた。


 俺の不安をうなずけるかのように、空間が一気に破けていった。まるで俺たちがここまで来るのを待っていたかのように、破けている。


 空間の先に広がっていたのは、色鮮やかな見慣れた世界だった。


「あれ? いつもの世界にそっくりだな。さっきまで賞金を取り合っていた部屋にそっくりだ」


「そっくりというか、そのままだよ! お兄ちゃんたちの世界、そのまんま!」


 『黒いやつ』は、相変わらず背を向けたままだが、大きくにやついたのだけは分かった。俺たちのことなど、心底どうでもいいという態度で、空間の裂け目に向かって、というより、向こうに広がる世界に向かって歩き出していった。


 そして、裂け目を踏み越えて、向こう側に行ってしまった。


「な、何なんだ、あれは……」


 呆気にとられてしまい、その場に立ち尽くしてしまったが、好奇心旺盛なシロは、自分も向こう側に行こうと走り出していた。慌てて手を引っ張って、止めようとするが、するりと俺の手を離れていってしまう。


「くそ……! いくら力があるからって、不用心だぞ」


 悪態をつきながらも、後を追う。我ながら、大胆なことをしていると思うが、これは悪夢なのだから、いざとなっても目を覚ませばいいだけと高を括っているのかもしれない。


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