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第四十八話 あなたの目から、温もりが消えた時、私は捨てられた

「ごじゅじんざまあ……!」


 気持ちよく寝ていたのに、ルネから乱雑に体を揺すられて、強引に起こされてしまった。どうした。怖い夢でも見たのか?


 怖い夢は俺も連日見ているから、泣きたくなる気持ちは分かる。それにしたって、もう少し丁寧に起こしてもらいたいものだな。


 そう思って目を開けると、いつも寝ているベッドの上じゃないことに気付いた。あれ、ここどこだと、間抜けなことを考えてしまう。まだ頭が覚醒しきっていないのだ。


 ここは……、さっきまで賞金を探していた空き部屋か? そうか。軽く休憩だけするつもりが、寝入ってしまっていたのか。


 いや、それはいいとして、どうしてルネが泣きながら、俺に抱きついているのか。


「え~と……。ルネ?」


 困惑しつつも、ルネを刺激しないようにそっと話しかけるが、彼女はまだ泣いている。


 このままでは話にならないので、泣いている子供を落ち着かせる感覚で、ルネを抱きしめて、背中をさすってやった。効果はてきめんだったみたいで、あんなに取り乱していたルネが、徐々に落ち着いていった。


 それを見計らって、事情を聞いてみると、俺の帰りが遅いので、いても立ってもいられなくなり、探しに来たという。


 ルネの足を見ると、泥だらけではないか。靴を履かないで部屋を出てきたのか。どれだけ慌てていたんだよ。


「私が止めるのも聞かずに、出てきちゃったんだよ。ふああ……」


 ルネの後ろで、シロが眠そうにしている。熟睡しているところを叩き起こされたのか、目蓋が今にも閉じそうだ。俺が見ているのに、何回もカバみたいに大口を開けて、欠伸を連発しているしな。


「だ、だって……。まだ……、捨てられたと……」


「捨てられた?」


 いきなり物騒な単語が出てきたな。つまり、アレか? 俺がルネを置いて、失踪したと早合点したと。さすがに心配性だと呆れそうになったが、シロが眠気と闘いながらも補足してくれた。


「ルネのご主人様ね。お兄ちゃんの前にも、何人かいたんだけど、決まって、最終的には彼女のことを捨てちゃうんだよね。厄介払いするみたいに」


「ほお……」


 ルネのこの怯えようからして、詳細を聞いたら、胸糞悪くなる内容だということは、想像に難くないな。


 俺は、ルネの涙を手で拭ってやると、柔和な笑みを作って、抱きしめた。


「ごめんな。すぐに戻るつもりだったんだが、つい転寝をしてしまった。ただそれだけ。どこにも行ったりしないよ」


「ほ、本当ですか……?」


「本当だ。心配かけて、ごめんな」


「いえ……。私も……。ひぐっ! 取り乱して……。ずみませんでしだ……」


 落ち着きつつあるが、まだ発音が覚束ないな。それがまた可愛くもあるんだがね。とにかく収束しつつあるんだったら、部屋に戻るとしますか。俺もこんな格好で、冷房の効いていない部屋にいたら、風邪をぶり返すものな。シロを見ると、もう寝落ちする寸前じゃないか。仕方がないから、おぶってやるよ。


「ありがとう……」


 おいおい、寝言で礼を言ってきたぞ。その声の可愛いこと! 思わず噴き出しそうになるぜ。


「お兄ちゃん……」


「な、何だ……?」


 笑いをかみ殺しながら、今にも寝そうなシロと会話を交わす。


「どうして今までのご主人様たちが、ルネを捨てたのか、気にならないの?」


「……」


 可愛い会話から、一気に話が深刻になっていったぞ。聞き返そうにも、シロの目蓋は閉じている。


 ルネが捨てられた理由……。気にならない訳はない。だが、ようやく落ち着きつつあるルネに問いただすのも忍びない。


 ……いいや。美少女を金で買うような連中の考えることだ。どうせ、飽きたから、捨てたんだろ。たいした理由など、ないに決まっている。


 右手でシロを抱えて、左手をルネの背中に添えて、俺は自分の部屋へと戻ったのだった。


 そして、今度はしっかりとふかふかのベッドで寝なおすことにしたのだった。ちなみに、今夜も、シロが俺とルネの間に陣取っていた。さっきソファに寝かせた筈なのに、最後の力を振り絞って移動して来たか。俺が苦言を呈する前に寝息を立てていたので、特別に見逃してやることにした。




「それで……、結局この世界に来る訳だな」


 気が付くと、白黒の悪夢の世界に立っていた。せっかく三人で川の字になって、憩いの一時を迎えたというのに、絶好のタイミングでぶち壊してくるじゃないか。


「ふっふっふ! もうお兄ちゃんとこの世界は、切っても切り離せない仲なんだねえ!」


 ついでに言うと、前回と同じくシロもやって来ていた。さっきまであんなに眠そうにしていたくせに、おめめがパッチリしていて、元気いっぱい。いつものうるさくて、鬱陶しいシロだ。


「縁起でもないことを言うな。くそ、賞金部屋で寝た時には、悪夢を見なかったから、大丈夫だと思ったのに……!」


 舌打ちする俺を、何か言いたそうにシロが見ている。こいつが黙り込むと、あまりいい気がしないので、言いたいことはどんどん言ってくれて構わないぞ。


「そういや……。静かだと思ったら、『黒いやつ』の姿が見えないな」


 そろそろ地鳴りみたいな足音が聞こえてきてもいい頃なのに、今回はまだ沈黙を守っている。


「ここにいないだけだよ。あいつの気配は、この世界のどこかから、確かに伝わってくる」


「そうか。あまり聞きたくない情報だったな」


 いたらいたで嫌な相手だが、いないとなると、それはそれで不気味なんだよな。何かの前触れの気がしてさ。


「物陰に潜んでいて、俺たちを待ち伏せしているとかないよな」


「ん~! あいつにそこまでの頭脳はないと思うけどねえ」


 前回、自分を圧倒した相手に対して、辛口なコメントだな。圧倒されたことを、根に持っているのかね。


 あいつが何を企んでいるにせよ、先手を取られるのは嫌だったので、せめて現在位置くらいは把握しようと、街を散策することにした。一人だったら、そんなことは絶対にしなかったが、シロと一緒というのが、背中を押したのだ。


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