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第四十四話 ボーイ ミーツ リトルガール イン ザ ルーム

 出向初日から、トラブルが発生してしまった。というより、衝突が発生したと言った方が良いのかね。


「お~い! そんなに縮こまるなよ。危険なら、もう去ったんだからよ」


「そう自分に言い聞かせているんだがな。あんな戦闘の後じゃな……」


 大丈夫と確信しているよりは、そう思い込みたいだけかもしれない。虫は小さいから、どこにでも潜めるからな。全匹撤退したよりも、まだ残党がいる可能性の方が高い。


「大丈夫、大丈夫。……たぶんな」


「……」


 最後に不安を煽ることを呟いて、パンクはまた黙り込んでしまった。俺も真似した訳ではないが、黙り込む。


 重い足取りで半壊した建物の前まで来ると、最初の派手な爆発を皮切りにして、さっきまで小規模な爆発が続いていたのに、火はきれいに鎮火されていた。


「見事な手際の良さだな」


「慣れているからな」


 こんな日常に慣れてきているお前たちのことを、心底すごいと思うよ。ここで働いていたら、俺もこいつらみたいに、心臓に毛が生えてくれるのかね。


「あらら……。思ったよりケーブルが千切れているな。修理する方の身にもなってほしいぜ」


「俺たち二人だけで、これの復旧をやらなくちゃいけないのかよ……」


 これなら、嫌な上司と同じ部屋で、パソコンのキーを叩いていた、昨日までの仕事の方が楽だ。初日だというのに、もう戻りたい。


 思わずため息の出る俺をよそに、パンクはもう仕事の準備に取り掛かっている。普段はいい加減なくせに、こういう時に見せる真剣な眼差しには、尊敬するものがある。


「こういう作業をやるのは、初めてじゃないんだろ?」


「まあ、やったことはあるよ」


 顧客の会社で、ネットワークがつながりにくくなった場合など、現地に行って修理することも度々あったのだ。やり方くらいは、一通り心得ている。


「じゃあ、細かい説明は不要だな。手分けしよう。こっちから向こうが俺で、反対側がお前」


「分担作業ね。了解」


「分からないところがあったら、遠慮なく聞いてきてくれよ。もしかしたら、あんたの方が知識あるかもしれないけどな!」


 作業をすること自体への不安はなかった。ただ、襲撃されるのではないかという不安だけは残っていた。敵が何者か知らないが、この建物を狙ってきたんだろう? 鉢合わせしたら、ひとたまりもないぞ。


 だが、パンクは荷物を抱えて、さっさと自分の持ち場に向かって歩き出していた。


 思わず一人にしないでくれと言ってしまいそうになったが、さっきまで内心馬鹿にしていた相手に助けを乞うというのもどうかと、寸前でこらえた。というより、あからさまに怖がろうものなら、こいつからどんな顔で嗤われるのか、知れたものではない。


 本心では逃げ出したかったが、これは仕事、ルネと金のためと奮起して、仕事に没頭することにした。


 一つ、また一つと、順調に復旧は進んでいく。このまま早急に済ませて、元のパソコン部屋に戻るのだと、作業を急いだ。


 そして、何個目かの部屋の中で作業をしている時だった。後ろから、ドアの開く音がしたのだ。相手はそっと開けたのだろうが、わずかにきしむ音がしたのだ。反射的に振り返ると、フードをすっぽりとかぶった幼女が立っていた。やけにぼろい布きれをまとっているな。


 幼女も俺に気付いていたようで、まずいという表情で、じっと見つめている。俺も、フードの子から、視線を外せない。お互いに固まったままで、黙ってしまった。ロマンスのない見つめ合いだ。


「君……、ここの人……?」


 フードの子に対して、ここの人と聞くのもどうかと思ったが、ここのコレクションと聞くよりは、はるかにマシだろう。


 幼女は、唇をへの字にして、俺の顔を覗きこんでいたが、首をゆっくりと横に振った。コレクションじゃないと否定したってことは、この子は何者なんだろうか。いくらなんでも、こんな幼い子を雇うとも思えないし……。


「じゃあ、ここを襲撃してきた犯人さんか? 姿を見る限り、異世界の子で合っているか?」


 ズバリ聞いてやると、フードの子は驚いたようで、目を少しばかり見開いていた。


「鋭いね。普通なら、迷い込んできた近所の子供と間違えそうなところなのに」


「俺をその辺の一般人と一緒にするなよ。君と同じ年代の子に、振り回されることが多くてね。勘だって、研ぎ澄まされるさ」


 同じ年代の子という表現に、ちょっとだけ顔をしかめている。おそらくシロのことを考えていると見たね。この子が何者かは分からないが、シロとは仲が良くないことだけは判明した。


「とりあえずご明察。そうだよ、私がここを襲った犯人。といっても、実行犯は、この子たちだけどね。私は混乱に乗じて、侵入しただけ」


 フードの子の服の裾から、無数のイナゴが這い出してきた。イナゴたちは、飛び立つと、フードの子の周りを飛び回っている。


「この子たちに、あちこちのケーブルや電気系統を食いちぎらせたの。その結果が、さっきの大爆発よ」


「解説どうも。その後も派手に暴れてくれたよね」


「暴れたのは、この子たちよ。何度も言うけど、私は物陰で、大人しくしていたわ」


 イナゴたちに暴れるように先導したのなら、同じようなものだ。自分はやっていないみたいに言ったところで無意味だ。


 バン!!!!


「うん……!?」


 向こうの方で、ドアが乱雑に開け放たれる音が聞こえてきた。続いて乱雑な足音が、複数こっちに駆け寄ってくるのが聞こえる。


「あらやだ。見つかっちゃったのかしら。私、操るのは得意だけど、正々堂々とぶつかり合うのは苦手なのよね」


 フードの子は、俺の前で、堂々とロッカーの中へと隠れた。隠れるのは自由だが、俺に告げ口をするなと、釘を刺すのを忘れているぞ。


 次の瞬間、ドアがバンと大きく音を立てつつ、派手に開いた。その衝撃で、地面が軽く振動してしまったほどだ。


 拳銃を所持した武装した警備員が三人、部屋になだれ込んできたのだ。部屋の中を見回した後、尊大な口調で、ここに幼女が来なかったのか聞いてきた。フードの子をかばうつもりはなかったが、警備員たちの尊大な態度に腹が立ったので、来ていないと嘘をついてやった。


 俺の言葉をあっさりと信じて、警備員たちは礼も言わずに、部屋から去っていった。無礼なやつらだなとムッとしながらも、ドアを丁重に閉めた。


「私が隠れていることをちくらなかったね」


「あいつらの態度にムカついた。お前の味方をした訳じゃないから、勘違いするなよ」


「どっちでもいいよ。ありがとう」


 警備員たちと違って、ちゃんとお礼が言えるんだな。その心がけは重要だぞ。


「これから他の場所を探し回るのか?」


「そのつもりだったけどね。見つかったみたいだし、今日は退散することにしたよ」


「それがいいな」


 てっきり執拗に救出活動を続けるかと思ったが、意外に諦めは良いんだな。だが、明日以降も、また再チャレンジする気なんだろう。そうやって、少しずつ建物の最深部を目指していく訳だ。


「ああ、そうだ」


 去り際に振り返ると、フードの子は、俺を皮肉るような笑みを浮かべた。


「ここね。給料も良いらしいけど、永久就職は考えない方が良いよ。私だって、馬鹿じゃないもの。徐々に目的の者まで近付いているしね……」


 自分がここを跡形もなく吹き飛ばすから、ここに働き続けることは出来ないってことね。回りくどい言い方だが、言いたいことは分かったよ。


 幼女らしいトタトタという擬音が似合いそうな駆け方で、フードの子はドアを開けて去っていった。


 本当に立ち去ったらしく、その後はいくら待っても、フードの子が戻ってくることはなかったらしい。俺は見逃してもらえた訳だ。


 さて! 危険が去ったのなら、仕事の続きをしないとな。さっきの子は快く思わないだろうが、給料のためにも電気を復旧しないと。今は生活費以外の目的でも、金が欲しいのだ。


 復旧作業だが、ケーブルを埋め尽くすように散乱しているイナゴの死体のせいで、おおいに捗らなかった。食いちぎられている箇所を探すだけで、腰が痛くなってしまった。それでも金とルネのためと言い聞かせつつ、どうにか復旧作業を終えた。


朝からいつも以上に寒く感じています。

あんまり寒いので、部屋着を一枚余分に着込んでいます。

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