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第三十七話 膨れ上がる悪意と、殺意なき炎上

 ここ数日、俺を悩ませている悪夢。いつもなら、『黒いやつ』から逃げるだけなのに、今回はちょっとした変化が生じていた。


 変化の原因は、シロが俺の夢に乱入したことにある。


 魔王の手先でもあるシロ。彼女が登場したことにより、迎え撃つという前向きな選択肢が出現してくれたのだ。


 俺の期待を一身に集めて、シロが警戒に『黒いやつ』に火球をぶつけまくる。最初こそ優勢だったが、徐々に『黒いやつ』も巻き返してくる。いや、それどころか、シロを押し始めた。


 シロなら圧勝してくれると期待したのだが、『黒いやつ』は思った以上にタフで、戦闘力を有しているということか。魔王の手先相手にこうも粘るとは、俺の悪夢も、なかなか侮れないな。


 癪に障ったのか、シロも目の色を変えて、『黒いやつ』に向かっていく。やつもそれを迎え撃つ。


 互いに全力で戦い始めてから、結構経つが、一進一退の攻防が続いている。休みなしで、ノーガードのぶつかり合いをずっと続けているのに、全然疲れた様子がない。むしろ最前席で、バトルの鑑賞を強いられている俺の方が、疲れてきているくらいだ。


 気のせいであってほしいのだが、『黒いやつ』の攻撃が、三回中一回は、俺の顔面を狙ってきている気がするのだ。シロが寸前で避けてくれるので、まだ惨事は避けているが、こっちはいつ攻撃が顔面にヒットするか、気が気でない。


「とりあえず逃げないか? もうお前の勝ちでいいからさ……」


「何さ! その仕方ないから、おまけしてやろうみたいな提案は! 試合に勝って、勝負に負けたみたいで、逆に悶々とするんだよ!」


 俺としては、『黒いやつ』からひどい目に遭わされることなく、無事に悪夢から覚めることが出来ればいいのだが、シロとしては良くないらしい。何としても『黒いやつ』を叩きのめさないと気が済まないようなのだ。直前に、勇者のお供だというおかっぱ頭に敗戦を喫していたのも、闘争心を激しく燃やしている一因と思われた。


「じゃあ、こういうのはどうだ? 俺の合図と同時にスタートして、先に相手を十回殴った方が勝ちっていうのは!」


「それだと私が圧勝しちゃうでしょ。ていうか、私に有利じゃない。適当なルールで勝たせてやろうっていう気持ちが見え見えで、イライラしてくるんだよ! お兄ちゃんをあいつに向かって、ぶん投げたくなってくるよ!」


「すいません。口が過ぎました。これからは口の効き方に気を付けますので、それは勘弁してください」


「うむ!」


 くそ! どうして俺がシロに頭を下げなければいけないんだ……!


 面白くない思いで、苛立っていると、『黒いやつ』の体に変化が生じていた。一言でいうと、膨れ上がっていた。特撮で、敵が巨大化するのと、同じ要領で。


「む~!?」


「お、おい! あいつ、巨大化しているぞ。一気に勝負を決める気だ」


 巨大化したからといって、即座に戦況が悪くなる訳ではないが、やはり嫌な予感は拭えない。


「大丈夫! でかけりゃいいってもんじゃないよ! むしろ体が大きくなった分、一回のダメージは大きいけど、手数は減るからね! 私の方が先に十発当てて見せる自信はあるよ!」


「何をサラッと、さっき却下したルールで戦おうとしているんだ! 向こうに決まっているだろ、あんな糞ルール!」


 あんなに強い口調で突っぱねたくせに、何事もなかったように振る舞おうとしたって、無駄だからな。俺はしっかり覚えているぞ。


「こうなったら……」


「お! お前も巨大化するのか?」


「しないよ! 巨大化なんてしたら、私の可愛さが激減しちゃうじゃん!」


 誰もお前のことを可愛いと思っていないと思うが、シロなりに幼女としてのプライドがあるらしい。


 こいつが巨大化したら、火球も巨大化して、形勢逆転も夢じゃないと思ったのだが、さすがにそれはなかったか。ちょっと残念。


「ふん! こんなウドの大木! 私の全力火球なら、怖くないもんね!」


「おお! まだ隠し玉があったか!」


「ふふん! 魔王の手先を甘く見ちゃいけないよ! あんなやつなんて、一瞬で消し炭に出来る最大奥義があるんだから!」


「おお!」


 そんなすごい技があるんなら、出し惜しみしていないで、とっとと出しておけよというツッコみは我慢して、素直に感心した。そんな俺に、シロがある提案をしてきた。


「という訳だからさ。お兄ちゃん……、パワーが貯まるまで、ちょっとあいつの相手を任せていいかな……?」


「いや、無理無理。確実に殺される自信があるから」


 既にビルの三階分くらいの大きさまで巨大化している。卓越した戦闘技術も、魔法も、俺は持っていない。常人が相手に出来る限界をとうに超えている。


「むう……。一時間で良いのに……」


「長いよ。お前のフルパワーって、どれだけ時間がかかるんだよ。その間に、俺、千回は殺されるよ!?」


 こっちの万策が尽きたのが伝わったのか、『黒いやつ』がにやついたような気がした。そして、拳を振り上げる。


「そんな……、大ぶりな攻撃になんか当たらないよ。こうなったら、特攻してやる!」


「全身を炎で包んで、やつに突っ込む気か。って、これだと、俺も焼けちゃうんですが!?」


「勝利のために犠牲はつきものなんだよ……」


「何を言っているんだ、お前は! 俺を助けるために来たんだろ? 殺してどうする、本末転倒だ!」


 必死に抗議するが、シロは腹を決めたらしく、火力を抑える気はないらしい。やがてシロの体を包むように発生した炎は、俺にも燃え移りだした。


「わあ~! 燃える~!」


「お兄ちゃん、ちょっと黙って……」


「黙れって、こんな状況下で、どうやって黙れっていうんだ~!」


 火の勢いは早く、どんどん体が炎に包まれていく。情けない話だが、俺は完全にパニックに陥ってしまった。だが、俺は勇者でも何でもないのだ。だから、この程度で慌てふためくことにも、目をつむってほしい。と言っている間にも、火は燃え広がっていった……。




 『黒いやつ』にではなく、助けに来たシロに殺されるという意味不明な展開に絶叫していた次の瞬間、俺は自室へと戻ってきていた。夢から覚めたのだ。


「戻ってきたのか……?」


 今回も散々な目に遭ったが、どうにか覚めることが出来た。昨日や一昨日も、ひどい寝覚めの気がする。きっとあの幼女のせいだ。


辺りを見回すと、まだ暗い。時計を見たら、午前四時だった。床に就いたのが午前一時過ぎだから、三時間も寝ていないことになるのか。


「無事に夢から覚めることが出来たね。お兄ちゃん」


 シロがしらっとした態度で話しかけてきた。こいつも俺とほぼ同時に、悪夢から覚めたようだな。だが、互いの無事を素直に祈ることが出来ない。シロに感謝する気にもなれない。


「今回はちゃんと安眠できた方じゃないかな。私の力を思い知ったかい?」


「黙れ」


 とりあえず夢の中で殺そうとしてくれたことに対して、抗議の意味を込めて、ぞんざいな口調を返させてもらった。


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