Lv84「無口すぎる男」
「ドロテア、なのか」
蔵人は信じられないといった顔つきで瞳をしばたかせた。
「違います! 誰ですか、それ! マーサですよっ」
リコッテが両手を挙げて男の名前を訂正する。というか、全然別人だった。
マーサ。忘れもしない、ロムレス第一監獄を共に破牢したかつての仲間だった。
だが、蔵人は完全に記憶野からデリートしていた。友達甲斐のない男である。
リコッテから、「こいつ本当にうちの人のいってた友達なの?」という、冷えた目線が注がれているのに気づく。
蔵人は口元に握った拳を当てて、あからさまに空咳をすると、顔を引きつらせながら重々しくつぶやいた。
「……うん、そうだと思ってた」
「嘘ですよね」
「はは。君たちを試したんだよ。おおう、マーサ! しばらく見ないうちにでっかくなったな! ははっ、ははっ。……なあ、マーサ、なんだよな?」
「なんで疑問形なんですか」
蔵人の知っている五ヶ月ほど前の姿は、十七歳の少年にしては変哲のないありふれた姿だった。
記憶の中の少年の背丈は、百七十に届かず、どことなく筋張って痩せていた印象が強い。
だが、いまの姿を見れば、まるで別人のように著しい変化を遂げていたのだった。
二メートルを遥かに越す身長は、百八十三はある蔵人からしても見上げるような大きさだった。腕の太さは、女性の腰ほどもあり赤茶けた体毛が密生している。
ほとんどゴリラである。
その上、マーサの顔全体は濃い髭に覆われていて表情がまるで読めない。戸惑うのも当然といえよう。彼の引き結ばれた唇は意志の強さを象徴し、眉間に寄ったしわは気難しい哲人を思わせる。
唯一変わらないのは、澄み切った無邪気な瞳の輝きだけだった。
腰の引けまくった蔵人をよそに、リコッテはマーサにちょこちょこ近づくと、小さな耳を寄せて何事かを聞き取っていた。
「うちの人は、“クランド久しぶりだったな! 元気にしていたか! なつかしいぜ!”っていってます」
「……ああ、そこは通訳が入るんだ。そうだな。それなりに元気だったよ。しかし、やっぱり変わりすぎだよ。もしかして、あのときのおまえは別の人間の皮でもかぶってたのか」
「“おいおい。久々にあったダチ公にそのいいかたはねぇだろ! ま、いろいろあってさ!
俺もこいつのトコに婿入りする形で鍛冶屋になったってわけさ!“」
「うーん、そのざっくり加減。まさしくマーサのような気がする」
「“まあ、あんなことがあったんじゃ、さすがに都で鍛冶屋をやるわけにいかねーし。んで、どーすべえかなってところで、このシルバーヴィラゴに来たってわけだ。この街はゴロンゾもすげーっていってたしな。もちろん、世界一の鍛冶屋になるって夢は捨ててねえ!!”」
「おう」
「しんみりしているところ悪いのだが、なぜいつの間にやらリコッテとそれほど突っこんだ話をしているのだ?」
「ボクも興味あるね」
戸口でやりとりを静かに見守っていたアルテミシアとルッジが口を挟んでくる。
傍から見れば、いきなり部屋に引っ張りこまれた蔵人が初対面の女性と仲良さげに話しだしたのである。
しかも、妊婦。彼女たちにしてみれば聞かずにはいられなかったのであろう。
「あー、久々に会ったダチが、どうも照れくせーみてーでよ。同時通訳? みたいな」
「誰じゃー! 神聖な儂の作業場で騒いでいるやつらはああっ!!」
「あああっ、うるせええなあっ!! なんなんだよいったい!」
しわがれた声が銅鑼のように激しく鳴った。
同時に、威勢のいい初老の男が鍛冶小屋に姿を見せた。
歳の頃は六十前後。長い金色の髪は半ば白髪が混じり薄まった色をしていた。
背丈は百五十に満たない。
小男ではあるが、もろ肌脱ぎになった肩の肉の盛り上がりは中々のものだった。鷹のような鋭い目つきである。鼻は見事な鷲鼻であり長い口ひげは丁寧に整えられている。
彼こそが、シルバーヴィラゴ一の名工、ノワール・スミスであった。
スミスはかくしゃくとした様子で両腕を組むと一同を睨み据えた。
「誰だよ」
「そりゃこっちのセリフじゃよ」
「“おいでなすったな、クソじじぃ”」
リコッテが愚直にマーサの言葉を翻訳すると、スミスはショックを受けたように膝から崩れ落ちた。
「り、リコッテ。また、とーちゃんに向かってそんな口の利き方をっ」
「あー、もう通訳はしなくていいんじゃねーかな?」
「父のノワール・スミスです」
「あんた絶対わざとやってるだろう」
「そんなわけありません」
リコッテは口をへの字にするとかぶりを振った。大きなお腹が左右にゆれた。
「儂のかわいい手塩に育てたひとりむすめが、こんなどこの馬の骨ともわからん小僧にてごめにされ、孕まされてっ! ええい、儂はまだおまえらの結婚を心から認めたわけじゃないわいっ!! だいたいなんじゃ、いまは新規の仕事は断ってると口を酸っぱくしていっておるのにぃい!!」
スミスは口角泡を飛ばしながら叫ぶが、マーサはひとことも言い返さずにそのまま佇んでいるだけだった。
「“はは。ジジィ。そんなにカッカすると血管ブチ切れるぞ”」
リコッテの通訳。
スミスは頭を抱えて顔をクシャクシャにした。
どう見ても感情過多である。
「はうううっ! り、リコッテぇ。儂のかわいいいリコッテはどこにいったのじゃあぁ。儂と結婚するといってカカアをマジギレさせたあの天使は」
「んなもん最初からいません」
「はううっ」
「おい。いまのは翻訳じゃねえよな」
「私に聞くな」
アルテミシアは疲れたように目を伏せて応えた。
「うううう、うるせえっ! だいたいてめぇらはいったいなんなんでぇ! 人んちに断りもなしにズカズカ入りこみやがって! マーサ、おめえもだ! 知りあいだかなんだか知らねぇが神聖な男の仕事場にわけのわからねぇやつをいれるんじゃねぇやっ!!」
「おいおい。マーサじゃねえが、ジイさんそうカッカすんなってば。おい……」
蔵人が目線を動かすとアルテミシアが手にしていた剣を鞘ごとスミスに手渡した。
「む……」
さすがに骨の髄までの刀工である。スミスはピタリと口を閉じると、手渡された長剣を鞘から抜き取った。猛禽類のような瞳が鋭く細まる。スミスは子細に刃を見聞すると白金造りの鞘にゆっくりと剣を納めた。
「……いい剣だ。だがな、お嬢ちゃんよ。こいつはすでに寿命だ。研ぎ直したところで、そう長くは持たない。命が惜しければ、金はケチらず上等なもんを手に入れるこった。剣士が自分の得物に妥協するときは、もう先がねえってことだ」
「そんなに、ひどいのか?」
アルテミシアの瞳が不安で揺らぐ。
キラキラした碧の瞳に見据えられ、スミスはわずかに視線を避けた。
「ああ、ひどいのひどくないのっていう話じゃねえ。あんた、ここ数カ月程度で随分酷使しただろ。この剣はそもそも人間以外のものを斬るように作られてねェんだ。おまけに、鞘との格の違いがまた違いすぎらぁ。もっと格の上の剣をしまうべきなんだよ、この鞘は。そう、こいつは段違いにすごすぎる。この鞘、白金造りのこいつは、ロムレス全土を探してもそうそうお目にかかれるようなもんじゃねぇ。いうなれば、剣と鞘がまるで釣り合ってねぇ。儂からいわせりゃ、こいつは美しくねえ。醜くすらある」
「そうか、そんなにか」
「お父さんっ! いいすぎっ」
「な、なんだよ」
スミスは即座に娘にたしなめられ後ずさった。
一方、アルテミシアは戦力外通告を受けた相棒をじっと見ながら感慨に耽っていた。
さもありなん、スミスがつりあいが取れないといったのはその通りだった。
元々アルテミシアが使っている鞘は、ロムレス三聖剣である白鷺と対になっていたものである。業物ではあっても並の剣では国宝の白鷺の鞘とマッチするはずがないのだ。
「ああ、申し遅れた。私は騎士のアルテミシアと申す。貴殿が名工で知られるノワール・スミス殿で間違いないだろうか」
「よしてくれ。おだてられてもこちとらケツの穴が痒くなるだけだぜ。それに、適当に見繕って一本か二本か譲ってくれという話なら、どうにもならねえからな。あらかじめ、断っておくぜ」
「なぜだ」
「なぜかって? 儂が隠居したって話は聞かなかったのかよ」
「それは、聞いたが……」
「なら、話は早いじゃねえか。儂はな、もう剣を作るのはやめたんだよ。店に来る冒険者たちときたら、てめぇの腕に合わねえ上等な剣ばかり欲しがる割にはまったく使いこなせねえ。挙げ句の果てに、ガラクタ同然になってから平気な顔して店に持ってきやがる! いくら剣ってものが消耗品でも、あんな使われ方ばかりしてちゃあこちとらもキリがねぇぜ。
リコッテがおまえさんたちにどういうことをいったか知らねえが、ようするに気が乗らねえんだ! どうしてもっていうなら、そこにいるボンクラにでも無理やり頼むことだな!
儂はもうそういうのはたくさんなんだよっ!」
スミスは瞬間湯沸かし器のように顔を真っ赤にすると、一息に憤怒を爆発させた。
それは、どう考えても蔵人たち以外に向けて喋ったつもりに積もった客への不満だった。
怒りを露わにした老刀工は大股で鍛冶小屋の扉を開き、母屋に向かって歩いていく。
ポカンとその後ろ姿を見送っていた蔵人たちにリコッテが謝罪の言葉を口にした。
「すみません。父はこのところ虫の居所が悪くて。それに、気が向かないなんていっていますが、本当のところは仕事がしたくて仕方ないのですよ。ただ……」
「ただ?」
ルッジは眼鏡の位置を直すと話を促した。
「父は、腰を完全に痛めておりまして、剣を打ちたくてもロクに座っていられないのです。お医者さまは、いちどきに無理をしなければ仕事を続けても問題ないとおっしゃられてるのですが」
「ふむ。なにか、他にも理由がありそうだな。リコッテくん」
しゃがんだまま木槌をいじくっていたルッジが続きを促した。
「ええ。実は、最近父目当てにお客さまが参られまして。ちょうどそのとき、父はかかりつけの医者のところへ出かけていたのです。お客さまは、いつも来られる方ではなく、一見の方で、もうとにかくすぐさまノワール・スミスに仕事を頼みたいとの一点張りで。そこで、うちのひとが父の代わりに剣を研ぎ直したのですが。これが、実にうまくいったみたいで、しかもしかも、あろうことかそのお客さまはうちのひとを父だと、ノワール・スミス本人だと思いこんでしまったようなのです。ええ、すぐにもその誤解は解けたのですが、運悪くそれが父の耳に入ってしまって」
「それでおかんむりと」
「お恥ずかしい次第で」
ルッジは困ったように蔵人を見ると細い顎に指をかけてわずかに首を傾げた。
アルテミシアも瞳を曇らせながら、無意識なのかそばに来た。
この工房がスミスのものならば、本人がへそを曲げている限りどうにもならない。
どうにもならないことをいつまでも愚図るしつこさは蔵人の中にはなかった。
「んじゃ、帰るか」
決断力の速さはピカイチである。踵を返す男の肩へとアルテミシアが手を伸ばした。
「帰るかって。クランド。いいのか。その、事情はよくわからないが久しぶりに会えた友、なのだろう。私たちは先に帰るから、おまえはゆっくりしていけばいいのではないか」
「と、いうことで彼女は先に戻るそうだ。ボクらはゆっくりしていこうじゃないか」
「おまえな……」
「冗談だよ。そう拗ねるな、君」
「あのっ、あのっ! お仕事の方はどうにもならないかもしれませんが、せめて夕食だけでもご一緒にどうでしょうか? うちの人も、クランドさんと積もるお話もあるでしょうし」
「まあ、わざわざ来たんだし飯くらい食っていくか。ゴチになるぜ、マーサ!」
マーサは無言のまま手にした匙を左右に振った。
蔵人は、自ずとその匙で食った牢獄の残飯粥を思いだし、顔をしかめた。
「ああ。そういや、あのメシのマズかったことマズかったこと。覚えてるか? おまえ、俺の食い残したいらげようとしたんだぞ。ともかくも、おまえのカミさんの手料理期待していいんだな」
マーサは相変わらず無言であったが、長い蓬髪の奥に覗く瞳はあの頃と変わらず、いたずらそうに強い輝きを見せた。
母屋は二室に分かれており、蔵人たちは大きなテーブルのある客間に通された。
客間から続く奥の部屋は扉が閉められており静まり帰っている。
日はすでに落ちており、世界は真っ黒な闇に塗りこめられていた。
リコッテがときどきスミスのこもる奥の部屋に食事が出来たことを大きな声で知らせたが、つむじを曲げた老人は頑として応えず閉じこもっている。
「もう。お父さんったら子どもみたいっ。せっかくのお客さんなのに」
リコッテが用意した夕食は簡素であるが心のこもった手料理であった。
鳥の塩釜焼きに魚介類をふんだんに使ったスープと野菜サラダ。
白パンにデザートのチョコムースである。
マーサはテーブルに座ったまま無言の行を通したが、慣れてみればそれは別段不快でもなかった。とにかく、女房であるリコッテが人の二倍も三倍もしゃべるのである。そのうえ、今日の卓には同じような年頃のアルテミシアとルッジの姿があった。女三人寄ればかしましいとはよくいったものである。彼女たちの話す内容は、とりとめがなく結論のないだらだらしたものだった。女の声を聞くだけでしあわせな蔵人の脳もこれにはさすがに耐え切れる限度があった。
アルテミシアとルッジが次第に舌をすべらせて、蔵人からしてみればなにをどうしてそこまで熱中して喋れるのかといった無意味な日常の瑣末事を延々と繰り返しているうちに、もはや声高な雑音に我慢ならなくなったのかスミスが奥の部屋から這い出してきた。
リコッテは特に気にした様子も見せず、舌は動かしたまま食事を温め直す。
スミスはしかめっ面のまま、それらをアテにして酒を飲みはじめた。
自然、残った男三人は酒盛りをはじめる格好となった。スミスは渋面のまま蔵人に杯を渡すとなみなみと酒精をついだ。人並み外れて酒の強い蔵人がそれをひといきに空けると、わずかだがスミスの表情が和らいだ。
マーサは体格に似合わず舐めるように酒を飲んでいる。スミスは大きな身体を縮こませるようにして杯を持っているマーサを横目でにらみ、軽く舌打ちをした。
「こいつのいいところは無口だ。男は余計なことをベラベラしゃべるのはいかんと儂は思うちょる」
「あっそう」
「だがな、弱い。いかんせん弱すぎる」
確かにスミスのいうとおりだった。マーサは小鳥がついばむ程度にしか酒を干していないのに、すでに目元をくっきりと赤らめていた。彼は、よほど酒には弱い性質らしい。
「ああ確かによえーな。しかしな、ジイさん。そいつはしょうがねえ。酒の強い弱いは個人差があるってもんよ」
「個人差だあ? なにを男がそんな情けないことをっ。儂がこいつくらいの歳には、毎日浴びるように酒を飲んでいたもんだ」
「そりゃ飲みすぎだ。尿酸値が上がりまくりだぜ」
「うるせえっ! この程度の酒は大の男にとっちゃあ、水っ。水みたいなもんよっ。それを、こいつはデカい図体をしておきながら、とんと意気地がねえっ。娘っこでもあるまいし、舐めた程度で顔を真っ赤にしやがって。ああ、情けねえ。ふん、それにくらべておめえはちっとはイケる口のようだ。まったく、酒飲みにとって下戸と差し向かいでいることほど間の抜けた話はねえからなぁ」
スミスは真っ白な歯を剥き出しにすると、骨つき肉をバリバリと噛み砕いてみせた。口内で肉と骨をおもいきりギシギシ噛みこんでエキスを搾り出す。
それから、これみよがしにカスを皿へと吐き出してみせる。
それを見ていたリコッテが「父さん、汚いっ」と叫んだ。
スミスはちょっとバツの悪い顔をすると、気にしない風を装って酒を一気にあおって杯を空にする。どうやら一人娘にはとことん弱いようだった。
「まあ、マーサはまだ若いし、それほど場数を踏んじゃあいねえんだろうよ」
蔵人は手酌で蒸留酒を生のままつぐと負けじと飲み干す。
手元の石のようになった硬いチーズに手を伸ばすと、アルテミシアが寄ってきてすぐさま器用に切り分けた。スミスは揶揄するように目元をゆるませると蔵人の肩を小突く。手に持った杯が揺れて、炒り豆を持った皿に降りかかった。
「若い? 若いっつっても、こいつは三十を過ぎてるだろうが」
「そんなわけないだろ。確か、俺よりみっつ下だったからな。マーサは、まだ今年で十七のはずだ」
「はあああっ!?」
「えええっ!!」
蔵人の言葉にスミスはおろか、おしゃべりに興じていたリコッテまでが振り向きざまに叫んだ。
「え、あ。だって。それじゃあ、あたしの方が、六つも年上ってことなの」
「……こいつ、まだそんなガキじゃったのか」
「あのな、ジイさんはともかくリコッテは旦那の歳くれぇ知らにゃあまずいんじゃねーか」
スミスはマーサの実年齢が自分の思っていたより異常に低いことに激しいショックを受けたのか、杯を空にするスペースがどんどん早くなっていった。
時刻はすでに、深夜を回っている。蔵人たちはスミスの勧めもあり、一晩宿を借りることになった。リコッテとルッジは早々に寝室に移動したが、無理をしてつき合っていたアルテミシアがゆっくりとテーブルの上で船を漕ぎ出した。
「眠いか、アル。無理しねえで寝ろよ」
「うむ。だが、私は最後まで、つきあうぞ」
「いや無理しなくていいから。ほら、ベッドまで行けるか」
「うむ、なんとか」
アルテミシアは気力を振り絞って受け答えをしていたが、少し目を離したすきにテーブルの上に突っ伏してしまった。彼女の長い金色の髪がさぁっと放射状に流れる。色白の頬が火照ったように緋が走っている。男たちの目を奪う、はっとするような色気があった。
「ったく、しょうがねーな」
蔵人は席を立つと寝こけたアルテミシアを軽々と抱きかかえた。
いわゆるお姫様だっこである。
もちろん親切を装って乳を揉むことも忘れない。器用に左手を動かし重たげな乳房をぎゅうと絞る。アルテミシアの桜色の唇が切なげに震えた。
干し肉をかじっていたスミスが品のない笑い声をケタケタと上げる。マーサは首だけを動かすとぎょろりと瞳を動かす。それが、彼の意思表示だった。
蔵人とアルテミシアは同程度の身長であったが、重さはやはりかなりの差があった。
いや、単純にこの世界に来て蔵人の腕力が異常に鍛えられたというべきか。
(軽い。こいつ、こんなに軽かったっけか)
「……それは。鎧の、重さだ。……うーん」
「どんな寝言だよ」
騎士として日々修練を欠かさない彼女も、鎧を剥げばやはりひとりの女に過ぎない。
ムッチリとした腰と女らしい背を抱きかかえているうちに、邪念が自然に湧き上がってくる。それでも、はじめて訪ねた人さまの家で不埒な行為に及ぶほど常識がないわけでもない。
「うーん、鎮まれ、鎮まれ。俺の邪念よ」
蔵人はムクムクと湧き上がる青い衝動から視線をそらすと、あてがわれた母屋の一室の扉を頭を使って押し開く。寝台と小さな文机のみが置かれた簡素な部屋だ。一足先に潰れたルッジの横にアルテミシアの身体を横たえると、燭台に点っていた火をわずかに大きくした。
「おおっ」
ゆらめく赤い光に照らされたふたりの美女が網膜に映り込む。
蔵人は健やかな寝息を立てるふたりのそばに近づくと、生唾を飲みこみそっと顔を近づけた。
よし、とりあえずもう一回揉んどこう。それくらいは許されるはず。
そっと腕を伸ばして仰向けになっているアルテミシアの胸に触れる。
「んっ」
彼女のずっしりとした重い乳房は寝転がっても充分なかたちを保っていた。五指を開いて、美肉を鷲掴みにする。程よい弾力が瑞々しい反発を生み出す。
「やはり、イイものをお持ちですな。となると、仲間ハズレはいかん」
わけのわからん理由をつけて、蔵人はルッジの胸もついでとばかりに揉んだ。
あまつさえ、毛布から長い脚を引きずり出してペロペロした。
「おおっ、たぎってきたぜ!!」
蔵人は目を血走らせて、寝台に飛び乗った。
すでにちょっとどころのレベルではなかった。
立派な性犯罪者である。
完全に情欲の火がついた蔵人がパンツを脱ごうと下穿きの紐をゆるめたとき、入口の戸が不意に開いた。
「あのお、まだ起きてらっしゃいます――クランドさん」
戸口でリコッテが汚物を見るような目をしていた。
当然であろう。
中腰のままズボンをズリ下げ、半ケツ状態で硬直している男には相応の態度だった。
「にゃ、にゃ~ん」
リコッテのひたすら冷たい視線に耐え切れず、猫の鳴き真似をした。
彼女は真顔のままだ。
蔵人は身を縮こまらせたのち、ひっくり返って死んだふりをした。
もちろん、そんなことが通用する甘い相手ではなかった。
このあと、夜明け近くまでこってりと説教を受け、彼が解放されたのは東の空がしらみはじめる頃だった。




