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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第2章「迷宮都市シルバーヴィラゴ」
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Lv78「飢狼の巣」




 

 マカロチフは即座に主の命令を実行に移した。彼は第一に片腕であるスピリドンを呼びつけ、シモン・クランドなる冒険者について探らせた。

 スピリドンは侠客上がりの男で、腕力はないが頭の回転が早く異常にフットワークが軽かった。暗黒街の出身であることに加え、顔は広い。対象の年齢や職業、名前さえわかっていれば割り出しは容易だった。

 シモン・クランドの住所をつかむとマカロチフは即座に攻撃隊を編成した。

「けど、おかしら。こいつは、結構ヤバいやつですぜ」

 肝の座ったスピリドンがシモン・クランドの情報を読み上げる。

 なるほど、三流の悪党であった彼が震え上がるの無理はない。クランドなる名前の冒険者は、リースフィールド街の貸元であるチェチーリオやロムレス教会の司教とも繋がりがあるらしい。危険は出来るだけ避ける。ヤバい仕事は人に回す。弱者が生き残る鉄則を守ってきたから今日まで生き永らえたのである。その点スピリドンの鼻は正確だった。

「ヤサが割れていても、直接襲う方法はマズイな」

 マカロチフは葉巻から紫煙をくゆらせながら、眉間のしわをいっそう深くした。

 教会の力は特に厄介だ。敬愛する主のゴルボットに毛ほどの傷もつけられない。

 調査によれば、クランドの住んでいる屋敷も教会関係者から回ってきた物件であるという。下手に刺激すればしつこく辿られる可能性もある。強大な力を持つロムレス教と争うのは愚の骨頂である。下手を打つわけにはいかない。

「だが、さいわいにもヤツの屋敷は街のど真ん中、というわけでもない」

 クランドが家に引っこんで、外出時にはゾロゾロと仲間を引き連れ動き回るタイプでなかったこともマカロチフにすれば好都合だった。

 それに冒険者である以上、定期的に冒険者組合(ギルド)には顔を出す。襲撃地点の選定には事欠かなかった。

 主に聞いた話だと、義姉のルッジは昼過ぎに、冒険者組合(ギルド)でクランドという間男と待ち合わせてダンジョンに潜る予定らしい。時間は残り少ない。早急の処理を求められた。

「バロッコ兄弟を呼べ」

「あの、兄弟をですかい」

 スピリドンの顔が恐怖に引きつった。

 バロッコ兄弟は双子の殺し屋でよく手斧を使う。残虐さでは比類がなく、金を積まれれば幼児から年寄りまで眉ひとつ動かさず処理するということが知れ渡っていた。

「そうだ。アタックポイントではまず弓矢を使って足止め。そのあとで、スピリドン。おまえは精鋭十人を率いて襲え。奴は剣を中々に使うらしい。得物は槍がいいだろうよ。それから、絶対に生かしたまま連れてこい。ゴルボットさまのご命令だ。いいか。くれぐれも俺を失望させるなよ」

「はっ、はいいいっ!!」

 スピリドンが駆け足で部屋を出ていくのを見ると、マカロチフは椅子に深く身を沈め目を閉じた。

 主のゴルボットを思う。

 マカロチフの黒い革パン。

 股間の部分がたちまちテントを張った。

 マカロチフは強いだけが能である拳闘士であった。

 いくら勝ち続けようが、誰かが買い取らない限り犯罪者上がりのマカロチフがコロシアムを出ることはかなわない。

 それを、ゴルボットが救い上げてくれた。

「ああ、ゴルボットさまぁ。こんな臭くて、汚い、殴りあいしか能のない拳闘奴隷を、買い上げて下さるなんてっ」

 マカロチフは張り詰めた股間の怒張を革パンから解放させると、文机から取り出した布切れを巻いた。

 もちろん主のゴルボットから拝借した染みつきブリーフである。

 マカロチフはゲイであり、極度のオヤジマニアであった。

「はああんっ、ゴルボットさまああ、ゴルボットさまのお、お小水のついた聖衣がああん、この汚らしい俺にぃいいっ」

 マカロチフは鼻の穴をぽかっと開けながらだらしなく顔を弛緩させると愉悦に耽った。

 マカロチフの趣味は偏っていた。彼は、男性、かつ中年で極度に太っており、色白で歯並びが悪く、体臭が強い縮れ毛の頭髪を持つ対象にしか興奮できなかった。

 この異常性癖は彼が若い頃僧院で仕込まれた男性僧侶による暴虐に起因しており、自分でも異常なことが理解していたがやめられなかった。主のブリーフに顔をうずめ、臭気を肺いっぱいに吸い込む。激臭がマカロチフの鼻腔いっぱいに広がった。

「はああああんっ、これこれこれえええっ。生き返るううぅ!」

 常人であるならば鼻先をかすめただけでショック死する激臭は、マカロチフにとって天上世界に咲く至上の花々の香りであった。彼が鼻梁から空気を吸引するたびに、肺の中は香気芬芬と、えも言われぬ天上の花々の匂いが立ち昇った。

「甘露、甘露ぉおおっ!! ぢゅううっ!!」

 マカロチフは暗い愉悦の中で、主が喜ぶ顔を妄想し、歓喜に打ち震えた。






「来やがったな。あれが、クランドって冒険者だろう」

 切り立った崖の上からスピリドンは眼下の狭隘な道を行くひとりの男を指差した。

 素早く手下のひとりを斥候に回して確認しておいた。

「へい。兄貴のいうとおり、浅黒い顔。黒髪に黒目。真っ黒な外套を羽織り、長い剣を下げております」

「へ。まあ、あの男にゃ悪いが、きょうが奴の命日ってわけだな」

 スピリドンは額に巻いた赤いバンダナで汗をぬぐい、腰の剣を引き抜いた。

 風ひとつない濁った大気が沈殿している。夏も終わりだというのに、陽光のキツさはなにひとつ衰えを見せない。冷やした酒がひたすら恋しかった。

 スピリドンが無言で顎を引くと、周囲の三下が動き出す。

 ゴルボットに飼われている若い男たちは、巧みな足さばきで崖を降りると、たちまちに道の前後を四人づつで塞いだのだ。

 腰にくくりつけた望遠鏡を手に持ち、男の姿にピントを合わせる。

 若く、精気のあふれるいかにも女が好みそうな顔立ちだった。

「やれっ!」

 合図と同時に、両隣にいた猟師上がりの射手が弓を放った。

 距離はせいぜい二十メートルである。

 熟練したふたりにすれば、射損ねる危険はなかった。

 矢はひょうと風を切って走ると、男の影に突き立った。

 スピリドンは声を上げて、崖を駆け下りる。

 そこにはすでに、物言わぬ肉塊となったふたりの男の姿があった。間違いなく自分の部下である。槍という充分なリーチの差があっても、あっという間に切り伏せられたのだ。

 スピリドンは尻の穴をキュッと締め上げると、これは容易な相手ではないぞ、と冷や汗を背中にどっと噴き出させた。

「やいやい、おとなしくしやがれっ! クランドとやらっ、テメエのガラはもうこっちのもんだ! 剣を捨てて両手を挙げやがれ!」

「はい、そうですかといくはずがねぇだろ!」

 男はスピリドンの忠告を無視していきなり跳躍した。

 黒外套が羽根をいちどきに広げたよう、隘路を埋め尽くした。

 真っ白な刃が閃いたかと思うと、一番前に出ていた男が槍の半ばごと顔面を両断され絶命した。真っ赤な血潮が辺り一面にパッと撒き散らされ視界を覆った。

 別段武闘派ではない。ないが、皆を率いてきた手前、自分だけ逃げるわけにもいかない。

 スピリドンが臆病蟲に半ばとりつかれた瞬間、背後から疾風のように風を巻いて躍り出たふたつの影があった。

「バロッコ兄弟!!」

 スピリドンの顔へとみるみるうちに生気が蘇っていく。

 灰色の覆面をかぶった長身の双子は、眼だけをギラギラ輝かせながら、手斧を持って標的に踊りかかった。

 男は咄嗟に受太刀にまわった。

 黒い刀身が水平に動く。

 バロッコ兄は風車のように右腕を動かすと苛烈な一撃を真正面から喰らわせた。

 ガキン、と硬質な金属音が響き男の長剣がたちまち弾き飛ばされる。

 男の表情。蒼白に染まった。

 続いて、兄の背に隠れるように接近していたバロッコ弟が斬撃を加えた。

 肉を穿つ音が鈍く響く。

「やった!」

 スピリドンは反射的に両手を握りこむと歓声を上げていた。

 男は呆然とした表情で切り飛ばされた右腕を虚ろな視線で追っている。

 背に突き立った二本の矢が、真っ白な陽光を反射し形を失っていく。

「いまだああっ!!」

「やっちまええっ!!」

「ぶっ殺せ!!」

 たちまちに残った男たちが倒れ臥した青年へと襲いかかる。多数であるにも関わらず、三人もの仲間を失った。

 だが、その強敵はいまやバロッコ兄弟の手にかかり半死半生である。裏返った恐怖を塗りつぶすように男たちは打擲を繰り返した。

「待て、待つんだ! 殺しちゃなんねえ!!」

 スピリドンの制止がいま少し遅ければ、対象の青年は死んでいただろう。

 命令の失敗は己の死につながる。血塗れのボロ雑巾になった男を手下に担がせると、用意していた馬車にかつぎこむ。

 ともあれ命令は達成した。スピリドンは、荒れた道を揺られながら帰途につき、とりあえずの作戦成功を心の中で祝った。






 ルッジが義父の容態急変を知らされたのは、冒険者組合(ギルド)前の乗合馬車から降りてすぐだった。相手はもちろん屋敷で使っている下男である。彼は、義父の専属医ペシャロットの書状を手渡すと荒い息をついてその場にしゃがみこんだ。筆致は荒いものであったが、間違いなく旧知の医者のものであった。

 ルッジは馭者に頼みこんで馬を借りると、自ら騎乗して屋敷にかけ戻った。義父の病状は心配である。だが、前々からわかっていたことではあった。それよりも彼女の心の中を占めていたのは、きょう待ち合わせていた蔵人との約束を果たせないことであった。

(なにを浮ついたことを。この非常時に。ボクは、男になんか興味なかったはずだろう!)

 ルッジは自分の心の動きに激しく動揺しながら、手綱を強く握った。

 あっという間に家に戻ると、馬から飛び降りて正面玄関に駆け込んだ。

「これは……」

 同時に異変に気づく。当主のライオネルが危篤であるならば親族一同に知らせが行き渡っているはずである。ならば、この静けさはどういったことだ。よくよく考えれば、日がな仕事に駆けずり回る使用人の姿がひとりも見受けられない。

 ――やられた。

 ルッジが生物の根源的に危機を察知する能力が働いたときはすでに遅かった。

 背後を振り返る。あきらかに堅気ではない男たちが、七人ほど剣やナイフを手にしたままゆっくりと近寄ってくるのが見える。

 もっとも、ルッジは冷静だった。彼女の中には、祖父が残してくれた星の魔道書アストロ・グリモワールがある。だから、どんなときでもひとりでいられる強さがあった。

 この本がある限り、祖父はいつでも自分に力を貸してくれるのだ。十人や二十人のならず者など、どうということはない。

「ふうん。さっすが、義姉上。普通のご婦人ならばこの状況を見ただけで、泣き叫んで動けなくなってしまってもおかしくないのにねえん。その落ち着き払った表情、素敵ですう」

「ゴルボット」

 ホールの中央階段を、下卑た顔つきのまま余裕綽々としてゆっくり降りてくる義弟の姿を認めた。

 ゴルボットは五人ほどの大男を従えたまま中央に到達すると、左右に両手を広げた。

「なにがしたいんだ。ボクを嘘までついて呼び戻して」

「あらら、わかっちゃいましたかねえん。でもでも、でもお。ルッジを愛するオレ様ちゃんの気持ちも理解して欲しいのねんねん。愛する、花嫁が他の野良犬にしっぽを振りに行くとわかっていれば、ぶち壊してやりたいと思うのが人情ってモンでしょう」

 ゴルボットはとうとう敬称すら捨て去って義姉の名を呼び捨てにした。

 彼の瞳は煮詰めた苺のように真っ赤に染まり、狂った彼の中身そのものがドロドロと放射されているようだった。

「もういい。おまえとは会話する気も起きない。妙な無法者たちを集めていたのは知っていたが、勝手に屋敷の中にまで入れるとはなにごとだ! ボク、いや、当主ライオネル公に変わって、このわたし、ルッジ・ブラックウェルが告げる。彼らを当屋敷から追い出し、あなたに謹慎を命じます。向こう一週間は、外出を禁じる。さあ、おとなしくしなさい」

「ぷくくっ、かーわいいなあ、ルッジたんは。そおおんな、命令オレ様ちゃんが聞くわけないっしょやぁ。もっとも、ルッジたんが一週間、オレちんとベッドの中でぐちゃぐちゃ教育的指導してくれるっていうなら、話はべつだけどねん」

「義理とはいえ姉に向かってその口の利き方。また、お仕置きをされたいようですね」

「ふううん。口調まで変えちゃってまあ、ゾクゾクするねえ。ねえ、ルッジたん。愛する間男野郎との逢瀬を邪魔されて、いまどんな気持ち? どんな気持ち? ケッ、おまえも本当はあんなくたばり損ないのジジィなんぞどうでもよくて、若くて馬力のある男とパコりまくりたいだけだろうがよおっ!! なにが、迷宮研究だ! くだらん、研究にかまけて、兄貴を見殺しにした女がよくいうぜぇええっ!!」

「黙れ」

 ルッジは美貌を引きつらせると歯を剥いて怒鳴った。握った拳が小刻みにゆれる。タルボットの表情。笑みが濃く浮かび、小さな目がさらに細められていた。

「黙らないよん。ルッジたんが、金目当てでこのブラックウェル家に嫁いできたのは明々白々ですし。兄貴もルッジたんのせいで早死にしたようなもんですからねぇ。世間の人から見てもルッジたんたちが冷え切っていたのは見え見えだったですし。ま、セックスレスだった兄貴が悪いんだけどね。女ひとり満足させられないなんて! 情けな! それで、まんまと独り身になるは、遺産は使い放題だわで、世間さまはルッジたんを黒後家蜘蛛って呼んでるよう。ぬはは。ま、根っこの部分はオレ様ちゃんと同じってことだよん。けど、そういうのもあり! いいじゃん、金が欲しくて若い愛人とパコりまくりたがるのだって人間だもの、肉欲には溺れたいのよねん。許す! 許すからオレのもんになれよぅ! オレ様ちゃん、実は超やさしいから、毎日ルッジたんかわいがりまくって速攻腹ボテ状態にしたげるからさあ。そうすりゃ、跡継ぎは生まれるわ、莫大な財産はオレ様ちゃんとルッジで使いたいほうだいでいいことづくめじゃね!? そうすりゃ、分家の糞どもに、もうワイワイいわれずにすむよう。ねえ、オレ様ちゃんの肉便器なってよう」

 ルッジは無言で星の魔道書アストロ・グリモワールを取り出すと、ページを開いた。

 全身から必殺の闘気が立ち昇っている。

 ゴルボットは触れてはいけない、傷に触れたのだった。

 ゴルボットの取り巻きたちは唸り声を上げて走り出した。

 距離にして五メートル。指呼の間である。

 五人の大男たちは上半身を肌脱ぎにし、発達した筋肉に力をみなぎらせている。

 だが、卓越した魔術の前には無力だ。

 ルッジが目を閉じて精神力を集中させる。肉薄した男たちの指がいまにも掴みかからんと伸ばされた。

偽・風王連弾オルタナ・ウィンドブレット!」

 魔道書が光り輝くと、宙に舞った紙片は空を切って男たちに襲いかかる。

 風属性の魔術を偽した弾丸が矢継ぎ早に射出された。

 激しく強く発光しながら風の弾丸は男たちの全身に風穴を空けた。

 空気の散弾を真っ向から喰らった形といえば耐えられるはずもない。

 鍛え抜かれた筋肉は安々とあちこちを喰い破られ、血飛沫が絨毯や壁際鋭く叩いた。

 男たちの巨体は紙切れのように吹き抜けを舞い上がり二階の天井にぶつかって、大きな音を立てた。それらが重力のロジックに逆らえるはずもない。バラバラになった肉片は、泥を打つような無慈悲な音を立てあちこちに積み重なった。

「ひっ」

 ルッジの背後を抑えていた七人の男たちがあからさまに怯えを見せた。

 刃の撃ち合いを想定していたのだろうが、感情の混じることのない魔術戦は壮絶さを極めた。

「ひいいっ、なんだよこれっ! なんだよおこれぇ」

「聞いてない、聞いてないぞっ、相手が魔術師だなんてよおっ!」

 正確には彼女は魔術師でもなんでもない。

 もっとも恐怖に打ち震える男たちには関係なかった。

 ゴルボットが雇った私兵は所詮金だけの繋がりである。

 一瞬で、五人もの仲間を打ち倒した女など悪夢でしかないのだ。恐怖に支配された男たちが雪崩を打って逃げ出す直前、ゴルボットのしわがれ声が走った。

「うろたえんじゃねえや! おい、ルッジよう、オレ様ちゃんがいつまで甘い顔をしていると思っていやがる。さっさと、その魔道書を捨てな!」

「馬鹿か? ボクがコレを手放す理由がまるで見当たらないな。まったく、その無意味な自信はどこから来るのかね」

「おおおっと、オレ様がいいというまで妙な動きをしないほうが身のためだぜ。ルッジよう。おまえが、そのイカれた魔道書を使うってのはわかっていたが、ここまでのものだと再確認できれば、あとはこっちも奥の手を使わなければなんねえよん。オラっ、連れてこいやあ」

「――っ!?」

 ひとりの巨漢がそれを引きずってきたとき、ルッジは驚愕のあまり魔道書を取り落としそうになった。うつ伏せになっているゆえ表情は読み取れない。

 だが、一見して重傷を負っているのは明白だった。見慣れた黒外套はあちこちが血にまみれ、塵埃をかぶっていた。崩れ落ちそうな膝を無理やり奮い立たせる。全身の血が抜け落ちたように、身体から気力がみるみるうちに抜け落ちていく。

「クランド!!」

「そうだよん、義姉上。アンタのいとしーい、いとしい間男野郎は、こっちの手のうちだってことさ! さあ、このくたばり損ないに止めを刺されたくなきゃ、とっととその危険なブツをこっちに放りやがれ!!」

「ああ、なんてことを。なんで、君が」

「おーいい。聞こえてるう? オレ様ちゃんの、お・は・な・しィい!!」

「やめろおっ!!」

 ゴルボットは歌うようにリズムを取って、ピクリともしない男の背を蹴り上げた。

 短い足が黒外套の上から場所を狙わず叩きつけられるたびに、ルッジは胸が張り裂けそうな激しい痛みを感じた。

「やめろお? まぁだ、立場わかってないなあ。やめてくださいだろがああっ!!」

 ゴルボットはこめかみに青筋を立てて吠えた。

 同時に、持っていた杖をぐったりとしている男の頭部におもいきり叩きつける。

 ぼぐんっ、と鈍い音が響く。ルッジの喉から甲高い悲鳴が飛び出した。

「わかった、わかったから! やめて、やめてください」

「わかればいいんだよ。あーん。オラあっ! とっと本投げろや、コラァ!!」

「やめて。それ以上、傷つけないでくれ」

 ルッジはしゃがみこむと、手にしていた星の魔道書アストロ・グリモワールを床を滑らすようにして投げた。魔道書はつつっと動くと、階段脇の出っ張りぶつかり止まった。

 ゴルボットは大物ぶったように指を目の前で揺らし、チチッとしたを鳴らすと不器用にウインクしてみせた。

「最初っから、そうしてればいいんだよん。さあ、ルッジ。オレ様ちゃんのルッジ。あとはふたりっきりで、せまーい密室で仲良く今後を話しあおうね。逆らったら、君の大好きなクランドくんがどうなるかぁ。わかってるよねん」

 ゴルボットは美貌の兄嫁を自由にできるという期待で激しく目を情欲の炎でギラつかせ勝ち誇った。ルッジに拒否権は存在しなかった。






「じゃあ、とりあえず服を脱いでもらおっかな」

 ゴルボットは自室にルッジを引きこむと、開口一番ほがらかな顔でいった。

 ルッジは屈辱に顔を歪ませながら奥歯を強く噛み締めた。

 半ば予想していたことである。しかしながら、現実として我が身に降りかかってくると、屈辱以外のなにものでもなかった。

「あ? なに、その顔。もしかしてぇ、オレ様ちゃんに脱がして欲しいわけ? それとも、あのクランドって野良犬が死んでもいいのかなん」

 ルッジは無言でシャツに指をかけ、ボタンをひとつずつ外していった。

「ふ、ふへへ。ルッジぃい。いい肌してやがるぜぇ」

 ゴルボットは椅子に深々と腰掛けると上着を脱いだ。

 たるんだブヨブヨとした腹が蠕動している。見る者の吐き気を催させた。

 ルッジは下卑た声が聞こえるたびに、耳まで真っ赤に染めて平静を装った。

 怒りと羞恥が入り混じり、頭が破裂しそうになった。屈辱に身を打ち震わせながら、上半身をあらわにする。ゴルボットのケダモノのような視線が、あらわになった下着の上から食い破らんばかりに、胸へと釘づけになっている。不快感で背筋が凍った。

「ルッジぃい。素敵だよ。君は、どこまでオレ様ちゃんを喜ばせてくれるんだい」

 ゴルボットは鼻の穴を醜悪に広げながら充血しきった眼を光らせた。

 獣欲に濁った眼だ。

 暗い情欲が燃え盛っている。

 離れた距離でもわかるほど、強烈な雄の波動を放射していた。

 ルッジは、ゴルボットが自分を背後から抱えながら蹂躙する姿を想像し、薄い唇を震わせた。

 あの、節くれだった芋虫ののような指が、己の真っ白な尻に食い込み、無理矢理にも弄ばれる。屈辱の中で従わされるのだ。魔道書を取り上げられ、クランドを人質に取られたいまの自分には嫌も応もない。部屋の中には屈強な男が四人詰めている。そのうちのひとりは、コロシアムで名を売った、屈強な格闘戦士であるマカロチフだ。たとえ逃げようとしても、万に一つも可能性はない。涙をこぼさないように、せめても表情だけは取り繕おうとなけなしの気力を鼓舞した。

「し、下も早く。いいや、ま、待て! そうだ、いきなり脱いじゃぁ興がそがれる。ふぅふぅ。そうだな。け、ケツをこっちに突き出しながら、ゆぅううっくりと、脱ぐんだ。げ、げへへ」

(ボクを淫売扱いするのかっ!)

 それほど若くはない。恥らう歳でもなかった。

 それでも、ここまで下賎な男たちに手荒く扱われたことなどルッジの人生の中ではなかった。彼女は良くも悪くも生粋の貴族であった。遺伝子に刻まれた自尊心が恐怖を一瞬で塗り替えた。

「いわれた通りにする。それよりも、クランドの手当はちゃんとしてくれるんだろうな!」

 ルッジは手にしていたシャツを床に叩きつけて吠えた。取り巻きの男たちは面白がってはやし立てる。マカロチフだけは無表情のままあらぬ方向を見つめていた。

「ん? ああ、あのヘタレ野郎のことか。おい、おまえら! あのゴミを連れてこいや!」

 命じられたマカロチフが部屋の外からズタボロになった真っ黒な男を引きずってきた。

「クランド……」

 ルッジの切なげな声がかすれて響く。それを見ていたゴルボットは激しく舌打ちをすると蓬髪を掻きむしり癇癪を起こした。すでに己の物となった女が他の男に関心を寄せるのが気に入らないのだ。どこまでも狭量だった。

「待て! そいつを中に入れることはねえ。そう、そうだ。入口の扉をすこぅし開けてよう。音だけ聞こえるようにするんだ。そこの半死半生の男によ。よぇえ負け犬にはなにもできないってことを、声だけ聞かせてやるんだっ。ふ、ふひひひひっ。たまんねえだろうな、自分の女がよう、他の男にこれでもっかってくらいにヤラれまくって、ああん、ああんっよがり声を出してよ。そして、自分はそれを聞いているだけでなにもできない無力感っ。ルッジよう。おまえはこれから忌み嫌っていたこのオレ様ちゃんにたあっぷり虐め抜かれるんだぜええぇ? おお、よう? くひひひ、くひひひっ」

「ゲスが」

「おお、ゲスで結構、結構。その強気な顔がイキ顔で悶えるのをいまから楽しみでならねえぜぇええ?」

 ルッジは半開きにされた廊下の向こうで転がる男の背を食い入るように見つめている。

(とにかく隙を作ることだ。あの、クランドがそう簡単に屈服するとは思えない。とにかく時間を稼いで、なんとか、なんとか)

「さあて、準備は万端ですよううう、お嬢さまぁああ。さっさとはじめねえとぉ、こうだっ!!」

 ゴルボットが顎をしゃくると、マカロチフが転がった男の腹を蹴り上げた。

 肉がひしゃげる異様な音と共に、ボロ雑巾のように丸まった身体が浮き上がる。激しく出血しているのか、飛び散った血が重たげな扉のあちこちに降りかかった。

「やめろ! わかった、わかったから。いうとおりにするから、もう、やめてくれ。本当はその男とボクは、関係ないんだ」

「そんなもん信じられるかあ! うるせえっ! さっさと脱げや、こらあ!!」

 ルッジは命令通り背を向けると、身体を折って尻を高々と突き上げた。己でも、形の良さには自負のある臀部だ。男たちのため息にも似た声が漏れるのが聞こえた。

(ううっ、恥ずかしい。なんで、こんなことを)

 超ミニのタイトスカートだ。

 自然、後ろからショーツが丸見えとなった状態になる。

 ルッジは羞恥に激しく全身を火照らせながら、額に汗を細かく浮き上がらせた。

「よおおし、なんてえ、いいケツしてやがるんだああ。それに、その脚もたまんねぇ。おめえって女はどこまでオレ様ちゃんの理性を崩壊させるんだよおおっ。よ、よし、続けて脱げ。そうだ! ケツを誘うように左右に振りながら、ねだるんだよお。口上は、頭のいいおまえのことだ、期待してるぜええ。もし、オレ様ちゃんの意にそぐわなかったら、わかってるよなあ? 淫語プレイよろしく頼むぜえ!?」

 ルッジは激しい羞恥と屈辱に身を震わせながら、自分の尻をゆっくりと左右にくねらせてスカートに手をかけ脱ぎはじめた。

「ゴルボットさま。ボクの、お、お尻を、たっぷりご賞味くださいませ」

 意を決していやらしい言葉を口にした。男たちのはしゃいだ声が爆発する。

 頭がどうにかなりそうだった。

「うーん。ちっと、上品すぎるが、まあいいや。も、もっと下品な言葉を使うんだよ。それこそ、場末の淫売すら躊躇するようなやつを。ま、これはこれで味ってやつかぁ。続けろや」

「う、うう。ゴルボットさま、ルッジの、いやらしい雌尻ご覧になって」

 丸い尻を振りながらスカートを脱ぎ去ると、ルッジは完全に下着姿になった。

「よし、壁に手を突くんだ、いいな」

 ルッジは従順に壁際まで移動すると、両手を突いて腰を後ろに高々と持ち上げた。

 ゴルボットの荒い鼻息が背後に迫る。

 強く目をつぶる。

 ルッジはこれから待ち受ける過酷な運命に背筋を震わせながら、思考を完全に停止させようと苦慮したのだった。


 



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