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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第2章「迷宮都市シルバーヴィラゴ」
67/302

Lv67「俺の城」





 昼酒はやたらに利く。それも美味い肴といい女がいれば尚更である。

 蔵人は酒場銀馬車亭のカウンターでレイシーを横にはべらせ黙々と杯を傾けていた。

 無言のまま炙った干し肉を手で引き千切って口に放り込む。丈夫な歯で辛抱強く噛むと、刺激で唾液が引き出されていく。

 蔵人は辛口の蒸留酒を好んだ。日はまだ中天に昇ったばかりであろうか、世間のまっとうな人々は稼業に精を出している時間である。まともな女であれば、旦那や恋人が働きもせずに昼間から酒を喰らっていれば、イヤな顔のひとつもするものである。

 しかし、レイシーは満面の笑みを浮かべながら促されるままに上機嫌で酌を行っていた。彼女は、蔵人がそばにいればそれだけで幸せなのであった。

「しかし、アレだな。昼間から酒飲んでもなんもいわれねえって、逆になんかモノ足りねえな」

 蔵人はグラスに浮かんだ氷を弄びながら、目元の淵まで真っ赤にして、判然としない口調でブツブツつぶやいた。舌がしびれているのか、言語は明瞭ではない。別に誰に語りかけているわけでもないのだから当然といえば当然なのだが、隣には一言一句聞きもらさずに反応する良心的な聴衆がいたのだ。

「なんで? 好きなだけ飲めばいいでしょ。つぶれてもあたしが介抱するし。あ。もしかして、叱られたいのかな? じゃあ、特別にこのレイシーさんが、怒っちゃおうかな。真っ昼間っから飲んだくれてる、悪い子はこうだー!」

 レイシーは蔵人に横合いから抱きつくと、きゃあきゃあ喚きながらふざけて頭を打つふりをした。ムッチリとした豊満な胸が押しつけられ、ぎゅうと歪む。毬のように膨らんだ双丘を揉みしだくと、レイシーは鼻にかかった甘え声を上げた。

 蔵人が乳房の感触に思わず目尻を下げると、カウンターで頬杖をついたヒルダと目が合った。ヒルダは金色の瞳を半目にして見つめていた。動かないビスクドールそのものの容姿は結構迫力がある。ちょっと、酔いが引いた。

「さ、さーて、そろそろお昼もまわったことだし、お出かけしっよっかなっと」

 蔵人はわざとらしく咳払いすると、椅子から立ち上がった。

 レイシーはあからさまに名残惜しそうな顔をすると唇を尖らせた。

「えー、そんなー。いいでしょ、もっとここにいようよー」

 レイシーは小首をかしげて、「ねっ」、といって媚びるように懇願した。

「レイシーくん。男の旅立ちを邪魔してはいけない。……また、夜に顔出すから」

「つまんないよう」

 ブー垂れるレイシーをよそにスイングドアを開けて店を出ようとしたところで後方から腰に抱きつかれた。紺色の修道服が視界の端で揺れている。ヒルダだった。

「おい、どうしたんだよ。これじゃ、歩きにくいんですけど」

 ヒルダは蔵人の腰のあたりに顔を埋めると、両手をまわして顔を左右に振ってイヤイヤをした。まるで聞き分けの悪い幼児である。

「ダメです。クランドさん、今日はどこにもいかせませんよ。……それでも、行くっていうんなら、この私の屍を越えていったらいいじゃないですか!」

 さすがの蔵人も困惑した。

 意味がわからない。

「……この私の屍を越えていったらいいじゃない!?」

「いや、待て。なぜ、いい直した。しかも疑問形!」

「とにかく、最近のクランドさんは不審な点が多いのです。なので、私は今日はひっつき虫になることにしました」

「いや、ぜんぜんわからないからな」

「あー、ずるいんだー、あたしも」

 レイシーも便乗して両手を広げて抱きついてこようとする。右手を上げて制止した。

「いや、レイシーもこのアホに付き合わなくていいから。おい、頼むからはなしてくれよ。いくら俺がいとしいからって、縛ることは出来ないんだぜ? ……マジで、前みたいなのは勘弁してくださいね」

 蔵人は椅子に縛り付けられたことを思いだし苦笑いをする。

 今となってもたいしていい思い出には昇華されてはいない。

「いまの私は、ヒルダ改め、ヒッツキガルド・フォン・シュポンハイムです。なので、そういうフザけた戯言には聞く耳持たないのです。虫ですし」

「あー、とりあえず、レイシー。こいつをなんとかしてくれ」

 蔵人はレイシーにヒルダを引き剥がさせると街に出た。

 向かうは、ポルディナの待つ下宿である。

 メリアンデールとの冒険を終えたあと、蔵人は三日ほど銀馬車亭に滞在していた。

 無論、気分がくさくさしていたので、思う存分酒を飲みまくりたいということもあったが、思ったよりも体力の消耗が激しかったので、精力をつけるには専門の薬種問屋の近い銀馬車亭の方が都合が良かったのである。

(あー、もうずっと帰っていなかったから、ポルディナのやつ心配してるよな、たぶん)

 自然と顔がニヤつきはじめる。手櫛でサッと前髪を撫でつけた。

 通りを歩いていた婦人が子どもの手を引いて物陰に慌てて隠れた。

「失敬な、これだから異世界人は」

 ともあれ、久々の帰宅である。

 あいも変わらず腐りかけた手すりをなるべく触らないようにして二階へ登る。

 予想通り、蔵人の忠実な下僕の姿はそこにあった。

 足音を聞いて待ち構えていたのか、ポルディナは蔵人の姿を認めるとパタパタ音を立てて走り寄ってきた。胸元に飛びこもうとして、いま一歩のところで自制を見せた。

 彼女は抱きつくことを無礼と考えたのか、くちびるを噛み締めて眉を八の字に歪ませて我慢している。

 だが、戦狼族(ウェアウルフ)特有の犬耳は、ペタっと後ろにくっついて垂れ下がり、ふさふさしたしっぽは千切れんばかりに、左右に振られていた。

 いつも以上の大きな振りである。ワールドクラス並だ、と蔵人は思った。

 サッと両手を前に開き飛びこみやすい態勢を取る。

 激しい飛びつき衝動に苦悶し、ポルディナの整った顔が奇妙に歪んだ。

(その欲望を開放するんだ! 我が下僕よ!)

「我慢せずに、さあ。……ただいま、ポル」

「――っ! お帰りなさいませ、ご主人さまっ!!」

 ポルディナは感極まった声で胸元にバフっと飛び込むと、鼻先を胸板にこすりつけて、くふんくふん、と幼犬のような甘え声を出した。栗色の髪をわしわしと、強めになでてやる。ポルディナの擦りつき力がアップした。

「なんだ、まるで赤ちゃんだな、ポルは。よしよし、さびしかったか」

「さびしかったです、とても」

 ポルディナは黒々とした瞳を潤ませて、上目遣いでジッと見つめてくる。

 これにはたまらんですたい。

(……っ! さすがにこれは来るな。あああーっ、するぞっ。今日はなんもかんも忘れてベッドでもふもふして、クリクリして、ぬっこぬこして、一晩中棒を出し入れして、ぎゅっと抱きしめながら繋がったまま熟睡してやるんだっ!)

 強い決意を胸に玄関へと向かう。熱っぽい頭で扉を開けると、扉の横には湯を張った木桶が置いてあった。

 ポルディナは躊躇なく跪くと蔵人のブーツを脱がし、ウールの靴下をくるくると巻き取って汚れた素足を清めはじめた。柔らかなタオルに湯を浸して足の指の股の一本一本まで丁寧に拭っていく。

「おおふっ」

 きめ細やかな指使いの気持ちよさに声が漏れた。

 ポルディナは満足げに上品な笑みを浮かべたまま作業をこなしていく。

 それは、通り一遍のものではなく確かに強い愛情を感じることのできるものであった。

 レイシーでもさすがにここまではしてはくれない。奴隷さまさまである。

 蔵人は室内履きで居間に向かうと、ソファに腰を沈め深く息を吐いた。

 狙ったように、茶と焼き菓子が運ばれてくる。砂糖をふんだんに使った茶が痺れるように全身に染み渡る。焼き菓子の方も、作りたてを買ってきたのか、独特の香ばしさが食欲をそそった。

 現代日本に比べれば甘味自体は弱い部類でどちらかといえば、素朴な味わいである。

 だが、目の前で「喜んでくれるかな」オーラを放射しまくるポルディナを見ているだけで、全身が多幸感で包まれていくのだった。そっと手を伸ばして、頭をモフモフする。ポルディナのキツめな瞳がふにゃっと和らいだ。

「さて」

 蔵人はこれからどうしようかなと思案に耽った。

 もちろんダンジョン攻略は続けるつもりであるが、唯一地図読みに長けた相棒とはあんな結末になってしまった。

「代替案を出さなければならないが」

 ポルディナはさりげなく背後に控え、命令を待っている。メイドの鑑ともいえるさりげなさだった。

 蔵人が視線を向けると、わずかだがうれしそうに目尻を下げる。

 微笑みをたたえていた彼女がわずかに目元を釣り上げたのを見逃さなかった。

「どうした」

「いえ、外の気配が。何者かが、周囲を覗っているようです。女性ですね。歳は若く、小柄です。武芸の嗜みはないようですね。歩幅がかなりゆったりしています。かなり、上流階級の生まれでしょう」

「そこまでわかんの?」

「はい。私の耳はかなり遠くまで聞こえますので。おそらく対象は女性でしょう。……排除しますか?」

「いやいや、待て待て。そいつは、ここから近くに来てるのか」

 ポルディナは目を閉じると神経を張り巡らせ、足音に集中しだした。ゆっくりと窓際に歩み寄ると、戸を動かす。小鼻を蠢かすと表の様子を探っている様子を見せる。

 それから、思い立ったように蔵人をジッと見つめると困ったような顔をした。

「あの、前言を撤回します。おそらくは、ご主人さまの知人かと」

「えっ、俺の知ってるやつなの」

「間違いはないかと。その、ご主人さまの衣服に同じ残り香が」

(匂いでわかるのかよ。さすが、わんこ族よ)

 蔵人は窓際に近寄ると壁に身体をぴったりと寄せて視線を外に向ける。

 そこには、かなり不審な動きで通りの物陰から物陰へと小刻みに移動する小柄な人物の姿が目に入った。

 紺色のローブがちらちらと見え隠れしている。

 どう見てもヒルダの姿であった。

「あいつ、つけてきやがったのか」

 蔵人は顎の無精髭を無意識に擦ると目を伏せて舌打ちをした。ローテーブルにあるカップを立ったまま取ると一息に空け、ポルディナに向き直る。黒真珠のような瞳を直視して告げた。

「えー、発表します。今日限りを持ちまして、我々はこのアジトを放棄します」

「放棄」

 ポルディナは目を皿のようにすると口元に手を当て、しっぽをピンとまっすぐに立てた。

 蔵人はポルディナを連れてロムレス大聖堂に向かった。






 以前会ったコルドゥラというシスターを見つけ訪問の意を伝える。彼女はあからさまに不快な意を示しながらも蔵人を応接室に招き入れた。

 蔵人が室内を戯れながら聖人の像と壷をみっつほど壊したところでマルコはようやく到着した。おそらくは、若い女が訪ねてきたとコルドゥラが情報を改竄して呼び寄せたのだろうかマルコはかなりキッチリとした身だしなみで現れた。

 彼は入室してポルディナを目に入れると相好を崩す。

 しかし、蔵人の姿が目に入った途端、いきなりベソ面になった。

 実にわかりやすかった。

「というわけだ。おっさん、よろしく頼むわ」

 蔵人は挨拶もそこそこに用件を述べた。殊勝に頭を下げると、背後に立っていたポルディナも深々と頭を下げる。マルコは激しく困惑した。

「……いえいえいえいえ、いきなりというわけだ、と申されましても、拙僧も困惑しきりなのですが」

「なんだ、案外物わかり悪いんだな。よしよし、じゃあかいつまんで説明してやろう。ありがたく聞けよな。俺もいつまでも借家暮らしっていうのもなんだから、そろそろ家のひとつも買おうと思ったわけだ。しかし、ツテがない。困った、どうしよう! ……そこで顔の広そうなアンタに頼みにきたってわけだ!」

「えーと、とりあえず、クランド殿の趣旨は理解できたのですけど、それって全然人にものを頼む態度じゃないですよねえ!」

「えー、細かいこと気にするなって。おっさんも伊達にハゲてるわけじゃねえ、つまりは蓄積された人間力が多分にあるってとこを俺らに見せつけてくれよ、な!!」

「べべべべ、別に拙僧ハゲてないし! これ教義のためにかぶってるだけで、本当は頭髪ドふさで洗髪のたびに、髪ウザッ、って思ってるし。超モッサリ系だし!」

「そうか、まあそういうことにしておこうかい」

「そういうこともなにもすべて厳然たる事実なんですけど。ところで、んんん。えへんっ、えへんん、んんっ」

 マルコはいきなり口元に手を当て咳払いをすると、ポルディナに向かって流し目をくれた。気づいているのかいないのか、ポルディナの表情には微塵の変化もない。

 ふふ、照れちゃって、などと看過できないマルコのつぶやきが耳に入った。

 困った中年であった。

「どうしたいきなり咳払いなんかしちゃったりして。のど飴いる?」

 蔵人はのど飴を取り出すとマルコに差し出した。

 ずっと袋に入れておいたのか、それは劣化して溶けはじめていた。

 マルコは脛を蹴られ痛みを我慢しているような、引きつった顔をした。

「それは貰いますが。ドゥフフフ」

 マルコは気持ち悪い笑みを浮かべると鼻息を荒くし、ポルディナの全身を舐めまわすように視姦した。彼女は人形のように立ち尽くしたまま蔵人が菓子包みを破る手つきを注視している。主のこと以外は一切気にも留めない様子だ。

「ねえ、そろそろクランド殿の後ろにいるお嬢さんを紹介してくれませんかねェ。拙僧、メチャタイプなんで、仲良くおしゃべりしたいなぁ、もしくはおしゃべりじゃなくて、個人的にも仲良くなりたいなぁ、なんて」

「んんん、ああ。こいつね」

 マルコの邪心は実にわかりやすいものだった。

 ここで、ポルディナを自分の肉奴隷で毎晩思うさまかわいがってます、などと伝えればヘソを曲げかねないだろう。格安の家を見つけなければ困る。

(まだ、ヒルダやレイシーにポルのことを知られんのはまずいんだよ。もっとあいつらを骨抜きにして、俺なしじゃ夜も日も暮れぬレベルにしてから、なし崩し的にハーレムを認めさせないとっ)

 女の敵の思考回路であった。

 無意味だが敢えて可能性を残す方向で紹介をしよう、と蔵人は瞬時に自家製コンピュータで冷徹な判断を下した。出来る男の面目躍如である。

 蔵人がどのように紹介するか最初の言葉をいい澱んでいると、マルコはポルディナにイイ顔をしたいのか、つけ焼刃のフェミニストを装った。

 ソファから立ち上がると、佇立したままのポルディナに歩み寄り、ペラペラとしゃべりだす。教会の説法で鍛えているのか、中々いい声をしていた。

「こいつとは、なんとまあご婦人を遇する礼儀を知らぬ若人よ。お嬢さん、殿方の前でソファにかけないのは、膝頭を不用意にさらさないレディの嗜みですね。このマルコ、大変感じ入りましたよ」

 マルコは自分の都合のいいように解釈し、少女を褒め称えた。

 もっとも、ポルディナは奴隷なので蔵人が命令しない限りは勝手に座ったりなどはしないだけである。

 マルコがどさくさにまぎれて手を握ろうとするが、ポルディナはさっと身を引いてかわした。静まりかえった湖面のように無表情である。

 マルコは下唇を捻じ曲げて悲しみを露わにした。

「んん、拙僧はシルバーヴィラゴ司教でマルコと申します。クランド殿とは古くからの友人でね。まあ、困ったことがあったなら、なんでもいってください。拙僧はこの男とは違って大変頼りになる男ですぞ。あと、一応独身です」

 この時点で、マルコはふたつ大嘘をついていた。蔵人とは古くからの友人でもないし、彼は歴とした妻帯者で妾も教区に四人も囲っていた。坊主とは古来より誰よりも強欲な生き物の総称である。

「おい、なぜさりげにアピールしたし」

「ははは。それは拙僧の隣の席はいつでもフリーということをお伝えしたかっただけで他意はないのですよ。ただ、この席を温めたいというのならば、それはもう、お嬢さんの心がけひとつということですよ」

 マルコはポルディナの前に立つと、ぐいと首を伸ばす。

 少女はあからさまに、顔近っ、と身をすくめた。

「ははっ。今日はまた一段と気持ち悪いなっ!」

「おいいいっ、なんてこというんですかっ! 気持ち悪くないですよ、むしろナイスミドルで、男の熟年した渋みがにじみ出てるとゆーかっ」

「出涸らしの凝り固まったタンニンみたいだな。茶渋だ。んで、この娘はな、ええと」

 蔵人はポルディナに向かってウインクをすると、自分の指を胸にトンと当てた。

 名前だけを告げろという指示である。

 意を汲みとったメイドは涼やかな声を出し、目を伏せて頭を下げた。

「ポルディナと申します。以後お見知りおきを」

「おおうふ! ポルディナ、ポルディナですか。んんん、いい名前ですね。実にあなたに似つかわしい高貴な名前だ」

「彼女は俺のメイドなんだ。実に良くしてくれているよ」

 とりあえず嘘ではない。マルコは臨時雇いの家政婦として認識したようだ。

「ほおおう。クランド殿のメイド! それはそれは、結構なことで。……話は変わりますが、拙僧は近頃実に業務が多忙を極めており、優良な秘書兼お手伝いさんを探しておるのですよ。あっは、拙僧司教だから! 百万都市を束ねる大教区を持つ極めて重要な地位を持つ司教だから! ああぁん。誰かいないかなァ。拙僧の元でお仕事を手伝ってくれる、十五、六歳くらいの美しくて有能で、綺麗な栗色の髪と黒目のを持つ戦狼族(ウェアウルフ)の娘さんとか!」

「気持ち悪ッ」

「ハッ、この熟年の渋みは若造のクランド殿にはわかりますまいっ」

「わかってたまるかよ」

 マルコは酔ったように頬を上気させながら、チラチラっとポルディナの反応をうかがっている。ときおり勝ち誇ったかのように蔵人を見下した視線をしているが、肝心のポルディナは人形のように凍りついたままなんの反応も見せなかった。

(マズいな。このままじゃ、おっさんが道化すぎる。我に返るまえに話を進めないと)

「おっさん、秘書とかメイドの話はまたあとでゆっくり話せばいいじゃないか、な! いまはそれより、俺の家の相談に乗ってくれよ。な! ポルディナも頼りがいのある男の方が好みだろ!」

 蔵人はポルディナの下腹を肘でちょんちょんつつくと話に乗っかるよう促した。

「ソウデスネ、タヨリガイノアルダンセイハ、ステキデス」

(なんたる棒読み)

「えー、そうですかぁ。しょうがないですなぁ、ようし、ここはひとつポルディナちゃんのためにも男の格の違いを見せつけるために権力乱用しちゃおっかなぁ! 司教ですし!拙僧このくらいのことは朝飯前ですし! ですし、ですし!!」

「うるっせ」

 マルコは鼻歌混じりで部屋を出ると駆け出していった。蔵人はソファから立ち上がるとポルディナに近づき、柔らかい髪質の頭部を撫でる。彼女はくすぐったそうに目を細めると、わふんと小さく声を漏らした。






 結論からいうとマルコの紹介してくれた不動産屋は目を見張る大邸宅を紹介してくれた。

「昼頼んで夕方とはさすがにたまげたな」

 白を基調とした屋敷は中心街から離れた場所に建てられていた。周囲には、木々が多く生い茂り、隣接した家も無いことから貴族の別邸だろうと推察できた。

 ぐるりと周りをこ囲む塀を見上げながら頑丈な門をくぐり抜けると正面玄関の前に出た。

 後ろをついて歩くポルディナもさすがに動揺を隠しきれず、目をまん丸にしている。

 常に冷静な彼女の驚き顔が日に二度も見れるなどは滅多にあることではなかった。

 近寄ってみると柱や漆喰は新品同様で造られて間もないことを示している。

 無意識に感嘆の声が漏れた。

「これが二百万(ポンドル)とは、ちょっと信じられないな」

「いやあ、こちらも上を説き伏せるのに苦労しましたよー。しかし、司教さまの口利きとあっちゃあ、嫌とはいえませんよ。敬虔なロムレス信徒としては」

 ネズミっぽい顔をした不動産屋はペラペラと屋敷の外観の良さや、建てて数年しか経っていないこと、部屋数の良さや景観のすばらしさを強調した。

 蔵人はポルディナを引き連れ屋敷の中の隅々を歩き回る。調度品は前に住んでいた貴族がそのまま残していったとのことで今日からも住めそうだった。

 ポルディナは台所で水周りを丹念に調べている。当初の驚きは影を潜め、表情はいつものクールさを保っていたが、盛んに左右に振られるしっぽの勢いが喜びを強く指し示していた。

「ポルディナ」

 蔵人が呼びかけると、少女は忠犬よろしく小走りに駆けてきてそばに控える。

「お呼びでしょうか、ご主人さま」

「なあ、この家に気に入ったか」

「いえ、私は奴隷ですから、ご主人さまの良いようにしてくださいませ」

 口調も至極落ち着いているし、顔つきに目立った変化はない。

 ただ、しっぽの振りは期待値を示すようにブンブンと風を巻いて左右に動いていた。

「そんじゃ、やめよっかな」

 ポルディナの表情は変わらないが、しっぽは動きを停止させると、くたんと目に見えてしおれた。悲しいよう、と心の声が聞こえた。

「あはは、うそうそ。この屋敷に決めよう」

 ポルディナの犬耳はぴん、と垂直に立って、しっぽも再び大きくブンブンと左右に振られだす。実に喜怒哀楽のわかりやすい女だった。

「もう。ご主人さまはいじわるですよ」

「あはは。悪い悪い、ついおまえがかわいいからいじめたくなっただけだ」

「お戯れを」

「すねるなよな。ほら、こっちこい。抱っこしてやるから」

 蔵人はポルディナを胸に引き寄せるとぎゅっと抱きしめた。少女はひかえめに主を抱き返すと、楽しそうに目を閉じて身体を預けてくる。ポルディナの身体はやわらかい感触とお日さまの匂いがした。

「屋敷も広くなるし、掃除とか大変になるかもしれんが、これからもよろしく頼むな」

「家のことはすべてこの私にお任せ下さい」

「かわいいな、おまえは。まったく。こうされんのは好きか?」

「ん。ぎゅっとされるの、好きです」

 蔵人たちがイチャイチャするのを見ながら不動産屋は大きくあくびを一つした。それから彼は契約書を取り出すと、ゆったりとした足取りでふたりに歩み寄った。






 その夜、蔵人は銀馬車亭で酒を引っかけると購入して自分のものとなった自宅に戻った。

 不動産屋曰く、この邸宅はかつてとある貴族の娘が療養のため数年暮らしていたため、業界では通称姫屋敷と呼ばれていた。

「うーん。ついに、俺も一国一城のあるじか」

(白一色の作りといい、庭の造作といい、お姫さまの好きそうな、こ洒落(じゃれ)たつくりだよなぁ、まったく)

 だが、多分に夢見がちな年頃のポルディナの反応は上々である。蔵人個人としても、重々しい造作の屋敷よりも、いかにも絵本に出てくるようなロマンティックな邸宅の方がそれらしくて好みだった。

「ああ、そうか。この屋敷のつくりって、アレっぽいよなぁ。だから、妙に興奮するんだ」

 蔵人がいうアレとは、駅の近くや、あらゆる高速道路インター付近に密集している特殊休憩所のことであった。この男の脳内も、たいがい残念なものだった。

 深夜近くにも関わらずポルディナは玄関先で健気にも主人の帰りを待っていた。

「ただいま、ポルディナ」

「お帰りなさいませ、ご主人さま」

 洗練された動作できちんと一礼をし、汚れをすすぎ終えると、主から渡された外套と長剣を受け取る。この姫屋敷には特筆すべき利点がもうひとつあった。

 天然温泉の存在である。

 地質的に源泉が湧いているおかげで、珍しく内風呂が設えてあった。庭先には少し手を入れれば岩風呂が楽しめるようにあらかたの設備は整っていた。この場所に貴族が屋敷を建てたのも湯治の必要性があったのであろう。日本人は世界でも屈指の風呂好きである。

「だが、今日はチト飲みすぎた」

 飲みすぎた状態で風呂に入るのは危険である。

 いや、蔵人自体はそんなことは気にも留めないのだが、無理やり入ろうとするとポルディナが悲しそうな目をして無言で見つめてくるのである。風呂には入れないのは残念であったが、今日からはいつでも好きなときに湯につかることができるのである。

 蔵人は屋敷の中で一番豪奢な部屋を自分の居室と決めており、用意された新品のシーツに飛びこんだ。

 しばらくすると、メイド服から官能的なベビードールに着替えたポルディナがおずおずと寝台に潜りこんできた。

 もちろん、夜の相手をするためである。

 蔵人はポルディナを組み敷くとかわいがりを開始する。

 だが、今夜はどうも酔いが回りすぎて上手くことを運ぶことが出来そうもない。

「悪い、寝る。酔いがまださめねえや……続きは、起きたら」

「承知しました。おやすみなさいませ」

 男としてはいささか格好のつかないハメに陥ったが、ポルディナは不満ひとつなく主を豊満な胸に抱きしめると、まるで母親が子どもと添い寝するようにやさしく包み込んだ。

 変化は数時間後、真夜中に起こった。






「んんん、あむン?」

 蔵人は自分の高いびきのうるささの余り目を覚ました。とろんとした目つきで目蓋をこすり、隣で安らかな寝息を立てているポルディナをジッと見つめた。

 窓から入りこむ月明かりによって少女の豊かな胸が規則正しく上下するのを見て、ムラムラと欲心が沸き起こっていく。股間が徐々に硬くなっていった。

(やべえ、ヤりてええ。でも、疲れて寝入ってるだろうし、起こすのもかわいそうだな)

 ポルディナは逃げない。これからも、生ある限り己のそばにあり続けるのだ。

 蔵人は股間の息子によくいい聞かせると、枕元の水差しをとって喉を湿した。

 勢いよく多量の水分を摂取すると、眠っていた尿意が目覚めはじめた。

 ポルディナを起こさないように寝台を抜け出すとそっと扉を開けてトイレに向かった。

 中をひととおり見回ったとはいえ、細部にまで通じているとはいえない。

「確かトイレはつきあたりにあったよな」

 おぼろげな記憶のまま暗い廊下を歩いていく。やっぱり電灯設備がないと夜は不便だよなぁとぼんやり考えていると、どこからか小さななにかを引っかくような異音が生じた。

「なんだ、気のせいかな」

 蔵人は立ち止まると、そっと耳を澄ませた。

 別段、家の中まで帯剣しているわけではない。全身に緊張感が走る。背中にポツポツと冷や汗が浮き出てくる。得物をとりに部屋に戻ろうかと思った瞬間、どこからともなく、確かにすすり泣くような女の泣き声が聞こえた。

「ああ、やっぱ激安なのは、そういうおまけつきだからなんだな」

 蔵人は突如として大悟すると、すすり泣きの正体を確かめるため、音の発信源へとゆっくり近づいていくのであった。






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