Lv63「オルタナティブ」
蔵人の耳へ飛び込んできたのは、異様な音だった。
迷いを吹き飛ばすように力いっぱい入口をめくり上げた。
瞬間、目に映った光景が信じられなく、脳が激しい拒否反応を示す。
身体は凍りついたようにその場に固着し、思考停止状態に陥った。
そこには四人の男とひとりのよく見知った女が一糸纏わぬ姿で絡みあっていた。
「嘘だろ」
明るいブラウンの髪とウルトラマリンブルーの瞳が大写しに迫ってくる。
「メリアンデール」
蔵人の意識は硬質な音を響かせ粉々に砕け散った。
男の野太い声が響いた。
天井と四隅に置かれたカンテラの光で中は真昼のように照らされていた。
むわっとした獣のような生臭さが鼻を横殴りにする。
独特の熱気を浴びせられ、額にぶわっと脂汗がにじんだ。
室内は意外とゆったりとした空間である。
中央部に仰向けに据えられた女へと自然に視線が吸い寄せられた。
凍りついたまま、肉塊の挙動に視線をそそぐ。
蔵人は男たちの動きが停止すると同時に、ひとつの結論に達していた。
違う、と。
確実にいえる。
目の前の女は、声も姿もメリアンデールに酷似しているが、まったくの別人だ。
そうでなければ、最初の瞬間でとっくに男たちすべてを斬り捨てていただろう。
冷静に見れば声や顔貌はうりふたつだが、女の全身には常習的に受けていた虐待の痕跡が無数に残っていた。風呂場で半裸になったメリアンデールの背中や脇腹を見たが、これほど多数の痣や傷跡はなかった。つけ加えていうとメリアンデールの肉体に比べれば腰周りや臀部、腿や足首がはるかに引き締まっている。それらは日常的に身体を酷使する者に見られる鍛え上げた筋肉のつき方だった。
キリシマやボリスの忠告を思い出す。
彼らは、この天幕の中で行われていることを知っていた。
知っていて止めたのだ。
蔵人は途方もない悪意の存在を感じた。
情動を抑えよ。
いまはまだすべてを終わらせるときではない。
この悪意の存在を確かめるまでは、暴発は許されない。
メリアンデールに似た少女は顔面を精液で汚しながら、ふと虚しげな表情を見せた。
先ほどの狂乱からは似つかない、儚げなものだった。自然、か細いつぶやきが漏れた。
「おまえはいったい、誰なんだ」
「知りたいですか」
声の主。確かめる必要もないくらい如実だった。
蔵人はゆっくり振り返るとフルカネリの顔へと視線を向ける。
なんの屈託もない、澄ましきった笑顔だった。
「おやおや。僕の耳には確かにその女が誰だか知りたいといったように聞こえたのですが」
フルカネリの存在に気づいた男たちが、さっと女から離れた。
蔵人の存在に気づきながらも行為をやめようとしなかった男たちがだ。
「ああ。間違いないよ。フルカネリ、教えてくれ。その中にいる、おまえの姉そっくりの女はいったい誰なんだ?」
「う、うふふ」
フルカネリはさもおかしそうに笑い出すと、片手で自分の目元を覆いながら中へと踏み入っていった。汚れきった少女の肩を抱くとぐいと引き寄せ、額にキスをする。彼は腰袋から取りだした銀製の首輪を取りだすと女の首に、かちりと嵌めた。
「傑作でしょう。それではご紹介しましょうか、彼女はリース。この隊の歴としたメンバーで、男たちの女神的存在。僕の購入した性交奴隷です。ちなみに、君も顔は合わせているはずですよ。あのようにマスクをしていたら少しわかりにくいかもしれませんがね」
蔵人の脳裏にモンクの女性たちの姿が浮かんだ。確かにあれでは、背丈程度しかわからない。自分の間抜けさに気づき、激しく歯噛みした。
「おい、ちょっとツラ貸してもらうぜ」
蔵人はフルカネリを手招きすると、もはや忌まわしさしかないテントから離れた場所に移動した。視界の端で男たちが女の手首を取ったのが見えた。意識的に足早になる。
「別にここでもいいじゃなですか。ほら、彼らもきっと気にしませんよ」
「うるせえよ。黙ってついてこい」
宴席ではいまだ酒盛りが続いているのだろう。
談笑する大きな声が途切れ途切れに聞こえてきた。
蔵人はぶつけ所のない怒りを胸の奥で噛み殺す。
大きく息を吐いて、先ほどの光景を頭の奥に押しやった。
まるっきりの別人とわかっていても、怒りが収まらないのだ。
髪を掻きむしりながら手近な岩に腰を下ろし、足元にランタンを据えた。
ぼうっとした淡い光がフルカネリの涼やかな目元を映し出す。
気づけば無言のまま、殺気を孕んだ視線を浴びせていた。
「ああ。いいですねぇ、その顔。クランド、是非ともその顔を見たかった。貴方のような野卑でなんの取り柄もない男を仲間に引き入れたのは、その顔を見たかったからなんだ。僕の大切な姉、いとしいメリアンデールにつきまとう腐った卑しい小蝿の怒りに満ちたせつない顔をね」
「おい。まあ、いいや。自分の家族に俺みたいなロクデナシがまとわりついてたら誰だってそう思うだろうからな。んで、その話は脇に置いておくとして。さっきの奴隷女の話だ」
「なんですか? ああ、使いたいならご自由に。特に止めたりしませんよ。そのほうが、僕のメンバーたちと、もっと仲良くなれる」
穴兄弟としてね。
脳の回線がまとめて数本焼き切れた。
「茶化すな!」
「おお。なにを怒っているんですか。まさか、君、童貞ってわけでもないですよねえ。はは。ま、商売女くらいしか知らないなら僕のメリアンに対して勘違いしてもしょうがないか。なにしろ、彼女ほど美しくやさしい女性は地上にはいませんからね」
「そんな話はどうでもいい。いいか? こんな穴ぐらにずっと篭ってちゃ、女でも抱かなきゃやってられないってのはよくわかる。さっきの女。リースがおまえの奴隷ってことなら、パーティーの男どもにオモチャにさせようがなにしようが俺の口出すことじゃねえことくらい理解してるさ。けど、これだけは答えてくれ。なぜなんだ」
「なぜとは?」
「なぜ、よりにもよってわざわざ実の姉とそっくりの性交奴隷を買ってくる必要があるんだ。リースの存在を知れば、メリーがどんな気持ちになるのかおまえは考えなかったのかよ!!」
「ええ、考えました。これ以上なく熟考しました。その上で、リースを買ったのです」
「なんだそりゃ。ま、ここまで露骨にされりゃまるわかりだ。重度のシスコン野郎が。おまえだろ? チクチクとメリーのとこへあんなバケモン送って脅しくれてたのは」
蔵人はフルカネリに対してクレイゴーレムや土くれ犬の件を持ち出したが、フルカネリはいいがかりをつけられた人間のように眉をしかめるばかりだった。
「バケモノ? いやぁ、まったく僕の感知するところではないですね。君の思い違いではないのですかな」
「ノウノウとシラを切りやがって。おまえ、おかしいぜ。わざわざそっくりな女を買ってきたってことは、少なからずリースって娘を気に入ったからじゃねえのか? それに自分の姉そっくりな女を他の男どものオモチャにさせてなんとも思わねえのかよ」
「思いませんよ。そもそも、リースをこのパーティーの共有物にしたのは、僕が抱き飽きたからですから」
「は? いや、ちょっと俺の耳の調子がおかしくなったのかな。いま、ありえないことを聞いちまった。もう一度いってくれや。いま、なんていったんだ」
「血の巡りの悪い人だ。リースは僕が抱き飽きたから、皆で使うように勧めたんですよ」
フルカネリの目が、闇の中でギラギラとランタンの光を反射してきらめいていた。
「おまえは、実の姉そっくりな女を抱いていたのか? そんな……」
「ええ。最初は楽しかったですよ。けど、ひととおり調教し終えると、なんというかつまらなくなりましたね。リースはなんでもいうことを聞くんですよ。それこそ、足の裏でもなんでも、ふやけるほど舐めろといえば何時間でもぶっ通しで舐めますよ。イヤな顔ひとつせずにね。でも、それじゃあ従順すぎてつまらないんですよ。やはり、偽物は所詮偽物でしかないのです。だから、もう僕は本物じゃなければ我慢できなくなったんです。本物でなければ」
蔵人は本能的に身を引くと、顔を歪ませてつぶやきを漏らした。
「……狂ってる」
考えてみれば、彼女がフルカネリに再開した直後の脅えようはいうに及ばずだった。
実の姉そっくりの性交奴隷を情欲のはけ口にし、あまつさえそのお下がりを道具のように他の男たちに与えるなど、蔵人の倫理観からすれば許容できないものだった。
「は! なにが狂っているのだかまるで理解できませんね。僕が抱いていたのはあくまでメリアンデールに酷似した別の女です。世間にもなんら非難される筋合いはない。いわば、愛の代償行為ですよ。いや、充分理解していますよ。世間さまの、ただ血の繋がりという瑣末な問題で、男女間の真実の愛を侮蔑し、貶める最低な習慣を! 姉が、メリアンデールが家を飛び出してから八方手を尽くして探しましたよ。彼女の居所を突きとめるのは難しかったが、不可能ではなかった。けれども、いざこうやって見つけてみると、きっかけ! 再開するタイミングのきっかけが実に難しい!!」
フルカネリは顔を真っ赤にして目を剥くと、語気も荒く支離滅裂な言葉を続けた。
近親相姦。
異様な執着心に目を見張りながら唾を飲み込んだ。
(だけど、これで簡単にこいつの行動原理が理解できた。世間一般の倫理観もフルカネリにしてみれば、どうだっていいことなんだ。こいつは、実の姉を女としてみている。どう理屈をつけたってそれだけのことで、とどのつまりメリアンデールとヤリてェだけなんだ。けど、それが簡単に上手くいかないから、代替物として、リースって女を使っていたんだ)
「おまえの事情なんてどうだっていいが、要するに家を出てった姉ちゃんにどんな顔して会えばいいかわからない。だから、毎晩メリーの家にクレイゴーレムを送って脅かして弱ったところへ颯爽と駆けつけてきっかけを作ろうとしたんだな」
「ふふ、だから知らないといったでしょう、それに関しては。ま、クランド。君には感謝していますよ。君のおかげで、僕とメリアンデールは運命的に再会を遂げることができた。あとは、端役の君に退場を願うだけなのですが」
「退場すんのはテメーだ。どう取り繕うおうと、おまえはメリーを自分のモノにしてえだけなんだろ」
「クランド。君はまったく僕のことを理解していない。僕がメリアンデールをさらって無理やりモノにするのは簡単だ。だが、なぜそれをしなかったかわかるかい? 僕が必要なのは彼女の身体だけではなく、心も欲しいからなのだよ。メリアンデールが肉親という垣根を飛び越えて僕を愛するようならなければ」
「ならなければ?」
「僕の子を孕み、慈しみ、育て続けることなど不可能じゃないか!」
「どうやら俺のセンサーは壊れちゃいなかったようだな。俺にとっちゃ、おまえが姉弟だろうが他人同士だろうがもう関係ねえこった。こうなりゃ、ひとりの女を争うただの男同士ってわけだ」
蔵人岩から立ち上がると外套をひるがえし、腰の長剣“黒獅子”に手をかけた。
たちまち周囲に殺気が立ちこめた。
「先に抜かせてやる。それとも、その腰のレイピアはハリボテか?」
「いやだな、クランド。僕はただの錬金術師。剣の腕なら君に叶うはずはないじゃないか。やりあったりするはずがないだろう」
「じゃあ、そのまま死ぬだけだ。あばよ、死体は適当に埋めてやらあ」
「脅し、ならやめたほうがいい」
「脅しじゃねえ」
「僕が死んだら、メリアンデールはきっと君を許さないよ」
「そんなことは」
「彼女が君のような無頼漢を安易に頼ったのはさびしさからだと気づかなかったのかい? それとも、君は自分が女性にモテるような二枚目だとでも勘違いしているんじゃないか。クランド、君がモンクの娘たちを追っかけまわしている間にメリアンデールの心はだいぶ僕に戻ってきたよ。そもそも僕とメリアンデールは愛しあっていたのだからね」
「嘘っぱちだ、そんなの」
「彼女が家を出た理由を一度たりとも君に打ち明けたのかい? かつて、僕らは愛しあっていたのだが、彼女はいまひとつつまらない常識というものに縛られていてね」
「嘘だ」
「嘘じゃないさ。それに、僕らはもう何度も愛しあっているんだ。彼女ははじめてを僕に捧げてくれたんだ」
「ありえねえぜ。この妄想野郎が」
「これが現実さ。けど、所詮は結ばれないと嘆き、普通の姉弟に戻ろうと言い捨てて、彼女は家を出ていった。なんという自己犠牲だろう。ああ、僕のメリアンデール。わかるかい? いまは、愛が成就されなくても、僕らが姉弟であることもまた事実なんだ。彼女の中では伴侶である僕と、彼女のいとおしい弟としての僕が混在している。そんな実の弟を殺してしまえば、彼女の性格なら君を許さないだろうよ」
「卑怯な予防線貼りやがって。この先どうするつもりなんだよ」
「僕はメリアンデールを必ず実家に連れ戻す」
「メリーを家に引き戻す? それから、どうするつもりだ。なにもかもなかったことにして、イイとこのボンボンにでも嫁にやるのか」
「はあああっ!? なんで、僕のメリアンデールを赤の他人棒の餌食にしなきゃならないんだ! ふざけるな、ふざけるな! 彼女はな、ずっと僕と暮らすんだよ! どこにも嫁になんかやらせないっ! 僕が家長になれば、そんなことは簡単なんだよっ。そのためにも今回の目的地である第七階層の龍脈へは絶対に到達しなきゃならないんだあっ! 秘術ぅううっ、誰にも成し得なかったエレウシウスの秘術を成功させてやるっ! クッソ、僕は落ちこぼれなんかなじゃないことを証明してやる! 僕は名門カルリエ家の長子で正当な後継者なんだああっ! カインのやつがあっ、僕からなにもかも奪いやがってぇええっ。弟のくせにいいっ! 僕が得るはずだった……栄誉……愛……すべてを……すべて……」
「なんだこいつ、キチってるぜ」
フルカネリはいきなり怒りを沸点に到達させると、意味の通らぬことを叫びだした。
両目はドロンと濁って中央に寄り、爪をかみながらブツブツとわけのわからぬ文言をつぶやきはじめる。典型的な異常者だった。そこには、はじめて会ったときに感じた好青年のカケラも見出すことはできなかった。
完全に破綻している。
それは崩れかけた彫像を見るような不気味さがあった。
(こらアカン。もうこのパーティーにいる意味はないな。斬る意味もない。メリーを連れて早々にずらかろうっと)
蔵人は虚空をにらみながら棒立ちになっているフルカネリをその場に残し、宴席に戻っていった。後方では意識を喪失したはずの狂人が、熱のこもった瞳でその背中をじっと見つめていた。
蔵人が宴席に戻ると場は混乱していた。
「おい、どうしたんだ!」
一同はひとりの女性を囲みながら声をかけている様子だった。
全員が蔵人を確認するといっせいに非難の視線を送ってくる。
それは根拠のない怒りではなく、自らを支える堅牢な正義を自覚した者が持つ確固たる強い信念を持ったものだった。
「おい、どうしたんだ、だってよ」
「ああ。そのツラ下げてよくいえるな」
「サイテー、です」
「ふざけんなよな、ダボが」
「仲間づらしやがって」
「おい。なんのことだよ。俺にはサッパリ」
蔵人が視線を落とすと、人垣の中心部には先ほどまで談笑していたモンクのユリエラの姿があった。
焚き火の明かりに照らし出された姿にぎょっとする。
彼女の僧衣は胸元を大きく切り裂かれ、裾は切り裂かれたようにボロボロになっている。
頭を顔を覆っていたウィンプルとマスクは剥ぎとられたように千切られており、長い金髪が乱れて切れ長の目が真っ赤に腫れていた。
「あああっ!!」
「ちょっ、どゆこと?」
ユリエラは蔵人の顔を見ると真っ青になり火がついたように泣き出した。
傍らのアリアンナにすがりつくと全身を震わせて嗚咽している。
「あああっ! クランドンがああっ!! わ、わたしをおおおっ! 離れた場所でっ、いきなりいいっ! いうこと聞けってっええっ! 変なモノを無理やりぃいいっ、口でしろってええっ! 静かにしないとおおっ! 殺してやるってぇええっ!!」
「許さない。ユリエラをこんな目にっ。あたしの親友をっ! このっ、卑劣漢っ!!」
アリアンナは怒りで瞳を真っ赤に燃え上がらせて語気強く叫んだ。
叫びが響くたびに、周囲の人々は義憤に駆られ威圧感を増した。
蔵人を見つめる周囲の視線の温度がぎゅんぎゅんと下降していく。
陰嚢がきゅっと締まり、喉がカラカラに乾いていった。
これはなんだか知らないが、ヤバイ予感がするっ!!
「あ」
視線をさまよわせるうちに、人垣の向こうでメリアンデールの姿を見つけた。
彼女はしっかりと衣服を身につけ、乱れた様子は毛ほどもなかった。
こんな状況だというのに、無性にほっとした。
メリアンデールとリースはまったくの別人なのである。
視線が交錯する。
知らず、自分を擁護するものを期待していたのだろう。
蔵人が彼女の瞳の中に見たものは、わずかな侮蔑と強い怒り、そして拒絶だった。
つかつかとメリアンデールは蔵人に歩み寄ると、頬を勢いよく張った。
ぱんっ、と乾いた音が鳴った。
「最低……」
「メリー」
「気安く呼ばないでください。見損ないました」
あるぇー? どういうことかな、この超展開は。
「違う、俺はやってねええええっ!! 信じてくれっ、メリー!」
メリアンデールの瞳に狼狽した色が見えた。
早まったことをしたという彼女の気持ち一発で見て取れた。
「え、え。でも、わたしだって、で、でも。フルカネリが」
周囲の輪がジリジリと縮まってくる。
いや、間違いなくハメられたっ! 最初っから、あの野郎こうなる手筈をっ!!
蔵人に近寄ろうとするメリアンデールを他のメンバーが制止している。
険悪だったわけでもないメンバーを片っ端から斬り殺すこともできなかった。
「おとなしくしろよ、このレイプ犯が」
「女の敵、です!」
「なんでこんなことしやがったんだ」
蔵人はここに至って、ようやく気づいたのだ。
自分だけが周到に用意された穴に頭から突っこんだという事実に。
「それでも俺はやってない」
不幸にも蔵人を救う弁護士のドリームチームは結成されなかった。
「ありえん、こんなの」
気づけば蔵人はユリエラを強姦した犯人として簀巻きにされていた。
パーティーは当然の如く強制離脱である。
唯一かばってくれるはずのメリアンデールも中核メンバーと共に移動していった。
半ば引きずられるようにだったが。
最後の呼びかけに対する反応から、蔵人に対する不信は百パーセントではなかった。
(メリアンデールに賭けるしかない。けど、俺がユリエラにしつこく、いいよってたのは事実だ。せめて、この縛めだけでもどうにか出来れば)
どうやら、第四階層の終着点にたどり着いた時点でギルドに移送され、王都から法律院に移送される手はずになっているらしい。この世界では聖職者を汚すことはかなり重い罪に当たるらしい。冤罪ここに極まれりである。
「んで、見張りはおまえか」
簀巻きにされた状態で目の前のモンクを見やった。
黒の僧衣にマスクを深くかぶって完全に個性を消していた。
パーティーが出発してからかなりの時間が経過したがひとことも口を利いていない。
フルカネリの奴隷、リースだった。
蔵人を拘束する縄は特殊な縛り方で手首を足を絡めとっており、力が入りにくいようになっている。少なくとも刃物なしでは脱出することは不可能であった。
「絶対に無駄ってわかっていて聞いてみるんだが。この縄を解いてくれるっていう奇跡が起こる可能性、アリかな?」
リースはスタッフを持ったまま微動だに動かない。
完全に周囲の背景と同一化していた。
「ああ、完全無視。そうですか、そういう方向でいくわけですか。残念だが、おまえさんたちは本気で俺を怒らせたいようだな。この、迷宮に君臨する王たる俺。すなわち、未来のダンジョンハーレムマスターをっ!! ふんぬううっ!!」
蔵人は持てる限りの力を両手首に込める。
怒声を発しながら岩壁を背に立ち上がると、額に青筋を浮かべて奥歯を強く噛み締めた。
「お、おお? なんだ、気が変わったのか?」
ふと見ると、リースがトテトテと無言のまま近寄ってくる。彼女はそっと指先を突き出すとイモムシ状態でかろうじて直立している蔵人の肩をそっと押した。
「どうあっ!?」
必然的にバランスを崩して無様に倒れ伏す。
蔵人は顔面から地面に顔を打ちつけると痛みに涙を浮かべた。
「なにしやがるんだっ!」
勢いよく顔を上げる。蔵人はリースを見てちょっと驚いた。
人形のようにすべてが無感情かと思われた少女の目元が楽しそうにゆるんでいる。
湖水の蒼を集めたような美しい瞳の輝きは、メリアンデールとなにひとつ変わらない無垢なものだった。
「おいおいおーい。なにをチョッカイ出しちゃってくれてるんですかねぇ、この変態レイプ野郎は。ああぁん?」
「そうそう、その女は俺ら専用の肉便器よ。勝手に使ってもらったら料金はいただかねえとなァ。ちなみに結構お高いぜ?」
下卑た男たちの声が聞こえると同時にリースの瞳から再び感情が消え失せた。
意志を失った人形のようにすべてが凍りついている。蔵人が顔を上げると、そこにはテントの中でリースを陵辱していた冒険者たちの顔があった。
「なあ。一応料金設定を聞いておこうか。ボッタクリなら訴えちゃうぜ」
「そうだな。さしあたって、おまえの命で購ってもらえと、フルカネリさんからのお達しだ。ちなみにツケ払いは許さねえ、とよ」
蔵人は唇を尖らせると、ヒュウと口笛を吹いた。




