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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第2章「迷宮都市シルバーヴィラゴ」
62/302

Lv62「亀裂」





 

「と、いうわけで、僕がメリアンデールの弟のフルカネリ・カルリエです」

 メリアンデールの弟フルカネリは改めて自己紹介すると、屈託のない笑顔を無防備にさらした。メリアンデールよりひとつ下の彼は、十五歳だった。

 フルカネリのクランは総勢二十人。

 純然たる冒険者として行動している最中、危機に陥った女性を見つけ助けに入ったということであった。

 蔵人も最初はメリアンデールの元カレかなにかなのではと勘ぐったが、こうして焚き火の前でまじまじ見つめると他人とはいいきれない共通点が多々あった。

 つまり、フルカネリが純粋な行為で救助に入ったのなら、キス程度であそこまで激昂する蔵人は異常だという結論に達する。

 久しぶりに会った姉弟ならば挨拶がわりにキスくらいかわすのがあたりまえだろう。

 だいたい、日本人は欧米の習慣であるキスを大仰に捉えすぎる節がある。

 日本人にとってはキスは性交の範疇に属するが、そこはもう文化の違いとしかいいようがなかった。

 現代世界でも、中東のアラブ系では挨拶がわりに髭を蓄えたおっさんどうしが、マウストゥマウスのキスを親愛をこめてかわしてときには舌まで入れたりするのである。

(思っていたよりも俺ってはるかに潔癖な性格だったのか……)

「気にしないでください。それぞれ民族によって習慣の違いというものがありますから。ね、メリアンデール」

 フルカネリの隣りに並んで座るメリアンデールは先ほどからひとことも口を利かなかった。うつむいたまま顔を伏せている。

 蔵人は久しぶりに弟に会えて照れているのだと思った。

 無理もない。知り合いに自分の家族を紹介するのはなんとなく気恥ずかしいものだ。

「おいメリー、どうしたんだよさっきから恥ずかしがって。なあ、弟くんよ」

「はは、メリアンデールは昔からこうなんですよ。知らない人がたくさんいる場所だと、ちょっと人見知りしてしまって。ねえ?」

 メリアンデールはようやく顔を上げると曖昧な笑顔を作って佇んでいる。フルカネリは特に気にした様子もなく蔵人に向き直った。

 しばし、とりとめもなく雑談をかわす。

 フルカネリは如才なく話を雑談から実務的なものに切り替えるとひとつの提案を出した。

「ところで、僕らはいまのところ、第七階層をひとつの区切りとして目指しているんですが。ここで、知りあえたのもなにかのご縁でしょう。どうでしょうか、クランドさえよければ、即席パーティーとしておつきあい願えませんでしょうか?」

「ああ、メリーの弟ならなにも問題ねえけどよ。なあ!」

「う、うん」

「なんだ。さっきっから、黙りこくって。もしかして、どっか怪我でもしたのか?」

「あ、あの! ……ううん、なんでもないよ」

「じゃあ、合流には賛成ってことで。ひとつ手打ちにしましょう」

「ああ! さっきは、いきなりぶん殴りそうになって悪かったよ。それと、メリーを助けてくれてありがとうな!」

「いえいえ。弟としては、姉を助けるのは当然のことですから」

 フルカネリが曇のない笑顔で微笑む。

 対照的に暗く俯いたメリアンデールの無口さが、妙に気になった蔵人だった。

 フルカネリのクランと蔵人たちは合流し、全員で二十二人のパーティになった。

 無論、第七階層まで限定の即席パーティーだ。

 蔵人ははじめて多人数に混じって行動したが、大所帯の方がなにかと便利だった。

 所詮、実質戦力がひとりのクランなど成り立たないのである。

 常に先導役のメリアンデールに気を配らなくてはならないし、女の足にあわせれば距離もそれほど稼げない。

 一方、フルカネリのパーティーは先導役(マッパー)に三人、攻撃役(アタッカー)に十人、防御役(ディフェンス)に五人、全体の補助に二人と実に余裕があった。

 フルカネリはご多分にもれず錬金術師で戦闘には加わらないが、主に全員のサポートにまわっている。

 歳が若いリーダーというものはとにもかくにも自己主張のため前に出たがるものだが、フルカネリはそういうタイプとはまるで違った。

 成果の見えにくい部署は誰もが率先してやりたがらないのだが、彼は全体をひとつの大きなまとまりで見ることができる人間であった。

 蔵人も一通りのパーティーメンバーと話したが、それほど精神の破綻している人間もおらず、最低限の意思疎通はできそうだった。

 もっとも、数人はどうしても気のあいそうにない奴がいたがそれは仕方のないことである。無理に話をあわせる必要もない、それなりに距離をとればいいだけの話だった。

 ひとつだけやけに目についたのは、フルカネリのメンバーの中でも特にガラの悪そうな数人はメリアンデールを見るたびになんともいえない表情をしていた。

 あからさまに侮蔑するのではなく、形容し難い笑いを無理やり噛み殺しているような、陰性のものだった。

 蔵人はどちらかといえば、防御役(ディフェンス)のメンバーと意思疎通をしたかったが、彼女たちは全員モンク(僧兵)であり深くウィンプルをかぶったまま口元を隠すようにきっちりマスクで覆っており、うつむいていた。仲良くしたい理由はひとつしかない。女だからである。実にわかりやすい行動原理だった。

 フルカネリ曰く、教義により無言の行に入っているとのことだった。宗教上の問題をとやかくいうのは後々まで尾を引くこととなる。努めて忘れたように振舞った。

「ま、なんにせよ、たくさんいるのはやっぱ楽だなー。わけまえもちゃんとくれるっていうし。やっぱ人は見た目で判断しちゃいけないよな。おまえの弟すごくいいやつじゃないか?」

 蔵人はパーティーが合流してからまったく元気を失ってしまったメリーに努めて話かけるが、彼女はずっと俯いたまま、深く沈み込んでいた。

「どうした、急に元気なくして。なあ、もしなんかあったらなんでも話してくれよ。俺はさ、一応おまえの相棒なんだからさ」

「は、あははっ。そんな、別に私はぜんぜん元気ですよーっ。心配めされるなっ! あはははっ」

「そか」

 あきらかに無理を装っている笑いであったが、蔵人はよしとした。空元気も出せないようでは、本当に参っている証拠だからである。口が利けて嘘でも笑顔を作れるのであれば、まだ「平気」だと思われるのだ。

 しかし、わからねえな。どうして、メリーのやつは急に落ちこみはじめたんだろう。

 ひとつ、蔵人とのふたりっきりの時間を邪魔されたので気が滅入っている。

 ふたつ、大勢知らない人と合流したことで、人見知りモードが爆発して己のインナースペースにひきこもりだした。

 みっつ、フルカネリは実は虫歯だったので感染るのを心配している。

 蔵人は咄嗟にみっつほど要因を上げて、すぐさま違うなと打ち消した。

 ともあれ、第三階層、第四階層と攻略のスピードは目を見張るほど早まった。

 すでに攻略済みの階層とはいえ、先導役(マッパー)の進行方向は微塵の隙もない的確なものだった。

 二十代後半と思われるふたりの男たちはかなり年季を積んだ冒険者だった。

 聞けば、彼らも期間を区切って雇われた口でその張りきりようから破格のギャラを受けとっていることらしい。

 だが、特筆すべきは、ふたりを統率する年配の男だった。

 無愛想なその男は、迷宮を見透かしているのではないかと思うほど洗練された進路をとってパーティーを牽引していた。

 蔵人ははじめて先導役(マッパー)の重要性を知る。

 時々、アメーバゲルやシビレマタンゴなど既知の雑魚が出現したが、特に蔵人が手を下さずとも、前衛の男たちが競って退治してくれる。

 蔵人はモンク(僧兵)の女たちが「えいっ」「とうっ」などと健気な声を上げ、重たげなスタッフを振るのを後ろからねっとりと見つめるだけでよかった。

「なはははっ! パーティー最高!」

 対照的にメリアンデールはどんどん元気をなくしていったが、ダンジョン攻略におけるあまりのイージーさ加減にそこまで気がまわらなかった。

 時折、フルカネリと彼女が深刻そうに話しこんでいるのを見かけていたが、蔵人はいかにしてモンク(僧兵)のメンバーと仲良くなるか必死で、フォローがおろそかになりつつあった。






 メンバーと合流して二日ほど経過した休息地点でそれは起きた。

「ふああああっ、とっと、と!」

 蔵人は筒先を振って雫を切ると、自慢の孝行息子を下穿きに仕舞い込んだ。

「うわっと! ふいぃ。危なく被弾するところだったぜ」

 蔵人は池になった排泄物が自分の右足にかかる寸前でさっとかわすと口笛を吹いた。今日は、少々飲みすぎたらしい。

 頭の中で、仲良くなったモンク(僧兵)のアリアンナとユリエラの身体を思い浮かべる。

(あああ、たまんねえ身体してるなあいつら。でもかなりガード硬いよな。これだけアタックしてようやく聞き出せたのは名前だけとか)

 改まって記述することもなかったが、蔵人は極度の巨乳フェチだった。

 時代遅れの大艦巨砲主義。

 大は小を兼ねる。

 男はすべからずデカ乳を揉め。

 千鳥足でふらつきながら、ふと、酒盛りの場にメリアンデールの姿がなかったことを思い出した。火をたっぷり焚いている宴会場からはなれていくつかのテントが張られていることに気づく。特に意識して足を向けたわけではなかった。攻撃役(アタッカー)の何人かが知らぬ間に席を外していたことを思い出す。

 よし、ここはひとつ無理やりテントから引っ張り出して、酒の飲み方を教えてやろうといらぬ気をまわしかけた直後だった。

「ふむ。だがどこにいるかはちょっとわからんわ。さて、片っ端から確かめるとして。どれにしようかなー」

「そっちのテントには行かないほうがいい」

「いいっ!?」

 誰もいないと思っていた場所から声をかけられ、尻餅をつく。

 ケツをさすっている間に、声の男がランタンに火を入れた。

 ぼっ、と音がして赤々とした炎が強く燃え上がった。

 男の顔。次第に顔の輪郭がはっきりしてきた。

 歳の頃は四十前後。顔は鋭角的であり、どこか眼差しは昏かった。伸ばした金髪をうしろでひとくくりにしている。錆びた低い声が印象的だった。

「確か、レンジャーのキリシマだっけ?」

 ロムレス人にしては珍しい名前だったので、比較的覚えやすかった。蔵人の言葉には返答せず、キリシマは冷たい目でじっと虚空をにらんでいた。

「ああ。忠告しておく。あっちのテントには行かないほうがいい。いい気分でいたいのならな」

「……どういうことだよ」

「若いな。君は足元をよく見落とすタイプだろう」

「なにがいいたい」

 キリシマは無言になると、岩に座ったまま両手を組んだ。

 もう話す言葉はないということか。

 急速に酔いが覚めていく。

 消えた男たち。

 そして姿の見えない相棒。

 嫌な予感が胸の内でグングン大きく頭をもたげていく。

 気づけば、もう走り出していた。どっと背中から汗が吹き出していく。

 かなり大きめのテントの前でひとりの男を見つけた。

 長い髪を無造作に後ろで縛っている。歳の頃は二十五くらいだろうか、岩壁を削り出したような荒い顔立ちをしていた。長い間屋外の作業に従事していたのだろうか、顔や剥き出しの上半身は黒々と日焼けしていた。ボリスと名乗っていた記憶がある。見た目通りのわかりやすい戦士だった。ボリスは感情を映さない瞳のまま椅子に腰掛け、大ぶりのナイフを砥石で研いでいた。シャリシャリと石と刃を合わせる音が聞こえる。よほどの人嫌いなのだろうか、この男が他のメンバーと口を聞いているところを見たことはなかった。

「なあ、アンタ。確か、ボリスだったよな。メリー、メリアンデールを見なかったか」

 ボリスは無言のままナイフを研ぎ続ける。無視された格好になった蔵人は顔をしかめると足元の石を蹴飛ばし、地面に唾を吐いた。

「おい、無視するなよ。それとも耳が聞こえないのか」

「……聞こえている」

「じゃあ、返事くらいしろよ」

「ああ」

「メリーは見なかったか?」

「見ていない。俺も質問していいいか」

「なんだ、ちゃんと会話のキャッチボールが出来るじゃねえか。いいぜ、聞けよ」

「おまえも、アレを使うのか?」

「はぁ? あれってなんだよ」

「アレは、よくないものだ。少なくとも、俺の部族ではああいうものは認めない。そもそもが根本的に間違っている」

「そうか、あんたロムレス人じゃないんだな」

「そう。俺は、この国の言葉、上手くない。この国の生まれじゃない、から」

 蔵人は会話をしていてほとんど違和感を覚えなかったが、ボリスはこの国では珍しく黄色人種であった。ロムレス王国に居住するほとんどは白人に近い特質を備えている。目の前の男は、かつて写真や映画で見たエスキモーやモンゴルに近い雰囲気を醸し出していた。

 亜人ですら、基本のパーツは白人に近い。蔵人が旅をはじめて出会った東洋系らしい人間はシズカを除けばボリスは二人目だった。

「おまえ、俺と顔かたち、似ている。だから、忠告する気になった」

「ああ。そうか。実は俺もここの生まれじゃねえんだ。なんかさ、アンタの顔見てると少しホッとするよ」

 ふたりの男の間になんともいえない空気が漂った。もう少し喋っていたい気もしたが、いまは無性にテントの中で行われている事柄が気になった。手を振って天幕に手をかけると、ボリスのつぶやきが聞こえた。

「惑わされるな」

 振り返るとボリスは磨き上げたナイフを腰の鞘に収めていた。

 椅子からゆっくりと立ち上がって離れていく。

 黒い不安のようなものが頭をもたげてくる。

 蔵人は意を決してテントの入口に手をかけると大きく息を吸い、指先に力を込めた。

 





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