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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第2章「迷宮都市シルバーヴィラゴ」
59/302

Lv59「隣のポルディナさん」



 

(畜生、女と一発ヤリてぇええ)

 シルバーヴィラゴの職工、ゾルターンは女に飢えていた。

 石工である彼は地方の寒村で生まれた。

 実家の百姓仕事を手伝うのが嫌で家を飛び出したのだ。

 角ばった顔に脂ぎった髪、顔には青春の証であるニキビが無数に浮き出ていた。

 無理もない。

 彼は十八になったばかりで、毎日クタクタになるまで身体を酷使しても、たぎった煩悩は衰えを知らなかった。

 見習いの彼の給金は少なく、生活費や酒代を除けば安い淫売を月に一回買えるかどうかくらいしか残らなかった。

(クッソ、次の給料日までまだ二十日以上あるじゃねえかあああっ! 女っ、女とヤリてぇええっ! ヌル穴に突っこんでどびゅどびゅ溜まったモノを出してえぇ!)

 ゾルターンは道具箱を肩に担ぎながら深いため息をついた。安い下宿へと帰る道のりは現場から一時間以上かかる。通りには誘惑が多い。田舎の農村にはなかった酒場や食い物屋が徐々に軒先のランプに火を入れはじめている。

 夕方から夜にかけて、繁華街は顔をガラリと変える。

 ゾルターンは出勤しはじめた、若い酌婦たちの盛り上がった尻に視線を走らせながら股間をムクムクと隆起させた。よほど物欲しげにしていたのか、ひとりの女と目線が合った。

 女の年頃は十五、六だろうか。

 顔はドギツイ化粧を施しており十人並みだが、ざっくりと胸元を開けたドレスからは真っ白な乳房の上半分が放り出してあった。

 誘われるように視線が吸いつく。

 ゾルターンのねっとりした視線に気づいたのか、女はキセルを口元からはなすと灰を地面に落としていった。

「どうだい、兄さん。ちょっと寄っていって一杯引っかけてかないかい」

 タバコの飲みすぎのせいかやや枯れた声だが異様な色気があった。

 生唾を飲み干しながら断腸の思いで断る。

 途端に、女の視線が媚を含んだものから虫の死骸を見るものに変わった。

「文無しがっ!」

 ゾルターンは逃げるようにその場を足早に立ち去ると、憤懣やるかたなく唾を地面に吐き散らした。

(淫売がぁああっ! おまえなんか、銭さえもらえれば誰にでも股開くユルマンのクセにいっ! ああ、あのデケぇ胸を無理やり揉みしだいて、口の中に俺さまの極太突っ込んで抜きまくってやりてえええっ!! うおおおっ!)

 もちろん金がなければ女を抱くことはできない。それが現実である。

 かといって貧乏でブサイクなゾルターンは普通の女に声をかけ股を開かせる技量もなく、残されたのは狭い下宿に戻って自慰に耽るくらいだった。

 安い惣菜屋で晩のおかずと硬くなった黒パンを購入する。汗まみれで気持ち悪いが、公衆浴場で汗を流す金があるくらいだったら節約して淫売を買う資金を充実させたい。

 ゾルターンは溜まりに溜まった垢やチンカスを激安淫売の舌で清めさせるときに、彼女たちの表情が絶望に染まる瞬間をじっくり観察するのが無上の喜びだった。

 彼の部屋はアパートの二階だった。

 半ば腐った階段を軋ませながら登っていく。

 足どりは微妙に軽くなる。腹をいっぱいに満たしてとっととさっきの安淫売の胸を思いだし、一発抜きたいのだった。頭上から小さな足音が聞こえてきた。

(そういえば、珍しくこの下宿に越してきたやつがいるとか管理人のジジィがいってたな)

 こんな腐った場末のような部屋に越してくるのは底辺に違いない。

 どうせ、浮浪者同然の男か自分と同じように底辺をさまよう下層民だろうと決めつけ階段を登りきったところで自分の目を疑った。

「ええええっ!?」

 それは信じられないほど美しい亜人の少女だった。

 品のいいサラサラした栗色の髪に黒曜石のように光り輝く瞳。

 頭の上には獣人であることを示すふたつの犬耳が垂直に生えており、臀部からはふさふさとした毛並みのよい茶色のしっぽがあったがそれらは彼女の美貌をなんら損なうものではなかった。

 ひと目で上質とわかる布で出来た深紺色のお仕着せを纏っていた。

 雪のように真っ白なエプロンにはシミ一つない。

 ぷっくりとしたくちびるは健康的な桜色をしていた。

 違う次元の生き物だ。

 ゾルターンが硬直したままでいると、亜人の少女はぺこりと頭を下げた。

 もはや貴族的な雰囲気すら漂っていた。

「お隣の方、でしょうか。この度こちらに越してまいりました家の者でポルディナと申します。どうぞよろしくお願いします」

「は、はい。こちらこそ」

 ゾルターンが唖然としていると、少女は買い物かごを抱えたまま階段を降りていった。

 すれ違いざまに少女の胸と尻に視線を走らせる。

 服の上からもわかるほどしっかりした肉付きの良さが窺えた。

 甘いような匂いに半ば陶然として、先ほどの安淫売のイメージはあっさり上書きされた。ゾルターンは自分の部屋に飛び込むと、いきり立ったモノを露出させて自慰をはじめた。

(マジかよっ! こんな肥溜めみてえな場所にあんなすっげえ美人があああっ! こりゃ、つくづく俺にもツキが回ってきたってやつかああっ!!)

 当然コキネタはさっきの少女であった。

(これはチャンスだっ! これから彼女と上手く仲良くなって、ズボズボしまくれという天の導きだっ!)

 ゾルターンは頭の中でポルディナを全裸にすると、考えつくままに淫らな行為を夢想した。

 想像を逞しくしながら、ゾルターンは酒を呷り、一日の疲労がどっと体中に出て倒れるように意識を失った。

「ん、むにゃ?」

 ゾルターンはなにかの叫び声で目を覚ました。壁際に近づくと、かすかに湿ったような声が聞こえてくる。

(もしや、これはポルディナちゃんがアヘアヘしてる声では!!)

 もしそうだとしたら、これは千載一遇のチャンスである。ゾルターンは全身の衣服を脱ぐと、血走った瞳をぎらつかせて壁に耳を当てた。

「聞こえる! 確かにポルディナちゃんのエロ声が、聞こえるぞっ!!」

 ゾルターンはよだれを垂らしながらか細い声を聞き取ろうと、さらに耳をぐいっと押しつけた。

 あれ、けど、これって、男の声も混じってるんじゃ……。

「あああっ、すっご……すごいですっ! ご主人さまぁああっ!」

「うおおっ!?」

 瞬間的にものすごい嬌声が響き、耳を離してしまう。

 間違いなかった。これは、ポルディナが他の男とヤリまくっている喘ぎ声だった。

「んだよおおおお、もおおおっ!!」

 ゾルターンは激しい嫉妬で頭の中がすべて焼き尽くされた。

 あの、美しいメイドの少女が他の男に貪られていると思うだけで気が狂いそうになった。

「んああああああっ!!」

 部屋の中で目に付いたものを片っ端からつかむと投げつけ、ありとあらゆる物を八つ当たり気味に破壊した。

 ゾルターンは荒い息を吐きながら、部屋の中央で頭を抱えこんで胎児のように丸まった。 

 だが、隣室の喘ぎ声は消えないどころかさらに大きくなった。

 別人と思えるような淫蕩に染まった少女の声が響き渡る。ゾルターンは自分の髪を掻きむしりブチブチと引き千切った。発狂寸前である。

 永遠に続くかと思う拷問も終わり近づいた。彼女の甲高い叫びがかすれて聞こえた。

 最後に甲高い絶叫が響く。ゾルターンは、壁へと爪を突き立てながら、身をよじった。

「ひっく、ひぐっ。えぐっ」

 その夜、ゾルターンは泣き疲れると子どものようにそのまま眠りに落ちて、翌日軽い風邪をひいた。






「えっぐっし! えぐっし!!」

 ゾルターンは垂れた鼻水を手ぬぐいで拭くと、昨晩食い忘れた夕食をモリモリ胃に詰めこんで道具箱を背負った。

 どんな状況だろうと仕事を休むことはできない。

 多少、頭が痛むが身体を動かしていれば昼には治るだろう。

 頭は弱くて顔は悪いが生命力だけには自信があった。

  それにしても昨夜の悪夢は性質(タチ)が悪すぎた。

 溜まりに溜まったザーメンを放出させまくったせいか、ゾルターンの精神に奇妙な余白が生まれていたのだ。ただの現実逃避なのだが。

(昨日見たポルディナさん。まるで女神のように美しかった。是非、ああいう子を嫁にしてえなあ)

 ゾルターンの凶暴な性欲が満たされた今、ポルディナという存在を神聖視するもうひとつの青年らしい気持ちが生まれていたのだ。

(昨日のあえぎ声は空耳だ。あんな、清楚で美しい人が男とぬちょぬちょイヤラシイことをするはずがない。彼女は清いまま俺といっしょになるんだ)

 誠に身勝手な理屈だった。

 ゾルターンはちょっとした期待をこめて外に出たがポルディナの姿を見ることはなかった。かなりガックリした。おまけに食った飯が悪かったのか、少し腹が痛む気がする。

(なに落ちこんでんだよ! 彼女は隣に住んでるんだからまた会う機会もあるさ。それに、昨日のことはきっと夢に違いない!)






 そして次の日の夕方、泥のように重たくなった身体を引きずって帰宅したゾルターンは階段を登りきったところで信じられないものを目撃した。

 ポルディナと男が廊下で抱きあっていたのだった。

 ゾルターンは瞬間的に思考を停止させると凍りついたようにその場で固着した。

「ご主人さまぁ」

 少女は銀のように美しい涙を流しながら男とねっとりしたキスをかわしている。

 どう見ても恋人同士。いや、それ以上のものだった。

(なんでだ! なんで、俺のポルディナさんとおおおおおおっ!! こいつっ、ふ、ふざっけんなよおおおっ!!)

 ゾルターンは暗い情念に身を焦がしながら自室の扉を開ける。

 すれ違いざま男がせせら笑ったような気がした。

 こんないい女を落とすのはどれほどの二枚目かと思いきや、自分と大差ない顔つきをした浅黒い男だった。

 あてつけに扉をおもいきり閉める。古い扉が大きな音を立てて軋んだ。

「なんでだよおっ、俺の方が男前だべ! 断然イケてるべっ!! ぬおおおっ、ちくしょおおっ!!」

 ゾルターンは床板に額を激しく打ち付けながら男泣きに泣いた。

 ついでに興奮して田舎言葉が出た。

「俺の方が男前だべ、はるかにカッコイイべ! モノだって、きっとデカいべ! その、長さはイマイチだけど太さなら」

 声の大きさが次第に尻つぼみになる。ゾルターンのイチモツの長さは並だった。

 あの男が清楚なポルディナの美肉を思うさま味わったと思うと悔しさと嫉妬心で胸が壊れそうになった。

「あの野郎が、俺のポルディナさんのおっぱいをちゅうちゅう吸って、もにもにっと揉みしだいて、あの可憐な唇を無理やり……あ、やべ」

 ゾルターンは次第に硬化していく欲望を持て余し座り直した。

 ともかくこのままでは悔しくて上手く眠れそうにない。

 明日は、休日であり特に今夜は気兼ねすることなく夜ふかしできる。

 ゾルターンは憤懣やるかたなく下宿を飛び出すと、夜の街で一杯やろうと店を物色しはじめた。

 とはいえ、給料日前である。自ずと店のレベルは限られてくる。

 当然、若い女のいる店には入れない。高いからだ。かといって、安い店はババァがいるのでこわい。人生は無情だ。

(ムシャクシャするううっ。けど、金はねえし、女は抱けねえし。つまんねええ)

 ゾルターンは革袋から銅貨を数枚広げてジャラジャラとこするが何度やっても増えるという奇跡は起こらなかった。

 憤懣やるかたなく唾を路上に吐きながら肩を怒らせのし歩いた。 

 前方からカップルらしき男女が近づいてくる。

 男は五十すぎの中年で、女はまだ十四、五の少女だった。

 男の顔は肥えきって顎が三重ほど有り首が完全に肉に埋没して見えない。

 顔中には醜怪なシミが多数浮き出ており、髪は半ばが白く後頭部は完全に頭髪がなかった。

 ひきかえて女の方はおさげ髪のかわいい目元の涼しげな容姿をしていた。

 完全にミスマッチである。

 男女は露天で足を止めると装飾品を物色しはじめた。ゾルターンはかがんだ女の尻がよく見える位置にさりげなく移動した。

 もっちりとした丸い尻がフリフリと左右に揺れる。

 ゾルターンのこめかみに太い血管が浮いた。

(あのデケェ尻を両手でつかんで、俺のビックなモノをめちゃくちゃに突きこんでやりてぇぜ!)

 ふたりの話を注意深く盗み聞きすると、どうやら歴とした夫婦らしい。

 男は太ってはいたが上等な絹の衣服を身にまとい貫禄は充分だった。

(ケッ、どうせ後妻かなんかだろうがっ! 金で女のツラ引っぱたいて嫁にしたんだろうよう! 俺も欲しいよう、あそこまでかわいくなくても、いや、もう穴があるならなんでもいいんだ!)

 ゾルターンが人の女房の尻を注視していると、通りの向こうから女の叫び声とモノが壊れる大きな音が響き渡った。

「なんだあ?」

 物見高い街衆である。ただでさえ娯楽の少ない世界だった。

 喧嘩や口論となれば、ひと仕事終えて暇を潰している人々の格好の的である。

 群衆の動きに急かされるようにゾルターンも走り出すと騒ぎの中心に駆けつけた。

「クッソ、見えねえじゃねえか! どけや、この暇人どもがっ!!」

 ゾルターンは自分のことを棚に上げて人垣をかき分けて突き進んだ。あちこちから悲鳴がもれる。どさくさに紛れて、周辺の暇人を突き飛ばしたり蹴ったりして憂さを晴らした。

「いって、押すんじゃねえ!」

「やめろおおお、誰だ僕の足を踏んだのは!」

 群衆の一番前に出ると騒ぎの元が目の前に飛びこんできた。酒場の前で三人のオークがひとりの若い酌婦の髪をつかんで引きずり回していた。

「いやああああっ!!」

「ふざけんなよ、この淫売があああっ!!」

「誰が文無しだとおおっ!! 舐めた口きいてんじゃねえっ」

「ごめっ、ごめんなっ、ごめんなさいいいっ!!」

 オークは若い酌婦の髪からパッと手をはなすと地面に放り捨て、子犬をいたぶるように靴のつま先で蹴り出した。酌婦は身体を丸めると震えながら泣き喚いて命乞いをしている。酌婦の叫びが大きくなればなるほどオークたちの瞳がますます情欲の炎で燃えたぎった。

「まったく、酷いことです。いったいこれはどうしたことでしょうかね」

「なんでも、あの若い酌婦が店に入ろうとしたオークたちを断ったそうでしてね」

「断ったくらいであそこまで怒るものですかねえ」

「あの娘、リタというのですが、昔から口が悪くて相手を見ずに喧嘩を売っていたようで。かくゆう私も、何度か口汚く罵られましてね」

「ほお、それは災難なことで」

「まあ、私がツケを払わなかったのが悪いんですがね」

「ははは、そいつはあなたが悪い。しっかし、いささかやりすぎのように思えますが。知らん顔でもなし、仲裁に入ろうとは思わないのですかね?」

「私がですか!? 冗談じゃない、知り合いといっても、所詮酌婦。生きようが死のうがこの街にとってはどうでもいい存在です。わざわざおせっかいツラをして怪我してみてもバカを見るだけですよ。それならば、ここでこうして見守っている方がよっぽど利口ってもんです。いいかたは悪いですが、ほんの暇つぶし程度にはなりますからな」

「そうですな。それに、しばらくすれば誰か自警団を呼ぶでしょうし、最悪殺されはしないでしょう」

 ゾルターンの隣に居た男たちはいかにも人ごとのようにひそひそ話をすると、暗い欲望にとり憑かれた目でより残酷な事態になることを待ち望んで見守りだした。

「やだああああっ、やめてよおおぅ!」

「暴れんじゃねえやっ、見物に来てる皆様方に少しはサービスしたらどうなんだ、よ!!」

 オークたちは三人がかりでリタを無理やり立たせると、彼女の上着を力任せに引き千切ってみせた。

 ぼろんと飛び出した白い乳房が落ちかけた残光の中で妖しく輝いた。 

 群衆からは大きな歓声がどっと沸く。

 ゾルターンはケツの穴がきゅっと縮まると同時に股間が強く硬直するのを感じた。

(あああっ、こりゃいくらなんでも、かわいそうじゃねえか。だ、誰か、誰か止めてやれよう。クッソ、それにしても、どっかで見たような……あ!!)

 リタの泣き顔を直視して唐突に思い出した。

 彼女は先日ゾルターンを文無しと罵倒した飲み屋の酌婦だったのだ。

「や、や、やめるべ! そこまでにするべ!!」

 気づけばゾルターンは人の群れから飛び出しなまった田舎言葉で叫んでいた。周囲の群衆はあっけにとられいっせいに押し黙る。盛り上がりに水をかけられた形になったオークたちが、獰猛な目つきでにらみかえしてきた。

(やっべえええ!! もおお、こおなったらイチかバチかだべ! 先手必勝!!)

「うわあああああっ!!」

 ゾルターンは精一杯に怒声を張り上げながら真っ直ぐに突っこんでいく。

 リタの泣き腫らした顔とオークたちがゆっくりと身体を半身にするのが見えた。

 奇跡を願って拳を突き出す。瞬間的に目の前を白い火花が走った。

「おぶえるっ!?」

 ゾルターンはオークの巨大な拳を顔面に喰らうと紙切れのようにすっ飛んで宙を一回転して仰向けに転がった。

「なんだあ、こいつ。いきがって飛び出してきた割には激弱じゃねえか!」

「ケッ、いいとこ見せてヒーローーになるつもりだったのか? お生憎だな! 世の中そんな甘くねえんだよおおおっ!!」

 オークが転がったゾルターンの腹をつま先で蹴っ飛ばした。

「ぐええええっ!」

 ゾルターンは痛みのあまり激しくうめくと目をひん剥いて絶叫した。

「おいおい。いい声で鳴くんじゃねえよ。もっといじめたくなるだろうがよおおっ!!」

 オークたちはリタからはなれると残忍な形相でゾルターンに襲いかかった。

 寝転んだままロクに動けないゾルターン目掛けて虫けらを踏み潰すように蹴りを続けざまに見舞う。 

 血飛沫が土煙と共に吹き上がった。

 ボス格の一番大柄なオークはリタの露出した胸を揉みながら耳元で囁いた。

「ふん、正義の味方でも期待したのか? お生憎だったな。さあ、生命が惜しかったらこの場所で生まれたまんまの姿になるんだ!」

「え、あ、え? や、やだぁ」

「やだじゃねえ! いまからオレたちが暇つぶしに楽しいショーを開催してやるっていうんだ! ありがたく犯されるんだよ、この淫売がっ!」

 オークは鼻息をさらに荒くさせるとつかんだ乳房をぎゅうと強くひねった。

「いだあああああいっ!!」

 リタの叫びが流れた。

 ボスオークは、目を血走らせながら女の細い首をベロベロと舐め上げた。

「やだぁ、ひぐっ……あたし、お酌はするけど……ひぐっ、淫売じゃないもんっ……処女だもおん……っ」

「へええええ、生娘とはこりゃまたツイてるぜ。この俺がお前の処女をブチ抜いてやるから、ありがたく思えよ」

「やだ、やだああっ」

「泣くんじゃねええっ! ハラワタ引き抜いて口の中に突っこむぞ!!」

 ボスオークがリタの両脇を抱えて吠えると彼女は身体を硬直させた。

「ひ、ひ、ひい」

 リタは恐怖のあまりガチガチと歯を鳴らして痙攣しはじめた。ボスオークは暗い愉悦に打ち震えながら獰猛に吠え立てた。

「へへ、俺さまの恐ろしさがわかったか? なら、とっとと全部脱いで、ここにいる皆さんになにもかもを晒すんだよ! いいか!!」

 リタはこくこくと泣きながらうなずく。生存本能がまさったのか、唇を噛み締めてボロボロになった衣服を脱ごうと手をかけた。

 ほぼ同時にボスオークの顔面にびちゃりという湿った音が響いた。

「へ」

 ボスオークは自分の顔に手をやってぬるりとした飛来物を確かめた。どろりとした黄褐色のモノはありふれた鶏卵であった。瞬間的に怒りのレッドゲージが限界を振り切った。

「誰だ、こんなモンを投げた命知らずはああっ!! ぶっ殺してやるらあっ!!」

 ボスオークはリタを投げ捨てると群衆に向かって怒声を放つ。人垣は中心部から蜘蛛の子を散らすように割れて、それぞれが押し合いながら安全な距離を取った。

「だ、誰だよ! オレじゃないぞ、断じて!」

「おい、誰だよ! 余計なことしやがって! おまえだろ、くのくのっ!」

「ひ、ひいい。拙僧じゃありませんよ、マジで。いや、止めようとは思っていたのですが、そこまでする勇気がなくてですねえ、その、せめて下の毛だけでも確認をしたら通報を、と」

「あっ、坊主が逃げたぞッ!!」

「逃げんじゃねえ!! おまえだろおっ、さっさと白状しろや!」

(誰だよ、俺以外にこんなことするバカはぁ)

 ゾルターンは朦朧とした意識の中でもうひとりのバカの存在を見極めてやろうと努めた。

 喉が激しく乾き、全身が炎であぶられたように熱い。

 吹き出た血糊が固まったせいか呼吸が異常にしづらかった。

 人垣に視線をなんとか向けた。

 群衆がさらにさっと左右に割れる。

 そこには信じられない人物がいた。

「ま、マジかよ。う、嘘だ」

 深紺色のメイド服に身を包みさっそうと前に出た亜人の少女。

 表情は凍れる銀のように研ぎ澄まされて異様な美しさを醸し出していた。

 栗色の髪は風に流れ、頭上に立つ犬耳はピンと張っている。

 黒々とした瞳は深い湖のような冷たさをたたえていた。

 細くくびれた腰からは茶色いしっぽが毛を逆立てて伸びている。

 それは、左右へ小刻みに揺れていた。

「ポ、ポルディナ、さん」

 ゾルターンが息も絶え絶えに顔を上げると、そこには買い物かごを抱えたポルディナがメイド服のまま静かに佇んでいた。

「おい、テメェかよ、小娘が。どうやら、この死神エッカルトさまを知らねえでアヤつけたみてえだな。だが、俺さまは女にはやさしいんだ。そうだな、いまからここで素っ裸になってその白い腹でも見せてくれれば、軽く輪姦するだけで許してやらねえこともねえぜ」

(ふ、ふざけんなよ、このクソ豚が! ポルディナさんを、おまえのような豚公が汚していいと思ってるのかよ! 殺すっ、殺すっ!!)

 ゾルターンは脳みそが飛び出しそうな激痛に耐えながら立ち上がると、フラフラとボスオークに向かって歩き出した。

 それを目に止めたボスオークは顎をさすりながらせせら笑った。

「ほう。この小僧、よっぽどこの淫売が大事と見える。そこまで、身体を張って守りたいほどいい女には思えないが。まあ、いい。俺さまは、そういう純愛野郎をボコボコにしてそいつの守りたかった女を汚しまくるのが大好きでね。まったく、俺さまをこれ以上うれしがらせるんじゃねえよお」

 ボスオークのかなり勘違いした言葉にリタが目を見開いた。

「あんた……!」

(うるせええっ、いまはポルディナさんを守るために立ち上がったんだよおお!!)

 反論しようとするが口内に血反吐が詰まって上手く喋れない。

 ゾルターンはよろめきながらもようやくボスオークのそばまで来ると、最後の力を振り絞って拳を繰り出した。

 へなへなパンチはボスオークの肩に軽く当たると、ぺちんと蚊も殺せなさそうな音を立てた。

 打力も勢いもジジィのションベン以下のショボさだった。

「フン!」

「えぷっ!?」

 ゾルターンは木の葉のように吹き飛ばされるとはるか後方まで吹き飛んだ。

(あ、死んだ……)

 だが衝撃はいつまでもやってこなかった。

 気づけば背中を抱きとめられている。

 腫れ上がった目蓋を無理やりこじ開けて首を動かした。

 そこには無表情のままゾルターンを抱きとめたポルディナの姿があった。

「大丈夫ですよ。お隣のよしみでご助成いたします」

「あ……」

 その言葉を聞いたと同時にポルディナの姿は消え失せていた。

 ポルディナは解き放たれた矢のような素早さで駆け出すとオークたちに猛進した。

「んなっ!」

 視認できない動きだ。ゾルターンの目には紺色の影がさっと動いたようにしか見えない。

 あっけにとられたオークの顔面めがけて鞭のようにしなった蹴りが流星のように走った。

「んべらっ!?」

 オークの顔面にポルディナのつま先が深々と突き刺さった。

 赤黒い血飛沫がパッと辺りに舞ったかと思うと、巨体が後方へと倒れ込んだ。

 続けざまポルディナは地を蹴って飛び上がると、垂直に構えた肘を倒れこんだオークの顔面に叩き込んだ。

 もっとも硬い肘頭はオークの顔面に埋没すると太い鼻面から頭蓋骨を割って、前頭葉、脳梁、視床下部までを木っ端微塵に破壊した。

 オークは脳漿をぶちまけたまま四肢を突っ張らかすとそのまま激しく痙攣し絶息した。

「な、な、なにしやがるうっ!?」

 ならず者のオークたちとすれば、せいぜい安い淫売をからかって暇を潰そうくらいにしか思っていなかったのだ。

 それがいきなりの命のやり取りになるとは思いもしていなかった。

 だが、獣人の中でもっとも凶暴といわれる戦狼族(ウェアウルフ)のポルディナにしてみれば、一旦戦端を開いたからにはどちらかが倒れるまで闘争が終わるということはないのだった。

 生か死か。

 殺し合いの鉄則である。

 ポルディナは鼻筋に獰猛なシワを寄せて低くうなると、全身の毛を逆立てて目の前の個体に迫った。

 その端正な顔立ちも、もはや荒ぶった獣同然だ。

 怯えたオークがやけっぱちで手を伸ばしてくる。

 ポルディナは正面から四つに組んだ。

 両者は手のひらの大きさだけでも大人と赤子ほどの差があった。

 剛力で知られるオークは自分よりはるかに小さな体躯の少女を侮っていた。

 自分が負けるとは脳裏のはしに浮かぶはずもなかった。

 両手を組み合わせていたオークの表情は一瞬で変わった。

「ごおええええっ、ちょっ、まっ!? えええっ!!」

 めきめきと音を立ててグローブのような手のひらに少女の小さな指が食いこんでいく。

 戦狼族(ウェアウルフ)の並外れた筋力はたやすくオークを凌駕していた。

「いだああああっ、おっ、はなせよっ! はなしてええっ!!」

「ダメです」

 ポルディナは静かにつぶやくと、両手へとさらに力をこめた。

 オークのてのひらは、先端の指骨から中程の中手骨まで完全にへし折られた。

 折れ曲がった骨が手の甲の皮膚を突き破りどろりとした血が噴出させた。

 オークはみじめったらしく泣き叫ぶと、苦しそうに口をパクパク無闇に開閉させた。

「あ、ああああっ。いだっ、いだああっ」

 ポルディナは両手を解くと首を傾けて、コキっと鳴らした。

 表情はほとんど変わらない。まるで、料理の下ごしらえを行っているように自然だった。

(ば、バケモンだ。この女……)

 格闘を眺めていたゾルターンに激しい怯えが走った。

 両膝を突いてしゃがみこんだオークの脳天めがけて、ポルディナの手刀が勢いよく叩きこまれた。

「えぶっ、えぶゅるっ!」

 手刀はビュッと空気を引き裂きながら異様な音を立てて脳天に吸いこまれていく。

 一発。

 二発。

 三発。

 四発。

 五発。

 濡れた肉を太い棒で叩くような鈍い音が辺りに木霊した。

 群衆のあちこちであまりの残忍な光景に嘔吐する音が聞こえる。

 ポルディナの手刀は杭打ち機の要領でオークの頭部をだんっ、だんっ、と胴体に打ち込んでいった。

「おぶるえええっ!」

 ついにはゾルターンも耐えきれずに吐いた。

 最後に残ったのは、潰れてグズグズになった肉饅頭を乗せた奇妙なオブジェだけだった。

「こ、このお……」

 残ったボスオークは完全に呑まれていた。

 あっさりと仲間ふたりを葬り去った目の前の少女が恐ろしくて仕方がないのだ。

 自分を奮い立たせるように雄叫びをあげ、足を踏み鳴らして駆け出した。

 その顔には憎悪よりも恐怖が色濃く出ていた。

 ポルディナはその場を一歩も動かず泰然と待ち受けると両手を前にさっと突き出した。か細く華奢な両腕と巨体の肉弾が激しく激突した。

「うわああっ!!」

 そこにいる誰もが自分の目を疑った。

 巌のような巨体がまるで風船を持ち上げるようにして軽々と少女の手で持ち上げられていたのだ。ボスオークの身体は優に三メートル近く重さだけでも三百キロは超えていよう。

「降ろせええっ、降ろせええっ!!」

「はい」

 ポルディナはまるで毬でも投げるように巨体を弾き飛ばした。

 ボスオークの身体は風を切り裂き凄まじい勢いで頭から地面に叩きつけられた。

「あっぷう!!」

 奇妙な断末魔が響くと共に頭部は紙細工のようにぺちゃんこになって脳漿をブチ撒いた。

 周囲の地面が真っ赤な大輪を咲かせたように血の海へと変わった。

 ゾルターンは震え切ったリタを抱きしめながらその光景を見続けるしかなかった。

 陰茎は完全に縮こまっている。激しい恐怖のせいか痛みが完全に麻痺していた。

 涼しい顔をしてエプロンのホコリを払っているポルディナと目が合う。

 両腕へと自然に力がこもった。リタも強く抱き返してくる。

 ポルディナは軽く一礼すると、買い物かごをつかんで遠ざかっていく。預言者が大海を割って歩き続けるように、人垣がさっとふたつに割れた。

 翌日、ゾルターンが下宿を引っ越していったのはいうまでもない。



 



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