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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第2章「迷宮都市シルバーヴィラゴ」
52/302

Lv52「果実」


 

 ポルディナの身請けの儀式はその場で執り行われた。

 商会の大元締であるシャイロックが直々に、長々とした口上を述べる。

 すべてが終わると、突っ立ったまま儀式を見ていた蔵人に銀の首輪が手渡された。

 ほとんど重みのない首輪の中央部には、志門家の家紋である、九曜紋がしるされていた。

「それほど難しい形ではないのでこちらで用意いたしました」

 九曜紋とは中央の円形の星が太陽を表わしており、その星を八星が囲んでいる。

「なかなか、洒落たことしてくれるじゃねえか」

 紺色の布地を主としたお仕着せをまとったポルディナが目の前でひざまづいている。

 栗色の髪が目の前でわずかに震えていた。

 奇妙な感慨に耽りながら、蔵人はシャイロックから受けとった奴隷のいましめを彼女の細くやわらかな首に嵌めて、厳かな儀式は終了した。

 無言のままだったポルディナが、顔を上げて蔵人に真っ直ぐな視線を向けた。

 大きな黒々とした瞳が心なしか潤んでいるように見えた。

 黙っているのもなんだか格好がつかない。物事は、はじめが肝心である。

 蔵人はなにか主らしい言葉をポルディナにかけようとしたが、咄嗟には気の利いた言葉が思いつかず、「ま、とりあえずよろしくな」と実に軽いものに落ち着いた。

 当然、主人の威厳などはない。

 だが、ポルディナはその言葉を聞くと大仰にひれ伏して蔵人の靴先にキスをした。

 狼狽しかけてぎょっとするのも構わず、鈴のように美しい声音が耳元で響いた。

「今日よりこの身は、髪の毛一本から血の一滴に至るまであなたさまのものです。天と地の精霊と万物の神々に誓って、いかなるときも忠誠を尽くす所存にございます。いかなる命もこの鴻毛よりも軽き命にかけて果たします。ポルディナは、ご主人さま(マスター)ただひとりのしもべとして生涯をまっとうします」

 蔵人は彼女の異常な熱量のこもった誓いの言葉を聞きながら、ちょっとたちくらみを起こしかけた。

 さ、さすがファンタジーだぜ。やるな。

 なにがどうとは、自分でも説明出来なかったのだが。

 蔵人は容易に人ひとりを売買してしまえるこの世界観にまだ馴染めていなかった。

 もっとも、払った金額は一千万(ポンドル)と日本円に換算すると一億円以上になる。

 いくら赤竜を狩ったからといって、竜鱗を手に入れられたのは僥倖だった。奇跡に次ぐ奇跡の連続で感覚が麻痺していたのである。

 そんなことを考えながら、目の前の少女と目があった。ポルディナが恥ずかしげに目元をゆるめた。黒々とした瞳はきらきらと宝石のように輝いている。そこにはもう運命を嘆いた女の姿はなかった。 

 ま、いっか。

 終わりよければすべてよし、と。

 蔵人はいろいろ考えるのをやめた。

「さあ、これでポルディナはあなたのものです。ようやく、私の肩の荷も降りたというものですよ」

 シャイロックが目を細めると、部屋に残っていた貴族たちがいっせいに手を打って蔵人を祝福した。

 彼らの目には、最初にあった軽蔑の色は微塵もなく、純粋に自分たちの命を救ってくれた男に対する感謝の意が込められていた。

 すぐれた力と行為には素直に賞賛を送る。良くも悪くも彼らは貴族であり、尊ぶべきものがなんなのかを熟知していた。

「おめでとう! さすがだな、貴殿は!」

「それでこそ騎士、後日暇があるときに屋敷にでも立ち寄ってくだされ」

「勇者よ、いつか共に杯をかわしあおうぞ」

「も、モフモフさしちくりぃ」

 とりあえず見知らぬ貴族にポルディナの犬耳としっぽをモフモフさせるのは拒否した。

「ダメだ。このモフモフはもう俺ンだ。君も君だけのモフモフをさがしてくれ。さらばだ、異世界の同士たちよ!」

 蔵人は腰にはハイダルを屠った三聖剣のひとつである黒獅子をブチ込むと、ポルディナを連れて会場をあとにした。聖剣の持ち主であった、一万男こと、男爵グリーン・バンクスは祝いの引き出物として惜しげもなくこの名剣を蔵人に無償で譲ったのだ。

「でも、モフモフはさせんぞ」

 グリーン男爵は下唇を噛み締めて泣きそうな顔をした。

 へへ、なんか照れくせえや。

 蔵人は単純に照れていた。

 悪党を斬ってここまで素直に褒められたのは、はじめてだった。

 それだけにうれしいのである。

 根は純粋なのだ。

 感謝されれば簡単に舞い上がってしまう。

 まだ、二十になったばかりの若者の純真さが大きかった。

 それにしても、と思う。

 蔵人は自分のすぐうしろに付き従う少女を見て、夢ではなかろうかと、幾度も幾度も振り返った。目が合うたびに、彼女はくすぐったそうにやわらかく微笑んでいる。

 蔵人は自分が女の感情の機微に疎いことは自覚していたが、ここまで露骨に好意を示されれば有頂天にならざるを得なかった。

 ポルディナは文句なしの美少女である。

 蔵人は主として奴隷の彼女を購入した。すなわち生殺与奪の件はすべて自分にあるのである。彼女をいたぶろうがモフろうがナニをしようが、この世界の法で蔵人を罰することはできない。

 公的機関の王立院に加盟する全国奴隷協会には、蔵人とポルディナの売買契約が結ばれた旨の証書が正式に受理されている。すなわち国のお墨つきだ。

 また、一朝ことあれば、ロムレス全土の奴隷協会に属する五十万の傭兵が逃げ出したり主を傷つけたりした奴隷をすぐさま追跡にかかるのである。

 この世界では他人が主の許可なく奴隷を強奪したり傷つける行為は、かなりの重罪に分類された。やっかいなのは国の役人ではなく、全国に根を張る奴隷協会なのであった。

 とりあえず必要なのは、今日のねぐらだな。

 蔵人は街の不動産屋に飛び込むと、手頃な下宿を早速借り受けた。保証人はシャイロックの名前にしておいた。蔵人のあまりの堂々たる態度に、業者も家主も揉めごとを恐れてなんなく部屋を貸すことに同意した。家賃は月、五百(ポンドル)でありグレードとしては極めて平均的であった。

「ただのアパートだな、こりゃ」

 蔵人はポルディナを伴って二階の角部屋に入ると、四室ある中を見て回った。

 定期的に管理人が手を入れてあるのか思ったほど汚れてはいなかったが、ポルディナはそう思わなかったのか、鼻息を荒くして目を輝かせていた。

「お掃除のしがいがあります」

「そうとるかね。勤勉だな」

 会場から不動産屋で部屋を借り、実際に現場に来るまで彼女はほとんど口を利かなかった。緊張しているのか、犬耳がピンと立っている。

 まあ、お互いにほとんど会ったばかりだからな。しゃーないか。

 考えてみれば、無茶苦茶な展開ではあった。蔵人とポルディナの関係性は薄い。ふたりでなにかを成し遂げたわけでもなければ、以前からの知り合いといったわけでもない。ちょっと立ち話をした程度の他人なのだ。

(そもそも、こいつがどんな女なのかも知らねえし……)

 事実、彼女が奴隷だったことくらいしか蔵人にはわからない。ほとんどなにも知らない相手の人生を同情だけでまるごと買い切るなどとは軽率だったかな、とは思ったが、切り替えだけは異様に早かった。なるようになるさ、の精神である。

 蔵人はゆっくりポルディナに近づくと正面から両手でぎゅっと抱きしめた。

 彼女は一瞬、身体をこわばらせたが、次第に力をゆるめると肩に顎を預けてそっと抱き返してきた。鼻先を女独特の甘ったるい体臭が香った。自分の胸板や腕に、女独特のやわらかな肉の重みがのしかかる。丸ごと俺のものだ、と思えば感慨深かった。

「これからは長いつき合いになるからな、いろいろ苦労をかけると思うが頑張ってくれ」

「ご主人さま、私はあなたの奴隷です。私が受けた恩を思えば、七度生まれ変わっても返しきれないほどでございます。どんな命でも果たして見せるといったのは嘘ではありません。だから、もう他人行儀はおやめください。んんっ……」

 蔵人は抱き合ったままポルディナの桜色の唇を奪った。

 あとは、やることなどひとつである。

 ポルディナをベッドに押し倒すと両手首を掴み、男としての思いを遂げた。






「我が家のメイドちゃんは、床上手だけじゃなくって、家事も炊事も超一流なんだぜ」

「ほんのお口汚しですが。なにとぞご容赦くださいませ」

 蔵人はポルディナと愛し合ったあと、アパートの前にある浴場で戦陣の垢を流した。

 久しぶりにホクホクした気持ちで新居に戻ると、そこには新妻よろしく、室内の清掃を完璧に終えたメイドが、下階の共同炊事場で調理した出来立ての夕食を用意して待っていたのであった。

「おおおっ! すげえじゃねえーか! さすがだ、うまそう!」

「あの……」

「んん? いいよ、おまえが持っとけ」

 おずおずと彼女が差し出したのは、掃除用具と夕食の素材を買いに行かせた際に持たせた蔵人の硬貨袋だった。

「おまえは俺のもんなんだろ。なんの問題もない」

「ご主人さま」

 ポルディナは貨幣の入った革袋を胸もとでぎゅっと握り締めると、目を潤ませて蔵人をじっと見入った。

「わかりました。ご主人さまの財産、命に替えてもお守りします」

「いちいち大げさな。それより飯にするか。ええと、色々あるな」

「コーンポタージュスープ、季節の野菜サラダ、ホロッホ鳥の姿揚げ、ロムレス牛のヒレステーキ、じゃがいもと玉ねぎの煮こみ、カタンリゾット、白パン、デザートにはトラいちごケーキとなっております」

 うむ。

 だいたい理解できるメニューだ。

 だが、カタンリゾットというのはなんだろうか。

 人差し指でなかの固形物をつまみ上げてしげしげ眺めた。

「コメ?」

「はい? コメとはなんでしょう?」

 ポルディナがつぶらな瞳で聞き返してくる。咎めることはできなかった。

 うん。これは、お米ではない。黒くて丸い米以外のなにかだ。

 すごく気になるが、聞いたほうがいいのだろうか。

 蔵人はポルディナの顔を見た。慈愛をたたえたままそばに控えている。

 追求しなくてもいいか、という気分になった。

「では、いただきまーす。って、おまえは食わないのかよ」

 蔵人は湯気を立てている夕食を前にナイフとフォークを構えると、給仕の為に佇立していたポルディナに訊いた。

「私は奴隷なので、あとでいただきます」

「ばーか! いいいから、さっさと食え。メシの前で奴隷もクソもあるかよ。なんでもあったかいうちに食べたほうがいいっての」

「ですが」

「たーべーろ。これは命令だ!」

 なおも抵抗するポルディナに蔵人は命じた。彼女はびっくりしたように目をまん丸くすると、クスッと上品な笑いをもらして小首をかしげた。実に娘らしい自然な仕草に、蔵人は目を奪われて阿呆ヅラをさらした。

「もお、わがままなご主人さまですね」

「わがままではない、それに家族ってのはメシをいっしょに食うもんなんだよ」

 なだめすかしてようやく席に着いたポルディナと食事をとりはじめる。

 てはじめにトンカタンリゾットからとりかかった。わけがわからないので、ポルディナには悪いが一気喰いして最初からなかったことにする腹積もりなのだ。

 木のスプーンでどろっとした粥をすくい上げると目の前で色と匂いを確認する。

「ふむ」

 別段危険はなさそうだが。ポルディナがフォークを持ったまま、こちらの様子をうかがっていることに気づき苦笑した。そっと粥を口の中に運ぶと、コクのある旨みとなんともいえない香りが広がった。コリコリした固形物の歯ごたえが楽しい。重ねていうが、日本のお米とはまるで別個のものだ。承知して欲しい。

「なあ、カタンってなに?」

「カタンきのこは山地でよくとれる香り茸の一種です。私の田舎ではよく食べるのですが。お口にあいませんでした?」

 表情を曇らせながら、上目遣いの視線を寄こしてきた。心配のあまり犬耳がきゅぅ~んとヘタレて寝ている。

「いやおいしいよ。この謎キノコ、コリコリしてて俺は好きだ」

 ポルディナはよかった、とつぶやくとうれしそうに目を細めた。

 ()いやつめ! 

 蔵人は続いて一番わかりやすいロムレス牛のヒレステーキをやっつけにかかった。レアに焼きあがった分厚い肉にナイフを入れる。

 ほとんど手応えなく切れ目の入った肉片からは熱い肉汁がじゅわっと溢れ出た。さっと口の中で噛み締めると、香ばしい肉の旨みと熱い肉のジュースが全体に広がった。

「う、うまうまっ! なにこれ、めちゃくちゃうまいです。この肉」

 適度に焼けた肉を噛み締めて、合間に野菜サラダの酸味を楽しむ。半分ほど肉を平らげたあと、白パンのふっかふかなやわらかさで口中の脂を洗い、煮こみのシチューを啜った。

「うまっ、うまうまっ! おい、ポル、おまえもさっさと食えよ。メチャうまいぞこれ!

 俺はひたすら食うだけだがなっ」

 蔵人がうまいを連発するたびにポルディナの顔は喜びに満ち溢れていった。

 こうしてはじめての夕餉は大成功のうちに過ぎていったのだった。

 蔵人が膨れた腹を抱えて寝台に転がっていると、浴場から戻ったポルディナが恥ずかしそうに声をかけた。

「もうお休みになられますか」

「んん? ああ、もう夜も遅いからな」

 そういってから気づいた。蔵人が借りた部屋には据え置きの寝台がひとつしかない。つまり、必然的に同衾することになるのだった。別に童貞ではないのだが、いままで女性とは流れでそうなっていった場合が多かった。

 だが、今日からは違うのだ。すべて自分の任意でことが進められるのである。

「マジかよ。あ、なんか胸がふわふわしてきた」

 ポルディナは隣の鏡台のある部屋へ移動した。化粧直しをして下着に着替えるのだろう。

 待ち受けるのは、めくるめく夢の世界である。

 蔵人は気のないの素振りをしながら内実、以上に興奮していた。股間のテントは命ずるまでもなく設営完了している。昼間の間に四発撃ったというのに、衰えるどころかよりいっそう硬度を増していた。

 自分が怖い。彼女を傷つけそうで。おもに性的な意味で。

「お待たせいたしました」

「おお……」

 ポルディナは白のベビードールをまとって姿をあらわした。

 ランプの薄明かりの下、色白の肌がわずかに火照っている。

 豊満なバストと、きゅっとくびれたウエスト、やや大きめと思われるヒップは引き締まって丸みを帯びていた。戦狼族(ウェアウルフ)特有のしっぽが腰のつけ根から生えている。蔵人はそっと手を伸ばすと、ふわふわのしっぽにさわってみた。

「おおお、このモフモフさ。本物だ。ポルディナ、うしろ向いて」

「はい……ひう!」

 蔵人は寝台に腰かけながら後ろ向きになった彼女のしっぽの感触を楽しんだ。つけ根の部分からもさっとした中央部をもみこむようにしていじる。指を動かすたびに、彼女はとぎれとぎれの甘え声を漏らした。しっぽが性感帯なのだろうか。不思議である。蔵人はそのまま野獣のように後ろから襲いかかると、再びポルディナを熱く愛するのであった。






「いってらっしゃいませ、ご主人さま」

「ああ、夕方までには帰るよ」

 蔵人は借家の入口で深々と頭を下げるメイドに告げると、もはや朽ちる寸前の階段を降りていった。

 通りで振り返ると、蔵人の後ろ姿をジッと見つめる彼女の姿があった。

 おろしたてのお仕着せは、このような貧民窟には場違いであり異様に目立った。

 シミ一つない純白のエプロンドレスが夏の日差しを反射して輝いている。

 歩行する幾人かの男が見とれたままその場に立ち止まった。

 はなれて見てもわかるくらいポルディナの存在は並外れて洗練されていた。

 きめ細かく櫛の通された美しい髪に貴婦人のような上流階級の立ち振る舞い。

 大貴族の屋敷でも通用するようにあらゆる礼儀や所作を叩き込まれているのである。

 こうまで美しすぎると家を空けることすら心配でならない。

 いま現在蔵人の手元に残った金は二百六十万(ポンドル)ほどである。

 庶民から見れば大金であっても、住宅購入も視野に入れて考えれば、甘ったるい生活を続けていくには少し心もとなかった。

「グダグダしている暇があったら少しは稼がにゃならん」

 蔵人はポルディナに預けているうちから金貨一枚を持ち出して行動費としていた。

 日本円で約十万円である。

「けど、出がけにあそこまでわがままいうとは思わんかった」

 蔵人が起床した時間からかなり経過していた。

 理由は、ポルディナが絶対についていくといってゴネたのである。

 最終的には折れたが、どうしてもどこまでもつき従っていたかったらしい。

 家を出る瞬間は完全に犬耳がうしろにぺたんと折れて、ふわふわしっぽもだらん、と垂れ下がっていた。さびしいよう、いかないでようご主人さま、といったところか。

「すぐ戻るよん、ポル子よ」

 素早く動くときには身軽でいたい。

「男とはそういう生き物なのだ」

 蔵人はボロボロになった外套をひるがえすと、ニヒルなキメ顔でつぶやいた。

「おっと、失礼」

 無意味にカッコつけていると、通りの向こうから歩いてきた男に肩がぶつかった。

「ちっ、乞食が」

 男はぺっと痰を吐き捨てると肩を怒らせながら遠ざかっていく。

 蔵人はとりあえずいい気分がぶち壊しになったので、その男を追いかけていって背中にドロップキックをかました。






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