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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第2章「迷宮都市シルバーヴィラゴ」
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Lv43「枷の中の姫君たち」






 シャイロック商会の所有物である戦狼族(ウェアウルフ)の亜人ポルディナは、ロムレス王軍との戦に敗れた結果、賠償金を払うために、一族の総意によって売り払われた女であった。彼女の出身母体であるベル・ベーラ族は戦においては精強で知られていた。

 王家とのいざこざのきっかけは、お決まりでもある税率の値上げに端を発していた。王家との戦は、開戦当初においては、地の利を得ていたベル・ベーラ族の圧勝であったが、兵站を完全に整えた騎兵と弓兵に戦線を支えきれず、わずか二ヶ月で講和に至った。

 彼女が売り払われたのも紆余曲折がある。

 敗戦によって、ベル・ベーラ族は多くの若者と財産を失った。

 ポルディナは族長の娘のひとりであり、若く美しかったため、講和の際に給仕を行っていた。その姿を見受けた大貴族のひとりが彼女を妾として切望したのである。王族に連なる男の権力は大きく、賠償金の減額は大いに期待できた。

 もとより、ポルディナがその大貴族の子供でも産めば、一族に与える影響は計り知れない。捨て値で身売りするよりも、妾といえど望まれて身請けされる方がどれほどしあわせかは論ずる必要はないだろう。

 ここで、この大貴族がポルディナを受けとっていれば彼女がこのストーリーに絡むことはなく、それなりに順風満帆な生涯を送ったのであろう。

 だが、ポルディナを身請けしたその夜、大貴族は若い華を愛でることなくこの世を去った。彼はすでに六十を過ぎていたのである。死因は急性心不全であった。

 ここで、困ったのがこの大貴族の遺族であった。新たに当主となった長男は大の亜人嫌いであり、モンゴル遊牧民のように父子間の愛人相続など行わなかった。

 かくして、ポルディナは清い身体のままシャイロック商会に売却されることになったのであった。

 唯一、救いがあるとすれば大貴族の嫡子は売却金をそのままベル・ベーラ族に渡したことである。

 こうして、ポルディナは故郷より遠く離れたシルバーヴィラゴの地にたどり着いた。

 彼女の主は、いまだ見つかってない。

 ポルディナはシャイロックの屋敷にある庭園の四阿(あずまや)にひとり座ると、木立を梢を吹き渡る心地よい風に耳を傾けていた。

「ポルディナ、こんなところでどうしたの?」

 名前を呼ぶ声に向かって視線を転じると、そこにはコボルトのミーニャが耳をぴんと立てて丸い目を見開いていた。

 戦狼族(ウェアウルフ)が普通の人間族と耳やしっぽを除けば変わらないのに対し、コボルトは獣人の特徴をはるかに色濃く残していた。

 コボルトの顔や衣服から覗く手足にはふさふさと密生した毛が生えており、目元から鼻先の口吻部は長く突き出している。

 そういった意味では、ミーニャの顔立ちはその辺りを歩いている普通の犬と同じだった。


 背丈は成人しても、百二十センチを超えることはなく、彼女たちの乳房は人間と同じでふたつであった。

「今日はずいぶんと蒸しますので、風に当たっておりました」

 ポルディナがそう答えると、ミーニャはうれしそうにしっぽを左右に振ってまとわりつくように隣の椅子へと腰掛けた。

「そう! わたしも、すーわろっと。うふふ、ここは風が気持ちいーね」

「そういえばミーニャ。あなたは身売り先が決まったそうで。おめでとうございます」

「あやや、そんなかしこまっていわれれると照れくさいな。えへへ、相手は商家のオヤジで、わたしと同じ亜人だって。なんでも、中々あとつぎが生まれなくって後添いを探してたんだってさ。年だって、もう四十すぎで、いやになっちゃうよねー。もおお、バンバン生撃ちして孕ませられちゃうよぉ」

「その割には困った顔ではなさそうですね」

「ええー、そんなあ。わたし、まだ十五だよん。中年オヤジに弄ばれちゃうなんてっ、えへへ」

 ミーニャはそういいながらも、両手で自分の頬を抑えると、ニヤニヤと相好を崩しっぱなしだった。

 無理もない、とポルディナは思う。

 亜人を奴隷ではなく妾として身請けするというのは、その一家の合意がなければ出来ないことであった。

 しかも、相手は堅気の歴とした商人である。コボルトや戦狼族(ウェアウルフ)は多産で知られており、ミーニャは身体健康で相手に問題がなければすぐに子を孕むだろう。コボルトは一度に五人から八人の子を出産する。後継の男子を産むのは比較的容易であり、そうなれば彼女の幸福は約束されたも同然だった。

 たいていの獣人系奴隷は、安価な性交奴隷として購入されるのが一般的だった。

 耐久力や戦闘力が高く、その誇り高さゆえにほとんど市場に流れることのない貴重種の戦狼族(ウェアウルフ)と違って、コボルトは、もっとも安い種類にカテゴライズされている。

 ミーニャは、対外的において、下女として扱われ、生まれた子も生涯その家に奴隷として奉仕するみじめな人生が決定されている運命を覆し、万に一つの幸福を手に入れたのである。喜びもひとしおであろう。

「その商家のおじさん獅子族(ライオス)なんだってー。ねえ、ポルディナ。獅子族(ライオス)って、アッチの方もすごいのかな。わたしの身体だいじょうぶかなー」

「さあ、たぶん平気でしょう」

「あーん、ずるいん。って、ポルディナはまだ身請け先が決まってなかったよね。あ、ごめん。なんか自分ばっかはしゃいで。でもさ、ポルディナはわたしと違って、引く手あまたじゃん。なにかそういう話はないのかなー。ずいぶん、断ってるって聞いたけど」

「……それにしても、シャイロックさまも慈悲深いお方ですね。時間制限有りとはいえ、奴隷を庭内で自由にさせるとは」

「あー、なんかあからさまに話を変えた。怪しいー。もしかしてさ、いままで会った中で意中の旦那さまがいるんじゃないのぉ?」

 意中の男。その言葉によって、ポルディナの頭の中にひとりの男の顔が思い浮かんだ。

 浅黒く面長で濃い眉が印象的だった。

 出会い頭にはじめての唇を奪われた。

 最初に会ったときは、乞食同然の格好で泥酔し、再び会ったときは全身傷だらけで、手負いの獣のような気配を発していた。彼に寄り添うようにしていたシスターを見て、制御できないような感情をはじめて覚えた。

(なんで、あの男の顔が……っ、ありえない)

「あらら、もしかして」

 ポルディナは、顔を咄嗟に伏せると視線を逸らした。

 クランド。

 シャイロックはあの男の名前をそう呼んでいた。身なりも汚らしいし、とうてい自分を身請けするほどの金を作ることはできないだろう。

 そもそも、あの男の軽薄な口ぶりも、間の抜けた顔つきもポルディナの理想とするタイプではなかった。

 ふと、気づくと、ミーニャがにやにやした視線を自分に送っているのに気づいた。気まずくなってわざと冷たい口調でいった。

「なんですか」

 ポルディナは自分の顔つきが他人からどんな風に思われているかよく知っていた。

 怖い、冷酷だ、可愛げがない。

(そんなの、生まれつきですもの。それに、面白いこともないのに笑ったりはできないわ)

 自分がミーニャたちとは違って大金を掛けて高級奴隷としての育成を受けた際に、常々いわれていた。

 表情が硬い、その目つきは殿方を萎縮させる、怖がらせてどうするんだ燃えたたせるんだ、などと愛想を振舞う教育は散々だった。

 礼儀作法から、文字や語学、殿方に奉仕する際のありとあらゆる性技と燃えたたせる文言はすべて完璧に身につけた。

 だが、人に愛される術など誰に習っても身につくようなものではなかったのだった。

「べっつにー」

「まったく」

 ポルディナとミーニャは親しいわけでもなかったが、同じ犬系獣人としてなにかこころの通い合う部分があった。

 奴隷に友などあるはずもないが、彼女のしあわせは素直に祝うことが出来る程度のすこやかさは、まだポルディナの中に残っていた。

「ちょっと、待ってください。この先は困ります!」

 運命が激変したのはこの瞬間だった。

「うるせーっ、若さまが見たいっていったらその通りにするんだよっ」

「この方をどなたと思っていなさるんだいっ。ご領主さまの一族にあたるハイダル・バーナーさまだっ。若さまがしたいといったら、そのようにするのが筋なんだよっ」

「でも、この先は基本的にはお客さまの立ち入りは禁じられているのですよ。いくら、バーナーさまがお得意様であっても、せめてアントンさまの許可を」

 どうやら男たちは、シャイロックの顧客らしかった。三人の男を従えて、身分の高そうな貴族の少年が微笑んでいた。

 屋敷の使用人は、男たちを庭園の入口で引きとめようと頑張っているが、いかんせん小僧風情では貫禄負けだった。

「うるせーっていってんだよおおおっ、オラぁ!」

「おぶっ」

 男のひとりが使用人の腹に向かってストレートを叩きこんだ。

 使用人は腹を抱えて涙目になると、その場に膝をついた。

「なにするんんですかああ、ご無体なぁああっ」

「知るかっ、ボケがっ。これでも足りねーっていうならよ、オイ」

 合図と同時に、ひとりが使用人の両肩に手を回して無理やりその場に立たせた。使用人の顔は完全に恐怖で引きつっていた。男の顔に残忍な笑いが浮かんだ。

「おらあっ、おらあっおらああっ!!」

「うぐるぼっ、や、ヤメてぇえぇええん」

 男が連続で左右のフックを使用人に打ちこみ続ける。使用人は女のように甲高い鳴き声で助けを乞うた。ひたすらみじめだった。

「ひ」

 恐怖に引きつった顔でミーニャがポルディナの影に隠れた。

 その声に気づいたのか、男たちは使用人を放り投げると、人工の小道をざくざくと小砂利を鳴らしながら近づいてきた。

 残らず下卑た顔である。

 中央に陣取る少年がハイダル・バーナーという不良貴族であろう。

 見た目は女と見まごうほどの整った容姿をしていたが、その根底にある腐りきった魂を嗅ぎとり、ポルディナは反射的に激しく顔をしかめた。

「おやおや、これは。ほほう、シャイロックのやつ僕にこんな上玉を隠していたなんて」

 ハイダルが手を伸ばしてポルディナの栗色の髪に手を伸ばす。

 無作法な訪問の上に、その瞳にはギラついた好奇の色が浮かんでいた。ポルディナは、少年の生白い手を振り払いたい衝動に駆られながら、なんとかこらえた。

「美しい。名をなんというのだい」

 答えるものか。ポルディナは、せめてもと目の前の少年をにらみつけると、眉間にしわを寄せて返答とした。

「やれやれ、僕としたが嫌われたものだ。――やれ」

 ハイダルの合図と同時に、庭園の真ん中に引きづられてきた使用人が再び暴行を加えられはじめた。彼の名前は知らなかったが、この四阿(あずまや)で休んでいるときに、お茶を持ってきてくれたことがあった。

 いわれもない暴行を受ける理由などない。

 ポルディナは目の前の少年を、脳内で髪をつかんで引きずり回しているところを想像し、怒りをこらえた。

「私は、ポルディナです」

 吐き捨てるように答える。が、目の前の少年は男たちの暴行を止める素振りもなかった。

 使用人は庭の木に抱きつきながら悲鳴を上げ続けているが、男たちは手に持った棒で家畜をいたぶるようにして身体のあちこちを殴りつけていた。

「もう名乗ったでしょう。早く、従者たちを止めてください」

「ポルディナか。いい名だ。怒った顔も美しいよ」

 ハイダルはうっとりした様子で、自分の顔をさらに近づけてくる。鼻先に、かすかな香水の匂いが漂った。

 それは、上質であったが、ポルディナにはひどく嫌なものとしてしか記憶に残らなかった。

「いやっほーう、オラオラオラぁ!!」

「ひぐえっ、その娘は、ぽ、ぽぽポルディナですうっ、もうやめてくださあいっ」

 使用人が一際高く叫ぶと、ようやくハイダルは暴行を止めた。

「なんで、こんなひどいことを」

「ひどいだって? それはちがうよ、ポルディナ。あの使用人は君の名前を知っていたのに、すぐさま教えなかった。これこそ、一等の罪悪だと思わないかい。そもそも、君も君だ。この、ハイダル・バーナーが名前を聞いたということは、イコール君は僕のものとなったも同然なのだよ。さ」

 ハイダルは当然のようにポルディナの腕をつかもうと手を差し伸ばしたが、即座にその手のひらは激しく叩かれた。

「ん。そうかい、そうだな。支払いがまだだったな。奴隷を買うなら、先に支払いを済ませるのが貴族としての度量だよな。まったく、売却される段になってもシャイロックのような売主を思うとは、それでこそ僕のモノにふさわしいよ」

 ハイダルがあご先をくいと上げると、おつきのひとりが倒れている使用人に近づき、革袋の紐をゆるめた。

「いくらだ、ホラ。このくらいか」

「おうえぐっ、おぶっ、おぶっ」

 ザラザラと数十枚の銀貨が仰向けになった使用人の顔を打った。

 叩き合うコインの音が乾いた音を立てる。

 最後に、男が革袋を逆さにすると、山となった貨幣を真っ直ぐ下って、人工の池にぽちゃんと落ちた。

「ま、美しいとはいえ獣人風情には、二十万(ポンドル)も払えば相場の倍だろう。遠慮なく取っておきたまえ、使用人くん」

 ハイダルの言葉を受けて、コインの山の下から空気のもれるような間抜けな音が流れ出した。その音は次第に大きくなり、最後にはその場の誰もが理解できる笑い声に変わった。

「たった、二十万(ポンドル)とはバーナー様も笑わせてくれる! ウチのポルディナは特Aクラスの高級奴隷だ! 彼女を買取りたければ、最低でも百万(ポンドル)以上は用意していただかなければお話にはなりませんな!」

 使用人の高笑いと共に、ハイダルの顔色が紙切れのようにすっと白くなっていった。

 ハイダルは無言でポルディナから離れると、財布を預かっていた男に近づいて、冷え切った口調でいった。

「よくも、僕に恥をかかせたな。この、クズが」

「え、で、でも」

 ハイダルは懐のナイフを引き抜くと、ずぶりと男の脇腹に沈めた。白いギザギザの刀身が濡れた血潮を絡みつかせながら、夏の陽光を受けて凶悪に輝いた。

 ハイダルは手首を返して、刃先を男の身体の中で細かく動かす。上向きになった刀身は、男の心臓に突き刺ささって十二分に破壊した。男の絶叫が尾を引いて伸びた。

 ミーニャは恐怖のあまり、両耳を手で塞いで震えている。男の胴体から流れ出る真っ赤な血が、ハイダルの青白い手首を朱に染めた。

「は、や? 若さま、な、なんで?」

「ゴミはいらないんだよ、僕は」

 男は身体をくの字に折ると、顔面から地面に向かって倒れ伏す。同時に、ミーニャの絶叫が流れた。

「一回出した金は貴族の誇りにかけて戻せない。だから、そっちのメスを一匹もらうことにするよ。もしかして、このメスも二十万(ポンドル)以上とはいわないよね」

「え、うそ。なんで」

 ミーニャは目を白黒させながら、ポルディナの腰にすがりつく。

「バーナーさま、確かにミーニャの売値は五万(ポンドル)で足りないとは申しませぬが。彼女はすでに売却先が決まっていて」

「うるさいなあああっ、僕が買うといったら絶対なんだよ! おまえは、このアンドリュー伯にも連なる名門貴族のハイダル・バーナーさまを馬鹿にするのかあああっ。この領内で商売をさせないどころか、兵を残らず向けたっていいんだぞおっ! とにかく買ったんだ! 余計なことはいうなあっ」

 その異常さに使用人は口をつぐんだ。そこには、ミーニャという底辺奴隷の価値に関する冷徹な意志が働いていた。

 ハイダルは子どものように絶叫すると、取り巻きのひとりを手招きした。

「おい、クーチ。おまえは、特に獣人の娘が好きだったよなぁ。このミーニャとかいう娘、ちゃんと使い物になるか、持って帰る前に確かめなきゃなぁ」

「へへ、いいんですかい」

 クーチと呼ばれた男は、同僚のひとりの死体をひょいと乗り越えると、ミーニャに向けて淫猥な視線を向けた。

「え、うそ、うそだよね」

 ミーニャはポルディナに隠れるようにして身体を硬く縮こませた。

「ふひっひ。俺はよう、おまえのようにもっさもさした毛深い獣人娘が好きでねえ。さ、薄毛のオメエさんにや用はねぇ。どくんだ」

 男はポルディナを押しやるとミーニャに向かって淫欲な視線をほとばしらせた。

「正気ですか。ミーニャは嫁ぎ先が決まっているんですよ」

「そんなの俺には関係ねえよ。文句があるなら、若様に頼んだらどうだいね?」

 戦狼族(ウェアウルフ)の膂力と戦闘力は生まれつきずば抜けている。

 特に、彼女は勇猛で知られたベル・ベーラ族一の戦闘の達人である父に幼少の頃から武芸を叩きこまれた一流の戦士だった。

 瞬きの間に、ここにいるハイダルたちの息の根を止めることは素手であっても容易かった。

 ミーニャのうるんだ黒い瞳から涙の粒が盛り上がる。ポルディナが、しっぽを逆立てて、全身の筋肉を攻撃に移らせようとしたとき、使用人の男が叫んだ。

「やめなさい、ポルディナ! ここであなたが歯向かえば、一族はどうなるのですか!」

 そうだ。

 そうだった。

 その言葉に、先程まで高まっていた闘気が一瞬で霧散していく。

「やめてぇ、やめてよおおぅ!」

「きひひ、そうだよそうだよ。いくら嫌がってもいいんだぜぇ。その分こっちは燃え上がるって寸法よ」

 目の前に獣人趣味の男がミーニャを組み伏せている光景が飛びこんできた。ポルディナが顔を伏せてその場を立ち去ろうとすると、肩をがっしとつかまれた。

「ダメだよ、ポルディナ。僕とこのショーを見るんだ。さもないと、わかるね」

 ハイダルが暗い情熱に歪んだ瞳で、見つめてくる。汚らわしさと、こらえきれない怒りの渦に呑みこまれそうになり、強い嘔吐感を覚えた。

「ほら、あのコボルトの乳房。なかなかの大きさじゃないか。畜生同士の見世物もなかなかに愉快だろう」

 ハイダルは気づいていないのだろうか、口のはしからつぅと糸のようなよだれを垂らしながら、静かに股間を膨らませていた。

「やだああ、やだあ、やだよおおぅう!」

 男たちが無理やりミーニャを木陰に引きずり込む。

 目を覆うような惨劇がはじまった。

 ポルディナはその地獄のような光景を無理やり直視させられた。

 いますぐ、死にたいと思った。

 何度も、何度も。

 そして、地獄のような時間がようやく終わる。





「へへへ。オメエもこれが欲しくなったか、んん?」

 クーチは赤黒くヌメった唇を舌なめずりしながら下卑た顔つきで笑った。

 ポルディナは目を反射的にそむけた。その拍子に、ふと、ミーニャに視線を転ずると、彼女の様子がおかしかった。ぴくりとも動かないのだ。

「ミーニャ?」

「チッ。まーた簡単に壊れちまったぜ。へへ、すんませんね。若さま」

「いや、いい道化ぶりだったぞ。クーチ。機会があればまた頼む」

 ハイダルたちはもはや壊れた玩具に興味はないという様子で話しあっていた。

「ポルディナ、また来るからね。僕は必ず君を手に入れるよ」

 ハイダルたちの姿が消えるやいなや、ミーニャのそばに駆け寄って胸元に耳をあてた。

 はっ、と顔を上げて彼女の細くやわらかい喉元を見た。

 そこには、暴虐の残滓がくっきりと跡として残っていた。

「番頭のアントンさまに報告しないと。でも、安い方でまだ助かった」

 ポルディナは使用人のほっとした口調のつぶやきを聞いて、愕然とした。

 ひどい。

 ひどすぎる。

 わかっていたのだ。

 いくら親身に気遣っていても、商人たちから見れば、所詮自分たちは商品のひとつにしか過ぎないのだ。

 値段の多寡でしか意味合いはない。

 目の前で動かなくなった、ミーニャの胸に顔を埋める。

 彼女の毛皮は、やわらかくふさふさして、お日さまの香りがした。

 幼い日に、母に抱かれて眠った日のことをぼんやりと思い出した。

 商家の後添いに望まれ、希望に満ちていた少女が、いまは物いわぬ骸として目の前で横たわっている。

 この庭園はついさっきまで、しあわせそのものの空間だったのに、ちょっとした時間の差で地獄に置き換わった。

 あまりにも非常な現実だった。

「こんなのって」 

 逆らうすべなどない。

 自分は奴隷なのだ。奴隷という身に落ちた瞬間から、すべては終わっていたのだ。

 そのように運命づけられているのである。

 そもそもが、希望を抱こうとしたこと自体が間違いであった。

 シャイロックが自分たちを半ば普通に扱うから勘違いしていた。

 この庭園にたまたま居たからこんな結末を迎えたのだろうか?

 いや、ミーニャに起きた現実だって、早いか遅いかの違いかもしれない。

 商家に行ったとしても手違いひとつで殺されるかもしれないのだ。

 そう思えば、そもそも自分たちは生まれてきたこと自体が間違いだったのかもしれない。

 そのように決まっている。

 運命は定められている。

 ポルディナは、自分があの貴族に目をつけられた時点で完全に終わったことを理解したが、それこそが勘違いだったことを恥じた。

 奴隷(わたし)など、最初から、終わりきっている。






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