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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第15章「クラン戦:ウルフヘッド」
302/302

Lv302「運命の再会」

「なあ、今、激しい侮蔑の波動を後方からびびっと感じ取ったんだが俺の気のせいかな」


「ええっ。ちょっと、やだ。怖いこといわないでよクランド。ただでさえなにが出てくるかわかんなくておっかないのに」


「ご主人さまがそういわれるのならば、それは事実でしょう」


「そうだ。俺の直感はケモノ並みに鋭いのだ」

「ええー。でも、じゃあ、うしろに気をつけて歩かないと」


「背後の守りはお任せください」

「それじゃあ俺はそのポルディナのうしろを守るぜ」


「じゃ、じゃあ、あたしはクランドの背中を……ええっ。あたしが一番うしろになっちゃったよ!」


 ダンジョンの四十階層を蔵人、ポルディナ、レイシーの三人はいささか緊張感に欠ける会話をかわしながらジリジリと進んでいた。


「ムカつくことに、こっからはコケさんがいないな」


「うん、珍しいね。ピカピカさんなコケってホントはなくてあたりまえなんだけどね」


 レイシーが怯えたように蔵人の外套の裾を掴んだ。蔵人はレイシーの濃くなった甘い体臭を嗅ぎながら、ぴくぴく右の眉を心持ち持ち上げながらあたりを警戒する。


 洞窟内に自生するロムレスヒカリゴケの恩恵がなくなった地点で蔵人たちは自前の松明に火を灯した。


 ポルディナ持つ大薙刀の分厚い刃が灯に揺れて冷たく光っている。彼女も緊張感を強めているのか、頭上の犬耳がピンと立っているのがわかった。


(しっかし珍しいな。ポルディナが俺の指示に従わないなんて)


 背後からジッと突き刺さるような視線に蔵人が来た道を取って返すと、そこには主人に怒られるのを覚悟してシュンとうなだれたまま尻尾を下げているポルディナの姿があった。


「妙な胸騒ぎがしまして。命令に従わず、この罪は……」

「ああ、もういいよ。気にするな」


 蔵人の撹乱作戦の指示に逆らってまでついてきた理由が自分の身を案じてならば、責める気にもなれなかった。


 蔵人、レイシー、ポルディナの三人となったパーティーはてけてけとダンジョンを進む。



(さて、ここが最奥ってんなら、そろそろ凶悪なバケモンの一匹や二匹、飛び出て来ても不思議じゃねぇな)


「さっきの冗談はともかく、おめーらは俺の背中に隠れてろ。こう暗ェとどんなモンスターが不意打ちかまして来るか知れたもんじゃねぇ」


「うん、援護は任せてよ」

「ご主人さまのお心のままに」


 蔵人の警戒は杞憂に終わった。


 ゆっくりと歩を進めても襲いかかって来るモンスターは一匹も出現しなかったのだ。


 目の前の空間は相も変わらず重く押し黙ったまま身じろぎしない。小鼻をヒクヒク蠢かせると湿った空気と洞窟内独特の臭いが嗅ぎ取れた。


「あ、明かり……」


 レイシーがぽつりとつぶやく。まもなく蔵人たちは闇の中を這い出て明るく清潔な石畳の通路に出ていた。


 地底の奥底だというのに、まるで晴れの日のアーケード街の天井ガラスから降り来る強烈な陽光に照らされているような光の空間である。


 蔵人が足元に視線を落とすと、チリひとつない白い床石は機械で寸分なく測って切ったように正確でいて、それはある種の不気味さを加速させていた。


 天井は天然の岩壁であるが奇妙なほどに白かった。目を凝らすとこのダンジョンに自生する光を発するコケが規則正しくびっしりと生えていた。それらのコケはポスターカラーで塗り潰したかのような作り物染みた色合いで岩肌や壁にマッチしており、蔵人は一瞬ここがF世界ではなく現代日本にあるどこかのアトラクションの一画であるかもしれないと勘違いしそうになり頭がクラクラした。


「ご主人さま。ここが終着点らしいです」


 ポルディナがいう通り、目の前には奇妙な文様が病的に施された十メートル四方の巨大な扉が待ち構えていた。


 守護獣と呼ばれる存在とやり合うのがはじめてではないが、今までは常に総力戦に近いものがあった。


 蔵人の中で一瞬、こだわりを捨てて仲間が来るのを待とうかという考えが浮かんだが、自分を心配そうに見上げるレイシーの目を見て生来の頑固さが心の弱虫を一斉に捻り潰す。


「ケッ。となれば勝負はどうあったって俺たちの勝ちだ。どんなバケモンだろうがこの蔵人さまにかかればチョチョイのチョイよ。さあ、ポルディナ、レイシー! 俺のうしろについてこい!」


「うんっ」

「承知しました」


 蔵人は腰の得物をスラと引き抜くと、左手を扉にかけて一気に押し開いた。


 ――鬼が出るか蛇が出るか。


 数秒後、蔵人は回れ右してすぐさま帰宅し、どんな女でもいいから酌をさせて泥酔したままなにもかも忘れたい気分になった。


 目の前にはとてつもなく巨大で不気味なニンゲンの頭部を持った青白い亀がいた。






「ヨクゾ、ココマデ辿リ着イタ探索者ヨ。我コソハ、守護獣ショワンウ。オマエノ力ヲハカラセテ、モラウゾ」


 ショワンウと名乗った巨大な亀の守護獣がいる部屋は、一面に白い床石が敷き詰められているが、ところどころが奇妙に波打っており、小さな池が無数に点在していた。


 全身が濃い青で染まった奇妙な亀である。


 顔と四肢が人間のものと変わらないところが異様さを際立たせていた。


「つーか、なんなんだこの部屋。バニシングポイントが見えねえ。頭がおかしくなりそうだ」


 蔵人が困惑するのも無理はなかった。どういった魔術的な力が働いているのかはわからないが、この空間に限っては奇妙なことに地があっても天がなかった。


(どういったまやかしかはわからないが、とにもかくにも目の前にいるあの亀をぶっ倒すしか手はないな)


「レイシー、フォローを頼む。ポルディナ、行くぞ」

「はい」


 考えるよりも行動する。特に、今回に限っては前面に押し出す札は自分とポルディナの二枚だけだ。蔵人は地面を蹴って駆け出すとショワンウに突っ込んでいった。


 ショワンウは禿頭の男性の顔を持つ巨大な亀のバケモノだ。手足はしっかりと地面に突きながら九〇式戦車ほどもありそうな身体を余裕で支えている。


 蔵人は自慢の愛刀である黒獅子を逆手に持つと外套を翻しながら身を低くした。


 腰を落としてショワンウの金壺眼をジッと睨んだ。

 この行動にどれだけの意味があるかはわからないが――。


(要は気合だ)


 殺し合いのときにこそ、種族を違えず瞳にはなんらかの意思が籠る。


 視線を切らさないのは相手の行動や思惑をわずかでも読み取ることが、自らの生存に繋がることを蔵人はこれまでの経験で知っていた。


(どこ見てるかわかんねーバケモンだがな)


 自分と守護獣の体格は違い過ぎる。


 弱点は人間と変わらない頭部のようであるが仕掛けてみない限りは判断がつかない。


「うおっと」


 そうこう考えて距離を詰めている間にショワンウはカパッと大口を開けて真っ赤な口腔を見せると凍てつくような息吹を吐き出した。


 ヒヤッとした空気の動きに蔵人の身体が反射的に動いた。


 距離はまだ二、三十メートルほどあるがひりつくような冷気によって一瞬で前髪が凍りつく。


 ショワンウはその巨体から想像できないくらいの素早い動きで前進して来たのだ。


「のわっ」


 制動をかけるよりも早く身体がふわっと宙に浮きあがった。後方にいたポルディナが襟首を摘んでギリギリで回避させてくれたのだ。


「大丈夫ですか」

「サンクス」


 さすがは抜群の膂力を誇るポルディナである。巨体の成人男性であっても彼女からすれば仔犬を持ち上げるようなものだ。


 蔵人はお嬢さま抱っこされた状態から地面に下りると再び剣を構え直した。


(け。うかつに近づけねーか。カレンやルッジがいれば遠距離から攻撃して様子見できるんだがな)


 ――いや、ないものねだりはよそう。

 戦いに未練や戸惑いは命取りになる。


「ポルディナ。スピードを活かしてあいつの注意を逸らさせるんだ。的を絞らせずに敵のブレスを拡散させる。隙ができたら一気に切り込むぞ」


「承知しました」


 蔵人の作戦を理解したポルディナは重量のある大薙刀を投げ捨てると、間を置かず走り出した。


 狩りでいうところの猟犬の役目である。重たい武器を捨てて身軽になったポルディナの動きはケモノ同然であった。


 もとより亜人の中でも膂力と俊敏さに優れるウェアウルフの力は人間をはるかに超えている。


 素手であっても充分な攻撃力を持っているポルディナはショワンウの周囲を一定の距離を取ってぐるぐると回り出した。


 人間ではウサイン・ボルトが時速三十七キロ強とすればポルディナのスピードはこのときチーターを超える百三十キロ代に到達していた。


 しかもウェアウルフ族の恐ろしいところはこのスピードを二分以上持続して出し続けられる点にあった。


 これにはショウンワも氷のブレスの的を絞ることができず、ただ無意味に長い首を右に左に動かすだけであった。


 ――今だ。


 この機を逃す蔵人ではない。ポルディナにははるかに及ばないが彼なりのトップスピードで走り寄ると、地面を蹴って勢いよく飛び上がった。


(この巨体ならば背中に乗れば対処の仕様がないはずだ)


「げ」


 だが、ショウンワは今の今まで引っ込めていた尾をしゅっと飛び出させると鞭のように素早くしならせ背後から迫る蔵人へと叩きつけた。


 しかもショウンワの尾はただの尾ではない。

 尾の先端は巨大な咢と牙を持つ凶悪な蛇であった。

 牙が勢いよく迫る。


 蔵人は黒獅子をカチ上げて尾の攻撃をギリギリでかわした。


「ンなろっ」


 素早く切り返して斬撃を見舞う。


 切っ先はズンと蛇の頭部に切り込みを入れて青黒い血を噴出させることに成功した。


 蔵人は素早く背後に飛び退ると、尾の攻撃範囲から逃れた。


「ご主人さま」


 これを見ていたポルディナは眦を決するとショワンウの左前足に掴みかかった。


 ウェアウルフの膂力は人間をはるかに超える。


 ポルディナは数十トンに達するであろうショワンウのバランスを崩すことに成功すると、すかさず放たれた氷のブレスをひらりとかわし抜群の距離を取った。


 だが、ショワンウは特に動揺を見せることなく滑るように移動すると、空間に数多ある池へと飛び込んだ。


 途端に強烈な飛沫が上がってショワンウの姿が消える。


「どこへ行きやがった?」


 蔵人が叫ぶがショワンウは完全に姿を消したままあたりに沈黙が満ちた。


(あの池は底なしなのか。てことは――)


「ポルディナ。うしろだ!」


 蔵人の叫びと共にポルディナの背後の池からショワンウが姿を現した。轟音と共に姿を現したショワンウはぽっかり口を開けると水弾を連続で放って来た。


 だが、ポルディナの俊敏さと格闘センスは蔵人とショワンウの予想を超えていた。彼女は頭上の犬耳をピクリと動かすと、後方を振り返りもせずに飛び上がってショワンウの水弾を次々にかわす。


 水弾は白い床石を粉々に砕きながら不発に終わる。


「ヤルナ。ナラバ、コレハドウダ」


 ショワンウは感じ入ったような声を出すと、ポルディナに向かって今度は氷の弾を撃ち出した。


 だが、ポルディナは池と池の間を縫うように駆けて、先ほど投げ捨てた大薙刀を引っ掴むと放たれた氷の弾を打ち返した。


 氷の弾は一直線にショワンウに飛んで甲羅にぶち当たると砕けて散った。ショワンウは自らの攻撃が通じないとわかると、再び池へと飛び込み身を隠す。


「任せて」


 このとき遠くで戦闘を見守っていたレイシーが自慢の喉を鳴らして水精霊独自の歌を披露した。


 独自の言語で歌う調べの意味は蔵人に理解できなかったが、しばらくすると無数に点在する池からふつふつと泡が沸き立ち、ほとんど時間もかけずにそれらの泡は勢いを増した。


「熱っ。こりゃ熱湯か?」


 側に立っていた蔵人の足元に弾けた池の水が飛び散り、はじめてレイシーの歌声でそれらが高温に熱せられていたことに気づく。


 いかなる秘術かは凡人の与り知らぬところであるが、レイシーは声の魔力によって空間における池の温度を瞬く間に沸騰寸前まで煮立たせたのだ。


 これにはたまらずショワンウも池から飛び出して来る。待ち構えていたポルディナが手にした大薙刀を狙いもつけずに叩きつけた。


 その速度や威力は固い甲羅をものともせずに破壊してショワンウの背中を割ることに成功した。


 煮上げられたショワンウは全身に火傷を負いながら微塵も怖じけることなく、今や最大の脅威と察したポルディナに的を絞る。


「ちょい待ち。主人公は俺だぜ!」


 だが、完全にノーマークになった蔵人がこの隙を見過ごすわけがなかった。素早く走り寄ると、完全に無防備だったショワンウの左足へと黒獅子を埋没させた。


 ショワンウは声を上げると巨体を捩って蔵人の攻撃を嫌がった。蔵人は刃を引き抜くと、滅茶苦茶に動かしながらショワンウの脚を滅多切りにした。


 ショワンウは尾を振って蔵人の頭を噛み切ろうと蛇頭を差し向ける。


「だあっ。こっち来るなっての!」


 すかさずレイシーが池に飛び込んだ。水精霊である彼女は自分の身体を水と同化させる特殊能力を持っている。レイシーは素早く移動し、尾から逃げ回る蔵人を池に引き込むとショワンウから遠ざけた。


「クランド、だいじょぶっ?」


「ごぶっ。あの、レイシーさん。できれば一声かけていただけると助かるのですが」


「わわわっ。ごめーんっ」


「ナルホド。ソノ水精霊ノ娘ハ厄介ダ」


 ショワンウはそういうと金壺眼を光らせて奇妙な呪文を詠唱し出した。


 ここで不運であったのは、このときの蔵人のメンバーにこの世界の魔術知識に明るい者がひとりもいなかったことであった。


 嫌な予感がする――。


 本能的に蔵人が背筋を震わせるよりも早くショワンウの詠唱は成功した。


 空中に光り輝く魔法陣が出現すると、レイシーの頭上に移動した。


「は、はれ?」

「お、おいっ! レイシー!?」


 蔵人が手を差し延べるよりも早くショワンウの術は成功し、レイシーの身体は足元から徐々に凍りはじめる。


「我ハ水ヲ司ル守護獣ナリ。サア、ソノ娘ヲ救イタクバ時間ハアマリナイゾ」


「の――野郎!」


 いきり立って蔵人が黒獅子を上段に構えるとショワンウは再び池に潜って姿を隠した。


(このままじゃ詰みだ)


「ク、クランド。逃げて。あたしに構わないで」

「黙ってろ! 今すぐあの亀野郎をたたっ斬って助けてやっからな!」






 威勢のいいことをいったが蔵人は完全に手詰まりだった。ショワンウは蔵人たちの攻撃を警戒して池からまったく姿を現さない。


 時間は刻々と経過していき、胸に抱いているレイシーのあたりまでが凍りついていた。


「だめ、クランド。あたしを置いて逃げて。戻ってみんなと合流すればきっと勝てるよ」


「馬鹿いうな。おまえをひとりぼっちにさせられるかよ」


 凍りつくスピードはノロノロとしているが、たぶんこの調子ならば五分と経たないうちにレイシーはものいわぬ氷像と化すだろう。


「ポルディナ。戻ってみんなを呼んで来てくれ。ほかに手はねぇ」


 と、なれば蔵人の決断は早かった。強情で負けず嫌いな蔵人であるが、家族のことならば話は別である。


 ポルディナは小さくうなずくと風のように出口へと走り去ってゆく。それを見逃すショワンウではなかった。


 ざばっと巨大な飛沫を舞い上がらせて池から出現すると口腔から凍りつくブレスを激しく吐きかける。


 だが、一旦退くと決めたポルディナはショワンウの威嚇的攻撃をまったく相手にせず、飛び上がって空でトンボを切るとそのまま駆け去った。


(さあ、あとはみんなが着くまでこの亀野郎からレイシーを守り切るだけだ)


 蔵人はレイシーをそっとその場に横たえると着ていた外套をかけた。


「クランド……」

「待ってろ。すぐカタをつける」


 黒獅子を平正眼に構えるとゆっくりと歩を進めてゆく。


「さあ、ショワンウ。これでタイマンだ。おまえも男なら逃げ隠れしないでケリつけよーじゃねぇか」


「ソノ心意気善シ」


 蔵人は点在する池を縫うようにしてショワンウと平行に走り出した。ショワンウは器用に四肢を動かすと徐々に距離を詰め攻勢に出た。


 単純に身体の大きさと重さが違う。ショワンウからすれば蔵人は巨象に立ち向かうアリのようなものだ。


 だが、このアリには一刺しの毒がある。その毒は強烈で時として巨象をも一撃で殺しかねない。


 戦いの潮合が極まった。


 ショワンウは一気に四肢と頭を甲羅の中に引っ込めるとその場で激しく回転し出した。


「なんだと?」


 蔵人が目を剥くと同時にショワンウは池と床石の上をすべるように跳ねながら一直線に向かって来る。


「だあっ」


 急激なスピードで旋回するショワンウの甲羅の端から鋭利な刃がズラッと飛び出し煌めいたのを蔵人は視界に捉えた。


 横っ飛びにかわした。


 左肩に熱湯をかけられたようなショックが走った。一気に鼓動が激しくなった。背筋にひやりとした冷たいものが流れる。


 ――反則じゃねぇか。昔の特撮怪獣かよ。


 ショワンウはしばらくバウンドしながらかなたに移動すると円を描くように再び蔵人に向かって来た。


 いかに黒獅子が名刀であるといえど、直接巨体のショワンウと噛み合えば打ち負けるのは必定である。


(一瞬でいい。やつの動きを止められれば勝機はある)


 ドクドクと流れる左肩の傷口を気にしながら迫るショウンワを睨みつけた。


 そして戦況は思わぬところで大転回したのだった。






 蔵人の背後から雄叫びが一斉に鳴り響いた。


 ひとつ、ふたつではなく、まとまったそれは上下のない空間を震わせた。


 ――それは狼の一団だった。


 と、いうのも全員が野獣の毛皮を頭から被り、手に手に得物を持ってダンジョン内に轟き渡るほどの咆哮を放っていたからだった。


 ジッと注視すると、次第に彼らがまだ若い冒険者の一団であることがわかった。


 漆黒のような髪を長く伸ばし頭部からは犬耳がピンと突き出している。


 尻には立派な尾がふさふさと生えており亜人であることは明白だった。


 彼らが持つのはそれぞれ重量級の斧や鉄槌、それに分厚い刃の巨大な刀だった。


 人数は見たところ二十に届かぬ数であったが、集団から放たれる殺気は圧巻だ。


 亜人の一団は蔵人に目をくれることもなく一気にショウンワに襲いかかった。


 彼らの動きは俊敏だった。


 その上、武器を振るう手捌きは軽快で手馴れており、ショウンワの放つ氷のブレスなどものともせずに甲羅へと着実にダメージを与えている。


 統率された狼の一団。


 イメージにはそれがもっとも近かった。


 ポルディナと遜色のない動きで、あちこち跳ね回りショウンワの甲羅はみるみるうちに亀裂が走っていった。


 だが、ショウンワも伊達に守護獣をやっていない。蔵人を傷つけた甲羅の刃を繰り出すと瞬く間に取りついていた数人を切り刻んだ。


 飛び出した甲羅の縁の刃は男たちの身体を確実に傷つけ立ち上がれないほどのダメージを与え、あたりに血煙を立てた。


 だが、男たちはよほど我慢強いのか、はたまた無神経なのか後方に数メートル吹っ飛んだ直後に立ち上がった。


「なんて頑丈さだ」


 男たちの中でも頭だった存在の長髪が忌々しげに吐き捨てる。


 スラッと通った鼻筋に涼やかな目元。


 二十代半ばくらいの男のやたらに整った横顔は作られた彫像のようであった。


 鉈のような大剣を持った長髪の男と目が合った。


(間違いない。たぶん、コイツらポルディナと同じのウェアウルフだ)


 蔵人はかつて寝物語にポルディナから聞いた話を思い出した。ウェアウルフの一族はロムレス貴族と盛んに揉めて、今や数が非常に少ない種族であるということだった。


 男のウェアウルフに会うのはたぶんはじめてだ。


「オイ、兄ちゃん。先口は俺だぜ」


「ダンジョン内のモンスターはどこの誰のものと決まっているわけではない」


 突き放すような言葉とは裏腹に目の前の男からは不思議と奇妙な親和感を覚えていた。


「そらそうだ。けど、互いに時間もかけてらんねェだろ。手柄も先にあるアーティファクトもどうでもいい。時間がないんだ。協力してもらえるか」


 蔵人がそういうと男はどこか戸惑ったように瞳を瞬かせると薄く笑った。その微笑みはポルディナが機嫌のいいとき、ごく、たまに見せるもので、蔵人は無条件にこの男を信じていいと思いつつあった。


「その条件、呑んだ」

「ちょっとだけでいい。亀の動きを止めてくれ」

「了解だ」


 男の決断力は早かった。

 そして行動も動きも素早い。


 蔵人が剣を構え直す前に男は喉を鳴らして唸った。


 それが合図だったのか――。


 ショワンウに波状攻撃をかけていた男たちが一斉に退いた。


(どうするつもりなんだ?)


 蔵人の思考よりも早く、男は勢いよく吠えたてた。同時に、一団は一糸乱れぬ動きでショウンワを一定の距離で包囲すると、着かず離れずにその周囲をぐるぐると回り出した。


 一旦退いたのは男たちの作戦であった。


 ショウンワは池に逃げようとするが、その都度男たちは包囲を狭めて死角から圧を加えるので思うような行動が取れずにいた。


 かといって、ショウンワが得意の氷のブレスを撒き散らしてもウェアウルフの男たちのほうが、はるかにスピードで優っているので捉えることはまったくできずにいた。


 苛立ったショウンワは再び四肢を引っ込めて回転攻撃を加えようとしたが、その隙を見過ごさず男たちが一気に詰め寄って来るので包囲網を突破することもできない。


 ショウンワが蛇頭の尾を苦し紛れに後方に放つと、巨大な鉄槌を持った男が吠えた。


 その直後、蔵人の隣にいたはずの長髪の男がいつの間にかショウンワの横合いに移動しており、跳躍した。


 巨大な鉈剣がピンと首を伸ばした蛇頭の尾を根元からバッサリと切り落としたのだ。


 噴水のような血液がショウンワの尾からドッと流れ出た。


 同時に男たちは散開すると、のたうつ蛇頭の尾から逃れた。


 それを見逃す蔵人ではない――。


 黒獅子を両手持ちにすると、完全に無防備になったショウンワの正面から突っ込んだ。


 ウェアウルフの一団に気を取られていたショウンワは凍りつくブレスを吐き出すタイミングがわずかばかりに遅れた。


 蔵人は腹の底から気合を発すると全身を凍りつかせながら、前方に飛んだ。


 黒獅子の切っ先がショウンワの額にズンと突き立った。


 全体重をかけた蔵人の一撃。


 勢いのままに黒獅子の鍔までがショウンワの脳天に埋没した。


「おおおっ」


 もはやブレスは完全に止まっている。


 蔵人は顔全体を凍りつかせながらガチリと奥歯を鳴るほどに噛み込んで黒獅子をカチ上げた。


 ズッと黒獅子はショウンワの額から後頭部を走り抜けて空に舞った。脳漿と思しき粘液質な物体が虚空に拡散する。


 蔵人は軽やかに跳躍するとダメ押しとばかりにショウンワの首を黒獅子でこれでもかとばかりに叩き落とした。






「ごめんね、また、足手まといになっちゃって……」


「ばか。くだらんことを心配するんじゃない。俺に任せとけば万事オッケーだ」


 蔵人はレイシーを抱きかかえながら、援軍を呼びに行ったポルディナを待っていた。


 守護獣を倒したと同時にレイシーの術は解けて、みるみるうちに凍りついていた身体は元通りに戻ってゆく。


 ショウンワは蔵人が首を切り落とすと同時に、シュワシュワと音を立てながら緑色の粘液に溶解しながら甲羅だけを残して地上から消滅した。


 蔵人を助けたウェアウルフの一団は如才なく、四十階層のボスが持つお宝を回収に行っている。


 古代十二神器の凄さは身に染みてわかっていたが、蔵人にとってはそんなアーティファクトよりもレイシーのほうが比べものにならないほど大切であった。


 レイシーは酷い目に遭ったはずであるが、赤子のごとく蔵人に横抱きにされて、満足そな笑みを浮かべていた。


「にしても、意味わからんくらいに手こずらせやがって。俺はカメさん嫌いになった」


「あは。今度、お店でウミガメのスープ作ってあげるね」


「そんだけ減らず口叩ければ平気そうだな」


「だめかも。クランドが抱っこしてくれてなきゃだめかも」


「ダメなのかよ」


 そんなやり取りをしていると蔵人の背にひとりの男が立った。先ほどのウェアウルフの一団を統率していた若い男だった。


「野暮な真似をする気は毛頭ないが。取り分に関して、本当にこの階層のアイテムはこちらで貰ってしまっていいのか?」


「ああ、構わねーよ。男に二言はねぇ」


 蔵人がそういうと男はフッと薄く笑って両腕を組んだ。


「おまえみたいな骨っぽい男は嫌いじゃない。ニンゲンにしては中々やるじゃないか。オレの名はルーク。見ての通り、誇り高きウェアウルフだ。ウルフヘッドというクランに所属している。少しは聞いたことがあるんじゃないか?」


 ルークは胸を張ると頭上の犬耳をピンと立てた。尻尾も小刻みに左右に揺れている。ポルディナが「褒めて褒めて」の波動を出すときまるきり同じだった。


「ふぅん。フォースの遣い手みたいな名前だな」

「うん?」


 ルークが怪訝そうな顔つきになり蔵人は我に返った。


「ああ、気にするな。こっちの話だ。俺はクランド。こっちはレイシーだ」


「危ないところを、助けていただきありがとうございます」


 レイシーが素直に礼を云うとルークは戸惑ったように目を瞬かせた。


「気にするな。それよりもクランドたちはたったふたりでここまでたどり着いたのか? 仲間も連れずに? 自殺行為だぞ」


「ンなわけねーだろ。こんな奥底までふたりじゃさすがに無理だ。仲間は、ほら。たった今、遅れて到着したみたいだ」


 蔵人が指摘するよりもルークは後方から響く足音に気づいていたらしい。だが、ルークの様子は見るからに不審だった。たった今守護獣とやり合ったとは思えないほど落ち着き払っていた態度が一変して、耳を立てながら両眼をカッと見開いている。


「ご主人さま! 遅れて申し訳ございません!」


 振り向けばポルディナがドロテアたちを引き連れながら扉の向こう側からスカートの裾を摘みながら駆けて来るのが見えた。


「あれあれ。アイツらが俺の――」


 いうより早くルークは脱兎の如く駆け出すと蔵人の前から消えた。呆気に取られる間もなく、ルークは一番前を駆けていたポルディナの前に飛び出すと、いきなり飛びついた。


「ンなっ?」


 想定の範囲外であるルークのあまりの行動に蔵人は酸素に餓えた金魚のように口をパクパクするのが精一杯だった。


 こいつポルディナの超絶的な美貌とプリチーさに狂ったんか――?


 だが、この時点で蔵人はそれほど心配はしていなかった。誰よりも蔵人に忠実で潔癖なポルディナことだ。自分がどうこうする前にルークはぶん投げられて成敗されるだろう。


 そうに決まっている、うんうん――。


「ポルディナ、オレだよ……! ずっと探していたんだ。ああ、こんなところで再び会えるだなんて! これこそ神のお導きだ……!」


「はぁ?」

「ルーク、さま」


 だが、ポルディナの反応は蔵人の予想を大きく裏切った。


 抱き返さないまでもポルディナは目尻に涙をわずかに浮かべながら感情を露にしていた。


「はあああっ!?」

「んきゃっ」


 蔵人はレイシーを放り投げると頭からピーッと湯気でも吹き出しそうなほど真っ赤な顔になって立ち上がった。


「ざっけんな!」


 ルークとポルディナの熱い抱擁は続いている。蔵人が「ちょ、待てよ……」と顔を斜めに傾けながら男の渋いホルモンを出そうとカッコつけて歩き出したところ、まったく注意力が散漫になっていたので足元の突き出た岩に思い切り躓いて前のめりにぶっ倒れた。


「んぶっ」


 顔面をぶつけ目の前に星が散った。

 痛みとショックで蔵人は激しく放屁した。

 惨めさと情けなさが倍加する。


「ぷっ。なんか笑えるのだ」


 その様子を遠くで見ていたリザがよく通る声で笑ったとき、蔵人の理性を司る貧しい回線はプチプチッと残らず千切れた。


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― 新着の感想 ―
[一言] もう、続きは書かれないのかな……
[良い点] ついにポルの過去が明かされそうで楽しみです [一言] 続きが読みたいです! よろしくお願いします
[良い点] はじめから読み返しましたが、やっぱり面白い! [一言] 気長に待ちます〜
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