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ダンジョン+ハーレム+マスター  作者: 三島千廣
第1章「遥かなる旅路」
28/302

Lv28「虜囚」





 

「なんだい。いきなり船が乗っ取られちまったと思ったら、甲板で斬りあいがはじまったよ」

「これから私たちはどうなるんだろうねぇ」

「なに、私は商売で何度もこのクリスタルレイクとシルバーヴィラゴを往復しているが、この黒蛇党という湖賊はそれほどタチの悪い奴らじゃない。いつものように、ご領主さまが我々に対する、いくらかの身代金を払っておしまいさ。ほら、旅慣れた人たちを見てみなさい。落ち着いたもんだろう」

「そいつは心強いことをいってくれる。ま、そもそもがシルバーヴィラゴにはたっぷりと兵隊さんが駐留しているんだ。領主さまのお膝元で、そうそう非道なこともできないだろうさ」

「気楽に考えればちょっとした見世物だね。これも旅につき物の話のタネのひとつと思えばそれほど苦にもならないだろうさ」

 客船レッドファランクス号の三等客室、いわゆる最下等にあたる大部屋で、ふたりの商人が声高に話しあっていた。

 所詮は年中行事、どうということはない。

 とお互いに決めつけている彼らを見て、オークの青年ゴードンは、下腹をチリチリさせる違和感を拭いきれずに居た。

「あなた、だいじょうぶかしら」

「平気さ、ミリアム。ほら、君もあそこで話している商人たちの話を聞いたろう? 湖賊が乗合船を襲うことなんてよくあることなのさ。それに、賊たちが狙うとしたら、一等客室の金持ちたちだけだろう? そもそも、僕たちはどこを振ったって一(ポンドル)の銅貨だって出てこないじゃないか」

 ゴードンの妻、ミノタウロスのミリアムは、それでも不安そうに夫の両手をぎゅっと握り締めると、大きな瞳をうるませた。

「でも、もしかしたら、わたしたちもなにかされるかも、怖いわ」

「ははっ、大丈夫だよ、ミリアム。君は、僕がなにがあったって守ってみせる。大切な妻に指一本触れさせはしないさ。それに、ほら、マルコ司教の泰然自若ぶりを少しは見習ったらどうだい」

 ゴードンは、妻の恐怖を払拭しようと、かたわらの司教を指差す。

 そこには、目をつぶったまま、ピクリともしない長年の修行の貫禄を思わせる僧侶の姿があった。

 ミリアムは、司教マルコの口元に自分の耳をそっと近づけると、眉を八の字にしかめた。

「寝てるわ」

 マルコはすべてを放棄して現実逃避していた。見事なほどの寝付きの良さだ。とても、先程まで船酔いに苦しんでいたとは思えなかった。


「は、ははは。それは、あれだよ。余裕のあらわれさ。司教は既に僕らの理解の及ばぬ次元に到達しているのさ」

 非常に苦しい、いいわけだった。

「不安ね」

 ミリアムがそういったところで、階段を軋ませながら、二十人ほどの湖賊らしき男たちが降りてきた。

 彼らは、磨き上げた曲刀や手斧を見せびらかしながら、乗客たちを品定めするようにじろじろ眺めはじめた。

 それから、全員の顔を見終えると、輪を作ってなにか密談をはじめ、やがて衆議が一決したのか、一番年かさの男が全員に聞こえるよう胴間声を張り上げた。

「よおおし、てめえらよく聞け。この船は、オレたち黒蛇党が乗っとった。つまり、おまえたちを生かすも殺すも、こちらの胸先三寸だってことだ。それを理解して、とっくり聞くことだ。この中で、四十以上の男と女がいたら、手を上げろ! いいか、四十以上だ!

 あとで、嘘ついてたことがわかったら、タダじゃすまさねえぞ。いいなっ!」

 湖賊の声に反応して怯えるように、乗客たちは手をおそるおそる上げだした。

 数は思ったほど多くない。

 総勢三十人ほどだった。

「ミリアム、ゴードン短いつきあいでしたが、いままでありがとう」

「司教、まさか」

「そう、そのまさか。拙僧今年で四十二なんですよ。もっと若く見えなくね? 二十代とかイけそうじゃね?」

「司教さま、それは無理です」

 マルコはミリアムに否定されると、屠殺場におもむく家畜のように項垂れて列に並んだ。

 もしかしたら、お年寄り枠で、先んじて開放とかされちゃうんじゃないかしらん。

 と、マルコは無理やり自分を鼓舞するが、脳裏には鎌を持った死神が、円の軌跡を描きながら浮遊している。

「ロクなことになりそうもないですねぇ。やっぱ、ミリアムの乳どさくさに揉んどけばよかった」

 マルコが三等客室から階段を登って甲板に出ると、異相の湖賊たちがえも言われぬ顔つきで勢ぞろいしていた。その中央に一際目立つ男が鉤爪を上下に振って指図をしている。

(おそらくあの男が大将株でしょうね。ま、わかったところでどうにもなりませんが)

「どうなるんでしょうね、私たち」

「もしかしたら、年寄りは先に解放されるんじゃないでしょうか」

「聞いた話によると、黒蛇党はいたってものわかりのいい湖賊だそうじゃないですか」

「そういわれてみると、あの親玉もどことなくかわいげがあるように見えてくるじゃないですか」

(そんなわけないでしょう。極めつけの悪党ですよ、あの顔は)

 マルコの見るところ、甲板に集められたのは、三等客室の年配者ばかりらしい。

 誰も彼も不安を打ち消すような話ばかりを口々にささやきあっている。

 やがて、全員は荒縄によって後ろ手に縛られるとひとり残らず船べりに立たされた。それを待ち望んでいたように、湖賊の首領、すなわちバルバロスは右腕の義手の鉤爪で後ろ頭をかいた。

「あー、おまえたち自分に都合のいい妄想を膨らませているようだが、現実にはそんな奇跡はまず起きない。おまえたちは、一等客室や二等客室と違って貧民なので、身代金は望めないし、歳も取りすぎてて奴隷としての価値もない。だから、捨てる」

「は、あー。え?」

 バルバロスの言葉を聞いて振り返った五十くらいの男は、体格のいい湖賊に、ぐいと背中を押されると、紙切れのように容易く船べりを越えて飛んでいった。悲鳴は長く尾を引くと、やがて湖の飛沫と共に消えた。

 それを見た三十人の役立たずたち。

 悲鳴と嗚咽が甲板に木霊した。

「やめろー! オレにはまだやりたいことがー」

「やややや、やめて、やめてくれーっ」

「金なら、金なら少しだけまだあるからっ」

「せめてっ、せめてっ、妻だけでもっ」

「うおおおっ、いやだああああっ!」

 湖賊たちは鼻くそを掘じりながら、コンビニに家庭内ゴミを捨てる程度の罪悪感も持たずに、ぽんぽんと年寄りを(※異世界基準)湖に捨てていった。エコノミストがこの光景を目撃していたら、たぶん苦情が殺到していただろう。

「ああ、せめて死ぬまえに銀馬車亭のレイシーちゃんに、拙僧の横笛でセッション奏でてみない? って頼めばよかった。ダメもとで。……あれ? 案外イケるんじゃね?」

 マルコが最後に飲み屋の女を妄想の中で脱がしていると、湖賊がゆっくりと近づいてきた。

「じゃ、次はおまえさん、んん? おかしらぁ、ちょっと来てくだせぇ、ロムレス教の坊主がおりやすぜっ」

 湖賊の三下が叫ぶと、バルバロスが眉間にシワを寄せながら近寄ってくる。

 マルコは、せめて落とされる順番を後にしようと隣の中年と肩をぶつけあっている最中だった。

「この僧衣に、胸元の特注白十字。おい、糞ども。この坊さんは丁重に部屋にお連れしろ。かなり高位の坊主だ。司教だよ。下手に僧侶を殺すと、白十字騎士団(サンクトゥス・ナイツ)が血眼になって襲ってくるぞ。あいつらは、貴族よりたちが悪い」

「へへ、というわけだ。命拾いしたな」

「待ってください、せめて部屋に聖壇と鈴を。彼らのために祈らせてください」

 マルコは、表情を硬化させるとバルバロスに要求した。彼は呆然とした乗客の指輪を湖賊たちから見えない位置で必死に外していた。

「へ、祈って花実が咲くものかよ。坊主ってのは、無意味なことばかりしたがるもんだなぁ、おい」

 バルバロスが顎をしゃくると、湖賊はマルコを両脇から抱えるようにしてその場から遠ざけた。

 当然、掠め取った貴金属は目ざとい湖賊たちに回収された。

 マルコが連れて行かれたあと、囚われた最下級の人々は、若い男と女に分けられることになった。

 男は主に労働用、女は性交奴隷として売り払われる運命にある。

 当然のところ、男たちは反発したが、湖賊たちに数人が見せしめのために斬り殺されると、ぴたりと静かになった。

 ひとりのオークと人間族の少年を残して。

「おらああっ、この豚野郎がっ、畜生がっ、亜人風情がっ!」

「てめえぇもだっ、このクソガキがっ。泣こうが喚こうが、もうどうにもならねーんだよっ! あああん!」

 湖賊の男たちは、縛り上げたオークの青年ゴードンと、十五、六くらいの少年をリンチにかけていた。理由は彼らが、愛する家族を売り払われるのに、抵抗したからである。もっとも、武器をたずさえての武力抵抗ではなく、あくまで口先だけでのはかないものだった。

 湖賊の男たちも、はじめは面白がって殴る蹴るを続けていたが、どれだけ暴力を受けても食らいつくふたりを見て、大半は顔を青白くしてその場を去っていった。彼らのほとんどは、生まれが貧しい漁民や貧農である。貧しさや飢えで、自分の妻や娘を売り払った覚えがあるものがほとんどだった。

 その場に残ってリンチを続けるのは、バルバロス子飼いの流れ者たちばかりになった。彼らには、心底慈悲や情けなどない文字通りの無法者だった。

「ミリアム、を、返して、ください」

「やめろ、オレのたったひとりの妹、なんだ」

「あなたっ!」

「お兄ちゃんっ、もおやめてぇよおっ。やめてえ!」

 ゴードンは妻のミリアムを、少年は妹の為に最後まで我を張っていた。だが、荒縄で縛られており、周りには武装した男たちが十人近く集まっている。

 いくら、剛力を誇るオークといえど、これではどうにもならない。

 既に、すべてを諦めている男たちは、彼らふたりに加勢をしようともせず、むしろ余計なことを、という風に今後の自分たちの待遇について思いを巡らせている様子だった。

「おい、てめえら、なにをチンタラやってるんだ。女を残らず運び出したら、宴会だといったろうが」

 階段をバルバロスがゆったりとした歩調で降りてきた。顔が少し赤らんでいる。左手には口の空いた酒瓶が握られていた。

「あ、船長。いや、まだ観念しない野郎どもがいて。オークは労働用じゃ高値が付けられやすし、ガキの方は中々顔立ちも整ってるし、貴族の変態野郎どもに上手く売りつけりゃ銭になると思うとバッサリってわけにも。それに、ついつい盛り上がっちまって」

「ふーん」

「やっ」

 バルバロスはミノタウロスのミリアムの顎をつまむと、自分の方に向けさせた。牛の角と耳を持っているとはいえ、その他は普通の人間とは変わらない。

 いや、むしろ容姿においては平均よりはるかに整っていた。タレ目がちな瞳が、夫の心配で普段以上にうるんでいた。自然にバルバロスの目線が、ミノタウロス固有の特徴ともいえる爆乳に注がれる。湖賊の隻眼が淫蕩の炎が揺らめいた。

「見ないで」

 恥じらって自分の両腕で胸を隠す。無意識だが、男の悪心を誘うには十分だった。

「ミノタウロスとはまだヤったことがねぇぜ」

「ミリアムに、さわるな」

 息も絶え絶えにゴードンが訴える。頑丈なオークとはいえ、これだけ長時間暴行を受ければたまったものではない。彼の顔面は、真っ黒に腫れ上がって、まぶたがの上が切れて真っ赤な血が流れていた。

 もう一方の少年は、あからさまに手を抜かれていたのか、それほどひどい怪我ではなかった。

「もう、やめてください。どうして私たちがこんな目にあうんですかぁ」

 幼い少女が舌っ足らずな声で叫ぶ。野卑な男たちのヤジが飛んだ。

「どうしてって、そりゃおまえたちがオレたちの目に留まるほど器量良しだからだよっ」

「へっ、俺らもたまには崩れ切った安女郎じゃなくて、初物も食わなきゃこんな商売やってられねえ!」

「せいぜい美しく生まれたことを不幸に思うんだな!」

「クレア、くそ。賊ども。オレの妹に手を出したら、許さない、ぞ」

「なにが許さないぞ、だ! このボケがッ!!」

「いいいっ」

 男は少年の顔面を鋭く蹴上げると、髪を引っ掴んで、床板へと打ちつけ始める。

 ゴンゴンと、鈍い音が鳴り、血飛沫が辺りを濡らした。

「やめてえっ、やめてよう!!」

 クレアと呼ばれた少女。

 豊満な若妻といったミリアムとは対照的に、まるで人形のように可愛らしい容姿をしていた。お姫さまのように、フリルのついたピンク色のドレスを着ている。長く美しい金髪は、上質なシルクのように輝いていた。大きな青い目と、整った鼻筋にピンクの唇がひたすら愛らしかった。

「おねがいします、湖賊さん。アベルお兄ちゃんを許してください」

 まだ幼さを残す美少女が、涙をこぼしながら慈悲を乞う。男たちの中に、誰も踏んだことのない新雪を踏み荒らすような、真っ黒な情熱に火がともった。

「ふぅーん。にしても、お嬢ちゃん。君、随分いいお洋服着てるねえ。おい、性交奴隷にするのは貧乏人だけにしろっていってだろう。貴族は売り払うより、身代金とったほうが手間考えりゃおトクなんだよ」

 バルバロスが手下を軽く叱責する。

「へ、へい、おかしら。でも、その小娘、三等客室にいたんで」

「うううん? この服は貧乏人が買えるシロモンじゃねえぞ」

「いやあっ」

「クレアっ」

 バルバロスがクレアのスカートをめくると、清潔そうな白いショーツが見えた。

 湖賊たちの下卑た笑い声が船室に響く。

 クレアの兄、アベルが恨めしそうにバルバロスをせめてもと、睨みつけていた。

「うーん、クレアちゃん。君はどうして、こんないい服を着ているのかい? この首飾りも、安物じゃないよね」

「服は、お兄ちゃんが一生懸命お金を貯めて買ってくれたんです。首飾りは、お母さまが、たったひとつ残してくれた宝物で。ひうっ。やめて、へんなところさわらないでぇ」

「やめろーっ!」

 バルバロスは、自分の横に座らせたクレアのスカートから指を突っ込むともぞもぞと太い指を動かし、少女のやわらかな太ももの感触を楽しんだ。

 アベルが眼球を真っ赤にしながら血の出るような叫びを上げた。

「なるほどなるほど。そうそう、おまえらふたり、どうしても自分の女房と妹を差し出しなくないって気分変わらないのか? そんなにボコボコにされて」

「ミリアムは、僕のすべてだ」

「クレアは必ず、守る」

 ゴードンとアベルが合奏するように叫んだ。

 バルバロスは、うんうんと頷くと、男たちにふたりの縄を解くように命じた。ふたりは、よろつきながら、それぞれの愛する女に駆け寄ろうとするが、バルバロスは隻腕の鉤爪を上げて制した。

「ようし、ここでひとついい余興を考えた。女を返してやってもいい。ただし、返す女はおまえらどちらか、ただひとりきりだ。わかるか、つまりは、ガキと豚、勝負して勝った方が、勝者として女を得られる」

「どちらか、ひとりだけ」

 ゴードンがよろけながら立ち上がる。対照的に、アベルとクレアの顔色が真っ青に染まった。

 人間族の、しかもなんの武術の心得もない子供がオークと戦って勝てるはずがないのだ。

「しかーも、なんと勝った方は、相手の女も手に入れられる。つまり、豚野郎が勝てばこの美少女を。ガキの方が勝てばこのぉ豊満な人妻を手に入れて、ハメまくることができるって寸法よ。なんの褒美もなく殺しあいをさせるほど、このバルバロスさまはケチな男じゃねえ。さ、この勝負呑むかね」

 ゴードンが勝てば、妻を取り返すだけではなく、クレアという美少女を。

 アベルが勝てば、妹を取り返すだけではなく、ミリアムという美女を手に入れられる、と。

 実に湖賊らしい提案であった。

 もっとも、バルバロスにとっては、ふたりの殺しあいも、酒の席の余興に過ぎない。

 だが、ふたりの男はすべてをかけてこの余興に臨まなくてはならない。

 ゴードンとアベルは視線を交錯させると、距離をとった。

 すでに、お互い敵意しかない。

 勝ち残った者しか愛するものを守れない。

 非情な決断だった。

「さ、このままじゃガキの方が不利だから得物を貸してやるわ。さ、せいぜい俺の無聊をなぐさめるんだな」

 バルバロスの手から、アベルに向かって剣が放られる。

 戦いの火蓋が切って落とされた。

「やってやる! たとえ相手が誰であれ、絶対にやってやる!」

 アベルは、鋭いレイピアを拾うと、慣れない手つきで構えた。

 対するゴードンは無手である。が、オークの地力と、炭焼きをするために常に巨木を担いで筋骨を鍛えていた体格は、拘束を解かれ、存分に振るうことができる。

 ゴードンは、一瞬、湖賊たちをまとめて蹴散らし、脱出することを考えたが、周りを囲む十名の男たちが全員武装しているのを見て、その考えを放棄した。

 仮に、彼らの包囲を突破して甲板に逃げ出しても、周りは水ばかりである。それに、ゴードンもミリアムも山の生まれであり、泳ぎはまったくできなかった。それならば、なんとかこの余興に付き合い、交渉の余地を見出す方が、妻といっしょに生き残って逃げ出す可能性が高かった。

「この、オーク野郎が!! オレがぶっ殺してやる!」

 アベルは泣き声のように、引きつった怒声を発すると、剣を構えて走り出す。

 だが、速度も剣先の狙いもまるでなっていない。第一、恐怖のあまり目をつぶっている。これでは、どんな相手でもよけることは難しくなかった。

「うわああああっ!!」

 ゴードンは、闇雲に突っこんでくるアベルの突進をかわすと、足を引っ掛けて転倒させた。冷静に、少年の手首に向かって足を振り下ろす。ごきり、と鈍い音と共に骨を踏み砕いた。

「ぎゃあああああっ!!」

「お兄ちゃんっ」

 アベルは、目に涙を浮かべながら七転八倒する。

 ゴードンは追撃はしなかった。少年の力はあまりにも脆弱だった。

「なんだ、こりゃあ!」

「あんまり早く勝負がつきすぎだぜ。酔いも覚めちまうっ」

 湖賊たちはいいたい放題に野次ると、盃やら食いかけの干し肉を少年に投げつけた。

「おーいおいおい、誰かそのガキを起こしてやれ」

 バルバロスがニヤつきながら命ずると、一番近くの湖賊が杯を一気にあおって、歩み寄った。

「へいへい」

 湖賊が床に転がる少年を助け起こすと、左手に無理やり剣を持たせた。

「おら、ここでイモ引いたらおめぇの大事な妹があの豚公にぶっ壊されちまうぞ」

「うぅ。い、いやだぁああ」

「じゃ、頑張らんきゃねえ、兄貴」

「う、うううううっ」

 アベルは痛みに耐えかね、涙をぼろぼろとこぼした。ゴードンは、顔をそむけながら、強く舌打ちをした。

「ああああっ!!」

 アベルが泣きながら剣を振り回し、再び果敢にも戦闘を開始した。だが、その攻撃は腰も定まっていなければ、相手のこともまるで見ていない。幼児が駄々をこねて両手を振り回しているだけのものと変わらなかった。

(勘弁してくれよ、僕だって負けるわけにはいかないんだ)

 ゴードンは、真正面から少年の左腕を掴むと満身の力を込めて握った。

 こきり、と小枝を折るような容易さで、アベルの左手首がひねられた。

「あああああっ!!」

 痛みに耐えかねて、その場に両膝を突く。

 目を背けたくなるような凄惨さだった。

 ゴードンの丼茶碗のような大きな拳が少年の鳩尾を深々と突き刺さる。

 勝敗は一瞬で決したのだった。





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