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校長室での話を終えると、かなりの時間が過ぎていた。
急いで教室に戻ると、みんなは帰りの準備をしているところだった。
「あっ、戻って来た。遅かったな、そんなに話し込んでたのか?」
高倉君が心配そうに尋ねて来る。
しかしその視線は、天音の隣にいるサクラに向けられており、どうにもサクラの魅力に惹かれてしまっているようである。
職員室の前で聞かされた話。
サクラに惹かれるのは、その理由を知っていたとしても、抗える物ではない。
現に、花塚や他の人にも説明しているという。
それでも、態度が変わる者は一人としていなかったそうだ。
だから、普通の高校生が耐えられるはずもなかった。
「うん、結構話したかな……どうしたのぷっちょ?」
「え、あ、うん……」
何故か、もじもじしているぷっちょ。
いつもなら嫌味か馬鹿なことを言って来るのに、歯切れが悪い。
それに、サクラにチラチラと視線を送っており、お前は乙女かと言いたくなる。
というより、朝の強気なぷっちょはどうしたのだろう。
女子の集団に立ち向かっていく姿は、まるで勇者のように見えたというのに。
そう訝しんでいると、サクラがちょいちょいと制服を摘んで来た。
「天音様、この方々は?」
「あっ、ごめん紹介するよ。こっちの爽やかな人が高倉君、こっちの小太りなのがぷっちょ、僕の友達だよ」
そう紹介すると、サクラは頭を下げて。
「改めて初めまして、神楽坂サクラと申します。高倉様、ぷっちょ、ぷっちょ?様? あの天音様、ぷっちょ様はそのお名前でよろしいのですか?」
サクラはぷっちょで本当に良いのかと、聞いて来る。
別に本名でも渾名でも、ぷっちょの場合はぷっちょに落ち着くので、どちらでもいいと思うのだが、ここはちゃんと本名を伝えておいた方が良いだろう。
だから口を開こうとしたのだが、大きな声で遮られてしまう。
「恵比寿っ! 恵比寿幸太です! よろしくお願いします!」
そう叫んだのはぷっちょだった。
ぷっちょ改め恵比寿幸太は、サクラに向かって頭を下げて手を伸ばしていた。
その姿はまるで、告白した男子のようだった。
付き合って下さい、お願いします! という副音声が聞こえて来そうなほどの、青春をしている男子の姿がそこにはあった。
しかし、これに気付かないサクラは、その手を伸ばしてしまう。
「恵比寿様ですね、よろしくお願いします」
そう口にして、手を取るサクラ。
そして、ぶるっと震えるぷっちょ。
しかし、ぷっちょは、それから動かなくなってしまった。
「……ぷっちょ、どうかした? あっ」
そう天音が心配して体を揺すると、ぷっちょの体は横に倒れてしまった。
どうやら、握手をしたまま気を失ってしまったようである。
だけどその顔は、とても幸せそうだった。
結局、ぷっちょはどこまで行ってもぷっちょだった。
⭐︎
あの後、サクラは親睦会という名目を掲げた女子の集団に連れて行かれ、天音と高倉君の二人で、ぷっちょを保健室に運ぶハメになってしまった。
よっこいしょと保健室のベッドに寝かせると、二人はぷっちょを置いて帰宅した。
「そうなんですね……、その、期間とかは分からないんですか?」
それから今は、ギルドで榊原と会っている。
しばらくの間、指導出来なくなるという旨を説明すると、かなり接近されてしまった。
「うん、あの人の気分次第だから、なんとも……」
「私も一緒にっていうのは……」
「ごめん、それは無理だ。いつ襲って来るかも分からないし、あの人を相手に、誰かを守る余裕も無いから」
「そう、ですよね……。すみません、我儘言って……」
きっぱりと断ると、榊原はシュンとしてしまった。
悪いことしたなとは思うけど、こればかりはどうしようもない。
一緒にいたら、最悪、榊原が死ぬ。
それは、どうやっても回避したかった。
「終わったら連絡するから」
天音の言葉に、コクンと力無く頷く榊原。
「……そうだ、これを機会に、星奈さんのパーティと連携を取る訓練に当たるっていうのは……」
その提案に、「考えておきます」と小さな声で答える榊原。
天音は、榊原が頑張って訓練に励んでいるのを知っている。
指導をしている時は、いつも真剣で、少しでも強くなろうと努力しているのを知っている。
だから、申し訳ない気持ちになってしまった。だから、
「……榊原さん、今日はもう訓練も出来ないからさ、食事にでも行こうか」
謝罪するのも違うので、食事を奢ることにした。
「っ⁉︎ はい、行きます!」
ぱあっと明るくなった榊原は、学校では絶対に見ない明るい表情をしていた。
物で釣ってしまったが、それでもこの表情が見られたのなら、悪くはなかったなと思ってしまった。
食事は普通のレストラン、で行おうと思っていたが、話に聞き耳を立てていた受付のお姉さんに「今からだったら、ここがオススメ。前と同じホテルだから、場所分かるよね? こっちはリーズナブルだけど、居酒屋みたいな雰囲気だからやめといた方がいいよ」と聞いてもいないのに教えてくれた。
あと榊原の耳元で、「福斗君、押しに弱そうだからいざという時は、勢いでおし……」という意味不明なアドバイスをしていた。




