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本日は高校のマラソン大会。
高校から離れた所にある、川沿いのランニングコースを走るのである。
距離は男子10キロ、女子8キロという中々にきついイベントとなっている。
こういうイベントには、一部を除いて誰も参加したくない。おかげで前日から、「ちょっと熱っぽいかも」と主張し出す奴がクラスに何人か現れる。そして、当日になると熱が出て休むか、風邪ひいて走れませんと見学に回るのである。
「いやー、俺も走りたかったんだけどね。こればっかりは仕方ないわー」
「……ぷっちょ」
その中に、友人であるぷっちょの姿もあった。
しかも、見学する理由は風邪ではない。
左足を包帯で巻いて、捻挫したと主張したのである。しかも、病院から松葉杖まで借りて来ており、その計画性と覚悟を感じさせる姿となっていた。
そう、ぷっちょは持久走が嫌で、わざと足を捻挫したのである。
たった一時間から二時間頑張れば終わるのに、治るのに一週間も掛かるような怪我を負ったのである。
「あそこで階段踏み外さなけりゃーなー、俺も走れたのになー、残念、ざんねーん!」
何故か勝ち誇った顔をしているぷっちょ。
その視線は天音ではなく、周囲の走りたくない人達に向けられていた。
彼らは、ぷっちょの姿を羨望の眼差しで見て……いるはずもなく、逃げやがって、こいつらは裏切り者だと睨み付けていた。
しかし、それは逆効果で、ぷっちょは所詮は負け犬の遠吠えと気持ちよくなっていた。
「やめなよ、いつか怒られるよ」
「ふっふっふ、揶揄っていいのは怒られる覚悟がある奴だけなんだよ」
「なにそれ?」
「今度、元ネタ教えてやるから勉強して来い」
そんな風に喋っていると、何人かが走り込みをしていた。どうやら、本番前のウォーミングアップをしているようである。その中には高倉くんの姿もあり、一度心拍数を上げるためにダッシュを入れていた。
「スゲーなあいつら、あれで本気じゃないんだよな?」
「本気っていうか、コンディションと走るペースの確認も含まれてると思うよ。でも、凄いな」
純粋な気持ちでそう思った。
ダンジョンで鍛えてもないのに、魔力で強化したわけでもないのに、これだけの速度で長距離を走れるというのは尊敬に値する。
「天音はウォーミングアップしないのか?」
「うん、僕はのんびり走るから」
「ああそれな、のんびりとか言いながら必死になっちゃう奴だろ」
「もう、何を言っても嫌味しか返って来ないって分かったよ」
このマラソン大会は、残念ながら成績には関係ない。
上位三人のタイムを発表されて表彰もされるが、体育の成績はすでに決まっていると告げられているのである。
これは、学校行事でしかないのだ。
「怒んなって、ちゃんと応援してるからよ」
「はいはい」
いつも通りのぷっちょから離れて、準備運動を始める。高倉くん達とは違い、簡単なストレッチだが、周りも似たようなものなので問題ないだろう。
そんな風に、時間が来るまで過ごしていようと思ったのだが、クラスメイトの古城が声を掛けて来た。
「あっ、いたいた。天音くん、先生が呼んでたよ」
「先生が? なんだろう、何かあったのかな?」
「何人か呼ばれてたみたいだから、行ってみて」
「うん、ありがとう古城さん」
立ち上がって先生がいる所に移動する。
そこで、ある事に気付く。
「そういえば、古城さんとは初めて会話したのかな?」
何気に、クラスメイトと余り会話をしていないような気がする。ぷっちょと高倉くんとはよく喋るのだが、他の人とは数えるほどしかない。
一応、クラスメイト以外だと、正面から歩いて来る榊原とは会話はしてはいるが、カウントして良いのかは微妙だ。
文化祭以降、学校での会話はなく、あるのはダンジョンで指導しているときのみだ。
それも、天音としてではなく、神坂フクト(20)というどこかの誰かさんとしてである。
すれ違う榊原に会釈する。
すると、あちらも軽く頭を下げて去って行った。
こんなものである。
まあ、今ので話しかけられても困るのだが、学校での交流はこれくらいだ。
「少しは、クラスメイトと話した方が良いかな?」
なんて考えながら先生の元に到着した。
「先生、呼んだと聞いたんですが」
「おお、天音か。このマラソン大会は参加で良いんだよな?」
「はい、何かまずかったですか?」
「いや、探索者登録している奴ら全員に最終確認してるだけだから、気にしなくて良いぞ」
「そうですか」
「次は……すまないが、磯部を呼んで来てくれ」
「分かりまし……磯部くんも登録してるんですか?」
「ああ、最近だがな。磯部と茂木、古城が登録してるな」
「古城さんも」
意外な人物まで探索者登録をしていた。
登録するのは簡単なので、実際には活動していないのかも知れない。だが、一度は命の危機に瀕したのに、よく登録したなと驚いたのだ。
離れた所で遊んでいる磯部に話しかけて、先生が呼んでるよと告げる。
最初は訝しんでいたが、探索者関連なんだってと伝えると、ああと反応して向かって行った。
先生がいる方に目を向けると、数名向かっていた。決して多くはないが、天音が知らないだけで探索者登録している人は結構いるようである。
やがて時間が来て、マラソン大会が始まる。
先に走り出すのは女子からで、三十分遅れで男子がスタートする。
並んでいる女子達に声援を送り、スタートを見守る。
先生が最後に体調不良者がいないか確認すると、いよいよ出走だ。
スターターピストルの合図を待ち、静寂が訪れる。
そして、パンッ! とスタートが切られると同時に、女子は一斉にスタートした。
先頭は当たり前のように榊原。
そこから運動部が続き、文化部や帰宅部の生徒が続いて、最後尾に古城がいた。
「……古城さん?」
あれ? 探索者登録してるんだよね?
予想していた光景と違うものに戸惑ってしまう。
ふざけているのかと思ったが、本人の顔は至って真剣だ。
磯部と茂木は分かっていたのか、頑張れー! と声援を送っている。
どうやら、この見ている光景は間違ったものではないらしい。
「が、頑張れー」
天音も陰ながら声援を送った。
女子のスタートを見送り、引き続きストレッチを始める。
芝生の上で寝転びたい衝動にかられるが、それは今やったら駄目だよなと自重する。
周囲を見渡すと、それぞれ準備が終わっており後は出走を待つばかりである。
そんな時、紅葉に染まった木の中にある物を発見する。
もう一度周囲を見渡し、誰も見てないのを確認してその場から姿を消した。
高速で移動した天音は、紅葉の中に隠れていた球体をキャッチすると、誰にも見られないよう木陰に隠れる。
そして、その球体に話し掛ける。
「何やってるんですか、百々目さん」
そう、その球体は百々目が放った目玉のゴーレムだったのだ。
目玉のゴーレムはキョロキョロと動いて天音を見ると、再び何処かに行こうと浮遊する。しかし、そうはいかんと掴んで止める。
「答えて下さい、答えないなら破壊しますよ」
百々目がゴーレムを通じて、こちらを認識しているのは知っている。このゴーレムから魔法が放たれ、敵を葬るのも知っている。その威力は人ならば、簡単に殺すのも知っている。
そんな物を野放しに出来るはずもなく、天音は捕獲したのである。
ゴーレムを握る手に力が込められていき、ギチギチと音が鳴り出す。
『やめて』
破壊されると思ったのか、ゴーレムから念話が届く。
「それで何しているんですか? わざわざ学校の行事でも見に来たんですか?」
それは流石に無いだろうなと思っていたら、『うん、そう』という返事が返って来た。
「え、何のために? 何か事件でも起きたんですか?」
その問いには、ゴーレムが左右に振れて否定する。
じゃあ、何の為にと尋ねようとすると、百々目が簡潔に答えた。
『ネタ探し』
「は?」
目玉のゴーレムは、緩んだ天音の手を離れると、姿を消して飛び去ってしまった。
「何だったんだ……」
困惑する天音をよそに、男子のスタート時間が迫っていた。
「体調が悪い奴はいないか? 走ってる途中で、体の具合が悪くなったら近くの先生に言うんだぞ」
先生はそう告げると、横にズレてスターターピストルを手に取る。
さあ、これからスタートだという所で声援が上がる。
しかしそれは、男子に向けられたものではない。
「早いな、もう戻って来たのか」
タイムを測定している教師が呟く。
電光掲示板に表示されたタイムは、二十五分を少し過ぎたくらいだ。
「男子は道を開けてくれ、女子のトップが帰って来る」
指示に従い左右に別れると、薄らと額に汗を流した榊原が通り過ぎていき、ゴールテープを切ってしまった。
ゴールした榊原に疲れた様子はなく、軽いジョグをした後に歩いていた。
まだまだ余裕があると言った様子である。
天音が見る限り、魔力による身体強化は行っていない。見ていない間に使っていれば分からないが、榊原の性格を考えるとそれはないだろう。
「流石、探索者は違うな」
誰かの呟きにより、驚きよりも感心が勝るようになる。
探索者をやっているのなら、これくらいは出来るのだろう。そんな空気が生まれてしまい、探索者登録をしている数名にプレッシャーが掛かってしまった。
「やべーな、行けるか?」
「いやー、あのペースはかなりきついぞ」
特に、日頃からプロの探索者を目指していると豪語している磯部と茂木には、重くのしかかっていた。
だからと言って、状況が待ってはくれない。
先生が再び男子を集めると、次の生徒がゴールする前にスタートしてしまった。
また急だなと思いながら、天音も走り出す。
その足取りは周りに合わせており、中間くらいを維持するようにしていた。
道のりは河川敷というのもあり、流れる川を眺めながら気持ち良く走って行ける。
ひとりで、散歩のような気分で足を動かして行く。
このペースで走れば、一時間を少し過ぎたくらいでゴールするだろう。ならもう少し遅くても良いかなと、走るペースを調整する。
そんな事をしていると、姿を隠した目玉のゴーレムが飛んで来た。
周囲に人がいないのを確認して、ゴーレムに話し掛ける。
「どうかしたんですか?」
ゴーレムを操る百々目から返ってきた返答は、予想外のものだった。
『女の子が襲われてる』
天音は道を逸れると、一気に加速した。




