第270話 銀の流星
ティセルの家から出てみると、村の中は大騒ぎになっていた。
松明を焚いた村人たちが、村の中心に集まっている。
みんな、ヴェリオ司祭の顔を見ると、ホッと息を吐く。
けれど、その直後この世のものとは思えない吠声が響いた。
同時にドンッと爆発にも似た音が、村の北側から聞こえる。
ちょうどロフルの家がある方向だ。
「ママ、大丈夫かな」
「だいじょうぶ」
低い男の人の声が聞こえる。
リーリスたちに少し遅れてガーナーさんがやってきた。
その背にマリースさんを背負っている。
「ママ!」
安心した様子で、親子はヒシッと抱き合った。
ひとまず親子の感動の再会を見たあと、僕たちは村はずれで暴れている魔獣を見つめる。
夜でよく見えないが、かなりの大型だ。
「剣教騎士団は?」
「さきほど退治に出向かれました」
ヴェリオ司祭の質問に、村の人が答えた。
「司祭様……」
「怖がる必要はありませんよ、ティセル。イグナーツなら必ず村を守ってくれるでしょう」
裾を引っ張る小さな修道女に、ヴェリオ司祭は優しく語りかける。
司祭の言葉は呼び水となって、周囲の村人たちは鍬や松明を片手に騒ぎ始めた。
「そうだ。騎士団様なら必ずやってくれる」
「聖カリバルディア剣教の名の下に……」
「聖カリバルディア剣教、万歳!」
高らかに声を響かせる。
魔獣に詳しい僕から言わせると、あまり声を上げないほうがいいと思うけど。
人の声は暴れている魔獣にとって、威嚇にも挑発にもなるからだ。
剣教騎士団との戦いは長期に及んでいるらしい。
村はずれで行われている戦闘の音は、なかなか止む気配がない。
「苦戦しているのか」
「団長、加勢したほうがいいのでは?」
「その必要はありません」
リチルさんが提言すると、ヴェリオ司祭はピシャリと言い放った。
「それよりもレティヴィア騎士団の皆様、子爵閣下には早急にご退場いただきたい。ここは今や戦地です。仮に子爵閣下に何かあれば、我々が疑われてしまいます。どうか安全な場所へとお引き下さい」
何か見られたくないものがあるような言い方だな。
でも、おいそれと帰るわけにはいかない。
さっきも言ったけど、この村の人は僕の大事な領民だ。
いや、人が困っている以上、見過ごすことなんてできない。
けれど、このままいても対立を生むだけだということも、僕はわかっている。
どうにか、この村に留まる口実は作らないと……。
そうしないと、不幸な結果になるような予感がある。
僕が300年生きるからじゃない。
これは単なる勘だ。
ヴェリオ司祭に、村の運営を任せてはいけない気がするのだ。
バンッ!!
再び爆発音が響いた。
聞こえてきたのは、僕たちが見ていた村はずれとは別のほうだ。
見ると、農場の柵がバラバラになっている。雪の下で保存していたキャベツや白菜が、無残な姿になっていた。
その野菜たちを身体で磨りつぶしたのは、巨大なムカデだった。
「ブレウラント!!」
大きい! 通常のサイズよりも一回り大きい。
でも、おかしいな。あんなに大きな魔獣がいたら、目についてもおかしくない。
僕が山を離れたのは、2年前だ。その短い期間で、ここまで大きくなるような魔獣を、僕は知らない。ましてブレウラントとなれば、2年であんなに大きくなるのは不可能に近い。
いや、今はブレウラントの成長のことよりも、村人を守らなきゃ。
どうやら剣教騎士団はまだ村はずれの魔獣に苦戦してるらしい。
となれば、今ここにいる人間たちで戦わなければならない。
「我らが行こう」
「フレッティさん!?」
「ルーシェルくんはここで待機だ。いいね、子爵閣下」
うっ! 先回りされた。
フレッティさんは僕の力は借りない、と釘を刺してきた。
確かにこんなところで力を見せたら、村人たちはますます僕のことを気味悪がるかもしれない。
「よろしいですね、ヴェリオ司祭殿」
「やむを得ないですね」
とヴェリオ司祭を忌ま忌ましそうそうに了承した。
その諒解を聞いて、早速フレッティさんは暴れているブレウラントに向かう。
相手はAランクの魔獣だ。それも通常サイズよりも大きい。
ボス個体の可能性は高いけど、今のフレッティさんなら大丈夫だろう。
ドンッ!!
再び爆発音が村の中に響いた。
それもかなり近い。
振り返ると、今度は村の西側の柵が吹き飛んでいる。
犯人は、もはやいうまでもなかった。
ブレウラントだ!
巨大ムカデがカナカナカナカナと奇妙な音を立てて、僕たちを威嚇していた。
「キャアアアアアアア!!」
悲鳴を上げたのは、ティセルだった。
巨大な城みたいに立ちはだかった魔獣を見て、腰を抜かす。
他の村人もブレウラントの迫力に気圧されていた。
「なんだ? どうしてこんなところに……」
「え?」
今、誰が言った?
ヴェリオ司祭の声に聞こえたような気がしたけど。
あれ? 司祭の姿がない。
僕が司祭を捜している間には、ブレウラントは村を横切り、中央の広場に向かってくる。
徐々に大きくなるブレウラントの姿を見て、僕は覚悟を決めた。
「ルーシェル……」
「大丈夫。うまくやるから」
僕はリーリスの手を取る。
すぐに向かってくるブレウラントを睨んだ。
直後だった。
「どおおおおおりゃああああああああああああああ!!」
それは流れ星のように空を斜めによぎる。
白銀に輝く光点は、そのままブレウラントの顎の横を痛打した。
巨体が大きく歪む。衝撃は凄まじく、1発で目を回すと、ブレウラントは横倒しになった。
轟音とともに、マット――もとい村の農地に巨躯を沈める。
僕は思わず呆気に取られた。
いや、僕だけじゃない。
しんと静まり返る中、村の中にいた誰もが、その圧勝劇に言葉を失った。
「やれやれ……。ボクの縄張りで勝手に暴れるのはどこの誰だい?」
ふわりと白銀の尻尾が揺れる。
やや騒々しい夜気が、チャーミングな髭を波立たせていた。
現れたのは、ブレウラントと比べれば遥かに小さなクアールの幼獣。
「よっ! ルーシェル」
僕の自慢の相棒――アルマだった。
突然の登場に僕は驚いていた一方、そのアルマに視線を注ぐ人がいたことに、僕は気付かなかった。
「今のもしや……」
と、ティセルは銀毛のアルマを見つめていた。









