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【書籍化】公爵家の料理番様 ~300年生きる小さな料理人~  作者: 延野正行
第八部

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第270話 銀の流星

☆★☆★ コミカライズ更新 ☆★☆★


ヤンマガWEBにて最新話更新されました!

ついに溶岩魔王、やったか!!


挿絵(By みてみん)


 ティセルの家から出てみると、村の中は大騒ぎになっていた。

 松明を焚いた村人たちが、村の中心に集まっている。

 みんな、ヴェリオ司祭の顔を見ると、ホッと息を吐く。

 けれど、その直後この世のものとは思えない吠声が響いた。

 同時にドンッと爆発にも似た音が、村の北側から聞こえる。


 ちょうどロフルの家がある方向だ。


「ママ、大丈夫かな」


「だいじょうぶ」


 低い男の人の声が聞こえる。

 リーリスたちに少し遅れてガーナーさんがやってきた。

 その背にマリースさんを背負っている。


「ママ!」


 安心した様子で、親子はヒシッと抱き合った。

 ひとまず親子の感動の再会を見たあと、僕たちは村はずれで暴れている魔獣を見つめる。

 夜でよく見えないが、かなりの大型だ。


「剣教騎士団は?」


「さきほど退治に出向かれました」


 ヴェリオ司祭の質問に、村の人が答えた。


「司祭様……」


「怖がる必要はありませんよ、ティセル。イグナーツなら必ず村を守ってくれるでしょう」


 裾を引っ張る小さな修道女に、ヴェリオ司祭は優しく語りかける。


 司祭の言葉は呼び水となって、周囲の村人たちは鍬や松明を片手に騒ぎ始めた。


「そうだ。騎士団様なら必ずやってくれる」


「聖カリバルディア剣教の名の下に……」


「聖カリバルディア剣教、万歳!」


 高らかに声を響かせる。


 魔獣に詳しい僕から言わせると、あまり声を上げないほうがいいと思うけど。

 人の声は暴れている魔獣にとって、威嚇にも挑発にもなるからだ。


 剣教騎士団との戦いは長期に及んでいるらしい。

 村はずれで行われている戦闘の音は、なかなか止む気配がない。


「苦戦しているのか」


「団長、加勢したほうがいいのでは?」


「その必要はありません」


 リチルさんが提言すると、ヴェリオ司祭はピシャリと言い放った。


「それよりもレティヴィア騎士団の皆様、子爵閣下には早急にご退場いただきたい。ここは今や戦地です。仮に子爵閣下に何かあれば、我々が疑われてしまいます。どうか安全な場所へとお引き下さい」


 何か見られたくないものがあるような言い方だな。


 でも、おいそれと帰るわけにはいかない。

 さっきも言ったけど、この村の人は僕の大事な領民だ。

 いや、人が困っている以上、見過ごすことなんてできない。


 けれど、このままいても対立を生むだけだということも、僕はわかっている。

 どうにか、この村に留まる口実は作らないと……。

 そうしないと、不幸な結果になるような予感がある。

 僕が300年生きるからじゃない。

 これは単なる勘だ。


 ヴェリオ司祭に、村の運営を任せてはいけない気がするのだ。


 バンッ!!


 再び爆発音が響いた。

 聞こえてきたのは、僕たちが見ていた村はずれとは別のほうだ。

 見ると、農場の柵がバラバラになっている。雪の下で保存していたキャベツや白菜が、無残な姿になっていた。


 その野菜たちを身体で磨りつぶしたのは、巨大なムカデだった。


「ブレウラント!!」


 大きい! 通常のサイズよりも一回り大きい。

 でも、おかしいな。あんなに大きな魔獣がいたら、目についてもおかしくない。

 僕が山を離れたのは、2年前だ。その短い期間で、ここまで大きくなるような魔獣を、僕は知らない。ましてブレウラントとなれば、2年であんなに大きくなるのは不可能に近い。


 いや、今はブレウラントの成長のことよりも、村人を守らなきゃ。


 どうやら剣教騎士団はまだ村はずれの魔獣に苦戦してるらしい。

 となれば、今ここにいる人間たちで戦わなければならない。


「我らが行こう」


「フレッティさん!?」


「ルーシェルくんはここで待機だ。いいね、子爵閣下」


 うっ! 先回りされた。

 フレッティさんは僕の力は借りない、と釘を刺してきた。

 確かにこんなところで力を見せたら、村人たちはますます僕のことを気味悪がるかもしれない。


「よろしいですね、ヴェリオ司祭殿」


「やむを得ないですね」


 とヴェリオ司祭を忌ま忌ましそうそうに了承した。


 その諒解を聞いて、早速フレッティさんは暴れているブレウラントに向かう。

 相手はAランクの魔獣だ。それも通常サイズよりも大きい。

 ボス個体の可能性は高いけど、今のフレッティさんなら大丈夫だろう。


 ドンッ!!


 再び爆発音が村の中に響いた。

 それもかなり近い。

 振り返ると、今度は村の西側の柵が吹き飛んでいる。

 犯人は、もはやいうまでもなかった。

 ブレウラントだ!


 巨大ムカデがカナカナカナカナと奇妙な音を立てて、僕たちを威嚇していた。


「キャアアアアアアア!!」


 悲鳴を上げたのは、ティセルだった。

 巨大な城みたいに立ちはだかった魔獣を見て、腰を抜かす。

 他の村人もブレウラントの迫力に気圧されていた。


「なんだ? どうしてこんなところに……」


「え?」


 今、誰が言った?

 ヴェリオ司祭の声に聞こえたような気がしたけど。

 あれ? 司祭の姿がない。


 僕が司祭を捜している間には、ブレウラントは村を横切り、中央の広場に向かってくる。

 徐々に大きくなるブレウラントの姿を見て、僕は覚悟を決めた。


「ルーシェル……」


「大丈夫。うまくやるから」


 僕はリーリスの手を取る。

 すぐに向かってくるブレウラントを睨んだ。


 直後だった。


「どおおおおおりゃああああああああああああああ!!」


 それは流れ星のように空を斜めによぎる。

 白銀に輝く光点は、そのままブレウラントの顎の横を痛打した。

 巨体が大きく歪む。衝撃は凄まじく、1発で目を回すと、ブレウラントは横倒しになった。


 轟音とともに、マット――もとい村の農地に巨躯を沈める。


 僕は思わず呆気に取られた。

 いや、僕だけじゃない。

 しんと静まり返る中、村の中にいた誰もが、その圧勝劇に言葉を失った。


「やれやれ……。ボクの縄張りで勝手に暴れるのはどこの誰だい?」


 ふわりと白銀の尻尾が揺れる。

 やや騒々しい夜気が、チャーミングな髭を波立たせていた。


 現れたのは、ブレウラントと比べれば遥かに小さなクアールの幼獣。


「よっ! ルーシェル」


 僕の自慢の相棒――アルマだった。

 突然の登場に僕は驚いていた一方、そのアルマに視線を注ぐ人がいたことに、僕は気付かなかった。


「今のもしや……」


 と、ティセルは銀毛のアルマを見つめていた。



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