第269話 魔獣なんて食べさせないで!
「報告が遅れたが、この村を回ってみて、1つ気づいたことがある」
ロフルにティセルの家を案内してもらう道すがら、フレッティさんは僕に話しかける。
ティセルを背負い、全力で走るフレッティさんはやや言いづらそうに言葉を続けた。
「生活レベルの割には痩せた人間が多い――ということだ」
「あ……」
言われてみれば、確かにそうだ。
この村に立つ家屋の建築レベルは高度で、農業の技術も同じく高い。
一概にも、それが食に直結するとは断言できないけど、これほど発達した村なら、1人や2人ふくよかな人がいてもおかしくない。
しかし、実際の村の現状は逆だ。
ほとんどが痩せこけている。
ちょっと異常なほどに……。
「つまり、どういうことで――――」
「しっ!」
急にフレッティさんが脚を止める。
さらに僕を持ち上げ、口を塞いだ。
近くの茂みに隠れると、フレッティさんは指差した。
煌々と輝く焚き火の光が見える。
その周りで、聖カリバルディア剣教騎士団と思われる人たちが大声で笑ったり、怒鳴ったりしていた。顔が赤く、足も千鳥足だ。どうやらお酒を飲んでいるらしい。
「大して剣教騎士団の連中はあの通り元気だ」
団員たちの醜態を見て、フレッティさんは「やれやれ」と首を振る。
同じ騎士として、見てられないのだろう。
考えてみれば、ヴェリオさんの血色も良かった。
「ある村の人間が俺にこっそりと教えてくれた。どうやら、村を守る代わりに聖カリバルディア剣教は、収穫物の5割を村の人間に寄進させているらしい」
「聞いたことあるよ。村の農夫が生活がたいへんだって」
ロフルが同意する。
土地の領主が収穫物や金銭などを税として取り立てる当たり前のことだ。
それでも収穫物の5割というのは、かなり高いほうだ。
普通は3割が領主、7割が領民と言われ、収穫によって変更するところもある。
でも、かなり高いけど、この村の農業レベルは高く、他の村よりも収穫量が多いはず。
5割でもなんとか生活はできるはずだ。
頬が痩けるぐらいやせ細ることがあるかな?
僕が首を傾げていると、フレッティさんが言った。
「それだけ収穫物を魔獣に取られているのかもな。だとしたら、この村の人たちが魔獣の襲来を恐れているのにも、合点がいく」
「なるほど。確かに」
思えば、ティセルのアルマを見た時の反応は異常だった。
ロフルも魔獣の胞子と聞いて、随分警戒していたし。
魔獣に対するトラウマは、全村民が抱えているものらしい。
でも、やっぱり納得できない。
この辺りの魔獣は基本的にアルマの支配化にある。
アルマの目を盗んで、魔獣たちが村を襲うなんてことはないはずなんだけど……。
僕たちは酔いどれ剣教騎士団の目を盗みながら、そっとその場を後にした。
◆◇◆◇◆
僕たちはティセルの家に着く。
ロフル曰く、ティセルも母親と2人で暮らしているらしい。
家はしっかりと作られているが、かなり小さい。
ただ親子2人で暮らすには十分な広さだ。
フレッティさんはノックする。
「反応がないな。留守なのか?」
「部屋の灯りは点いてるみたいですね」
「やむを得ない。入ってみよう」
入口の扉には施錠がされていなかった。
家に入ってみると、ベッドがあり、そこには1人の女性が寝ていた。
「はあ……。はあ……」
苦しそうにしている。
顔は真っ青だ。
「おばさん、大丈夫!」
ロフルが真っ先に手を取る。
今にも泣き出しそうだ。
ちょっと自分の母親のことを思い出したのかもしれない。
「ロフル? あなた、なんで? この人たちは?」
息絶え絶えに尋ねる。
僕は早速【竜眼】で状態を見てみた。
――――――――――――――――――――――
名前:フレス
身分:人族 ティセルの母親
状態:ブレウラントの胞子毒
呪い
――――――――――――――――――――――
マリースさんの時と同じだ。
「助かるのか?」
「大丈夫です。たぶんブレウラントの胞子毒が喉に入ったんだと思います」
喉が炎症を起こして、息がしづらくなったんだ。
僕は早速、リーリスから預かっていた【万能薬】を取りだそうとしたけど止めた。
今のままでは水も飲み込むことができないかもしれないからだ。
「ロフル、ちょっとだけ目をつむってて」
「え?」
ロフルが首を傾げる前に、フレッティさんは少年の目を手で隠す。
素早い反応に感謝しながら、僕は魔法を唱えた。
【大天使の奇蹟】
真っ白な光がティセルの家を包む。
まさに神様が起こした奇蹟の光は、やがてティセルの母親――フレスさんを包んだ。
先ほどまで苦しそうに呼吸をしていたのに、段々と穏やかになっていく。
やがて胸がゆっくりと上下させ、フレスさんから穏やかな寝息が聞こえてきた。
「すごい。一瞬で……。【大天使の奇蹟】って……」
「昔、僕が使った【天使の祈り】の上位魔法です」
「上位……。俺は魔法に疎いが、確か【天使の祈り】が回復魔法の中では最上位だったのでは?」
どうやら、普通はそうらしい。
でも、だいたいの魔法技術で最上位といわれている魔法は、僕の場合最上位じゃなかったりする。まあ、僕が普通の人とはちょっと違って、精霊の上位格である聖霊の方々と契約を結んでいるからなんだけど。
「ひとまずブレウラントの胞子毒は、これで除去しました。次は呪いのほうを解きましょう」
「さっきの魔法で解けてないのか?」
「はい。魔法と呪いは似て非なるものなので」
僕は早速、【収納】からヨミオクリの胞子を取り出す。
家の中の竈を拝借して、お粥の準備を始めた。
「お兄ちゃんたち、何をしてるの?」
その言葉には恐怖と明確な敵意が含まれていた。
ティセルだ。ここまで走ってきたのだろう。はあはあ、と息を切らしている。
たぶん母親の容態が変化して、誰か大人を呼びにいったかもしれない。
そして、彼女が誰を選んだか、僕にはなんとなく察しがついた。
「ルーシェル子爵?」
ティセルとともに入ってきたのは、ヴェリオ司祭だった。
「村を見回るといって、いつの間にかいなくなったので少し心配しておりましたが、これはどういうことでしょうか?」
ヴェリオ司祭の声音は穏やかだったが、僕たちに向ける視線にはティセルと同じく敵意が感じられた。
弱ったな。ティセル1人ならどうにかなったけど、まさかヴェリオ司祭までいるなんて。 状況はこちらに不利だ。人助けとはいえ、勝手に人の家に上がり込んでいるのだから。
フレスさんに弁護してもらいたいところだけど、ぐっすりと眠っている。
そもそも起こしたところで、きちんと弁護してくれるとは限らない。
こうなれば、一か八か真実を話すしかない。
「ティセル、聞いて。君のお母さんにかかっていた毒は治したよ」
「え? 毒?」
ティセルは瞼を瞬かせる。
どうやら、母親が毒にかかっていたことを知らなかったのだろう。
たぶん病気か何かだと勘違いしていたのかもしれない。
「だけど、君のお母さんには特殊な〝呪い〟がかかっている」
というと、ティセルの後ろで聞いていたヴェリオ司祭の眉宇が動く。
僕は構わず話を続けた。
「僕たちは今からその呪いを解く」
「ホントだぞ、ティセル。ルーシェル兄ちゃんが作ったお粥をたべたら、ママの病気が治ったんだ!」
ロフルがティセルに話す。
僕としては心強い援護だ。
よそ者の僕の言葉より、同い年ぐらいの村の子どもの言葉のほうが説得力がある。
実際、ティセルの顔が一瞬やわらかぐ。
すかさず僕は畳みかけた。
「ティセルのママは必ず治る。このヨミオクリの胞子を使えばね」
「ママの病気が…………治る?」
「そうだよ。だから、僕にお粥を作らせてほしい」
ティセルの目に敵意が消えて行く。
どうしたらいいかわからず、少女はついに黙ってしまった。
「お待ち下さい、子爵閣下。ヨミオクリとは、あの魔獣の?」
「魔獣?」
ヴェリオ司祭の言葉に、ティセルが反応する。
しまった。つい魔獣のことを言っちゃった。
「そんなものを我が信徒に食べさせるのですか?」
「薬のようなものだとお考えください、ヴェリオ司祭。それにこのままではティセルのお母さんは死んで――――」
パンッ!
僕の手が弾かれる。
すると、持っていたヨミオクリの胞子が入った瓶が宙を舞った。
ガチャン、と音を立てて割れると、白い粒が床にぶちまけられる。
「ママに魔獣なんて食べさせないで!!」
ティセルは叫んだ。
そんな彼女の肩に手を置き、慰めたのはヴェリオ司祭だった。
「大丈夫だよ、ティセル。ママの呪いは必ず私が解いてあげよう」
「お願いします、司祭様」
ティセルを落ち着かせると、ヴェリオ司祭は僕たちに向き直る。
「そういうわけです、子爵閣下。ティセルの母親の呪いは、我らが主神が治してくださるはず」
「祈りの力は偉大です。それは認めます、ヴェリオ司祭。でも、この呪いは【四旬の戒め】……。40回、月が昇れば、魂は天に召される。一刻の猶予もないんですよ」
「問題ありません。それに天国へと召されるなら、本望でしょう」
今、笑った?
いや、そんなはずは……。
仮にも神様に仕える人なのに。
「わかりました。あとはあなたに任せます」
「そうしていただけると有り難いですね。できれば、この村に2度と立ち入らないでいただきたい?」
「貴様! ルーシェル様はこの土地の領主なのだぞ。無礼にも程が……」
フレッティさんが憤るも、僕はそれを諫めた。
「誤解を招くようなことをして申し訳ありません」
「ほう。なかなか殊勝な態度ですな。部下とは違って」
「ですが……」
「うん?」
「この村の人たちが、あなたにとって信徒であるなら、僕にとって大事な領民です。もし彼らを傷つけることがあれば……」
僕はあなたを許しません。
視線だけで司祭を射貫く。
ほんの少し僕は敵意を込めた。
その瞬間、ヴェリオ司祭は後退る。
それまで赤く憤っていた表情が、みるみる青くなっていった。
「行きましょう、フレッティさん」
「あ、ああ……」
ティセルの家から出ようとした時だった。
なんだか外が騒がしい。
すると、同時に家の中にはリチルさんとリーリスが入ってくる。
「いた! 良かった!!」
「どうしたリチル!?」
息を切らし、横っ腹を押さえたリチルさんに質問する。
よっぽど慌てていたのだろう。
なかなか息を整えることができない。
代わりにリーリスが説明した。
「魔獣です! 村の外れに魔獣が!!」
リーリスは叫んだ。
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