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【書籍化】公爵家の料理番様 ~300年生きる小さな料理人~  作者: 延野正行
第八部

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第263話 山間の村

☆★☆★ コミカライズ更新 ☆★☆★


本日「公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人~」の

コミカライズ最新話が更新されました。

ヤンマガWEBで更新されておりますので、ぜひよろしくお願いします。


挿絵(By みてみん)

 レティヴィア家から出発し、街道を馬車で進むこと4日。

 僕とリーリス、そしてレティヴィア騎士団幹部一行は、件の領地に辿り着いた。

 出会った時は春先だったけど、今は冬だ。


 山はすっかり白化粧を施し、街道にも薄らと雪が積もっている。

 しかし、馬車の車輪の跡はなく、狐と思われる足跡だけが点々と残っていた。

 それだけで、人の通りがないことがわかる。


「結構、雪が積もってるな」


「豪雪地帯というほどではないですけど、冬の間はよく雪が降りますね」


 山に来たばかりの時は、この雪に随分と助けられたっけ。

 危険な水場にいかなくても、水が確保できたし、雪で動物の足跡も追いやすくなった。

 ただ寒さで何度も死にかけたけどね……。


「ひとまずどうするの、ルーシェルくん」


 頭からすっぽり猪の毛皮を被ったミルディさんが尋ねる。

 ユランの次に寒さに弱いのが、ミルディさんだ。

 黄狐族って寒さに強いイメージがあるけど、そうでもないらしい。

 留まっている間も、くしゃみを連発していた。


「寒いなら、残れば良かったのに」


「やだよ~。あたしだけのけ者なんて」


 ミルディさんはズルズルと鼻をすする。

 僕は【収納】からいつかのマグマ石を出して、ミルディさんに渡す。

 赤い石を見たミルディさんは、目を輝かせ、猫でも抱くようにマグマ石を抱きしめた。


「ひとまずここの主にご挨拶しましょう」


「ここの主というと……」


『それって、ボクのことだよね?』


 僕たちは声のした方向に振り向く。

 雪原の上に、小さなクアールがちょこんと座っていた。


 僕の相棒アルマだ。


「アルマ!」


「アルマちゃん」


「アルマだ!」


 僕より先に駆け出したのは、リチルさんとミルディさんだ。


「いつ見てもかわいいわねぇ」


「このモフモフ感が癒される~」


「よ、よぉ。姉ちゃんたちも来たのか。いや、ちょっと距離感近すぎない。ボク、一応この近くの魔獣の王なんだけど」


 リチルさんとミルディさんにダブルでモフモフされて、若干アルマが迷惑そうだ。


 そんな2人を戒めたのは、もちろん上司であるフレッティさんだった。


「2人ともそれぐらいにしろ」


「はーい」


「アルマちゃん、また後でね」


 ようやくアルマは解放される。

 それでも、二人はまったく懲りていないようだ。

 フレッティさんはガーナーさんと一緒に肩を竦める。

 それをリーリスがクスクスと笑ってみていた。


 なんだか本当に2年前に戻ったみたいだ。


「ルーシェル、それでこれからどうするんだ? また飯でも作ってくれるのか?」


 アルマはズズッと唾液を飲み込む。

 どうやら、いつかの夏の時の再会みたいに、僕がご飯を作りに帰ってきたと思っているらしい。


 僕は首を振った。


「違うよ。今回は領主として、領地のことを調べておこうと思ってね」


「調べるって、何もねぇぞ」


「でも、人は住んでるでしょ? 人口の把握と、どういった生活をしているか。領主としてちゃんと知っておかなくちゃ」


 幸せに暮らしているなら、それでもいい。

 でも、領民が野盗や山賊の脅威に怯えているとか、食糧に困っているとかなら話は別だ。

 領主として、領民の安全で安心な生活を保障する義務がある。

 もちろん、生活の安全が保証されれば、税を取る必要もあるだろう。

 国に対して、貴族が納税するのは義務だ。

 一応、僕が学校を卒業するまでは免除ということになっているけど、その後についてはわからない。ゆくゆくは税を納めるために、領民たちに税金を払ってもらわなくてはならないだろう。


「アルマ、ここら辺で1番大きな村ってどこかな?」


「それならここからさらに西にある村かな。最近、随分と発展してる。村人の数も増えてるようだぜ」 77


「よし。わかった。まずはそこに案内してよ」


 僕たちはアルマの案内のもと、西の村へと向かうのだった。



 ◆◇◆◇◆



「わぁ……」


 思わず声が出た。

 その村は山間に隠れるように存在し、真っ白な雪に覆われていた。


 土と煉瓦を混ぜた壁の家が二十軒ほど。

 しっかりと防護柵を打たれた田畑があって、しかも明らかに沢水から引いてきたと思われる水が、川となって流れている。

 一方、生活用水は井戸水でまかなっているようで、2つの井戸が北と南に設置されていた。


 風情は田舎でも、使われている土木技術はかなり高度だ。

 昔から伝えられているのだろうか。

 それとも誰かから教えてもらったのかな。


「それにしても、こんなところに村があったなんて」


「あー!」


 声を上げたのは、ミルディさんだった。

 無警戒に防護柵を超えて、田畑の中に入っていく。


「ルーシェルくん。野菜が雪の中に埋もれてるよ。収穫し忘れたのかな?」


 そう言って、雪の中に埋もれていた白菜を見つける。


「ミルディさん、それ触っちゃダメですよ」


「え? なんで?」


「雪下野菜です」


「せっかやさい?」


 雪下野菜とは、秋に収穫せず畑に残した野菜を、雪の下で越冬させてから収穫する野菜のことだ。代表的なものでいえば、キャベツや白菜、大根といったところだろう。


「雪の下は0℃で保たれるので、天然の氷室なんです。それに野菜自身が凍結を防ぐために、たくさん糖を蓄えるので、とっても甘くなるんですよ」


「甘い野菜!! なにそれ!? 食べてみたい!!」


 ミルディさんが目を輝かせる。

 でも、待っていたのはリチルさんの愛ある鉄拳だった。

 ピンと立った耳の頭を、リチルさんはポカリと叩く。


「ダメに決まってるでしょ? そんなことをしたら、泥棒と疑われるわよ」


「リチルの言う通りだ。ただ――少し忠告が遅かったようだがな」


 これまで僕たちのやり取りを眺めていたフレッティさんが、慎重な声を発する。

 さらにガーナーさんが前に出て、団長を守るように盾を構えた。


 その先にいたのは、鍬や棒きれを持った大人たちだ。

 レティヴィア騎士団と違って、立派な鎧こそ着ていなかったけど、土と汗にまみれた服を着た村人たちが、僕たちのほうを向いて睨んでいた。


「何者だ、お前たちは?」


「我々はレティヴィア公爵家に仕える騎士団だ。俺は団長のフレッティ」


「公爵家の騎士団だ?」

「信じられねぇなあ」

「野菜泥棒の間違いじゃないか?」


 集まってきた数人の村人たちは、口々に言い合う。

 それを聞いて、ミルディさんは慌てて掴んでいた白菜から手を離した。


「部下の非礼を詫びる。雪下野菜が珍しくてな」


 フレッティさんは謝罪する。

 これで騒ぎが収まるかと思ったけど、村人たちは矛を収めようとはしなかった。

 ますます過激に騒ぎ始める。


「そもそも公爵様の騎士がなんでこんなところにいるんだよ?」


 村人の問いかけに対して、フレッティさんは1度僕のほうを振り返る。

 何のことか察した僕は、フレッティさんに向かって頷いた。


「王命により、これよりレティヴィア家ご子息ルーシェル・グラン・レティヴィア様がこの領地を治めることとなった。今回は子爵閣下たっての願いということで、領地の視察に回られているのだ?」


「は? こんな子どもが領主?」


「あなた方の疑問は最もだ。ルーシェル様はお若い。故に学校卒業までは、ルーシェル様の兄上――レティヴィア家嫡男のカリム様が代官として着任する予定だ。ただカリム様はご多忙中のため……」


 フレッティさんの説明が終わらないうちに、村人たちは笑い始める。

 身体のくの字に曲げる者、お腹を押さえる者、反応は様々だ。

 僕が気になったのは、村人たちが公爵家の騎士団をまったく恐れていないことだ。

 こういってはなんだけど、他の田舎の村ならたちまち平伏するほど、公爵家の騎士というのは強いネームバリューを持つ。


 なのに、村人たちは公爵家の騎士団と聞いても、馬鹿にしている様子さえある。

 たとえ、やってきたのが子どもの僕でも、普通はこうはならないはずだ。


 どうやら村人の反応に対して、疑問を思ったのは僕だけではないらしい。

 フレッティさんは1度、僕のほうを見る。

 畑に入ったミルディさんが、マント越しにナイフを握るのがわかった。


「何事だ?」


 騒ぎを聞きつけやってきたのは、村人じゃない。

 鎧を着た数名の騎士たちだった。

 それも野盗崩れという感じしない。

 鎧は綺麗だし、騎士たちの歩みに乱れはなかった。

 ちゃんと訓練された騎士団の動きだ。


「あれは?」


 気になったのは、赤い房飾りについた聖印だ。

 剣と聖杯、そして平和を示す月桂樹の模様。

 あれって、もしかして……。


 進み出てきたのは、フレッティさんよりも大柄な騎士だった。

 如何にも頑丈そうな筋肉の身体。鋭い三白眼の瞳。

 赤銅色の重厚なプレートアーマーに、背中には赤い柄の大剣を背負っている。


 騎士はそのしゃくれた顎を僕たちに向けると、燃えるような赤茶色の髪をなでた。


「何者だ、貴様ら」


「我々は――――」


 フレッティさんは村人にした説明をもう1度繰り返す。

 正規の騎士なので違った反応を期待したけど、イグナーツと名乗った騎士は「はっ」と笑い飛ばした。


「レティヴィア公爵家? 王命? 子爵閣下?? お前たちは何を言ってるんだ?」


「どういうことだ?」


 フレッティさんの言葉に殺気がこもる。

 仕える君主はおろか、国王陛下に対しても侮辱的な発言したのだ。

 力がこもるのも仕方ないだろう。


 そんなフレッティさんの気迫を逆撫でするかのように、イグナーツは高らかに声を上げた。


「ここは我々聖カリバルディア剣教()土地……! 我が主神――剣神カリバルディアが祝福し、教皇様がお認めになった土地を、王や公爵風情が踏み込んでいい場所ではないのだ! 疾くねぐらへ帰るがいい」



 異端者め!!


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挿絵(By みてみん)

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