第263話 山間の村
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レティヴィア家から出発し、街道を馬車で進むこと4日。
僕とリーリス、そしてレティヴィア騎士団幹部一行は、件の領地に辿り着いた。
出会った時は春先だったけど、今は冬だ。
山はすっかり白化粧を施し、街道にも薄らと雪が積もっている。
しかし、馬車の車輪の跡はなく、狐と思われる足跡だけが点々と残っていた。
それだけで、人の通りがないことがわかる。
「結構、雪が積もってるな」
「豪雪地帯というほどではないですけど、冬の間はよく雪が降りますね」
山に来たばかりの時は、この雪に随分と助けられたっけ。
危険な水場にいかなくても、水が確保できたし、雪で動物の足跡も追いやすくなった。
ただ寒さで何度も死にかけたけどね……。
「ひとまずどうするの、ルーシェルくん」
頭からすっぽり猪の毛皮を被ったミルディさんが尋ねる。
ユランの次に寒さに弱いのが、ミルディさんだ。
黄狐族って寒さに強いイメージがあるけど、そうでもないらしい。
留まっている間も、くしゃみを連発していた。
「寒いなら、残れば良かったのに」
「やだよ~。あたしだけのけ者なんて」
ミルディさんはズルズルと鼻をすする。
僕は【収納】からいつかのマグマ石を出して、ミルディさんに渡す。
赤い石を見たミルディさんは、目を輝かせ、猫でも抱くようにマグマ石を抱きしめた。
「ひとまずここの主にご挨拶しましょう」
「ここの主というと……」
『それって、ボクのことだよね?』
僕たちは声のした方向に振り向く。
雪原の上に、小さなクアールがちょこんと座っていた。
僕の相棒アルマだ。
「アルマ!」
「アルマちゃん」
「アルマだ!」
僕より先に駆け出したのは、リチルさんとミルディさんだ。
「いつ見てもかわいいわねぇ」
「このモフモフ感が癒される~」
「よ、よぉ。姉ちゃんたちも来たのか。いや、ちょっと距離感近すぎない。ボク、一応この近くの魔獣の王なんだけど」
リチルさんとミルディさんにダブルでモフモフされて、若干アルマが迷惑そうだ。
そんな2人を戒めたのは、もちろん上司であるフレッティさんだった。
「2人ともそれぐらいにしろ」
「はーい」
「アルマちゃん、また後でね」
ようやくアルマは解放される。
それでも、二人はまったく懲りていないようだ。
フレッティさんはガーナーさんと一緒に肩を竦める。
それをリーリスがクスクスと笑ってみていた。
なんだか本当に2年前に戻ったみたいだ。
「ルーシェル、それでこれからどうするんだ? また飯でも作ってくれるのか?」
アルマはズズッと唾液を飲み込む。
どうやら、いつかの夏の時の再会みたいに、僕がご飯を作りに帰ってきたと思っているらしい。
僕は首を振った。
「違うよ。今回は領主として、領地のことを調べておこうと思ってね」
「調べるって、何もねぇぞ」
「でも、人は住んでるでしょ? 人口の把握と、どういった生活をしているか。領主としてちゃんと知っておかなくちゃ」
幸せに暮らしているなら、それでもいい。
でも、領民が野盗や山賊の脅威に怯えているとか、食糧に困っているとかなら話は別だ。
領主として、領民の安全で安心な生活を保障する義務がある。
もちろん、生活の安全が保証されれば、税を取る必要もあるだろう。
国に対して、貴族が納税するのは義務だ。
一応、僕が学校を卒業するまでは免除ということになっているけど、その後についてはわからない。ゆくゆくは税を納めるために、領民たちに税金を払ってもらわなくてはならないだろう。
「アルマ、ここら辺で1番大きな村ってどこかな?」
「それならここからさらに西にある村かな。最近、随分と発展してる。村人の数も増えてるようだぜ」 77
「よし。わかった。まずはそこに案内してよ」
僕たちはアルマの案内のもと、西の村へと向かうのだった。
◆◇◆◇◆
「わぁ……」
思わず声が出た。
その村は山間に隠れるように存在し、真っ白な雪に覆われていた。
土と煉瓦を混ぜた壁の家が二十軒ほど。
しっかりと防護柵を打たれた田畑があって、しかも明らかに沢水から引いてきたと思われる水が、川となって流れている。
一方、生活用水は井戸水でまかなっているようで、2つの井戸が北と南に設置されていた。
風情は田舎でも、使われている土木技術はかなり高度だ。
昔から伝えられているのだろうか。
それとも誰かから教えてもらったのかな。
「それにしても、こんなところに村があったなんて」
「あー!」
声を上げたのは、ミルディさんだった。
無警戒に防護柵を超えて、田畑の中に入っていく。
「ルーシェルくん。野菜が雪の中に埋もれてるよ。収穫し忘れたのかな?」
そう言って、雪の中に埋もれていた白菜を見つける。
「ミルディさん、それ触っちゃダメですよ」
「え? なんで?」
「雪下野菜です」
「せっかやさい?」
雪下野菜とは、秋に収穫せず畑に残した野菜を、雪の下で越冬させてから収穫する野菜のことだ。代表的なものでいえば、キャベツや白菜、大根といったところだろう。
「雪の下は0℃で保たれるので、天然の氷室なんです。それに野菜自身が凍結を防ぐために、たくさん糖を蓄えるので、とっても甘くなるんですよ」
「甘い野菜!! なにそれ!? 食べてみたい!!」
ミルディさんが目を輝かせる。
でも、待っていたのはリチルさんの愛ある鉄拳だった。
ピンと立った耳の頭を、リチルさんはポカリと叩く。
「ダメに決まってるでしょ? そんなことをしたら、泥棒と疑われるわよ」
「リチルの言う通りだ。ただ――少し忠告が遅かったようだがな」
これまで僕たちのやり取りを眺めていたフレッティさんが、慎重な声を発する。
さらにガーナーさんが前に出て、団長を守るように盾を構えた。
その先にいたのは、鍬や棒きれを持った大人たちだ。
レティヴィア騎士団と違って、立派な鎧こそ着ていなかったけど、土と汗にまみれた服を着た村人たちが、僕たちのほうを向いて睨んでいた。
「何者だ、お前たちは?」
「我々はレティヴィア公爵家に仕える騎士団だ。俺は団長のフレッティ」
「公爵家の騎士団だ?」
「信じられねぇなあ」
「野菜泥棒の間違いじゃないか?」
集まってきた数人の村人たちは、口々に言い合う。
それを聞いて、ミルディさんは慌てて掴んでいた白菜から手を離した。
「部下の非礼を詫びる。雪下野菜が珍しくてな」
フレッティさんは謝罪する。
これで騒ぎが収まるかと思ったけど、村人たちは矛を収めようとはしなかった。
ますます過激に騒ぎ始める。
「そもそも公爵様の騎士がなんでこんなところにいるんだよ?」
村人の問いかけに対して、フレッティさんは1度僕のほうを振り返る。
何のことか察した僕は、フレッティさんに向かって頷いた。
「王命により、これよりレティヴィア家ご子息ルーシェル・グラン・レティヴィア様がこの領地を治めることとなった。今回は子爵閣下たっての願いということで、領地の視察に回られているのだ?」
「は? こんな子どもが領主?」
「あなた方の疑問は最もだ。ルーシェル様はお若い。故に学校卒業までは、ルーシェル様の兄上――レティヴィア家嫡男のカリム様が代官として着任する予定だ。ただカリム様はご多忙中のため……」
フレッティさんの説明が終わらないうちに、村人たちは笑い始める。
身体のくの字に曲げる者、お腹を押さえる者、反応は様々だ。
僕が気になったのは、村人たちが公爵家の騎士団をまったく恐れていないことだ。
こういってはなんだけど、他の田舎の村ならたちまち平伏するほど、公爵家の騎士というのは強いネームバリューを持つ。
なのに、村人たちは公爵家の騎士団と聞いても、馬鹿にしている様子さえある。
たとえ、やってきたのが子どもの僕でも、普通はこうはならないはずだ。
どうやら村人の反応に対して、疑問を思ったのは僕だけではないらしい。
フレッティさんは1度、僕のほうを見る。
畑に入ったミルディさんが、マント越しにナイフを握るのがわかった。
「何事だ?」
騒ぎを聞きつけやってきたのは、村人じゃない。
鎧を着た数名の騎士たちだった。
それも野盗崩れという感じしない。
鎧は綺麗だし、騎士たちの歩みに乱れはなかった。
ちゃんと訓練された騎士団の動きだ。
「あれは?」
気になったのは、赤い房飾りについた聖印だ。
剣と聖杯、そして平和を示す月桂樹の模様。
あれって、もしかして……。
進み出てきたのは、フレッティさんよりも大柄な騎士だった。
如何にも頑丈そうな筋肉の身体。鋭い三白眼の瞳。
赤銅色の重厚なプレートアーマーに、背中には赤い柄の大剣を背負っている。
騎士はそのしゃくれた顎を僕たちに向けると、燃えるような赤茶色の髪をなでた。
「何者だ、貴様ら」
「我々は――――」
フレッティさんは村人にした説明をもう1度繰り返す。
正規の騎士なので違った反応を期待したけど、イグナーツと名乗った騎士は「はっ」と笑い飛ばした。
「レティヴィア公爵家? 王命? 子爵閣下?? お前たちは何を言ってるんだ?」
「どういうことだ?」
フレッティさんの言葉に殺気がこもる。
仕える君主はおろか、国王陛下に対しても侮辱的な発言したのだ。
力がこもるのも仕方ないだろう。
そんなフレッティさんの気迫を逆撫でするかのように、イグナーツは高らかに声を上げた。
「ここは我々聖カリバルディア剣教が土地……! 我が主神――剣神カリバルディアが祝福し、教皇様がお認めになった土地を、王や公爵風情が踏み込んでいい場所ではないのだ! 疾くねぐらへ帰るがいい」
異端者め!!









