第253話 奇跡の回復
☆★☆★ 昨日発売 ☆★☆★
『獣王陛下のちいさな料理番~役立たずと言われた第七王子、ギフト【料理】でもふもふたちと最強国家をつくりあげる~』が、昨日発売されました。
『公爵家の料理番様』をお読みの方にはご満足いただける作品かと思っております。
書店でお見かけの際には、是非よろしくお願いします。
それは突然の出来事だった。
国王陛下が『竜牙の呪い』に苦しみ、フェニックスの肝臓が腐り落ちる。
その時だった。
腐り、腐臭すら放っていたフェニックスの肝臓が突如光を帯び始めた。
「何?」
僕は陛下に【天使の祈り】をかけつつ、状況を見守る。すぐ側でロラン王子が立ち上がる。その手には肝臓が握られていた。たった今腐り落ちたはずの肝臓は光を放ち、眩く部屋を照らす。もはや目が開けていられないほど、激しかった。
まるで王子の願いに呼応するかのように……。
「この光って、まさか――――」
「そのまさかだな」
声は予想外のところから現れる。
天井を見ると、何枚も服を重ね着して蓑虫になったユランがぶら下がっている。そんな状態でも寒いらしく、カチカチと歯を鳴らしながら、それでも竜としての威厳を保つに、不遜な声で語りかけた。
「ふふ……。良かったな、子ども王子。そなたの願いは果たされたぞ」
「ユラン! え? でも、願いの力は使えないって」
「ルーシェル、お前勘違いしていないか?」
「え?」
「願いの力が使えないわけではない。『竜牙の呪い』を解くほどの力は時間がかかるといったのだ」
あ。そうか。僕は勘違いしていた。
てっきり僕はソフィーニ母上の『竜牙の呪い』を解いたことによって、ユランの力が一時的になくなったと勘違いしていた。その認識は大きな謝りだったんだ。つまり『竜牙の呪い』を解くのが難しいだけであって、他の願いなら解くことができるということだ。
「じゃあ、この場合……」
「子ども王子は願ったのだ」
フェニックスの肝臓が元の状態に戻るようにとな。
ユランはニヤリと笑った。
まるで自分の功績かのように自信満々に。
「フェニックスの肝臓を元に戻すのは確かに骨の折れる願いだが、『竜牙の呪い』のようなややこしい呪いを解くよりは遥かに簡単だ。よって――――」
その願い……。このユラン様が聞き届けた。
瞬間、部屋の中は真っ白になる。ただ白だけの空間に放り込まれたかのような錯覚すら覚えた。薄く目を開けると、白い雪のようなものが天井へと上がっていく。それが1つの星となって集まっていった。
願いの塊だ。
さらにそれはフェニックスの肝臓へと注がれる。赤黒く、生命の息吹がまるで聞こえてこなかったその臓物は、やがて拍動し、赤く光り輝く。さらに火が付き、一瞬にして室温を上げた。
「フェニックスの肝臓が……」
「蘇った……」
願ったロラン王子自身が呆然と呟く。
艶のあるフェニックスの肝臓に思わず見とれてしまった。もしかして、僕がフェニックスの体内から抜き取った直後よりも、生き生きしているようにすら見える。おそらくそれだけ腐食が激しい食材なのだろう。
「何をしておる、ルーシェル。薬を使うのだろう」
「あ。そうだ」
今、この瞬間もアウロ国王陛下は発作に苦しめられていた。この状況を脱することができるのは、もはやフェニックスの肝臓しかない。
「【知恵者】さん……」
『はい。フェニックスの肝臓を薬剤にする方法をお伝えします』
【知恵者】を呼び出すと、懇切丁寧に薬の作り方を教えてくれる。取るのは大変だったけど、薬の作り方自体はさほど難しいわけじゃない。あまり時間をかけることなく、僕はフェニックスの肝臓を薬にする。
【知恵者】さんが教えてくれた用法通り、粉状にした薬を水に混ぜると、苦しんでいる国王陛下に飲ませた。
「これで治るはず……うあっ!」
「ルーシェル!」
思わず悲鳴を上げてしまったのは、訳があった。【知恵者】の言う通りに薬を飲ませた途端、国王陛下の身体から炎が噴き出したのだ。
さっきまで白くなっていた部屋は、一転して赤くなる。炎が上がるのを目撃した大臣や典医は腰砕けになり、衛兵たちは水を用意するように叫んだ。
「ルーシェル、これは」
「大丈夫です」
たぶん、これがフェニックスの肝臓の効果。
『生まれ変わり』あるいは『再誕』の力だ。
「今、フェニックスの炎を浴びて、もう1度生まれ変わろうとしている」
元々当初の目的は、『竜牙の呪い』の排除というわけではない。フェニックスの肝臓の『再誕』の力を使って、1度アウロ国王陛下には死んでもらい、その後復活してもらう予定だった。
人が1度死ぬと、呪いはリセットされ、消えてなくなる。それがすべての呪いの理だ。僕と【知恵者】さんの推測では、これで『竜牙の呪い』を克服できるはずだった。
「むっ……」
炎の中でついにアウロ国王陛下が目を覚ました。一体どういうことだ、と炎にまみれた自分の姿を見て、困惑していた。しかし、その炎は次第に止み、ついには消える。
アウロ陛下が着ていた寝間着や、近くにあったベッドなど何も燃えていない。何事もなかったかのように、アウロ国王陛下はベッドから起き上がって見せた。
「これは……」
「陛下、失礼します」
僕は【竜眼】で陛下の状態を確認した。
国王陛下の状態に『強力な呪い』と書かれていた部分がすっかり消えているのを確認する。
1度息を吸い込み、僕はホッと息を吐くようにこう言った。
「快癒しています」
「ルーシェル、それって」
「はい、王子。国王陛下はもう大丈夫です」
僕は笑顔で答えると、周りから歓声が沸き上がる。一方で、ロラン王子の目からは涙が溢れた。普段は気丈で、滅多に泣かない王子はまさしく子どものように嗚咽をあげた。
そんなロラン王子を抱きしめたのは、やはり国王陛下だった。
「ロラン……。ありがとう」
「おと…………。うわあああああああああああああああんんんんんんん!」
まるで生まれたばかりの赤子のようにロラン王子は叫んだ。そしてその親の愛に包まれるように国王陛下を自ら抱きしめる。国王陛下の寝間着をギュッと握っている姿を見て、僕もまた泣きそうになっていた。
ひとしきり泣いた王子は何度も涙を払いながら、僕の方を向く。いや、僕もまた抱きしめられた。
「ルーシェル、ありがとう」
「お、王子」
「なんだ。照れているのか。すまぬ。でも、こうさせてくれ。これぐらいしないと、もう余はどうにかなってしまいそうなのだ」
どうにかって……。
それぐらい嬉しいってことかな。
当然だよね。お父さんの命が救われたのだから。
「ドラゴン娘にも感謝を」
「ふん。別に……。我は試練の竜だ。務めを果たしただけにすぎぬ」
「そう言わずに、お前も抱きしめてやるから」
「い、いらぬわ! お前……。なんかしばらくあわないうちに、なんかおかしくなったな」
「かもしれぬ……。生まれ変わったのは、父上だけじゃないかもな」
ロラン王子は笑顔でそんなことを言った。
それは当たっているかもしれない。王子の笑みは垢抜けていて、どこにでもいる子どものようだった。
「ところで、アルマはどうしたのじゃ? もう山に帰ったのか?」
「アルマにはちょっとお使いをね」
「あ。そうだ、ルーシェル。今から余が行く所に付き合ってくれるか」
ロラン王子は真剣な表情で僕にお願いする。
それがどこなのか、察しがついていた。
「はい。行きましょう」
今回の黒幕のところに……。









