第184話 ささやかなお返し
☆★☆★ 新作連載開始 ☆★☆★
新作「おっさん勇者は鍛冶屋でスローライフはじめました」が、
BookLive、COMICメテオサイト内で連載が始まりました。
引退した勇者の幸せスローライフ生活となっております。
のんびりとしたお話ですので、是非読んでください。
「見つけたぞ、ちび教師!」
高圧的な声が突然森の中で響き渡る。
声を張り上げたのは、言わずもがなクモワースだ。
周りには取り巻きの生徒たちもいて、ニヤニヤと笑っていた。
「やあ、クモワースくん。やっと来たね」
「随分と余裕だな。雑魚を捕まえて調子に乗ってるみたいだが、おれが来たからには、このくだらないお遊びも終わりだぞ」
「雑魚って……。もしかして、ここにいる同級生たちのことを言ってるのかい? そういう言い方はよくないな」
「ちびのくせに教師ぶりやがって」
「一応、教師なんだけどな。司祭長にも認められた……」
「うるさい! お前ら、行け!」
自分が来たからには……とか言ってたけど、結局人を動かすんだな。人を動かせるのも器量の1つと、カリム兄様が教えてくれたけど、クモワースにどれだけあるか見ものだね。
さてクモワースに指示されるまま、取り巻きの生徒たちが真っ直ぐ僕の方にやってくる。
すると、取り巻きたちはあっさり罠にかかった。地面の糸を引くと、先ほどの女子生徒たちを絡め取ったネットが土の下から現れる。
弾かれるように飛び上がると、その上にいた取り巻きたちを一気に捕まえてしまった。
先ほどの女子生徒たち同様に、絡め取られてしまう。
「動けない〜」
「くそ! 出せよ~」
縄で作った網の中でジタバタと暴れる。
僕はやれやれと肩をすくめた。
「さっき女子生徒たちが捕まったのを見てなかったのかい? それとも罠はもうないと思った? 残念。これぐらいの簡単な罠なら10秒どころか2秒で作れるんだよね」
「そいつらを離せよ。罠なんて卑怯だぞ」
「さっきの生徒たちに説明したけど、魔獣がいる森ではトラップや騙し合いが日常茶飯事だよ。この罠だって、ツチグモアリがよくやる手だしね」
「だから調子に乗るな」
ついにクモワースが僕に向かってくる。
いよいよ真打登場かと思われたけど。
「うわっ!」
その前に僕が仕掛けたトラップに捕まってしまった。
森の中に現れた砂の地面。立っているだけで、どんどん深みへと入っていく。いわゆる蟻地獄だ。
「なんだ! こりゃ!」
「アントリアムのトラップを真似た蟻地獄だよ。一度入ったら、抜け出せない、大きな蟻地獄だ。本物なら蟻地獄の中心にアントリアムがいて、君を食べようと牙を突き出しているところだね。さて、どうするの、クモワースくん」
「舐めるなよ!」
クモワースは手で砂をかく。蟻地獄から脱出しようとするけど、ジタバタすればするほど、深みにハマっていく。すでに膝まで砂に浸かり、動けなくなっていた。
流石に降参するかと思ったけど、クモワースはいい意味で僕の予想を裏切る。
掻いた手を止め、砂に向かって手を翳す。
【風弾】!
「え? 魔法??」
次の瞬間、クモワースの手から猛烈な勢いで風が巻き起こる。
風の塊を蟻地獄に叩きつけると、舞い上がった砂柱と共に、空へと飛び上がった。残念ながら着地こそ決まらなかったけど、僕が仕掛けた蟻地獄から脱出してみせる。
教え子の対応力に、僕は思わず拍手を送ってしまった。
「見たか! ちび教師! お前のちゃちなトラップなんて、おれには通じないぞ」
「すごいすごい。クモワースくん。君、魔法を使えるんだね」
「なっ! な、なんだよ、それ。べ、別にお前に褒められたってうれしかないぞ」
「折角、人が褒めてるのに。素直じゃないんだから」
なんか出会った頃のユランを思い出すなあ。
まあ、向こうはクモワースの1万倍は過激だったけど。
「さて、いくらなんでも、もうトラップはないだろ」
「そうだね。じゃあ、そろそろ逃げようかな」
「あ! こら! お前、魔獣役だろ!! 戦え!!」
「戦ったら、君が怪我するじゃないか」
「け、怪我? そんなもんするか! お前、いちいち癪に触るな!」
「悔しかったら、僕を捕まえてみることだね」
「待て!」
僕はクモワースに背を向けて本格的に逃げる。
そのあと、クモワースは必死に追いかけてきていた。
(取り巻きに頼ってるのかなって思ったけど、この速度でちゃんとついてくる。それに意外と根性あるな。…………それだけ、僕のことが癪に触ったのかもしれないけど)
「くらえ!」
走りながら【風弾】を放つ。
かなり魔法に慣れてるようだ。
走りながら魔法を撃つって結構難しいんだけどね。
ただ精度が悪すぎる。
僕は躱すまでもなく、魔法は近くの木の枝を貫く。
「クモワース、僕を狙うのはいいけど、周りに被害が及ぶのはダメだよ。生徒に当たったら危ないだろ」
「だったら、お前が当たればいいんだ」
(それじゃあ、八百長じゃないか。やれやれ、ちょっとお灸をすえる必要がありそうだ)
僕は走りながら、手近にあった数本の木を叩きまくる。
折るほどの力は入れてない。その代わり、大量の葉っぱが落ちてくると、後ろから迫るクモワースの視界を奪った。
「くそっ! どけっ!」
クモワースは落ちてきた葉っぱを払いのける。
やがて視界がクリアになると、僕がいないことに気づいた。
「ちび教師、どこへ行った? もしかして、あいつ。おれに恐れをなして逃げたな。ククク」
(ずっと逃げていたじゃないか。君が捕まえられなかっただけで。やれやれ)
しばらく周辺の様子を伺う。
その場を動かないのは、いいポイントだね。
多分、僕のトラップを警戒しているのだろう。
「黒板消し?」
やがてクモワースはあるものが木の枝の上に乗っていることに気づいた。森にあるはずのないものを見て、さすがのクモワースも目を点にする。
すると、腹の底から笑い声を響かせた。
「なんだなんだ? 授業初日の仕返しのつもりかよ。幼稚くさいなあ」
(その幼稚くさい仕掛けを最初にしたのは、君だったはずだけどな)
「誰が引っ掛かるかよこんなもん」
クモワースは木に登り、枝の上に置かれていた黒板消しを拾い上げる。
次の瞬間、妙な感触に気づいた。
「ん?」
黒板消しに糸が着いていた。
それを思いっきりクモワースが引いた瞬間。
スコンっ!!
クモワースは顔面に木の枝の束が当たる。
まるで金槌のようにクモワースの顔面をヒットすると、そのまま木から落ちてしまった。当たった衝撃に半分意識を失ったクモワースは受け身も取れず、落下する。
(やれやれ)
僕は魔法を使って、落下地点の地面を柔らかくする。
クモワースは地面に包まれるように優しく受け止められた。
「自分が知ってる罠だと思って、油断しちゃダメだよ。……って、聞いてないみたいだね」
「ハラヒレホラヒレ……」
完全に目を回している。
クモワースにはいいお灸になっただろう。
そうこうしていると、罠から脱出した生徒たちがやってきた。
後ろにはゾーラ伯爵夫人が控えている。どうやら夫人に助けてもらったらしい。
「結局、みんな僕の罠に引っかかっちゃったね?」
「いえ。ルーシェル先生、1人生き残ってます」
「え?」
それは生徒の声に反応したんじゃない。
何か殺気めいた気配に、一瞬面を食らったからだ。
僕は冷静に気配の元の方向に、身体を向ける。
すぐ視界に見えたのは、ひらりと舞ったスカートだった。
完全に僕の背後を取ると、すかさず手を伸ばす。
思わぬ奇襲と、その女子生徒の動きには驚かされたけど、寸前のところで僕は回避する。
「ふぅ。危ない危ない」
顔を上げる。冷たい瞳と交錯する。
「確か、君は……」
僕は目の前に現れた人狼の少女を見つめた。









