第175話 思いがけない再会
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入学式も無事終わり、クラス分けが発表される。
クラス分けは入試の成績の上位から決まり、それをA、B、C……という風に5クラスに分けていく。
僕、リーリス、ユランは最上位のAクラスになった。
「良かった……。ルーシェルとユランがいて」
リーリスはホッとした様子だった。
家では活発なお嬢様だけど、僕と初めて会った時のように知らない人を見ると過度に恐れる傾向があるからだろう。
でも、気持ちは僕も変わらない。初めての学校だ。山の暮らしが長くトラブルには慣れているとはいえ、それでも魔獣相手と人間相手は違う。それも同い年の子どもがこんないっぱいいるというのは、300年生きてて初めての経験だ。
なんか意識するドキドキしてきたな。
「はあ……。我はもう疲れたぞ。早く家に帰りたい」
「まだ授業も始まってないのに泣き言かい、ユラン」
ジッとしていられない性格のユランは、すっかりお疲れの様子だ。
自分の名前が書かれた机に着くなり、突っ伏してしまった。
しばし他愛もない話をしていると、いよいよクラスの先生が入ってくる。
「え?」
僕も、そしてリーリスも目を丸くする。
ユランだけがぼんやりと顔を上げるだけだった。
まず目を引くのは、美しく長い髪だ。
薄くもなく、濃くもない青――まるでそれは氷の削り出したように美麗な髪色だった。
真っ白な肌に、大きな眼鏡。そのレンズの向こうに見えるのは、アメジストのような瞳だった。
(え? なんでこの人がここに?)
そう。僕はその人を知っていた。
先生は教壇に立つ、帽子を取って深くお辞儀した。
「Aクラスの担任になりましたアプラス・アー……じゃなかった、アプラス・フル・ルヴィニクです! よろしくお願いします」
ニコリと笑う。
すると、僕たちと目が合った。
「あ、アプラスさん!」
間違いない。
アプラスさんだ。
今頃カーゼルスさんと屋敷でラブラブな生活を送ってるはずなのに、なんでジーク初等学校にいるんだ?
「ルーシェルくん」
「は、はい」
「アプラス先生ですよ。めっ!」
アプラスさんは僕に目配せする。
その姿があまりにチャーミングで僕は思わず固まってしまった。
アプラス先生は何事もなかったかのように予定を進めていく。
学校生活をする上での諸注意や、これからの予定を簡単に説明する。さすがカーゼルスさんを育てた家庭教師だけあって、子どもの扱いにも慣れている様子だった。
僕は雪山での怖いアプラスさんと、ちょっとおっちょこちょいなアプラスさん、そしてカーゼルスさんとラブラブなアプラスさんを見ているので、教師のアプラス先生は何だか新鮮に見える。
最初、大丈夫かな? って思ってたけど、優秀な生徒が多いAクラスをうまくまとめていた。
「じゃあ、ここからはみんなのお名前を教えてもらおうかな。自分の名前と、そうね……好きなことを教えてちょうだい」
アプラス先生に促され、自己紹介が始まる。僕たちのグループの中で、最初に席を立ったのはリーリスだった。
「リーリス・グラン・レティヴィアです。……えっと、好きなことは薬草を育てることです」
ちょっと頬を染めながら、リーリスは自己紹介をする。
まだ周囲の空気に戸惑っているみたいだけど、周りの印象は上々みたいだ。
「かわいい……」
「お人形さんみたい」
「公爵って、公爵令嬢?」
「公爵令嬢と同じクラスなんて」
早くも話題の中心になっていた。
リーリスの可愛さと、その名前はさすがにインパクトがあるよね。
次は僕に自己紹介が回ってきた。
「ルーシェル・グラン・レティヴィアです。好きなことは料理を作ることです」
「え? 同じ公爵家の人間が2人?」
「そういえば、どこか気品を感じますわ」
「剣術の入試試験で見ました」
「俺も見た。大人の騎士に勝ってたぞ」
「ちょっとかっこいいかも」
僕が気品? かっこいい?
公爵家の人間ではあるけど、300年も山で生きてきて、気品なんてないと思うけどなあ。
さて、最後はユランだ。
ちょっとけだるそうに立ち上がったユランは、ややぼんやりした表情で自己紹介を始めた。
「試練の竜ユランだ。……好きなこと? うーん…………肉を食うことだな!」
何故か最後は自信満々に告げる。
ゆ、ユラン!!
最後はともかく盛大にネタバレしてる。
試練の竜ってのいう必要ないよ。
みんなにバレたら、大変なことになっちゃう。
「あっ……。しまった。試練の竜というのは言っちゃダメだったんだ。お主ら、全員今言ったことは忘れよ」
もう遅いって、ユラン。
みんな完全に引いてるし、今まで一番インパクトがある自己紹介だったよ。
どうしよう……。かくなる上はみんなの記憶から本当に抹消しようか。
一応、そういう魔法は持っているけど。使ったら怒られるかな。
静まり返る中で、クスクスと笑い出したのはアプラス先生だった。
「自分が竜だなんて。ユランさんはお茶目なのね」
笑い続ける。
それに釣られて、生徒も笑い始めた。
「ユランさんって面白い!」
「ユランって名前だけ?」
「私もお肉好きだわ」
「やれやれ。エレガントからは遠いね」
様々な意見が噴出する。
良かった。うまく誤魔化せた。
ナイス! さすがアプラス先生。こういう緊急時も冷静に対処するなんて。
こう言っちゃもうダメなんだろうけど、僕より長く生きてるだけはある。
「違うぞ! ユランは本物のりゅ――がぼぼぼぼ!」
僕はユランの口を塞ぐ。
はい。それ以上は黙っておこうね。
一波乱あったけど、Aクラスのみんなが優しい生徒ばかりで良かった。
このクラスならやっていけそうな気がするよ。
◆◇◆◇◆
学校の説明や案内も終わる頃には、昼を過ぎていた。
もうお腹ペコペコだ。
最後にクラス全員で長テーブルを囲み、昼食を取ることになった。
ここではコース料理形式ではなく、パン、スープ、副菜、主菜、デザートなどが1度に出てくる形式だ。
本日の料理はコッペパンに、蜊とベーコンのスープ、馬鈴薯と貝柱のドレッシングサラダ、主菜は豚肩肉と春野菜の蒸し煮で、デザートはバニラアイスになる。
祝いの席のディナーと比べると、質素に思えるだろうけど、一般的な貴族の料理に近いものだ。
特に今は冬も明けたばかりの春先で、材料も揃っていない。これだけの料理を作れるだけでも十分だった。
「うん。なかなかいけるな!」
試練の竜ことユランの口にもあったようだ。
夢中で食べている。その食べっぷりからして、どうやらお腹が空いていたらしい。
「びっくりしました!」
僕はコッペパンを千切り、スープに浸しながら言った。
横に座っているのは、アプラス先生だ。
「まさかアプラスさんが、僕の担任だなんて」
「私も決まった時は驚きました」
「どうして、ジーマ初等学校の教師を?」
リーリスが尋ねる。
「実はカーゼルス様は正式にご子息様に家督を譲られたの。といっても、もう私が嫁いでいた時は実質ご子息様が取り仕切っていらっしゃったのだけど……。隠居にするに当たって、どこに住もうかという話になって」
話の流れで、アプラスさんが今後何をしたい? ということになり、悩んだ挙げ句アプラスさんが下した結論は……。
「お仕事をしたい、と言ったの」
「それで教師を選んだんですか?」
「ええ……。ちょうどジーマ初等学校の教職が空いていて、ダメ元で入校試験を受けてみたら、受かっちゃって」
アプラスさんは元々精霊人だ。
今はその関係は断たれたけど、知識や魔法技術はそのまま残っているらしい。
だとすれば、基礎学力はかなり高いはずだ。
ジーマ初等学校は名門。その教職になるには、高い専門知識が必要になる。だけど、アプラスさんなら納得だ。
「今は王都にある別邸で暮らしているの」
「じゃあ、カーゼルスさんも王都にいるんですか?」
「ええ! カーゼルスも騎士団の教官に戻って働いているわ」
2人とも働いているのか。
カーゼルスさんもやるなあ。もう50を過ぎているのに、騎士団の教官なんて。
「ずっと2人でゆっくり余生を暮らすのかと思ってました」
「私もそう思っていたんだけど、ずっと家に引っ込んでいるのもお互い飽きちゃって」
へぇ……。そういうこともあるんだな。
「ああ。そうだ。肝心なことを言い忘れていたわ、ルーシェル」
「はい? なんでしょうか?」
「学校司祭長がまた会いたいそうよ。後で校長室に着いてきてくれるかしら」
「学校司祭長……アルテンさんが?」
なんだろ?
もしかして、僕……早速なんか無自覚に何かやらかしてしまっただろうか。









